人形学級

杏樹まじゅ

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【赤城ぼたんの学級-一】

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 ぼたんは、編みぐるみ四姉妹の長女だ。

 緑川ひすいが七歳の時、ママに教えて貰って、一番最初に作ってもらえたのだ。
 ひすいがいちばん好きな「赤」をその髪とその瞳に纏った。
 炎のような、綺麗な綺麗な赤の毛糸。
 一人っ子のひすいが憧れる「お姉ちゃん」として作られた、ぼたん。
 ベッドの、いちばん陽の当たる場所に置いてもらえた。
 毎日お話をしてもらった。
 お人形用の櫛で、毎日髪を解かしてもらった。
 ちっちゃなヘアゴムで、ポニーテールにしてもらった。
 元気いっぱいな人形のぼたんには、ぴったりだった。
 誇らしかった。
 嬉しかった。
 ひすいは、大人しくて、お友達を作るのが苦手だ。
 そうだ。
 ある時ぼたんは、ひすいの本物のお姉ちゃんになろうと決めた。
 初めてのお友達だもん、それくらいはいいよね。

 ねえ、何か喋ってよ──

「あたしが、喋れるよ! 今日からひすいちゃんのお姉ちゃんなんだよ!」
 ある日、呟いたひすいに、元気に返事をした。
 聞こえてはいないみたいだけど、それでも全然構わなかった。

「私が、ひすいちゃんを守るんだ。だからなんでも言ってね!」

 二ヶ月後、妹が出来た。
 お洒落な妹、アキだ。
「ちょっと、横座るわね」
 青い髪、青い瞳の妹は、生意気な口調でぼたんの隣に座った。
「あたしが、ひすいちゃんのいちばんの親友よ」
「いいよ、別に! 私はお姉ちゃんだもん!」
 アキはおしゃまで、いつもぼたんにつっかかるけど、そんなの気にしない。
 アキの方が綺麗な、オーロラみたいなビーズのお目目だけど、そんなの気にしない。
 悩み事で一番最初に手に取って貰えるのは、いつもぼたんだから。

 お店で見つけた大好きな靴を買って貰えなかった時。
 お友達が猫を飼っていて、でもひすいの家は団地だから飼えないと言われた時。
 お友達に貸したお気に入りの消しゴムが、貸したきり返って来ない時。
 まず最初に手に取って話しかけてくれるのは、いつもぼたんだったから。

 それから三ヶ月後。
 また妹が出来た。
 ピンクの髪、ハートのお目目が愛くるしいサクラだ。
「サクラの二人のお姉ちゃん、よろしくお願いしますなのです!」
 礼儀が正しく、可愛く愛おしい妹に、ぼたんもアキも、そしてひすいも大満足。
 二人の真ん中に座らせた。
「優しいお姉ちゃんに囲まれて、幸せなのです!」
 そんなサクラに、ある時ひすいが算数の質問をした。
「答えは、二百四十五なのです!」
 頭のいい妹は、ひすいの先生になると決めた。

 それから四ヶ月後、最後の妹が出来た。
 いつもと趣向を変えて、エスニックな見た目になるように、ひすいが毛糸を選んだ。
「は、はじめまして……つばき、です……」
 大人しくて可愛らしい金色の末っ子を見て、ひすいが言った。

 今日から、あなたは妹ね!

「後ろ、失礼……します」
 金色の髪の妹は、煌びやかな姉達の後ろにちょこんと座らされた。

 四姉妹は、毎日ひすいと話した。
 悩み事の相談は、お姉ちゃんのぼたんと。
 恋愛相談は、親友のアキと。
 勉強の相談は、先生のサクラと。
 そして末っ子のつばきの相談相手に、ひすいが。

 幸せだった。
 四姉妹と、ひすい。
 人数は増えて、ベッドは手狭になったけれど。
 アキは口うるさいし、サクラは馬鹿正直だし、つばきは無口で何を考えているのか分からないけど。

 幸せだった。
 こんな幸せがずっと続いて欲しいと思ってた。
 幸い、ぼたんの希望する通り、その幸せはしばらく続いた。

 学校にも、こっそり連れて行ってもらった。
 四姉妹はむぎゅっとランドセルに押し込められたけど、もちろん長女のぼたんは外の見えるいちばん上の特等席だ。
 足元でアキがきいきいと怒っているけど、気にしない。
 ひすいが走る。
 はっ、はっ。
 愛しい妹の、ふわふわした髪があたる。
 風を切る。
 ぼたんの小さなポニーテールも揺れる。

「あはは、見て、アキ、私空を飛んでる!」
「ちょっとっ、あたしにもみせなさいよっ」
「お姉ちゃん達、ずるいのですっ」
「……狭い……」

 あはは!
 あはははは!

 ひすいが、口を切って帰ってきた。
「大丈夫? その傷、どしたの?」

 えへへ。
 なんかね。
 お友達がね。
 最近ね──

 ひすいは泣き出した。
 ぼたんをぎゅっと、強く、強く抱きしめて、泣いた。

「ひすいちゃん、ひすいちゃん!」

 ぼたんの声はその日、届かなかった。

 なにこれ?
 人形?
 だっさ!

 ツインテールで赤いリボンの勝ち気な感じの女の子が、サクラを取り上げた。
「はわわ、お姉ちゃーん! たすけてなのです!」
「サクラ!」
 でも、ぼたんは動けなかった。

 みんな見てよ!
 ひすい、五年生なのに人形で遊んでるよ!
 そうだ、この子前髪長いから切ってあげるよ、あたしが。

 そう言うと、カッターをかちかちと刃を立てた。

 萌ちゃんやめて、返して!

 なによ!
 こんな人形!

「こんな人形」じゃないもん、サクラだもん!

 うっさいわね、ならこうしてやるよ!

「おねえちゃ──」

 ざくっ。

「サクラー!」
 顔にカッターで深く傷を刻まれたサクラは、床に落ちた。
 ぼたんには、とてもゆっくりに見えた。

 うわーん。

 ひすいが泣き出した。

 なによっ、人形くらいで!

 白鳥萌は、カッターを放り投げて去った。

 ひすいの先生のサクラ。
 ぼたんの妹のサクラ。
 サクラは──

「ひヒ、いひひ、あたシ、サクら。ひすイちゃん、だいスき」
 その晩、ひすいは、サクラを抱きしめてずっと、ずっと泣いていた。
「ひすいちゃん、泣かないで……」

 翌朝。
 ひすいは学校を休んだ。

 ……あのね、ひすい、先生になろうと思うんだ。

「先生? どうして?」

 壊れちゃったサクラの代わりに。
 ひすいが先生になって、作るの。
 ……いじめがない、天国みたいな学校を。

「天国みたいな学校?」
 はああ。
 ぼたんは胸をときめかせた。

 うん。名付けて「人形学級」。
 ……どうかなあ。

「いいと思う! すごくいいと思う! 私も作るの、手伝うよ! ……なんたって私は、みんなのお姉ちゃんなんだから!」

 そして。

 ある夏の終わりの、ある日。
 ひすいがこっそり打ち明けた。

 あのね、ぼたん。
 今日こそ、話しかけてみようと思うんだ。

 そう言うと、ランドセルに詰めた。
 サクラを傷付けられて以来だった。

 はっはっ。
 ひすいは走った。
 なんだかとても嬉しそう。
 ぼたんはそう感じた。

 いつもみたいにお道具箱に押し込められて始業式を凌ぐと、声がした。

 あぶないよ。
 こっち来て。一緒に遊ぼう。

 ぼたんは、ひすいに取り出された。

 ──つきこちゃん、あそびましょ。
 ──わたし、ぼたん! つきこちゃんよろしくね。

 ぼたんは、気付かれないように後ろを向いた。
 黒いふわふわショートヘアの、背の高いメガネの女の子が、ぼたんを握っていた。

 ひすいと同じくらい暖かい手だった。

 その少女に、ぼたんは生まれて初めて恋をした。
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