上 下
12 / 37
番外編 触手と狼

触手と狼のラプソディ 2

しおりを挟む
 アツァリも姉もオメガである。
 姉のことがあっただけに、アツァリはアルファのみならず、自分に近付いてくる相手には警戒心を持っていた。誰かと恋愛をするとか、子どもを作るとか、甘い考えは持っていない。
 筋骨隆々としていて、背も高く、灰色の毛皮の狼の獣人など、抱きたいものもいないだろう。いたとしても、遊びか、痛め付ける目的としか思えない。
 そうやって誰にも心許さないままに、アツァリは24歳になっていた。発情期はつらいが、一人部屋に篭って耐える。
 オメガの発情期の匂いは、ベータにも感じられるようだが、特にアルファには強く感じられるようだ。発情期が近くなった時期に、学校に来ていたリコスが、モジモジと尻尾を抱き締めながら、アツァリに耳打ちした。

「アツァリおじさん、あまいにおいがするの」
「そうか。教えてくれてありがとう」

 フェロモンが漏れ出しているのならば、発情期が迫っている。特に、リコスは魔王は子犬と思っているが、狼の獣人なので、匂いに鋭い。
 同僚の教師に休む旨を伝えて、急いで屋敷の部屋に篭ったが、気が気ではなかった。アルファはもう屋敷に入れていないと魔王は言っていたが、屋敷の唯一のアルファであるリコスに悪影響があってはならない。
 絶対に部屋に近寄らないように姉に伝えてもらって、食事も部屋に持ってきてもらうことにした。
 火照ったように体が熱くなって、後ろが濡れて来るのが分かる。ベッドでじっとしていても、発情期の熱は治まらず、アツァリはパンツを降ろして、後孔に触れる。滑るそこには、何も受け入れたことがなくて、指を入れる勇気はなかったが、反対の手で前を扱きながら、ぐちゅぐちゅと周辺を撫でる。
 前で達しても、オメガとしてのアツァリが求めている刺激はそれではない。熱い息を吐き、吐き出した白濁を拭っていると、部屋のドアがノックされた。
 姉が食事を持ってきてくれたのだろうと、身なりを整えて手を洗ってドアを開けると、そこに触手がいた。
 食われる!
 アルファの大魔術師の服を溶かし、前に絡み付き、後ろも犯しながら、喉まで触手を入り込ませて、栄養剤を飲ませ、死なないように、それでいて魔力を最大限に搾り取れるようにしていた触手。
 ずくんと胎が疼く。
 触手に絡めとられてしまえば、発情期の苦しさがなくなるかもしれない。恐怖に慄きながらも、触手を拒めないのは、オメガの発情期という状態が、それだけ性的に満たされることを望んでいるからだった。誰にも許したことのない体は、熟れすぎて、限界に近い。

「あんた、俺が発情期だと知って……」

 無茶苦茶に犯しに来たのか?
 掠れた声は言葉にならなかった。喉がカラカラで、身体が震える。それが恐怖によるものなのか、期待感によるものなのか、アツァリには分からなかった。
 じりじりと迫る触手に一歩下がったところで、にゅるんと触手の一本が何か小さな包みを差し出した。掌に受け取ると、メモが付いている。

「オメガの発情期の抑制剤……試薬だけど、使ってみてって、これ、魔王様から?」

 こくこくと頭部に当たる部分を小刻みに動かす触手に、アツァリは拍子抜けしてしまった。触手が自分を慰めに来たと勘違いしたことが恥ずかしくて、ばくばくと心臓が鳴るのが分かる。

「あ、ありがとう」

 「どういたしまして」とばかりに胸に当たる部分に手を当てて一礼した触手が去って行っても、アツァリの胸の高鳴りは治まらなかった。
 抑制剤を飲んでしばらくすると、発情期は治ったようだった。安堵して部屋から出ると、姉に呼ばれた。

「リコスがあなたのこと心配してるから、顔を見せてあげなさい」
「あぁ、そうだな」

 「マッサージがかりさん」と触手を呼んで慕っているリコスは、触手にアツァリが発情期で苦しんでいるのを教えたのかもしれない。お茶の時間で寛いでいるリコスと魔王の元に行くと、魔王がリコスの頬に手を当てて、唇を奪おうとしていた。
 どうにもこの魔王は倫理観が薄い。まだ9歳のリコスが好きすぎて、行動が暴走してしまうことがある。
 それとなく止めようとアツァリが声をかけるより先に、魔王の手足に触手が絡み付いた。

「痛い!? なんだ、これは!?」
「よんのじがためなの! マッサージがかりさん、ルヴィニさまが苦しそう」

 四の字固めをして魔王を止めた触手は、リコスに呼ばれてしおらしく説教を聞く。

「ルヴィニさまはね、まりょくがひつようなの。それを、おれでがまんしてくれてるの。おれがはやく、おおきくなってルヴィニさまにいっぱいまりょくをあげられればいいんだけど……」

 魔力が不足しているどころか、捕らえた大魔術師から吸っているので、魔王は艶々としている。そのことに幼いリコスは気付いていないし、触手がそんな目的で使われることを気付かせてはいけない。

「その……マッサージ係さんとやらに、リコスが頼んでくれたのか?」
「なにを?」

 どちらかといえば9歳の甥に手を出す魔王ではなく、止める触手を応援したいアツァリだったが、欲望のままに振舞うのを止める倫理観のある触手というのがイメージになくて戸惑いが隠せない。まずはリコスに問いかけたが、琥珀色の目を丸くして、首を傾げていた。

「魔王様が?」
「こいつが薬草管理人の元に行っていたと思えば、あなたのためだったのか」

 リコスの叔父であるアツァリに良い顔をするための魔王の策略でもなく、触手が自主的に抑制剤をもらってきてくれたようだ。その話を聞くと、そわそわしてアツァリの尻尾が揺れる。

「もしかして、アツァリおじさんは、マッサージがかりさんがすきなの?」

 純粋な目で問いかけられて、アツァリは焦ってしまった。
 姉のことがあったからか、誰かに恋をしたり、愛したり、家庭を持ったりすることを考えたことがない。それ以前に、触手と恋愛が成立するとも思っていない。
 それなのに、胸に生まれた甘い感情はなんなのだろうか。
 発情期が戻って来たかのように、アツァリの心拍数は上がっていた。

「アツァリおじさん、あまぁいかおり」

 フェロモンが漏れ出していると気付いたのは、リコスに指摘されてからだった。開発途中の抑制剤では、完全には発情期は抑えきれなかったようだ。

「すまない、リコス、マッサージ係さんとやら、ありがと……うぉ!?」

 筋骨隆々とした身体が宙に浮いて、アツァリは慌てた。マッサージ係こと触手が、うねうねと伸びる触手二本でしっかりとアツァリを支えて、お姫様抱っこ状態にしている。そのまま魔王とリコスに頭部に当たる場所を下げて、するすると廊下を歩いていく。
 部屋まで送り届けられて、アツァリは触手を引き留めていた。

「フェロモンが漏れているが、あんたは平気なんだろう? お礼にお茶でも飲んで行かないか?」

 問いかけると触手が困ったように身をくねらせて、頭部に当たる場所を触手で指す。そこに目も鼻も口もないのだから、お茶を出されても飲みようがないのだろう。

「香りだけでも……もし飲めるなら、飲んで欲しいが」

 リコスの叔父でリコスが部屋に遊びに来ることもあるので、魔王はアツァリにも良いお茶やティーセットを用意してくれていた。ここで暮らす前は自分たちのことは全て自分たちでやっていたので、お茶くらいは淹れられる。
 ゆっくりと蒸らしてティーカップに注ぐと、触手は躊躇しているようだった。

「そういえば、触手で吸い取っていた……」

 大魔術師の中心に絡み付き、吐き出したものを触手で吸い取っていた触手にとっては、その場所が、口であり、目であり、鼻であり、感覚器官なのかもしれない。

「構わないから、味わってくれ」

 促されて、ぽちょんとティーカップの中に触手を一本入れると、中の綺麗に赤く発色したお茶が吸い込まれていくのが分かる。
 口ではなく触手をティーカップに突っ込んで味わう彼を見ながら、アツァリは不思議と心が落ち着くのを感じていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

逆転世界で俺はビッチに成り下がる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:766pt お気に入り:227

服を脱いで妹に食べられにいく兄

恋愛 / 完結 24h.ポイント:958pt お気に入り:19

【異世界大量転生2】囲われモブは静かに引きこもりたい

BL / 完結 24h.ポイント:923pt お気に入り:9,068

乱交パーティー出禁の男

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:285

最上級超能力者~明寿~ 社会人編 ☆主人公総攻め

BL / 連載中 24h.ポイント:946pt お気に入り:234

転生したら男女逆転世界

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:752pt お気に入り:684

改稿版 婚約破棄の代償

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,810pt お気に入り:856

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:20,000pt お気に入り:3,527

処理中です...