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第01章――飛翔延髄編

Phase 22:説教の狩人

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《PFO》中央暫定政権が所管する公用重力操作機。搭載した『Vs機関』によって浮遊する。形状や姿勢制御方式も一定ではなく、資金がある都市では順次最新機種に入れ替えられて、旧機体はそのほかの諸都市に払い下げられたり、一般人が高い消費税と贈与税を払って買い求める場合もある。使われる部品はどれも高いうえ、修理や改造には中央の許可が必要であり、広く普及しているわけでも数が多いわけでもない。しかし、その機能は一台で軍事的戦略を可能にするといわれている。そのため、徹底的な管理がなされているが、密かに闇ルートへの流通が続いていると指摘されている。














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 上空から被疑者を追うPFOの中ではアンドロイドが無線で命令を下していた。

「1斑はノースサウザンドアンツを、2班はキャッスルアップユーを封鎖せよ。それらの通りの間にある有料駐車場に被疑者を誘導する。4班は火器に指定された弾丸を込めよ。決して市販の弾丸を込めてはならない
 繰り返す! 市販の弾丸は込めてはナランゾッ‼」

 各関節部には細い銀色の油圧機構が露出し、それ以外を黒い装甲で覆う。アンドロイドの凹凸がない顔面も黒一色である。だが両眼に位置する尖った角度を持つ黄色いレンズは異彩と眼光を放っていた。

『こちら1班! 一般人と車両が邪魔で封鎖が』

「出来ナイとは言わせん。各員は所定の位置に移動し継続的に退避を呼びかけろ。封鎖の妨げになるなら強制的に排除し、邪魔にならない限りは無視せよ。3班は引き続き、私と犯人の誘導に努めるノダ」

 被疑者は目の前に降下したPFOをあざ笑うようにUターン。
 アーサーは追跡対象と面と向かい小銃で狙いを定めた。

『アーサー・ヒッグス右折せよ』

 短く冷たい無線連絡を耳にしてアーサーは一瞬白目をむくが、命令通りバイクを右へ向けた。
 被疑者も右へ逸れて保安兵から離れると、ビルの合間の歩道とも呼べない隘路に突入する。
 アーサーはリックに小銃を託し、無線のハンドマイクを口元に引き寄せた。

「あの時撃ってたらすぐ捕まえられましたよ」

『私の高次元演算領域が導イタ結果の通り動け。さもなくば懲戒免職とスル』

 ソコを右折シロ、という無線からの指示にアーサーは不満を噛み締め従った。

 被疑者は裏路地を行く。バイクの幅なら狭い通路も無理なく行けたし、邪魔な通行人に対しては怒鳴って壁に追いやった。勢いそのまま意気揚々と大きな道に出るが、保安車両が一方に壁を作っていた。
 引き返そうとした被疑者は、今しがた自分たちが通った道から見慣れた保安兵が向かってくるのを目にして、結果、通行できる方向へバイクを飛ばす。
 その後も道の封鎖と、複数のバイクによる接近と離脱と先回りを経験した被疑者は、何度目の出会いかわからない保安車両に行く手を阻まれ、後ろも後続車に塞がれ、唯一の逃げ道である開けっ放しのゲートをくぐった。
 そこは被疑者が願っていた駐車場だったが、フェンスに囲まれ、車両もまばらで人の気配がまるでない、と思われたその時、上空からPFOが飛来する。それを合図にバイクと車両がゲートから流入し、巨大な犬や後ろ足で直立二足歩行するバッタがフェンスを飛び越えてくる。
 フェンスの向こうでも続々と車両が集い、さらには牛の巨体も到着した。

「ちくしょう……ッ」

 被疑者を待っていたのは、車両とドアを盾にする保安兵たちが一斉に向ける銃口。
 PFOからスピーカーで命令が出る。

『今スグ武器を捨ててバイクから離れて腹ばいになれ。従わないなら銃撃スル』

 被疑者は首を巡らせる。三方はフェンスが並び、ゲートを隠す形で保安兵が弧を描くように立ち並ぶ。バイクが突破できる隙も銃撃を無事回避できる保証もない。淡い期待を胸にゲートへ目を向けたところで、アーサーが現場に到着し、銃口がもう一つ増えた。

「動いていいぞ?」

 アーサーの言葉を鵜呑みにしたわけじゃないが。被疑者がバイクの向きを軽く変える。それで銃口が一斉に距離を詰めにかかった。
 太っちょは苦し紛れにうそぶいた。

「いいのかよ。安い銃弾は暴発のリスクがあんだぞ!」

『我々ノ使ウ銃弾と火器は中央政府製造の検品済み製品だ。つまり高級火器と高級弾丸だ! よって暴発はあり得ナイ』

 被疑者は他に指摘する言葉も思い浮かばない。

「こうなったら……ッ」

 痩せっぽちは何か策を匂わせ、太っちょは期待した。





「痛ぇな!」

 腹這いになった被疑者は後ろ手に手錠をはめられ、持ち物をすべて取り上げられ、ヘルメットも奪われた。
 抵抗するすべを奪われると、強引に立たされて、小さく思える護送車へ追いやられる。
 車止めに腰を下ろすリックに、アーサーは近づいて言った。

「なあ早かったろ」

「まあそうかもな。そうじゃなくとも、訴える気力もなくなった」

「そりゃよかった」

 あっけらかんと笑う保安兵に向けて忌々し気に鼻を鳴らすリックは、犯人がいやいや突っ込まれた車両を眺めた。

「しかし……あの護送車、小さすぎやしないか? というか一般車じゃないのか?」

 確かに護送車の高さは直立した保安兵よりもわずかに小さい。

「ワシのトラックより小さいだろ。あれじゃ少し大きなSmに小突かれただけで転がされるぞ」

「そこに気が回るのは職業病ってやつか? それとも単なる趣味? あの車両は安く手に張った中古の救急車を改造したんだ。なんだったらそのまま檻としても使える」

「へぇ……檻ってことはトイレとかもついてるのか?」

「いいや」

「……はぁん。まあいい。それで送り届けてもらえるのか?」

「ああ勿論だ。ひったくり犯も無事捕まえたわけだし。こんだけ人がいるから誰かが事後処理をしてくれるだろうし。この事件の報告書作成は……きっと俺だろうがそれは後回しにしてパトロールに戻ったついでに人一人空港へ送り届けるくらい余裕だよ」

「ワシが言うのもなんだが、そんな適当な考えで仕事して大丈夫なんか?」

「おいおい、あんたを送り届ける途中で犯人と巡り会えたんだ。いいことはするもんだ。それに年寄り……じゃなくって困ってる市民を助けるのは保安兵の仕事だ。何も間違ってないだろ」

『アーサー・ヒッグス。今すぐPFOの元ニ来イ』

 自信に溢れた顔をフリーズさせたアーサーは、リックに言った。

「もう少し待っててくれ」

「わかった。タクシーを探してくる」

 リックはため息交じりに踵を返し車両を見渡す。車もSmも沢山あったがタクシーらしきものは見当たらない。
 一方、浮遊するPFOの下ではアーサーが敬礼する。足幅とつま先の角度は間違いないし、敬礼時の腕の形も申し分ない。しかし、物憂げな顔と雰囲気はとことん締まりがなかった。
 PFOの底には三つの球形のタイヤが半ば埋まっており、底の中心が円形にくり抜かれると、開いた穴から3対のライトのような器具がアームで降下し、放った光を一点に結んで立体映像を作る。
 アーサーは言った。

「何の御用でしょうかジャーマンD7署長!」

 部下を見下ろすアンドロイド、ジャーマンD7の胸から上の立体映像は、PFOより声を発した。

『呼バレた理由は分かってイルなアーサー・ヒッグス』

 ジャーマン7Dに言われてアーサーはうなずく。

「はい、もちろんです。ですが保安兵として当然のことをしたまでです。今回犯人を確保することができたのは、ひとえに仲間と市民の協力があったからです」

『褒メルつもりなどない痴れ者め。お前が容疑者を捕えるために尽力するのは保安兵として当然の職務である。そして私は、その職務のために市民を巻き添えにしろと言った覚えはナイ』

「いやでも、もしリックを降ろしてる間に犯人を見失ってたら」

『モチロンその場合も責任を問う。分かったなら反省の意思を行動によって示せ。この前も、職務を半ば放棄して歓楽街に出向いたことを注意したはずだ。忘れたノカ』

「あれは市民の安全を守るため、パトロールの一環で」

『パトロールの一環デ風俗店に2時間以上入リびたる理由がどこにある。店の従業員や客に対し、犯罪捜査の一環などと虚言を吹聴したコトもすでに調べがついているのダゾ!』

「虚言だなんてとんでもない。本当に調査のためですって」

『ダトしたらこちらで捜査内容を把握していない理由を説明できるのか。その他にも貴様ハ……』

 くどくどとジャーマンD7の説教は続く。傍から見ていた仲間は呆れる。

「アレで俺たちと同じ給料もらってるのか」

「まあ、いいんじゃないのか。アーサーは市民からは慕われてるし新米の悪い見本となってくれるし」

「いいか新米。ああしてベテランになっても怒られるようなヤツになるな。市民から税金泥棒って言われたくないだろ?」

「了解でーす」と答える新米は、何度も出ようとする犯人の頭を護送車へ突っ込み、扉を閉めた。

 途方に暮れるリックに保安兵が近づく。

「おじいさん。災難でしたね」

「気にするな慣れとる」

「そりゃよかった。こっちの落ち度で危ない目に合わせたわけだから埋め合わせに病院に送りますよ」

「ワシは健康だ」

「まあ、一応いろいろ見てもらったほうがいいですし、なんなら家にお送りしますよ」

「それなら空港に送ってくれ。用事があってな。無理ならタクシーを探す」

「そうですか。それではお気をつけて」

 保安兵は軽い会釈を交えて離れていく。
 リックは短い溜息を吐き、自分も立ち去ろうとした。しかし、足を止める。彼の目に留まったのは、若い保安兵が犯人のバイクを起こしている様子だった。
 保安兵はバイクのゴブリンから注射器を引っこ抜く。すると、別の保安兵が駆け寄る。

「おい、勝手に取るな! それ証拠物件だぞ」
「すみません」

 恐縮する若い同僚から、叱った保安兵は注射器を受け取る。そこにリックが話しかけた。

「何かあったのか?」

 いえ別に、と保安兵は警戒する。リックはそれはさておきといった風にバイクを観察した。

「そうか……そいつは犯人が載ってたバイクだな?」

 そうです、と若い保安兵が答えると、リックはエンジンに近づいた。

「このゴブリンどうもおかしいな」

 その言葉を裏付けるようにゴブリンは表面に朱色と不規則に脈打つ枝分かれした隆起を広げ、小刻みに震えていた。
 リックは片膝をつき、地面に下した鞄を漁る。
 若い保安兵がもしかしてと伺うので、リックは明かした。

「ああ、Sm職人だ。ビーバーガレージって知ってるか?」

「ビーバー……ああ、変なSmがいるって」

「変な噂が立ってやがるな」

 リックはさっきドワーフに使った温度計とゴブリンの口を見比べて、新たに取り出した銃のような温度計をゴブリンに押し当てる。

「歯を食いしばっちまって……どれどれ、やたらと熱が上がってる。深部温度が142度。放射熱は……54度」

 若い保安兵はゴブリンからの熱気に耐えかねて、バイクスタンドを下ろし、立たせたバイクから少し離れた。 

「ゴブリンの表面の隆起も異様だ。内科系の異常というには症状がはっきりしすぎてる。興奮反応もこれは熱異常というより、内部器官破損に対する警告反応に見えるな」

 リックは保安兵の手にある注射器を指さし、それは? と尋た。
 答えたのは若い保安兵。

「それは、そのゴブリンに突き刺さっていたものですが」

「ちょっと、見せてみろ」

 持っていた保安兵は、アーサーを叱責している上官の映像を一瞥してから、老人に注射器を差し出す。
 リックは針先から匂いを嗅ぐ。

「……ガソリンとスペアミント、それとココアを混ぜたような匂いだ」

「もしやSmのブーストドラックですか?」

「Smを連れてるだけに知識はあるな。それとも保安兵ならそういう代物に出くわすか? だが……これは今まで嗅いだことのない。オレンジのような、いや乳香に近い匂いもする」

「というと?」

「調べないとわからんということだ。今すぐSm職人を呼んだほうがいい」

「それって」

 リックはゴブリンを指さす。

「まずはこのバイクを拘束したほうがいいな。勝手に動き出せば面倒になる。頑丈な鎖でも持って来てそこらの街路樹に括り付けろ。あるいは大型のSmに乗せて運べ。車輪をどこにもくっつけるな」

 わかりました、と若い保安兵が言い終わる前に唸り声が鮮明となる。
 皆の視線が注がれた先には、食いしばった歯を軋ませるゴブリンの顔面があった。
 土色だった皮膚は嫌な赤身を深め、熱気と湯気を立ち昇らせる。表情筋は一つ一つ空気を入れたように膨れ、増大を続ける痙攣は爆発を予感させ、激しい振動でとうとうバイクが横倒しになる。
 しかし誰も立ち上がらせようとしない。
 職人としてふるまったリックが距離をとるので保安兵も引き下がる。
 そのころになって、叱られていたアーサーも異変に気付いた。









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