小さなお姫様と小さな兎

砂臥 環

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侍女・ビアンカ(ビアンカ視点)

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ギルベルタお嬢様は自慢の主です。
結婚しても仕えてほしい、と言われた時は驚きましたが、嬉しかった。

旦那様と奥様から事情を聞き、お仕えする24までは子を作らないよう頭を下げて頼まれましたが、そもそも大恩ある公爵家です。『24まで結婚を待て』と言われたらそりゃちょっとくらいは迷うこともあったかもしれませんが、『通いでもいい』と仰ってくれているのですから否やはありません。お給金も……ああ、私の話になってしまいましたね。
話を戻しましょう。

お嬢様は年齢以上に賢く落ち着いてらしたけれど、いつもどこか哀しげでいらっしゃいました。

今ではすっかり聞くこともありませんが、公爵家の……というか、奥様の悪い噂を耳にしたこともありますでしょう?

あれらは全く事実ではありませんが、私にも真偽がわからないモノがひとつ。
それは『旦那様がユリアーナ様を溺愛していた』というモノ。

そう、産後の肥立ちが悪かったことで亡くなった、前の奥様です。
当然ながら私はまだ勤めていなかったし、おいそれと聞けるようなことでもないので、真偽の程はわかりませんが……それは兎も角。

ギルベルタお嬢様の話です。
お嬢様はそのことや、カサンドラ様の実子ではないことを気にしていたのではないかと思うのですね。

旦那様は単純に子供が苦手なのだと思うのですが、下のお嬢様が甘え上手なのもあって自分に冷たいように見えていたかもしれません。
奥様は下のお嬢様同様、ギルベルタ様に愛情を注いでいらっしゃいましたが、どうしても下のお嬢様に手がかかってしまうようでした。
実子だからとかではなく、ふたりお子がいれば我慢が効く方には親も少し甘えてしまう、という程度の意味ですが。

ギルベルタ様はとても聡いお子でしたから、どうあれ素直には甘えられなかったことでしょう。
口にしたり我儘を言ったりはしませんでしたが、寂しかったのではないかと思います。

ギルベルタ様は優しく、妹君の面倒も見ていらっしゃいました。
ただ2歳という差のせいか、シャルロッテ様はなにかというとギルベルタ様に対抗心を露にするので、少し持て余していたご様子でした。

居住を移す際、私とフロリアンはお求めになったのに、シャルロッテ様との面会を口にされなかったのは、なにか思うところもおありだったのではないかと。
嫌っていたとまでは思いませんが、公爵家では常に我慢をする立場に自分を追い込んでいたのでは、と愚考する次第です。

実際、私を望んでくださったお嬢様ですけれど、一度だって嫌なことをされたりや無茶なことを言いつけられたことがないどころか、常にとても気遣われていたと感じます。
それでも選んでくださっただけ、私はお嬢様が自然体でいられる方だったのでしょうけれど。

その点で、フロリアンには少し嫉妬をしていて。
唯一彼にだけ、お嬢様は我儘を言うのです。

口調や態度も少し当たりが強い、と言ってもいいでしょう。助けたから、というのが大きいかもしれません。

ちょっと寂しくはありましたが、私はお嬢様に我儘を言える相手ができて、とても安堵致しました。

なにしろ辞める予定でしたし。
まあ、辞めなかったんですが。




塔でのお嬢様は、思いの外、伸び伸びとなさってました。

婚約者であらせられるレオンハルト殿下は、会いやすい王宮に来たのが嬉しかったようで、頻繁に足を運んでらっしゃいました。
正直な気持ちを申しますと『なにも知らずにいい気なものだ』と少し不愉快でした。

ですが殿下は、ご自身が成長著しく周囲に御学友が沢山いるにも関わらず、学園に入ってからも成長されないお嬢様への態度が変わることはありませんでした。
お忙しいようで、少しその回数は減りましたが。

思い返せば禁忌の花を詰んだのも、お嬢様の為。

こういう言い方は不遜ですが、殿下のことを見直したものです。

だから急にいらっしゃらなかった日は、本当に心配したのです。
しかし来る頻度が下がり、約束の日にも遅刻したり来なくなったりすれば、流石に察しがつきます。

特定の女生徒と仲良くしているようだと聞いた私は激昂しましたが、それがシャルロッテお嬢様だという点には、妙に納得してしまいました。

シャルロッテ様はギルベルタ様がいなくなってから我儘を言わなくなった、と聞いておりますが、結局のところギルベルタ様への対抗心は変わっていなかったのでしょう。

まあ、私は通いで王宮のギルベルタ様の侍女を勤めておりますのでシャルロッテ様の成長を見てきたわけではありませんので、単なる推測ですけれど。

レオンハルト殿下には、ガッカリです。
よりにもよってシャルロッテ様なんて。

ああ、シャルロッテ様の性格がどうだとか、そんな『見る目がない』というような意味ではなく。
先にも申した通り、私は今のシャルロッテ様を存じませんもの。それに少なくとも、成績や学園での評判はすこぶる良いと聞いておりますし、それは疑いようのない事実でしょう。

相手がシャルロッテ様であったことに失望してしまうのは、どうしても『身代わり』という言葉が過ぎってしまうからです。

異母姉妹とはいえ、その母も姉妹。
飾られている肖像画でしか見たことがありませんが、確かにユリアーナ様は美しく華やかな方でした。
けれど、やはりお顔立ちそのものはカサンドラ様によく似ていらっしゃいます。

勿論、ギルベルタ様とシャルロッテ様も。




そのことは置いておくにしても、相手が誰であれギルベルタお嬢様を蔑ろにするとは許し難く、お嬢様が誰の為に美しい六年間を捧げたのかを考えると、憤りと悔しさで涙してしまいました。

しかし、お嬢様はそんな私を困った笑顔で慰めてくださいました。
……普通、逆ではないでしょうか。

『想像していたこと』『殿下の為でなく、自分の為にしたこと』『だからいい』と。

思えばお嬢様はよく『あなたの為ではなく、自分の為』と仰います。
口癖、と言う程頻繁で自発的なものではなく、なにかに対する返答であることが多いので、特別意識はしていませんでしたが。
なんとも健気でいじらしい。

──だからこそ尚、腹が立つ。
お嬢様がなだめてくださっているにも関わらず、私はみっともなく泣きながら、そう訴えてしまいました。
7歳も年上で、もう23になるというのに情けない限りです。

「ビアンカのそういうところが大好きよ」

お嬢様はそう仰り、抱き締めてくださいました。涙を拭きながら見たお嬢様のお顔は、いつもよりもハッキリと憂いが見て取れました。
やはり蔑ろにされているのがショックなのだろうと思いましたが、お嬢様は微笑んで首を横に振ります。

「代わりにビアンカが怒ってくれたからいいのよ」

ではなにに対するモノなのか──
勿論口ではそう言っていても、そこには強がりや私への配慮もあり、本当は悲しかったことと思います。

ですが少なくともその時の憂いた視線は、私に向けられたモノだったのです。

私もそれを見て悲しい気持ちになりました。
予定よりも少し早く、お別れの時が近付いていたことに気付いて。
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