150 / 224
続々.雪豹くんと新しい家族
3-37.思い合うということ
しおりを挟む
ロウエンと執務室に帰ったら、今度はアークと廊下を歩く。
と言っても、スノウはアークに抱えられた状態だけれど。アーク曰く、今日のスノウは歩きすぎらしい。
いつもとさほど違いがあるわけではないので、スノウは首を傾げてしまったけれど、とりあえず従っている。アークに抱っこされるのが嬉しい、というのも理由の一つである。
「医師に見せるなら、普通に部屋に呼べばいいと思うが。それに、卵があるかどうかの判断くらい、俺でもできる」
「それはもう、僕もほとんど確信しているよ。ただ、これからの注意事項とか、お医者さんの話を聞きたいの。そのために、医務室を空にさせるのは申し訳ないよ」
どうやら今日は、医師の多くが出払っているらしい。
今は医務室に、以前スノウを診察してくれたドリーがいるようなので、訪ねるつもりだ。多少なりとも慣れた医師の方が、色々と相談しやすそうなので。
「それこそ、今日でなくとも――」
なぜか不満そうなアークの頬に手を添えて顔を瞳を覗き込む。ピタリと口を噤んだのを少し不思議に思いながら微笑みかけた。
「わがまま言わないの。あのね……」
言うか言うまいか迷っていたけれど、アークを納得させるには仕方ない。
耳を近づけるよう促して、スノウは声を潜めて囁きかける。
「――夜のこと。どれくらいしても大丈夫なのかなぁって、早めに聞いておいた方がいいでしょ? アーク知らないもんね?」
「っ……それは、そう、だな」
なんだか照れくさい気分だったけれど、アークの神妙な面持ちでの頷きを見て笑ってしまった。そんなに真剣に考えることなのかな。
「ふふっ。アーク、可愛いね」
「……少々不本意な評価だ」
「可愛いを愛しいに言い換えたら?」
「喜んで受け取ろう」
にこりと笑ったアークが、スノウの額にキスを落とす。続いてこめかみや頬にも。今いる場所なんてお構いなしの振る舞いだ。
スノウはアークの額をペシッと叩いて止めた。危うく流されそうになってしまった。
「ここじゃだーめ」
「では、部屋に戻ろう」
「話が振り出しに戻ったー……」
わざとらしく嘆くと、アークがクツクツと喉で笑った。
双方ともに、これが戯れであると分かっている。こんな些細なことでも、番と共にいれば楽しくて仕方ない。
「――あ、そうだ。さっき、ロウエンさんを呼び出したのはどうしてだったの? 用があったわけじゃないんだよね?」
ふと浮かんだ疑問を呟く。ロウエンに尋ねても、明確な答えが返らなかったのだ。
アークは微笑みを消し、軽く眉を顰める。そして、ため息混じりに説明を始めた。
「ロウエンは、やると覚悟を決めたならば、やりきるだろう。だが、その過程で精神的負担が生じないわけがない。それでもあいつは、その程度のことは無視してしまうヤツだ」
「……うん」
なんとなく話が見えてきた。
スノウも神妙に声を潜め、周囲に話を聞かれないよう気を配る。
「俺が使いを出したタイミングが、おそらくロウエンにとってギリギリのラインだったはずだ。それ以上長引けば、生じた精神的負担によってロウエンの態度が悪くなり、そのせいでマルモとの交流が上手くいかなくなる可能性があった」
アークが言っていることは正しいのだろう。なぜなら、ロウエンもアークの気遣いに感謝している様子だったのだから。
ロウエンの精神状態に、すぐ傍にいたスノウが気づけなかったことは少し寂しい。でも、それが付き合いの長さゆえだと納得できる。
ロウエンとスノウの関係性はこれからより深くなっていくはずなのだ。スノウの方はそうするつもりである。
「……ロウエンさん、楽しそうだったけど」
「本能だろう。運命の番を引き合わせる力は、それだけ強い。だが、普段理性的なあいつは、本能に振り回されることを受け入れがたい。無意識に抵抗するから疲労感が生まれるんだ」
「そっかぁ……なんか、分かるかも」
ロウエンの心の中で生じていた葛藤を思うと、スノウは頷くしかなかった。
そこでふと、ある考えが浮かぶ。
「――でも、運命の力だけじゃなくて、理性でも惹かれたなら、二人の関係はより良くなるね」
「ん? それは、どういう意味だ?」
不思議そうな顔をするアークの頬を撫で、スノウは微笑んだ。
「アークは僕を運命の力で見つけてくれたのかもしれないけど。僕たちの間にあるのはそれだけじゃないでしょ? 僕はアークを愛しているし、アークも僕を愛してる。たとえ運命の番じゃなかったとしても、僕たちは愛し合う番になったと思うんだ」
もしも、なんて仮定しても意味のないこと。でも、そう信じられるだけの想いが、スノウとアークには存在しているはずだ。
そして、それほどの想いをロウエンたちも抱けるようになれば、苦しみは和らぎ、幸せを得られると思うのだ。
「――僕たちみたいに、ロウエンさんたちにも、幸せになってもらいたい」
お腹を撫でる。
スノウは今幸せいっぱいだ。この幸せが少しでもロウエンたちにも降り注げばいいのにと願う。
「そうだな……」
アークはスノウの願いに目を細め頷いた。
と言っても、スノウはアークに抱えられた状態だけれど。アーク曰く、今日のスノウは歩きすぎらしい。
いつもとさほど違いがあるわけではないので、スノウは首を傾げてしまったけれど、とりあえず従っている。アークに抱っこされるのが嬉しい、というのも理由の一つである。
「医師に見せるなら、普通に部屋に呼べばいいと思うが。それに、卵があるかどうかの判断くらい、俺でもできる」
「それはもう、僕もほとんど確信しているよ。ただ、これからの注意事項とか、お医者さんの話を聞きたいの。そのために、医務室を空にさせるのは申し訳ないよ」
どうやら今日は、医師の多くが出払っているらしい。
今は医務室に、以前スノウを診察してくれたドリーがいるようなので、訪ねるつもりだ。多少なりとも慣れた医師の方が、色々と相談しやすそうなので。
「それこそ、今日でなくとも――」
なぜか不満そうなアークの頬に手を添えて顔を瞳を覗き込む。ピタリと口を噤んだのを少し不思議に思いながら微笑みかけた。
「わがまま言わないの。あのね……」
言うか言うまいか迷っていたけれど、アークを納得させるには仕方ない。
耳を近づけるよう促して、スノウは声を潜めて囁きかける。
「――夜のこと。どれくらいしても大丈夫なのかなぁって、早めに聞いておいた方がいいでしょ? アーク知らないもんね?」
「っ……それは、そう、だな」
なんだか照れくさい気分だったけれど、アークの神妙な面持ちでの頷きを見て笑ってしまった。そんなに真剣に考えることなのかな。
「ふふっ。アーク、可愛いね」
「……少々不本意な評価だ」
「可愛いを愛しいに言い換えたら?」
「喜んで受け取ろう」
にこりと笑ったアークが、スノウの額にキスを落とす。続いてこめかみや頬にも。今いる場所なんてお構いなしの振る舞いだ。
スノウはアークの額をペシッと叩いて止めた。危うく流されそうになってしまった。
「ここじゃだーめ」
「では、部屋に戻ろう」
「話が振り出しに戻ったー……」
わざとらしく嘆くと、アークがクツクツと喉で笑った。
双方ともに、これが戯れであると分かっている。こんな些細なことでも、番と共にいれば楽しくて仕方ない。
「――あ、そうだ。さっき、ロウエンさんを呼び出したのはどうしてだったの? 用があったわけじゃないんだよね?」
ふと浮かんだ疑問を呟く。ロウエンに尋ねても、明確な答えが返らなかったのだ。
アークは微笑みを消し、軽く眉を顰める。そして、ため息混じりに説明を始めた。
「ロウエンは、やると覚悟を決めたならば、やりきるだろう。だが、その過程で精神的負担が生じないわけがない。それでもあいつは、その程度のことは無視してしまうヤツだ」
「……うん」
なんとなく話が見えてきた。
スノウも神妙に声を潜め、周囲に話を聞かれないよう気を配る。
「俺が使いを出したタイミングが、おそらくロウエンにとってギリギリのラインだったはずだ。それ以上長引けば、生じた精神的負担によってロウエンの態度が悪くなり、そのせいでマルモとの交流が上手くいかなくなる可能性があった」
アークが言っていることは正しいのだろう。なぜなら、ロウエンもアークの気遣いに感謝している様子だったのだから。
ロウエンの精神状態に、すぐ傍にいたスノウが気づけなかったことは少し寂しい。でも、それが付き合いの長さゆえだと納得できる。
ロウエンとスノウの関係性はこれからより深くなっていくはずなのだ。スノウの方はそうするつもりである。
「……ロウエンさん、楽しそうだったけど」
「本能だろう。運命の番を引き合わせる力は、それだけ強い。だが、普段理性的なあいつは、本能に振り回されることを受け入れがたい。無意識に抵抗するから疲労感が生まれるんだ」
「そっかぁ……なんか、分かるかも」
ロウエンの心の中で生じていた葛藤を思うと、スノウは頷くしかなかった。
そこでふと、ある考えが浮かぶ。
「――でも、運命の力だけじゃなくて、理性でも惹かれたなら、二人の関係はより良くなるね」
「ん? それは、どういう意味だ?」
不思議そうな顔をするアークの頬を撫で、スノウは微笑んだ。
「アークは僕を運命の力で見つけてくれたのかもしれないけど。僕たちの間にあるのはそれだけじゃないでしょ? 僕はアークを愛しているし、アークも僕を愛してる。たとえ運命の番じゃなかったとしても、僕たちは愛し合う番になったと思うんだ」
もしも、なんて仮定しても意味のないこと。でも、そう信じられるだけの想いが、スノウとアークには存在しているはずだ。
そして、それほどの想いをロウエンたちも抱けるようになれば、苦しみは和らぎ、幸せを得られると思うのだ。
「――僕たちみたいに、ロウエンさんたちにも、幸せになってもらいたい」
お腹を撫でる。
スノウは今幸せいっぱいだ。この幸せが少しでもロウエンたちにも降り注げばいいのにと願う。
「そうだな……」
アークはスノウの願いに目を細め頷いた。
138
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。