馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

phyr

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犬牙、犬吠、その身に喰らえ

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 ドラゴンが滅ぼした跡地は、確かに荒れ果てた土地だった。大地は干からびて所々割れているし、草が生えていないこともないけど、ひょろひょろのからからになった細長い草が、頼りなく風に揺れている程度だ。木なんて一本もないし、もちろん獣が住めるようなところでもない。たまに鳥の甲高い声がして、あとは魔物の鳴き声だけだ。
 どうしてこんなところに師匠が、とは思うけど、理由は聞いてみないとわからないし、見つからないため、と言われたら納得は出来る。ここに人がいるなんて、誰も考えないだろう。

 飛びかかってきた魔物を一通り倒して、辺りの気配を探る。どこか、大きな戦闘音がしているところには師匠がいるかもしれないから、そういうところを選んで巡ってるけど、大抵魔物同士で殺し合っている場面ばかりだ。イラつくのと、そのまま立ち去れはしないからついでに、魔物を倒しておく。そういえば、何で魔物が湧くのか根本的なところは知らない。師匠なら知っているかもしれない。
 聞き付けた音に、今回も違うかもしれないと思いつつ走る。もっと何か、効率的な捜し方があればいいのに。

 ただ、向かう先から金属音が聞こえて、足元から意識が逸れて転びかけた。魔物にも、金属のような爪とか牙とか、それこそ体表が硬いやつはいる。
 でもあの音は違う。魔物じゃなくて、あれは、俺の捜してる。

「……師匠」

 さっきより速く走れる気がする。もっと速く、クソッ、足がついてこない。転びそうになって、無理やり地面を蹴って、剣の音が途切れる前に辿りつけるよう急ぐ。途中で邪魔してきた魔物は、踏み越えた。

「ッ……師匠……!」

 ちょうど、師匠が剣を振って鞘に納めたところだった。太陽の光みたいな髪は短くなっていて、顎の辺りにはまばらに髭が生えている。自分で剃るのを面倒臭がっていた人だから、ぼさぼさじゃないだけ偉い。適当でも、ちゃんと剃ってた証拠だ。
 瞳は、碧が欠片も見えないほど金色に染まっている。

「……何でテメェがここにいる」

 師匠の声だ。ずっと聞きたかった。嬉しい。しかめっ面で、ものすごく不機嫌そうな声だとしても、嬉しい。師匠が俺に声を掛けてくれてる。嬉しい。
 近寄ろうとしたら師匠の眉間の皺が深くなったから、急いで立ち止まる。この距離だとまだ師匠に手が届かない。ただ、これ以上近付いたら、たぶんまた姿を隠される。最後のチャンス、ではないと思いたいけど、これを逃したら次がいつになるかわからない。

「……師匠を、捜しに来た」

 口端が苛立たしげに歪んだ。機嫌が悪くなってる。捜されたく、なかった?
 それとも、俺が。

「……フィー!」

 怒鳴るくらいの勢いで叫んだ師匠の下に、夕焼けみたいな色の鳥が飛んできた。翼や尾が燃えている。あれがたぶん、フェニックスだろう。甲高く鳴いたフェニックスが尾を一振りして、俺と師匠の間に炎の壁を作る。

「誰が探せっつった。戻れ」

 低い声で睨まれて、そのまま師匠が踵を返したから、行こうとする先に急いで土で高い壁を作った。これくらいの距離なら、手は届かなくても魔術は届かせられる。
 行かせない。もう二度と、置いていかれたくない。

 立ち止まった師匠が、黙ってこちらを向く。金色の目が、真っすぐ俺を睨んでいる。フェニックスが低く飛んで炎の壁を飲み込んだから、俺も師匠の後ろの壁を崩した。あれを消すってことは少なくとも、このまま何もせずに俺を置いていくことはない、はずだ。だったら、後ろの土壁は邪魔になる。
 しゃらりと、俺を呼び寄せてくれた金属音を立てて、師匠が剣を抜く。次の瞬間には、刀身が金色に染まっている。

「死にてぇのか、ルイ・コネル」

 殺気。初めて向けられた。怖い。足が震えそうになる。けど。

「死なない」

 荷物袋を放り投げて、俺も剣を抜く。鋼色に輝く剣は、師匠と一緒に、ヒューさんのところに作ってもらいに行ったやつ。一人で、ヒューさんのところに手入れしてもらいに行ったやつ。

「俺は、クライヴ・バルトロウを手に入れるために来た」
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