アナタとワタシ、それから彼と。

みさか つみ

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アナタとワタシのギブアンドテイク 後編

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 昨日よりもあの男が背後にいるかどうかなど気にならなくなっていた。
 私が警戒しようと、あの男はどこかで見ているだろう。だから、次会えばどうやって撃退するか、思考はもう次の段階へと進んでいた。ホームセンターに行って、金槌などを買っておけば、護身できるんじゃないかと思うが、相手を撲殺などしてしまえば、過剰防衛で私も罪に問われる可能性もある。
 悶々と考えながらスーパーで惣菜コーナーに向かうが、その途中、足を止める。また私が惣菜なんか買えば、あのおせっかいなストーカーは、言いつけを破ったなどと言いがかりをつけて私の家に乗り込んでくるのではないのかと考え、青果コーナーへとひき返す。今日の夕食は、何にしようか。

 買い物を終え、マンションに到着し、ポストを確認すると、小さい箱が入っている。差出人は、書かれていない。またあの男だろう。エレベーターを降り、廊下を歩いていると、背後から足音が聞こえた。

 「おかえりぃ」

 そう声を掛けられ、慌てて振り向こうとすると肩を掴まれる。纏わりつくような声は、あの男の声だ。

 「振り向くな。そのまま家に入れ」

 言われるがまま、カバンから鍵を取り出し、部屋のドアを開ける。
 部屋に入ると、視界が真っ暗になる。

 「ちょっと、何すんのよ」

 男が私の目の周りに何かを巻いたのだ。

 「顔を覚えられても困るからなぁ、しばらくそのままでいろ」

 「わ、私、今日は、ちゃんとご飯作るんだから、邪魔しないでよ。そ、それにあんたが言ったんでしょ」

 動揺していることがバレバレだろうが、男に襲われないためには、こう言うのが一番最適だと思った。
 一定の沈黙が流れる。効果があったか、と思うと、男に座れと命じられ、ソファまで連れて行かれる。
 終わったな、そう思い、ソファの上で
 いつ男からの襲撃が来るのか身構えていると、聞こえてきたのは、ガチャガチャとした音だった。
 
 「ちょっと何してんの。勝手に荒らさないでよ」
 
 男は、何かを探しているようで戸棚を開けたり、閉めたりしていた。
 
 「黙って待ってろ……それでも聞いとけ」
 
 そう言い、テレビの電源が入れられる。バラエティ番組だろうか、楽しそうな声が耳に入る。私はこんなにも心細い気持ちなのに、と憎らしい気持ちになる。今日は、人を羨んでばかりだ。ソファに身を預け、死角が奪われている。図々しくも、何度かウトウトしたくらいだ。いつまでこの状態が続くのだろうか。
 
 
 
 「おい、起きろ」
 
 耳元で聞こえた男の声に飛び起きる。ウトウトどころか、うっかり眠ってしまっていた。
 目を覚ましても、相変わらず視界は真っ暗だった。
 しかし、鼻孔には香ばしい、出来上がったばかりであろう料理の香りが届いていた。
 
 「何かいい香り?」
 
 拍子抜けする。男が何か盗むつもりで物色を始めたと思えば、実は、料理を作っていたなんて、到底、信じることはできなかった。しかし、この部屋に漂う香りは、紛れもない事実だろう。空腹感が強くなるのがわかる。
 
 「食え」
 
 男はそう言うが、どうやって、と疑問符が浮かぶ。視界を解くべきなのか、男に尋ねるべきか。
 ちっ、男が舌打ちするのがわかる。最悪だ、苛立っている。
 慌てて、机の上に手を這わせる。目が見えなくとも、長年の勘でどうにか食べ物を口に運ぶくらいはできるだろう。
 
 「食べる時だけだからな」
 
 視界に光が入る。いつも見ている照明がとてつもなく明るく感じる。
 
 「これ、作ったの?」
 
 「ああ」
 
 気怠そうに答える。私の目の前には、ハンバーグと温野菜、味噌汁が置かれていた。
 私がスーパーで仕入れてきた食べ物たちは、一緒に炒められ名もない料理になるはずが、思わぬ名料理に変貌を遂げていた。
 ハンバーグを恐る恐る口に入れる。肉汁が口に広がる。悔しいけれど、美味しい。
 相手に感想も伝えず、黙々と食べ続け、あっと言う間に完食してしまう。
 
 「どうだ?」
 
 「……美味しかったです。でも、どうして?」
 
 そう言ったところで、再び私の視界は、闇に包まれる。
 
 「ちょっと」
 
 「それが条件だったろ。それに」
 
 首筋に舌が這う。ぞわりと鳥肌が立つ。
 
 「ギブアンドテイクだろ」
 
 声は、嗤っていた。その言葉を合図に男は、私の両手を取り、ソファに押し倒し、耳を舐める。べちゃべちゃと水音が耳の中にダイレクトに届く。
 
 「やっ、ちょっと、くすぐったいから」
 
 口を開いた拍子に口づけが落とされる。口内を味わうように舐めまわす。
 
 「んー、んっ」
 
 男の胸板を押す。酸素が欲しかった。窒息しそうなほどに、男は、私に深く口づける。
 
 「はぁはぁはぁ」
 
 だらしなく開けた口から唾液が頬に伝う。
 男は、私のシャツのボタンを一つずつ開けていく。胸元を大きく開けたところで、強く吸いつく。数日前の痛みと同じだった。
 
 「いったい」
 
 私の言葉を無視して、何度も見えない位置に吸い付き、皮膚を舐める。
 すると、突然、下半身の重みが消え、両手も自由になる。
 
 「ポストのあれ、ちゃんと持ち歩け。帰る」
 
 男が思い出したかのようにそう言うと、軽い足取りで、去っていき、ドアが閉まる。そして、施錠する音が聞こえる。
 どういうわけか、男は、私の家の鍵を所持していた。これでは、いくら私が鍵を掛けたところで入ってくることは可能じゃないか。半ば諦めながらも、目隠しのために目に巻かれていた布を取り最後の砦であるドアチェーンをかけたのだった。
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