隣人 (BL、完結)

番外編

たらればの話 完

郁美はうーん、うーんと唸っている。どうキリヤを説き伏せようか考えているようだ。
「キリヤだって、欲しくなるかもしれないじゃん。そこまで俺と年離れてないし、若いと思うし。その時はすっぱり別れよ。ね？」
「残念。俺は子供ほしくないんだよね、昔から。たぶん、もう変わんないよ。『親』がどんなものか知らないし」
郁美は少し、黙って考え込んだ。言葉を選んでいるようだ。
「…でもさ、自分に親がいなくても、親にはなれるんじゃない？」
「そうね。同じ施設のやつでも結婚して子供いるやつもいるし。ただ、俺は欲しくないなってだけ。そう考えるとさ、郁美が男で良かったよ。女の子で子供欲しいって言われたらほんと、困ったよねぇ…まぁその時はその時か」
さっきのたらればの話じゃないが、郁美がもしも女の子だったら、子供についての問題は避けて通れなかっただろう。さっさと入籍して法的に縛るのは簡単だが、そこはキリヤが折れるしかなかったかもしれない。ただ、所詮たらればの話なので、これ以上は考えないことにする。
「うーん…俺が女の人と結婚したら、別れてくれるってこと？」
「一時的にね。子育て落ち着いたら俺のところに帰ってきて」
「しかも子供に手を出されるの？詰みじゃん、そんなの。俺、結婚できないじゃん。キリヤも別の人見つけてよ。幸せになって？ね？」
「無理無理。俺の幸せは郁美しか叶えられないから。俺のこと、捨てないで？ね？」
キリヤが大げさに縋るように目を潤ませると、うあーと変な声が上がった。郁美は首を振って嫌がっている。
「いらない、こんなやべぇやつ。……でも、子供とか、結婚とか、ないかも、俺も。なんか、男の人といるほうが楽っていうか…恋愛って考えたことなかったけど」
郁美はぼんやりと壁を見つめている。壁の向こうには、郁美の大好きなお姉様の部屋がある。たぶん美幸中心の生活で異性だろうが同性だろうが恋愛について考えたことはないんだろう。
『お姉様が好き』
この一点だけ見たら郁美は女性が好きなのだと思う。しかし、美幸のために女の子になりたいとすら願っていた郁美の恋愛は特殊すぎる。
遠くを見ていた郁美の瞳がキリヤを向いた。大きな瞳がしばらくじっとキリヤを見つめていた。それから郁美は口を開く。
「キリヤがいなかったら…キリヤと別れても、男の人と付き合うのかなーって」
「…うん？」
「キリヤよりお金持ってて、かっこいいひと。年は全然気にしないし。キリヤと別れたらぁ、俺、絶対幸せになるから。パパ活で」
「待って待って。俺が不幸になってるわ、それ。あのね、俺みたいに若くて顔のいいパパなんかそういないんだからね？自分で言うのもなんだけど。つうか、そういう理由なら別れねぇから、そもそも」
別れたらだのなんだの、むかつくことをわざわざ強調して言ってくる。自分より年のいってて金のあるパパなんて、まぁそりゃいるだろう。顔はともかく。それにさっくり乗り換えていく郁美も、容易に想像できる。キリヤはきつく郁美を抱きしめた。くすぐったくて苦しいと、郁美は楽しそうに笑う。
「じゃあ捨てられないように努力すればぁ？好きなんでしょ？俺のこと」
育美が鼻で笑った。こういう時、郁美はとても蠱惑的な顔をする。無意識なのか意識しているのかわからないが、生意気なことを言う口も態度もキリヤの欲を掻き立てる。腹が立つより、愛おしくて堪らなくなる。可愛い体にわからせてやらねばならない。
「ほんっと、郁美って…しよ。今すぐ」
「あっ！漫画、続きあるじゃん！」
「一緒に準備しよ？」
「ちょっとうるさい。漫画読むから、触んないで。待てしないとポイだよ」
またしても郁美はスマホをスッスし始めた。これは、へたにコトを進めるとブチギレる時の郁美だ。さっきの挑発的なエロい郁美はどこに行ってしまったのか。キリヤはぐっと我慢して郁美の後頭部に顔を埋める。郁美は集中しているのか、後頭部に顔を擦り寄せても怒らなかった。
我慢せず無理矢理すればいいのだが、心底嫌われたくはないので郁美の『良し』を待つ。
もしも郁美と出会わなかったら。仮定を考えるのは嫌いだが、郁美のいない生活はもう考えられない。今までどう過ごしてきたのかも忘れた。とにかく郁美を抱きたい。
(俺も大概だなぁ)
郁美の後頭部を愛でながら、今満たせるだけの欲をキリヤは満たしていた。


END