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第02章――帰着脳幹編

Phase 118:掴めるうちに希望の種を掴みなさい

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《78式汎用機関銃》スラーヴァ社会主義帝国が開発製造したPZ機関銃を社会主義同盟国であるCADAが無許可で複製した機関銃。その性能は、もとになったPZ機関銃に引けを取らず、一部の製造方式を変えるなどの工夫もされている。スラーヴァはザナドゥカと交易を結んでいないが、こうしたコピー品が同盟国で作られ、安い値段で海外へ売り出されるなどして、敵対国にも技術が流入しており、時に、スラーヴァの国軍が使用する武装の中にも、こうした精巧なコピー品が混ざっているケースがある。












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 ソーニャは、コロンビーナの走行によって発生した突き上げる振動に体が浮き上がり、思わず声を上げてしまう。道具入れから刃物の持ち手が出ているとも知らずに。
 床を見下ろすソーニャは、やっぱり脚の振動は強いな、と呟くが。スロウスの挙動が心配で思わず後方を見つめてため息が出る。
 意識が不安に乗っ取られ文字通り後ろ向きになる少女の顔を覗き込んだキャプテンは目配せして考え深げに語りだす。

「ソリドゥスマトンってのは、どんなに準備しても見守っても、長くっても思いがけない行動をして、時に他人は勿論もちろん、持ち主を傷つけることもある。だが、今回、おじょうさんがあのSm、スロウスを出撃させなかったら、俺たちが直接攻撃を受けてたことだろう」

 少女は、同意を求めるような、すがるような表情となっている。
 それを察したキャプテンはおもんばかる面持ちだ。

「お嬢さんの気持ちも分かるぞ。自立式のSmってのは事前の命令が欠かせないからな。そう考えると運用には持ち主の責任が伴う。だがよ、同時にこうも思うんだ。人には領分りょうぶんってもんがある」

 領分? 言葉を繰り返す少女は自分が腰にぶら下げている道具が人間という大型獣に狙われていると気が付いていない。
 武器ではない道具を彼女はベルトの右に携行していた。よって、引付役のキャプテンの左手側にいるライオネルが一番近くに位置し、暗黙あんもくのうちに窃盗を担当することとなる。
 しかし、よくも悪くも三者の距離が近い。
 キャプテンは少し、居心地を直す素振りで腰を浮かせライオネルから離れて話を続ける。

「そう。領分とは、人がその手に抱えきれる責任の重さのことだ。お嬢さんは賢いんだろうな。だから、余計なものまで抱え込んでしまう」

 最早もはや、少女は従順な聞き手でしかない。ライオネルは周囲を警戒し、自警軍の隊員の目が外にばかり向かっていると判断し、それが継続することを願って首を伸ばし、音もなく少女へ歯列を向ける。
 キャプテンはライオネルから顔を背けるように機体の後方へ振り向き、遠くを見つめる。
 すると、少女もその挙動に誘われて同じ方角に目をやり、相手の言葉を静聴した。

「だが、冷静になって自分の現状を見定めないと。今度は自分が無駄に傷つくことになる……」

 敵襲だ! の声に皆が戦慄せんりつした。
 ライオネルは少女が振り返るよりも早く首を引っ込めた。
 キャプテンが少女の背後へ体を近接させるが身長が足りない。反転した少女の右側に近づいた人々も距離が足りない。自由への切符が走り出す少女に持っていかれる。小さな切り札に一縷いちるの望みを託していた賊徒がみな未来へつづく道が音を立てて崩壊するのを感じていた。
 ライオネルの目は血走り、爛々らんらんとした光が瞳を横切った。そして少女の腰が鼻先を過ぎた瞬間、倒れこむような動作で、体を伸ばした。走るために振り回される少女の腕が道具入れをいじらしく隠して晒す。もし触れてしまったら、と客観的に予想した襲撃者一同は息を止めてしまう。しかし、猛獣の形相になり果てた男に恐怖が作用する余地はなかった。
 腹筋で体を支えるライオネルは倒れることも覚悟で、道具入れから覗く銀色の持ち手へと飛び込み、噛み締める。
 まだ少女の前に並ぶ少年少女とその仲間たちは下を見て張り詰めた表情を隠す。
 老人には見えた。部下が突き出した顔面へ、少女が走るために振るったひじが振り落とされる瞬間を。
 老人の顔は苦悶くもんゆがみ声なき叫び声が頭の中でとどろく。 
 自主的に首を捻るライオネルは鍛えぬいた腹筋と下肢の力で元の位置と体勢に戻ろうとするが、少女の肘が頬に接触する。白目に血管が広がる一方、全身の血が虚空こくうへ引っ込み体温は消失する。
 恐怖の生み出す幻想の反応に支配されたライオネルは、ゆっくりとした時間の中で少女が振り返るのが分かった。

「ん?」

 誘導標識の格好で立ち止まるソーニャが後ろを見ると、ライオネルは前傾になって少女と同じ方向を見て、キャプテンと顔をつき合わせた。
 虜囚りょしゅうたちは頭の中で絶叫を響かせる。
 しかし、天は泥棒ですら見捨てない。いや、最後まで諦めなかったものに光は差した。
 ソーニャからはライオネルの後頭部しか見えておらず、彼が咥える盗品は視認できない。だが、何かがおかしい。

「ごめんなさい、ぶつかったと思うんだけど? 痛かった?」

 とソーニャは謝罪する。
 思わずほかの人間が首を横に振る。
 大丈夫ぅ? とソーニャが身を傾ける。その予兆を察したキャプテンが差し出された刃を噛む。盗品を支えてもらったライオネルは心置きなく口を開いた。

「大丈夫だ! こちらこそぶつかって申し訳ない! それより襲撃者だ! 逃げろ、いや、どうか頼む! 縛られた我々には君しか頼れる人間がいないんだ!」

 それを聞いて目を大きくしたソーニャは、胸に秘めた正義感せいぎかんを再確認し、強くうなずく。

「任せて! ソーニャがみんなを守ってあげる!」

 少女がきびすを返したことを察したライオネルは後ろ手に縛られた両手をこぶしにして、それで体を支えて反転し、気前のいい笑顔で、ああ任せた! と少女に激励げきれいを贈る。
 てのひらには、首を垂れるキャプテンが口から離したメスが落下した。
どんな状況! と操縦席まで来たソーニャが問いただす。
 なんで来たんだ! とマーキュリーは言い返しつつ座席から腰を浮かせて、虫らしいコロンビーナの眼から外を見た。すると、コロンビーナの眼に弾丸が襲い、ガラス片が飛ぶ。短く叫んだソーニャは腕で顔を隠す。
 少女を庇ってマーキュリーは被害を一身に浴びる。
 運転を務める自警軍の隊員を守るため、仲間の一人が割れた眼から射撃を始めた。
 大丈夫か? うん、の短い問答を経てマーキュリーは少女を後ろへ連行する。
 しかし、途中で銃座のために横の扉が開いていた。一方の銃座の機関銃はスロウスによって破壊され、今は隊員の小銃が主力を担う。
 銃座に残されたスリットのある盾が搭乗者を守る。
 襲い来る敵は建物の影から攻撃を加えていたが、自警軍の反撃や威力のある銃座からの射撃に撤退する。
 ディノモウの武装を合わせれば合計2つの銃座と訓練された自警軍による射撃、それとまっとうな装備が数の差を狭め拮抗する。
 襲撃者は言い合う。せっかくの獲物だ! 逃がすな! これを逃せばまた三日断食だ! と。
 コロンビーナを見下ろす建物の屋上では、蜻蛉とんぼを背負うドライブフライの爆弾魔が笑みを浮かべて観戦に興じる。
 銃座と射手が並ぶコロンビーナの横っ腹は、弾丸が飛び交う激戦区である。
 ならコロンビーナの先頭は、というとそちらも射撃に見舞われて安全な場所とは言えない。
 そんな中でも比較的平和だったのは、虜囚が集まる機体後方だ。
 たくッ、とマーキュリーは短い唸りを吐いて射撃が止んだ一瞬の隙に、少女を後ろへ撤退させ、密集する虜囚の前に立たせると、少女が背負っていた盾を持ち主の胸の前に持ってきて、しっかりと当人に持たせた。激しい凹凸と溶接の痕跡が目立つ盾だが、まだまだ役目を果たせるだろう。

「いいかソーニャ、絶対に動くんじゃないぞ! その盾で身を守れ。元の持ち主もその盾のおかげで助かった……まあ、最後は黒色ガソリンの海に……いや、忘れてくれ。とりあえず盾に身を隠して、後ろに気をつけろ!」

 わかった、と少女が頷けば後ろの虜囚たちも肩身を寄せ合って頷く。
 マーキュリーはそんな連中に向かって。

「いいか前たち!」

 マーキュリーは上着に隠す背中から、ブーメランの片割れを取り出す。もとより分割できる構造だったのだろう、刃からグリップが斜めに伸び、片割れだけでも『V』の形に見え、手中のグリップの引き金を引くと、刃の先端にある小さな穴から、熱を伴う光の刃が飛び出した。
 黄色いエナジーエッジの光に目を染め上げた襲撃者たちは息を呑んで、マーキュリーの言葉を静聴する。

「もしうちの雇い主に何かしてみろ……これで切り刻んでやる。断面から血が出ない分、死ににくいから、その時はせいぜい苦しんで、生まれてきた後悔を噛み締めろ」

 ソーニャを含め、満場一致で皆、素直に頷いた。
 光の刃を消し、肩に下げる機関銃を持ったマーキュリーは操縦席へと向かう。

「俺は、前の援護に行く! 何かあったらすぐ駆けつける」

 わかった! とソーニャが声を発しマーキュリーが背中を向けた瞬間。ライオネルが解放された片腕で少女の体を盾諸共もろとも拘禁して首筋にメスを突き付ける。さらにはジュディがソーニャの腰から道具入れを引っ掴んだ。
 ソーニャがすべてを察した時にはライオネルが、動くな! と声を張り上げた。
 すでに抜刀して光の刃を差し向けていたマーキュリーは静止する。
 自警軍隊員も状況を把握して白眼をくが、外にも警戒しなければいけない。内憂外患ここに極まる中、緊迫した状況をヘイデンとジュディの声がぶち壊しにする。

「おおすげえ、こりゃいいもんだ」

「ほんと、安もんじゃないよ。無茶苦茶高いってこのメス。キャプテンのよりずっといい!」

 なんだと!? とキャプテンが異議を発したが。刃を目にすると途端に表情を消して見惚れた。
 鏡のように磨き上げられたソーニャの道具を検分するジュディと少年と老人へ、ソーニャは驚愕と怒りを露にする。
 返せ! ソーニャの物だぞ! と抗議して暴れる人質をライオネルは腕力で締め上げ、離脱することを許さない。

「静かにしろ! じゃないと首を切り裂くぞ! ケガしたくないだろ?」

「そっちだって、ソーニャを生きたまま連れ去りたいんじゃないの?」

「わかってるな。そうだ。もし俺たちを逃がしてくれるならソーニャの命は助けてやる」

 保証ほしょうのない約束を吐くライオネルの目は、敵対する大人たちに向けられた。
 マーキュリーは手出しも言葉も出ない。代わりにソーニャが苦悶に満ちた顔で告げる。

「仕方がない。こうなったのもソーニャの責任……」

 待てソーニャ、とマーキュリーが口をはさむ。
 しかし、キャプテンも出しゃばる。

「おい、ここは逃げるんじゃなくて、あいつらを追い出してコロンビーナを奪取するべきだろ!」

 ライオネルは。

「それは欲張りすぎだキャプテン。この機体で逃げるとなると、ミッドヒルの兵士と交渉して安全を保障してもらう必要がある。この図体は地上を行くには目立つからな……」

「交渉が下手だな。手の内を明かすと足元みられるぞ?」

 マーキュリーの指摘にライオネルは鼻を鳴らす。

「お互い底は見えてるはずだ。こっちは逃げる。あんたは子供の命を助ける」

「俺がガキの命なんて気にしないって……いや、実情は知れてるか」

「ああ、だがこっちもそれは同じ。ここで逃げられるなら、なんだってする。少女を助けてもいい」

 自分のために矛盾することを平然と語るライオネル。
 ジュディが賊徒へ配った刃物によって次々と拘束が解かれる。
 自警軍隊員は機関銃を構える。火器の数は少ないが、外にも中にも振舞うのに十分な弾丸を有していた。一方で虜囚たちは手こそ自由だが、持っているのは子供から奪った刃。人を傷つけるに事足りる刃渡りと鋭さを持っている。しかし、機関銃の一斉掃射に勝てるほど便利ではない。
 ライオネルは言いつのる。

「あんたらの不安を解消することもできるはずだぞ? 物騒な連中とおさらばできる。決して悪い条件じゃないはずだ」

「悪い奴が何言ってんだか……」

「まって、それよりも道具を返して!」

 ソーニャが口を挟むと、ライオネルは険しい顔になる。

「うるさい黙って……」

 ライオネルはソーニャに手首を掴まれた。少女の二の腕は拘束されているが、肘から先はある程度自由だった。
 首に触れる刃を離すつもりだと思ってライオネルは刹那せつなに苛立つ。ここは少し刃を押し付け立場を分からせる。だが、思いのほか力が入り、少女の首筋から血が流れ、機内の振動も相まって、赤い線が刻まれる。慌てて力を抜いたライオネル。だが刃が目に見えて少女の首に突き刺ささる。皮の下を進む感じで深くは刺さっていないはずだが、潜り込んだ刃の幅は少女の小指の爪の幅くらい、そう願う。
 おい! とライオネルが怖気づき手を引いた。
 しかし、少女は相手の手を引き寄せる。

「道具を返せ! でないとソーニャは死ぬ!」

 少女は泣き叫んだ。涙も鼻水も出して、ひどい顔で訴える。

「道具を返せ! 返してくれないなら死んだほうがましだ!」

「ふざけるな、そんなことして」

「リックが! おじいちゃんがくれたものなんだ! それを失ったらソーニャ……ッ」

「やめろソーニャ! ただの道具だろ!?」

 と声を荒げるのはマーキュリーだった。
 しかし、ソーニャは。

「違う! 職人の命だ!」

 キャプテンは、道具を返してやれ! と皆に告げる。

「冗談じゃない! 素手でやり合えってか?」

 と襲撃者の一人が反論するがライオネルと目が合ったキャプテンは。

「馬鹿野郎! このガキはクズ相手でも自分が扱うSmの行動を気にするほどケジメができてるやつだ!」

「そんなわけ、道具ごときで……」

 まだ疑う襲撃者をキャプテンは血走った眼で黙らせ、声を荒げる。

「ここでガキが自殺してみろ! お前らも道連れになるんだぞ!?」

 その瞬間、マーキュリーは片手の機関銃を手放し。両手で分割したブーメランを握ると、光の刃が空気を焼き切り、鈍い音を奏でる。
 炎熱を発する切っ先を突きつけ。

「言っておくが、その娘を一人だけ天国に送るつもりはない。おっと……ただし、お前たちが天国に行けると思うなよ? ましてや、楽に死ねるなんて望むだけ無駄だ……ッ」

 マーキュリーの声は、敵味方関係なく人々の鼓膜に重くぶつかり、泣く子も黙らせた。









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