21 / 30
南ノ神 朱雀
肆,温泉ニテ
しおりを挟む
「はひゅうぅぅ…」
私は洗った髪をくるりと結い上げ、大きな湯船につかり、大きくため息をついた。
「極楽極楽~…」
ついでに鼻歌も。
ここは個室についている温泉ではなく、大きな大浴場。しかも露天。参拝日には大勢の人がくるからそのためのものらしい。空を仰ぐと星が瞬いている。
そんな大きな温泉に一人きりなのだ。そりゃ鼻歌も歌いたくなる。
私は鼻までつかった。ぶくぶく、とはなぶくをつくる。
顔をだし、そのままゆっくりとつかっていると、のぼせてきたので私はそうっと立ち上がった。
と、大浴場の扉ががらりとあいて、誰かが入ってきた。しかし、もくもくと上がる湯煙で誰だか分からない。
誰だ…?
ぼんやりと人影が見えてきた…私は驚いて急いでしゃがみ込み、湯の中に体を隠した。
入ってきたのは、朱空だった。下ろしている朱色の髪は肩甲骨あたりまであり、濡れてひかっている。いつもよりどこか色っぽく、威圧感がない。
むむ、意外とタイプ…かも。
朱空はしゃがみ込んだ私をみて一瞬立ち止まったが、大して気に止めず、体に湯をかけて入ってきた。
私はすすす、と朱空から離れた所に移動する。
そんな私をみて朱空はははっ、と笑った。
「そんな逃げることはないぜ。俺は気にしない」
「そ、それならいい…わけないじゃない!何ここ、混浴なの?!私聞いてない!」
私は鋭く返した。
朱空は肩までつかりながら苦笑した。
「すまんすまん…そんなかっかすんなって…俺、言ったはずなんだが。覚えていないか?」
「記憶にございません」
ふいっとそっぽを向く。
「もういいけど。朱空がこっち見なければね!」
朱空は素直にくるりと後ろを向いた。
私は朱空を横目に見ながら朱空の近くの、湯の中にある腰掛けに座り、下半身だけつかった。
すこしひんやりとした夏の夜の空気がのぼせた体に気持ちいい。
しばらくすると朱空が話しかけてきた。
「…なあ、千幸」
「なに?」
「お前、辛くないのか?あんな獣たち(特にあの2匹)につるまれて。男どもばかりで息苦しだろう」
私は朱空のきゅっと引き締まっている大きな背中を見つめた。
「そんなそとないわよ?千凪はとても仲良しだし、千雪のことは一番信頼してる。千雨は……千雨はいざというときに助けてくれる。だから辛くなんてないわ」
「それだけか?」
「なにが?」
「お前、気づいてないのか?」
「だから何をいってるのよ!」
「だからッ…」
朱空はがばっと振り返った。
かち合う視線。朱空が小さくあっ、と言った。表情が、体が、固まる。
私は素早く大きい布で体を覆い、すくっと立ち上がった。大きく手を振りかざす。
「さいっっていっ!!」
ばっちいぃぃぃん!!
私の叫び声と朱空を平手打ちした音が重なった。
朱空は勢いよく湯に張り飛ばされた。
私は踵を返すとぷりぷりしながら大浴場から出ていった。
殴る前の朱空の顔に焦りが浮かんだのは見物だったが。
「うおっ?!」
千幸が出てきたため大浴場に入った千雪、千凪、千雨らは浮かんでいる朱空に驚いて止まった。
千雨は走って駆け寄った……すってーん!
無様に転んだ。
「………!!(爆笑爆笑爆笑)」
笑いすぎて声が出ない千凪を他所に千雪は朱空の元へ行った。
くるりと体を引っくり返し、抱えるようにして息を吸わせる。
「朱空大丈夫っ?!」
朱空はげほげほと咳き込んだが頷いた。
「だ、大丈夫だ…」
ほっとしたのも束の間、こんどはつうっと鼻血が。
「…?!」
千雪は持っていた布を当てようとしたが、朱空はそれを振り払い、乱暴に拭い、すっ、と真顔になった。
「意外とでかいんだな、あいつ」
ぼそっと言った一言だが、千雪の体がぴしっと強ばった。俯いたその顔に影が落ちる。
「今、なんて?」
「え、だからでかいなって……あ」
千雪の目を見た朱空はぎくりと止まった。
「ん、どしたー?」
笑い終え、千雨を助けた千凪が二人の元へ寄ってきた。しかし、千雪の険悪なムードにはたと止まる。
顔を上げた千雪は満面の笑みで、目には最大の殺気を浮かべながら
「ふぁっきゅ♡」
千雪は抱えたままだった朱空を湯の中に沈めた。
「えええ、ちょ、雪ーっ?!」
止めた千凪だったが、千雪から事情を聞くと咳き込んでいた朱空を自ら沈めた。
それを今度は千雨がとめたが、こちらも事情を聞くと殺気を込めて朱空を沈めた。
一日に3回死にかけた朱空だった。
私は洗った髪をくるりと結い上げ、大きな湯船につかり、大きくため息をついた。
「極楽極楽~…」
ついでに鼻歌も。
ここは個室についている温泉ではなく、大きな大浴場。しかも露天。参拝日には大勢の人がくるからそのためのものらしい。空を仰ぐと星が瞬いている。
そんな大きな温泉に一人きりなのだ。そりゃ鼻歌も歌いたくなる。
私は鼻までつかった。ぶくぶく、とはなぶくをつくる。
顔をだし、そのままゆっくりとつかっていると、のぼせてきたので私はそうっと立ち上がった。
と、大浴場の扉ががらりとあいて、誰かが入ってきた。しかし、もくもくと上がる湯煙で誰だか分からない。
誰だ…?
ぼんやりと人影が見えてきた…私は驚いて急いでしゃがみ込み、湯の中に体を隠した。
入ってきたのは、朱空だった。下ろしている朱色の髪は肩甲骨あたりまであり、濡れてひかっている。いつもよりどこか色っぽく、威圧感がない。
むむ、意外とタイプ…かも。
朱空はしゃがみ込んだ私をみて一瞬立ち止まったが、大して気に止めず、体に湯をかけて入ってきた。
私はすすす、と朱空から離れた所に移動する。
そんな私をみて朱空はははっ、と笑った。
「そんな逃げることはないぜ。俺は気にしない」
「そ、それならいい…わけないじゃない!何ここ、混浴なの?!私聞いてない!」
私は鋭く返した。
朱空は肩までつかりながら苦笑した。
「すまんすまん…そんなかっかすんなって…俺、言ったはずなんだが。覚えていないか?」
「記憶にございません」
ふいっとそっぽを向く。
「もういいけど。朱空がこっち見なければね!」
朱空は素直にくるりと後ろを向いた。
私は朱空を横目に見ながら朱空の近くの、湯の中にある腰掛けに座り、下半身だけつかった。
すこしひんやりとした夏の夜の空気がのぼせた体に気持ちいい。
しばらくすると朱空が話しかけてきた。
「…なあ、千幸」
「なに?」
「お前、辛くないのか?あんな獣たち(特にあの2匹)につるまれて。男どもばかりで息苦しだろう」
私は朱空のきゅっと引き締まっている大きな背中を見つめた。
「そんなそとないわよ?千凪はとても仲良しだし、千雪のことは一番信頼してる。千雨は……千雨はいざというときに助けてくれる。だから辛くなんてないわ」
「それだけか?」
「なにが?」
「お前、気づいてないのか?」
「だから何をいってるのよ!」
「だからッ…」
朱空はがばっと振り返った。
かち合う視線。朱空が小さくあっ、と言った。表情が、体が、固まる。
私は素早く大きい布で体を覆い、すくっと立ち上がった。大きく手を振りかざす。
「さいっっていっ!!」
ばっちいぃぃぃん!!
私の叫び声と朱空を平手打ちした音が重なった。
朱空は勢いよく湯に張り飛ばされた。
私は踵を返すとぷりぷりしながら大浴場から出ていった。
殴る前の朱空の顔に焦りが浮かんだのは見物だったが。
「うおっ?!」
千幸が出てきたため大浴場に入った千雪、千凪、千雨らは浮かんでいる朱空に驚いて止まった。
千雨は走って駆け寄った……すってーん!
無様に転んだ。
「………!!(爆笑爆笑爆笑)」
笑いすぎて声が出ない千凪を他所に千雪は朱空の元へ行った。
くるりと体を引っくり返し、抱えるようにして息を吸わせる。
「朱空大丈夫っ?!」
朱空はげほげほと咳き込んだが頷いた。
「だ、大丈夫だ…」
ほっとしたのも束の間、こんどはつうっと鼻血が。
「…?!」
千雪は持っていた布を当てようとしたが、朱空はそれを振り払い、乱暴に拭い、すっ、と真顔になった。
「意外とでかいんだな、あいつ」
ぼそっと言った一言だが、千雪の体がぴしっと強ばった。俯いたその顔に影が落ちる。
「今、なんて?」
「え、だからでかいなって……あ」
千雪の目を見た朱空はぎくりと止まった。
「ん、どしたー?」
笑い終え、千雨を助けた千凪が二人の元へ寄ってきた。しかし、千雪の険悪なムードにはたと止まる。
顔を上げた千雪は満面の笑みで、目には最大の殺気を浮かべながら
「ふぁっきゅ♡」
千雪は抱えたままだった朱空を湯の中に沈めた。
「えええ、ちょ、雪ーっ?!」
止めた千凪だったが、千雪から事情を聞くと咳き込んでいた朱空を自ら沈めた。
それを今度は千雨がとめたが、こちらも事情を聞くと殺気を込めて朱空を沈めた。
一日に3回死にかけた朱空だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる