絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 88:選択に気をつけよ

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《エゴサーチバトン》マグネティックアーツを利用することで、Smのグレーボックス想起性顕在反応を表層と内部諸相から読みとり、それぞれの情報を統合して、Smの自我レベルを判断する観測装置。自発的な判断力を示すスキルレベルはブラックからホワイトまで9段階に区分される。イエロー以上でエゴ度が高いと判断され、申請書類の記載に不都合が生じる場合もある。命令履行型など自立行動を前提としたSmは、一年に一度、エゴ試験が求められ、グレーボックスへの抑制措置などが講じられる。













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 パイプウニ型撮影機の中央で空を仰ぐ丸いガラス窓が、内部から発する光で黄色に染まった。
 コントロールルームでオペレーターが画面の情報をもとに報告する。

「エゴサーチバトンの解析の結果出ました! エゴレベル54.08% スキルイエローと断定!」

 グライアは頭に被る機械の獣の中で、見開いた眼を泳がせる。

「それでは命令履行型と変わりないじゃないか! 一体パイロットは何のつもりで……いや、犯人が使った薬の影響か? しかし、スキルイエローということは、カラスに匹敵する運動神経値だぞッ。特注のグレーボックスがなければ考えられんが。それすらも構築したというのか?」

 思い悩む間にも、チームリマ02投薬準備完了しました! と報告が上がる。

「投薬チームは一時退避、被害を受けたナスの不調を再度確認。整備チームはヴァハビタール、カーリープロン、アテナラムも用意しろ。それと量もの変更も念頭に入れてくれ。観察チームはチェックリストをα-3に変更。さらにΣ-5を追加する」

 了解! 部下たちの声に気後れも狂奔も感じない。しかし、現場から届く混乱をグライアは理解していた。

「どうやら、暴走した機体の鎮圧、ではなく、野良Smの処理と思ったほうがいいな……」

 一方ヘリでは、事態の急変に狼狽する責任長がパイロットに、今すぐ指揮官につなげ! と喚きヘッドフォンのマイクの向きを正す。
 グライアは。
 
「投薬チームからそれぞれ三名を選び、レージニウムを3キログラム投薬してもらう。それで反応を確認し……」
 
『グライア隊長! いったい何が起こったんだ!? 機体が墜落しそうじゃないか!』

 通信を介して鼓膜に届く責任長の詰問に対しグライアは、ただ今状況確認中です、と端的に答えた。
 一方の部下はミニッツグラウスの機内に通信する。

「こちら創空隊! ミニッツグラウスの乗組員聞こえますか?」
 
 応答願います、と繰り返しの声の間にミニッツグラウスは一回転して正常に戻る。
 アレサンドロが我が子の無事を確かめ応答する。

「こちらアレサンドロ! 無事だ! 死人は出なかった」

 機長の目に映るベンジャミンは少女から紙袋を受け取り項垂れる。
 顔色が戻ったソーニャの肌は若干艶やかになっており、紙袋をもう一つ鞄から取り出し、丸くなった紙袋をそこに入れた。そしてもう一枚未使用の紙袋を出して親子に、使う? と尋ねるも相手二人は首を横に振る。
 徹底的に青ざめてたベンジャミンは、まだしぼんでいる紙袋を片手にヘッドフォンのマイクに応じた。

「こちらベンジャミン! どうなってるんだ?」

 機内はどうなっていますか、と質問を質問で返されたベンジャミンは唾を飲み込み深呼吸して。まだ何が何やら、と答えた。そこへソーニャが、ベンジャミン! と呼んできた。
 勝手に動く少女に咎める視線を送るが。小さな手が指さす先を一目見て、表情を一変させる。
 ソーニャが示したのはピート、ではなく、その上に項垂れるスロウスの頭を隠す物体。それは張り出す軟組織の壁を突き破って登場し、肉を腐らせたような醜悪な見た目をしており、接続する管の膨張に合わせて震えていた。
 なんなんだよぉ、とピートは怯え慄きスロウスの足にしがみつく。
 犯人と状況に構わず物体へ近づくソーニャは口走った。

「これって、だいぶ形が歪だけど高分解肝臓だよね?」

 ベンジャミンも壁を伝って隣に来る。

「ゴミフォアグラ……ッ」

 振り返ったソーニャとピートは、なにそれ? と声を合わせた。
 ベンジャミンは首の無線機に言った。

「聞こえるかナスの運転手たち! いや管制! ゴミフォアグラができちまってる。投薬は一旦中止だ!」

 何がどうしたの? とソーニャが詰め寄る。
 ベンジャミンは、知らないのか? と目を丸くする。
 うなずく少女にベンジャミンは困惑を隠せない様子で語る。

「ゴミフォアグラ。つまり異常腫瘍あるいは廃棄臓物って言われる不完全な高分解肝臓さ。ジズ眷属の流れをくむSmに備わるオリジナル高分解肝臓の出来損ないだよ」

「それなら知ってる……。ジズ眷属がメインのBFWの機体には元から優秀な高分解肝臓があるって。でも特化型の高分解肝臓のほうが効率が良くて対応できる物質の種類が多いし、能力も制御できる上、組織変異抑制も高いから。そっちを移植して通常は投薬と抑制因子の組織的発生による機械的封印で、オリジナルの肝臓の発生は停止させられる」

「ああそうだ。けど、BFWの機種は肝臓異常が起こりやすくてな。封印のせいも相まって、こうして異常腫瘍として全く予期しない箇所に高分解肝臓が形成されることがある。といっても、メンテナンスをしていれば防げるし、よっぽど点検と整備が雑なじゃなければ初期段階で見つかる上、大きくても人の頭程度に収まって機能も不完全に終わる。けどまさか内壁を突き破って発達するなんて」

 彼らが観察する臓器は飛び出る面積だけでもベンジャミンの頭二つ分以上だ。
 ソーニャは振り返り、スロウス壁を広げて! と告げる。
 自立Smが横を向き背中と両手足でこじ開けた空間にヘッドライトの光が照射された。組織の壁に浮き上がる色味の悪い臓器は、薄膜を突き破って零れ、中には管でぶら下がっているものも見つかった。

「もしかしてあれ全部ゴミフォアグラ? でも、どうして……。もしかして」

「薬物の投与が関係してるのかもな……」

 ソーニャのせい? と少女は自身の過失に戦慄する。今まで薬物注入を行ってきたことを回想してしまと、因果が小さな双肩に重く圧し掛かり、体の熱が失わて動けなくなる。悔恨によって心臓が止まりそうな、いやむしろ今すぐ止まって欲しいとさえ思えてくる。でないと迫りくる罪悪感に発狂してしまう。
 すると、肩を強く掴まれた。その衝撃が罪を責めるようなものに感じて、さらに委縮した少女は振り返り、掴んだ張本人である整備士の強い眼差しを受け止める。

「ベンジャミン……」

「俺が言った投薬ってのは犯人のしでかしたことだぞ?」

 そう告げてベンジャミンは一度、太っちょへ鋭い視線を向ける。それから。

「それに俺だって投薬に加担したからな……。何が引き金になったにせよ。俺たちの行動がなかったら助からなかった奴らがいる。お前を責めることができる人間なんて一人もいない。いたら俺がぶっ飛ばしてやる」

 うん、とうなずくソーニャだが、その表情は決して晴れることはなかった。
 ベンジャミンは発達した臓器を睨む。

「しかも、お前が使ったヘルジーボは表層の組織変性を回避するため組織を変質させ組織構築を阻害させるものだ。内部に浸透して作用する薬剤じゃないし、もし僅かに導管中に流れ込んで深部に達したとしても、それは組織再生で回復できる程度に終るか、こんな結果をもたらすようなことはない。SmNAの多重の封印を解除することはできないからな」

「でも、機械的封印を破壊してたら? 肝臓発生を抑制する機能を破壊してたら?」

「この機体には、機械的抑制はなかったんだ。SmNAの改変だけさ。それはヘルジーボでは手の届かない領域だろ?」

 少女は頷いた。それを確認してベンジャミンは続ける。

「ちなみにウラシマリムスとSmRGも、この機体に対する使用適正薬剤の一つ。こんな事態を起こすことはない。あったとしたら、数か月毎日キロ単位で注入しないと起こらないし、もっと別のダメージが顕著になる。となると、投薬の前から、それこそ俺たちが突入する前から発生の下準備が始まっていたのかもしれない。さっきの燃料脂肪みたいにな。そうでなきゃ説明がつかない」

「ベンジャミンは、下にいたとき見なかったの?」

「腹腔はほかの臓器を守るため発達抑制が厳重だったから……。いや、でも何度か壁に触れたとき変な違和感を覚えたぞ」

「そう。でもそれなら……これだけあるってことは」

「ああ、普通一つ二つなら、あまり問題になることはないがこれだけ多いと、たとえ一つ一つの機能が不十分でも、総合的に解毒能力も高くなっているはず。つまり機体の薬剤耐性も上がってるって思ったほうがいい。分解されにくい薬剤。あるいは分解されて効果を発揮する薬剤を投与する必要があるが……」

「じゃあ、機体の機能表を参考にすれば効果的な投薬が可能なんじゃ」

「ヒプノイシンは、まさしくそれだったはずだ……。分解前と後で作用する。ちと強烈だがな。それが効いてないとなると……量と種類が必要だ。最悪機体を損なうことになってもな」

 ベンジャミンは席に戻ると、ヘッドフォンのマイクに尋ねた。

「ナスのチームをいろいろしてる、えっと……何とか飛行隊、じゃなくて……」

「中央政権直轄部隊。創作航空小隊……略して」

 少女の助けで記憶が再生したベンジャミンは。
 
「創空隊の皆さん! 何かほかの方法は考えてるのか?」

『創空隊の者です。現状から新しく作戦を導きました、全身麻酔ではなく翼部に対する局所麻酔に移行しようとのことです。そうして、薬物の効果範囲と濃度を集中させる。ただし』

「局所だと他の元気が有り余った部位が動き出して最悪捕縛に手間取るんじゃないの?」

 ベンジャミンとヘッドフォンを共有するソーニャの質問に通話者は。

『その可能性は十分ありえます。見たところ骨格の自由度が予想以上に上がっているとみられますし。それと機内は埋もれているそうですが、そちらの猶予はまだありますか?』

「ああ、今のところコクピット周りは組織の浸食は見られない。だが燃料が心配だ。なんせ給油の制御ができてないと思われる。メーターもおかしくなってるし、どこまで飛べるかわからない」

 少女の声に呼ばれたベンジャミンは、ソーニャが指さす天井を仰ぐ。
 コクピットと貨物空間の間に異変が現れる。布地で覆われていた天井がゆっくりと膨張し空間の圧迫を始めた。

「どうやら燃料以外の心配事も増えたらしい……」

 と言っているそばから続いて、コクピットの窓ガラスにも肉が根を這わす。
 アレサンドロの呼び声に振り返り、外の異変も理解したベンジャミンは顔をゆがませると、同じ事態を目撃していた同伴者たちの横顔に注意が向く。
 パイロットの目は見開かれ、子供二人の表情は戦慄がありありと発露されていた。
 その時。

『聞こえるか。私はメイ・グライア大尉。ナスを統率するものだ』

 突然の女性の声にベンジャミンは自己紹介し、戻ってきた少女とヘッドホンを共有して、話を傾聴する。

『今すぐミニッツグラウスのコクピットの窓ガラスを割って子供を連れだすことはできないか?』

 聞いていたソーニャは大きくした眼をベンジャミンに向ける。
 グライアの言葉は続く。

『ガラス窓にはまだ目立つ組織がない。つまり、電導神経が皆無と思われる。ならば破壊しても反応は低いとみられる。安全な場所に移動できれば怪我の手当てもできるしな』

 ベンジャミンは。

「俺は技術者として最後まで機内に残る」

 そのようなことは、とグライアは疑問を呈するが。

「考えてる時間もないし、一人くらい中に専門家がいたほうが何かと都合がいいと思うぞ」

「ベンジャミン……ッ」

 ソーニャは縋る思いで名を呼び、相手を見上げた。









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