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第14話 雪みたいで、綺麗なのになぁ
しおりを挟むなんだか不満そうに作業する炎王に背を向けて、ロイの側に戻った。
証拠隠滅作業前に身体強化(精霊の加護の一つで一定時間、身体能力を飛躍させる)をつかって、ロイを木陰まで引っ張って移動させていた。
ロイを空中キャッチする時にも使ったけど、これってさあんまり多用すると、筋肉の疲労が激しいから気を付けなきゃいけないんだよね。
守護精霊の許可が無ければ使用出来ないし、使い勝手は良いようで悪い。
まぁ、便利だけどさ、激しい疲労ってどれくらいなんだろう……でも、まさかロイが気絶している側で、吐物を燃やすわけにもいかなかったし、仕方ない、一応心構えだけはしておこう。
『あの……尊きお方の主さま』
おずおずと時の精霊が話しかけてきた。
さっき、八つ当たり気味に睨み付けちゃったせいか、怯えているみたい。
くそ……カッコワリーぞ坂谷くん。
「僕は君の主ではないから、ナジィカでいい。時の精霊」
……ふむ。
さっきまでパニクってたせいか、どっちかつーと坂谷っぽい口調で一人称が俺になったりしたのに……今はまたナジィカのちょっと高圧的な口調に戻ったな。
いや【王子さまっぽい口調】を一応意識してはいるんですけどねー?
流石に坂谷くんの口調のままだと、色々不味いだろ?
『畏れ多いです、尊きお方の主さま。守護精霊でもないワタクシの願いを叶えてくださり、心より感謝いたします』
さっと跪き、掌を地に揃えて時の精霊が頭を下げた。
さっきまでキャーキャー騒いでいた姿とは、まるで別人のようです。
やんわりとそれを指摘すると、時の精霊は頬を僅かに赤く染めた。
『先程は、お見苦しいところを御見せいたしました……』
「いや……それだけロイの事を大切に思ってくれているのだろう、感謝する」
不吉とされる白髪を持って産まれた弟の顔を見下ろし、目蓋にかかる髪をそっとわける。
時の精霊が側にいなければ、ロイもまたひとりぼっちだったんだろうな。
時の精霊がロイの寂しさを和らげてくれてたのなら、感謝しかない。
王さまに似て、整った弟の顔をじっと見下ろす。
流石にこの時ばかりは、イケメン爆死しろとは思いませんでしたよ……寧ろ。
「こんなに綺麗なのに、な」
なんの色も混じらない白は、とても美しいとそう思えた。
乱雑に切られた髪は、それに触れることすら忌避された証のようで、なんだか胸が痛んだ。
俺には、メアリーがいたから髪を整えて貰ってたけど……と伸び始めた髪の先を弄る。
原作じゃ、黒鷹王は長髪でしたね。
理由は、世話をしてくれる人が誰もいなかったのと、髪の毛を武器として扱うため、だったかな。
確か、毛の先まで魔力?的なものを通して、鞭のように自在に操っていたような……それなんてメデューサだよ。
俺もそれが出来るようにならなきゃダメなの?
地面に届くくらいの長髪とか……うわー……坂谷くん的にないわー。
見るのは兎も角、自分がやるとか……想像できねぇー。しかしながら……自分で髪を切るとか無理だし、そもそも刃物とか貰えないし……強制的に将来は長髪になりそうだな、くそぅ。
無意識に親指の爪を噛んでいると、時の精霊がくすりっと笑った。
『この国で誰もが不吉だと言う色を、貴方さまは美しいと仰るのですね』
静かな声で時の精霊が言った。
視線を移動させると、穏やかな笑みを浮かべた精霊と目があった。
なんだかとても嬉しそうな様子の精霊に、ことりと首を傾げる。
ロイを誉めたから嬉しいのかな?
時の精霊は素直で可愛いね。
そういえば……時の精霊も全身真っ白だったね。
ロイは髪の毛だけだけど、時の精霊は眉毛まで白い。
『尊きお方の主さま?』
眉毛どころか、睫毛の一本一本まで白い。
おまけに、なんだかキラキラしていません?
さっきの金色の野みたいな精霊もだけど、彼らはみんなキラキラしてて綺麗ですね……っと、違った、俺の炎王はキラキラエフェクト装備してねぇーや。
なんか負けてるぞ、精霊王。
『あの……』
頬を染めた時の精霊が困ったように笑う。
うん?と俺が首を傾げると、時の精霊は赤い顔をしたまま俯いた。
もしかして体調悪いの?
とっさに額に掌をあてた。
『と、尊き御方の主さま』
さらっとしていてひんやりした感覚。
そんなに赤いのに熱はないのか……って、精霊ってそもそも熱がでるのか?
そんな疑問を抱いていると、肩に手を置かれて、くいっと引っ張られた。バランスを崩して、後ろ向きにカラタが傾いた。
「ぅ、わっ!」
「……近すぎ、るだろ……です」
誰かに背中を受け止められて、そんなヘンテコな口調が頭上から降ってくるのを聞いた。
顔をあげると、銀色の瞳と目があった。
特に珍しくもなくありふれた色。
けれど唯一その色だけが、別々の姿を持って産まれた俺たちが双子である証なのだと、そんな風に思えた。
「……」
「……」
銀色が交差して、何を言うべきか僅かな時間迷った。
「"怪我はないか、ロイ"」
結局、物語の中のナジィカのように、理想とも言える兄を演じる結論に達しました。
坂谷くんのちみっちゃぃ脳みそじゃ、他にどうすればいいなんて分からねぇーですよ。
『終わったぞ……おい、俺の主に何をしている』
炎王の声を聞いて、ロイがビクリと肩を震わせた。
時の精霊が炎王の視線を遮るように、ロイの前に移動した。
無意識だろうか。
ロイは必死に身体を小さくさせて、俺の背中に隠れようとする。
10歳の子どもが5歳の子どもを盾にしたら非道だが、俺とロイは双子です。
そして、お兄ちゃんなのは俺の方です。
兄ならば弟を守らねば。守らねばならぬだろう!
不意にうまれた兄としての責任感に突き動かされ、時の精霊と同じように、ロイを背中に庇って炎王の視線を遮った。
「……ぁ」
ロイが戸惑ったように声を漏らし。
『……っ!』
炎王が息を飲む。
炎王は僅かに目を見開いた後、少しだけ傷ついたような顔をした。
いや、いやいやいや、別に意地悪をしているつもりはないよ!
ただ、ロイはこれでも5歳の子どもなんだからさ、庇ってやんなきゃダメだろう!
あ、あぅ……そ、そんな目で見るなって守護精霊っ。別にお前が嫌いだとかそーゆー訳ではないっ!って、心の中で言い訳しても無駄ですよね。
炎王の目が俺の背後にいるロイへと向けられた。瞳の中心でゆらりっと炎が揺れた。
「……炎王、ロイは僕の弟だ」
『お前を害そうとした下等種だぞ』
お前、しんみりと毒を吐くね。
俺を心配してくれるのはありがたいんだけど、その考え方はちょっとどうにかならないかな?
「僕の"大事"な弟だ。傷つけることは許さない」
炎王には悪いけど、コレだけはハッキリ宣言しておかなきゃ。
原作での数少ないナジィカの味方を、無くすわけにはいかないのだ。
炎王を真っ直ぐ見上げる。
暫くの間、俺たちは無言で向かい合っていた。
『……主が望むなら、従おう』
実に不満そうに炎王が言って、俺は知らずにつめていた息をふぅと吐き出した。
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