絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 41:アレサンドロの災難だ

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《シュターヘルム》通称ジャーマンヘルメット。第二次終末戦争の前ドイツで製造された軍用装備。近代武器への対抗として製作された機能的な防具ではあったが。第二次終末戦争が勃発し、対人および近代兵器戦闘がなかったため、兵士の戦意高揚を目的として飾りの多い古式ゆかしいヘルメットがもてはやされた。戦時中、シュターヘルムも一応は支給されたが兵士にはもっぱら即席の鍋として扱われ、顧みられることはなかった。しかし、戦争終結後。機能性と安価で大量生産がしやすい点が再評価される。














 
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 嗚咽を漏らしてトラックに近づくアーサーは、ポンプアクションのショットガンを上官に渡した。
 そのヘルメット、と突然指差す上官に目を丸くしたアーサーは、自身の頭に目を向ける。
 一挙手一投足が無機質なアンドロイドにも何か思うところがあるのかと期待したアーサーは笑顔になった。

「ああこのヘルメット! いやぁ保安兵のヘルメットはリックに貸したっきりどっか行っちゃって。保安兵舎に戻ったついでに取ってきたんですよ。これバイカー界隈で有名なメーカーのビンテージ品でしてね。終末戦争のときに実際使われたジャーマンヘルメットを改造したもので」

 黙ッテ渡セ、と冷たい音声を発したジャーマンD7は部下にショットガンを突き付ける。
 アーサーは表情を凍てつかせ、訳も分からぬまま片手で顎の留め具を外し、ヘルメットを差し出した。

「え、あの……。強盗は犯罪です署長」

「強盗ではナイ……。拝借ハイシャク転用テンヨウダ」

 アーサーの目の前で、貸与したヘルメットがドラム缶に突っ込まれた。

「ああぁぁぁああああ! 何やってんだ!」

 喉を切らんばかりに叫ぶアーサーはトラックの荷台を掴んで縋る。
 保安兵舎の片隅で数日掃除を忘れられたトイレの便器にも匹敵する絶望的な臭気が蔓延した荷台にあって、ドラム缶が真っ当なはずなどない、と考えなくても判断できた。
 ジャーマンD7はヘルメットをワイングラスのごとく下支えし。

「燃料補給ノためニ容器が必要だったノダ」

 平然とした音声を宣うアンドロイドにアーサーは涙目で訴えた。

「だからって人のヘルメットを! それビンテージ品なんですよ!」

 ルーフに引き下がったジャーマンD7は。

「中古品ナラば好都合。新品に買い替えるがいい。安ければ経費扱いにしてヤル。それと保安兵舎支給のヘルメットを紛失し、職務中に私物をわざわざ取りに戻ったことに関して、後で始末書を提出セヨ」

 アーサーは目から嘆きの尾を引く。

「やっぱりロボットは嫌だッ」

 部下の心情もビンテージ品のプレミアム価値もお構いなしなジャーマンD7は、片腕と頭部をショットガンの肩紐にくぐらせ、開いた両足でフロントの縁を踏みしめ、ボンネットを留めていたベルトを一つ解く。もう一つは不調法にもただ革の輪っかに通しただけで無視できた。
 しかし、老人には無視できない事態があった。

「しまった。ボンネット開けたら見えない! おいポンコツ前のじょ……」

 リックがすべてを言い終わる前に、フロントの右端に両足を揃えたジャーマンD7が、ボンネットを根元から引き千切った。

「あぁぁあああああああ!」

 老人の末期を予感させる絶叫すら意に介さないジャーマンD7は、ボンネットを担ぎ、コレで視界が確保でキタ、とうそぶく。

「ふざけるなポンコツ! 人の車壊しやがってッ」

「それはそうと、どうやってオイルを注入すればいい!」

 ルーフにボンネットを置いたジャーマンD7は両足をフロントの端に預ける。見下ろすエンジンルームの真ん中では、つぶれた人の顔に近い造形が、鬱々とした表情を浮かべ、ゆるく膨らんで萎むを繰り返していた。
 リックは歯をむき出しにした。

「給油ノズルを外したらオイルを嗅がせろ! 腹が減ってたら口を開ける! そうならなかったら口移しでやるんだな!」

「私に口のような無駄ナ機関ハナイ」

 並々とオイルを貯めたヘルメットをトラックの動力たるドワーフに近づけるアンドロイド。
 その過程でリックは

「言っとくが動力源のSmを傷つけたらトラックを動かすどころじゃないからな」

「ソレくらい承知している。それよりもだ。さきほど、この溶液には消化不良を引き起こす物質を混入したと聞イタが」

「ワシのドワーフの腹は、三連型酸性消化嚢でオプションパーツで酸性物生産を強化してある。だから消化は気にするな。むしろ、空腹が問題だ」

 リックは鞄を片手で漁り、中から取り出した軽い容器を振って、畜生からか、と唸る。  
 一方、ドワーフはオイルの匂いを感じたのだろう。密集する細い肉垂に隠していたぶ厚い唇を開き、注がれるオイルを喉に受け入れた。無造作な投入方法は人間ならば嚥下反応を引き起こしそうだがドワーフは表情も変えない。

「燃料ハ足リタカ」

 ジャーマンD7の問に、リックはメーターを睨む

「そんな量、足しにもならん! まだまだ必要だ!」

 ジャーマンD7が後方に目を向けると、ちょうどゴブリンが喉元を膨らませ始めた。
 鉄の腕がトラックを叩いて、ゴブリンが嘔吐スルゾ、わかっとる! の言葉が交わされる。
 ジャーマンD7は背中でルーフを転がり、迅速にヘルメットを持ち替え、給油を繰り返す。
 トラックは車線変更を果たす。
 嘔吐のため顔面を上へ向けていたゴブリンの正面にアーサーが移動した。

「手前ェのせいで、きょう一日散々だッ!」

 そう言ってアーサーは、手早く両手を使って手榴弾のピンを引き抜き、レバーを開放。
 ゴブリンが口を開くと、アーサーが振り返りざまに放り投げた手榴弾が牙の隙間に侵入した。
 ウィーリー気味のバイクでアーサーが離脱すると、ゴブリンの口が内部から爆ぜる。
 嘔吐に失敗したゴブリンは頭を下げて薄く開けた口から、血肉を混ぜたどす黒い吐瀉物をこぼす。
 さらには、保安車両から銃弾とグレネードの発射が繰り出され、ゴブリンの前脚が着実に破壊され、支えにしていた車のタイヤはバーストし、爆発により車軸がひしゃげ。ローラースケートのような扱いはもう無理となる。
 ヤルデハナイカ、とフロントの縁に屈んで身を隠すジャーマンD7は静音で称賛した。
 機械の人差し指の先端が斜めの切り口を起点にスライドすると、指の断面から飛び出た突起が火花を放つ。その火花でボンネットを二度平行になぞると、スライドした人差し指は最初の手順を逆に辿って元に戻る。
 ジャーマンD7は二つの溶断による線の間を軽く押してから、ボンネットを二つに折りたたむ。
 リックはひどく顔を歪め、嘆きとも怒りともつかぬ眼差しをフロントガラス越しでアンドロイドに向けた。
 二つ折りにしたボンネットの半面にある溶断の間に突出する部分が引っ張られ、取っ手になる。  
 ボンネット製の盾の完成を目の当たりにし、リックは自分の財産が勝手に使われた産物だとわかっていても、
やるじゃん、と呟いた。
 ジャーマンD7の視覚である画面には、リック唇の動きに点と線のエフェクトが張りつき、今さっきの動きから言葉を解読する。

「サバイバル術の一環ダ。それより前ヲ見て運転セヨ」

 リックは話すつもりがなかったのに会話が成立して身の毛がよだち加えて苛立った。

「ふんッ、人さまのボンネットを勝手に使っておいて偉そうに。サバイバル術の前に処世術をインプットして少しはまっとうな対応をしてみろってんだ」
 
 ジャーマンD7は老人の怒りを無視して無線を駆使した。

「アーサー・ヒッグス」






 ミニッツグラウスの機内では、突然声を発したパイロットにマクシムが歯茎を剥く。

「何言って……」

「俺のことはいいから、犯人をッ」

 太っちょピートがアレサンドロの頭を殴りつけ黙らせ、マクシムが胸倉を掴み二人係でナイフを首にあてる。

「ふざけたこと言ってると、マジでぶっ殺すぞ!」

 今にも有言実行してもおかしくない剣幕の相手に、アレサンドロは激しい表情で怒鳴った。

「じゃあ、殺せばいいだろ! どのみちミニッツグラウスが飛び立てば街の防空システムに撃ち落されるか。不安定になった機体が墜落するんだ」

 マクシムは短い逡巡をして、ヘッドフォンに問い詰める。

「今の話は本当か?」

『……防空システムについては、市庁舎の判断に委ねられる。だが機体の墜落は大いにあり得る』

 マクシムはナイフを振り下ろす。
 太腿に刃が食い込んだアレサンドロは叫んだ。
 何をしている、とルイスの冷静を装う声が問いただす。

「ああ、ごめんよ。手が滑ってナイフが落ちてな。パイロットが怪我しちまった」

 アレサンドロの腿からナイフを引き抜いたマクシム。
 次は片目を抉ってやるか、と相方の提案を聞いたピートが嗤って言った。

「時間はたっぷりあるからな。慎重にやればお医者さんぐらいきれいに取れるんじゃないか?」

「だといいな。さあどうする? 聞いてるんだろ? どうするんだよルイス。パイロットが細切れになるぞ?」

「待ってくれ」

 マクシムはアレサンドロの震える頬に濡れたナイフを押し付ける。

「お前には借りがある。くだらない真似をしてくれた借りを返してやるよ」

 ルイスの耳元に別の通信が届く。

『こちらジャーマンD7。車ノ手配デあれば受け入レル』

 了解、と答えたルイスは無線機に言った。

『待ってくれマクシム。パイロットを開放してくれれば代わりの移動手段を提供する。そして私が人質になる』

 待てルイス、とジャーマンD7が呼び止めるがマクシムの声が優先された。

「ほう……。じゃあ、その時はパンツ一枚でこっちに来いルイス。なに、俺は変な趣味はないから安心しろ。ただし、ナイフがあるから、あんまし抵抗すんなよ?」

『……わかった。じゃあ、少し時間をくれ』

「時間はいくらでもあっただろうが……ッ! 次は、こっちのターンだ」

 吠えたてたマクシムは人質の目に刃を向けながら相棒に、頭押さえろ、と命じる。
 するとピートは取り出した細い紐をアレサンドロに巻き付け座席の後ろを踏みしめると、人体と座席をまとめて縛ってしまう。
 俺の相棒は賢いな、と呟くマクシムは人質の首をナイフで叩いた。
 従順にならざるを得ないアレサンドロは三重に縄をかけられ腕も体も拘束され、その上、首にはピートの腕が巻き付き、頭頂部も鷲掴みにされる。
 こうなるとピートの胸先三寸でアレサンドロの首はへし折られてしまう。
 しかし、それ以上の脅威と悪意が差し迫っていた。
 マクシムは血によって光るナイフを確かめる。

「さてと。お医者さんごっこなんて初めてだが……。ナイフを人に使うのは慣れてる。きっと、ケーキのイチゴをスプーンで掬い上げるように綺麗に目玉も取れるだろうな」

『待て! もしパイロットに何かあれば困るのは君たちのほうじゃないのか?』

 ルイスの通信を聞いてマクシムは手を止め、確かにその通りだ、と言わんばかりにうなずく。

「そうだな……。ケーキのイチゴは最後のお楽しみにとっておかなきゃなぁ」

 助かった、なんて一末も思わなかったアレサンドロの目の前に、ペンチが差し出される。

「やめろ! ウグッ」

 懇願を唱えたアレサンドロの口にナイフが挿入された。垂直の刃が歯を支え、口の閉塞を拒む。
 マクシムは片手でナイフを、もう一方の手でペンチを操った。

「本当は手になじんだヤツをもってたんだが保安兵どもにとられちまってよ。けどこっちも、ちゃんと悪い歯を潰さず引っこ抜けそうだ。ほんと、この飛行機には何でも揃ってる」

「ほかの脱出手段もあったりしてな!」

 ピートの言葉に笑うマクシム。
 ペンチによって前歯を挟まれたアレサンドロは喚いた。するとナイフが歯を削りながら喉の奥へと滑る。

「おいおい騒ぐんじゃねえよ! 舌が二枚になっちまうぞ! ああ、お前にはおあつらえ向きだな」

 通信を聞いていたソーニャは合掌し祈りの姿をとる。だが、手の届かない絶望に何の救う手段もないと、目を見開いた顔が如実に表していた。  
 少女に負けず憔悴が色濃いのはベンジャミンであった。ほかの整備士たちも顔色を不安一色に染めていたが、特に際立って悲壮に飲まれている様子だった。

「こうなるくらいなら……いっそ」

「町に解き放ってもっと大勢を危険にさらせばよかったって?」

 ベンジャミンは自分が口走った言葉に別の可能性を付与した保安兵に振り向いて、絶望でも怒りでもなく、ただ事実に向き合う頑なさを示す相手の顔を見た。
 女性隊員は。

「選ぶしかなかったんだよ……」

 保安兵の仲間と同じく、冷静なれど厳めしい顔のルイスは。 

『人質に危害を加えるならこちらも交渉を考え直さなければならなくなるぞ?』

「行動を起こさなきゃ信用は勝ち取れないだろ? 俺たちが本気だってわかってくれないだろ?」

 余計なことは、とルイスが咎めるのをマクシムの怒声が遮る。

「余計かどうかは俺が決める!」

『わかった! だから』

「安心しろこの男が死ぬのはお前たちが無能だって証明された時だ。それまで絶叫をおたのしみくださ~い」

 もはや子供みたいに喚き散らすアレサンドロ。大の男の情けない姿に犯人二人は狂笑に浸る。
 通信を聞いていた人々も、いまさらになって後悔した。
 ソーニャはただ組み合わせた手に力を入れて、共感が作り出す幻の苦痛に耐えた。
 その時

「やめろッ!」

 甲高い声がミニッツグラウスの機内に轟いた。

 無線を聞いていた人たちは、ぐっとスピーカーに顔を寄せ耳を澄ませる。

 犯人二人が振り向いたのは操縦席の後方に広がる空間。そこは物資を格納する領域であり、その上部に目を凝らすと上下の幅が狭いロフトがあり、その入り口で、天井に頭をつけた少年が片膝を抱えるような窮屈な姿勢で小銃構えていた。

「嘘だろ、なんで……」

 ベンジャミンは機体に向かって目を見開いた。









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