月下の妖

てぃあな・るー

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南ノ神 朱雀

肆,温泉ニテ

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「はひゅうぅぅ…」

 私は洗った髪をくるりと結い上げ、大きな湯船につかり、大きくため息をついた。

「極楽極楽~…」

 ついでに鼻歌も。
 ここは個室についている温泉ではなく、大きな大浴場。しかも露天。参拝日には大勢の人がくるからそのためのものらしい。空を仰ぐと星が瞬いている。
 そんな大きな温泉に一人きりなのだ。そりゃ鼻歌も歌いたくなる。
 私は鼻までつかった。ぶくぶく、とはなぶくをつくる。
 顔をだし、そのままゆっくりとつかっていると、のぼせてきたので私はそうっと立ち上がった。
 と、大浴場の扉ががらりとあいて、誰かが入ってきた。しかし、もくもくと上がる湯煙で誰だか分からない。

 誰だ…?

 ぼんやりと人影が見えてきた…私は驚いて急いでしゃがみ込み、湯の中に体を隠した。
 入ってきたのは、朱空だった。下ろしている朱色の髪は肩甲骨あたりまであり、濡れてひかっている。いつもよりどこか色っぽく、威圧感がない。

むむ、意外とタイプ…かも。

 朱空はしゃがみ込んだ私をみて一瞬立ち止まったが、大して気に止めず、体に湯をかけて入ってきた。
 私はすすす、と朱空から離れた所に移動する。
 そんな私をみて朱空はははっ、と笑った。

「そんな逃げることはないぜ。俺は気にしない」

「そ、それならいい…わけないじゃない!何ここ、混浴なの?!私聞いてない!」

 私は鋭く返した。
 朱空は肩までつかりながら苦笑した。

「すまんすまん…そんなかっかすんなって…俺、言ったはずなんだが。覚えていないか?」

「記憶にございません」

 ふいっとそっぽを向く。

「もういいけど。朱空がこっち見なければね!」

 朱空は素直にくるりと後ろを向いた。
 私は朱空を横目に見ながら朱空の近くの、湯の中にある腰掛けに座り、下半身だけつかった。
 すこしひんやりとした夏の夜の空気がのぼせた体に気持ちいい。
 しばらくすると朱空が話しかけてきた。

「…なあ、千幸」

「なに?」

「お前、辛くないのか?あんな獣たち(特にあの2匹)につるまれて。男どもばかりで息苦しだろう」

 私は朱空のきゅっと引き締まっている大きな背中を見つめた。

「そんなそとないわよ?千凪はとても仲良しだし、千雪のことは一番信頼してる。千雨は……千雨はいざというときに助けてくれる。だから辛くなんてないわ」

「それだけか?」

「なにが?」

「お前、気づいてないのか?」

「だから何をいってるのよ!」

「だからッ…」

 朱空はがばっと振り返った。
 かち合う視線。朱空が小さくあっ、と言った。表情が、体が、固まる。
 私は素早く大きい布で体を覆い、すくっと立ち上がった。大きく手を振りかざす。

「さいっっていっ!!」
ばっちいぃぃぃん!!
 
 私の叫び声と朱空を平手打ちした音が重なった。
 朱空は勢いよく湯に張り飛ばされた。
 私は踵を返すとぷりぷりしながら大浴場から出ていった。
 殴る前の朱空の顔に焦りが浮かんだのは見物だったが。


「うおっ?!」
 千幸が出てきたため大浴場に入った千雪、千凪、千雨らは浮かんでいる朱空に驚いて止まった。
 千雨は走って駆け寄った……すってーん!
 無様に転んだ。

「………!!(爆笑爆笑爆笑)」

 笑いすぎて声が出ない千凪を他所に千雪は朱空の元へ行った。
 くるりと体を引っくり返し、抱えるようにして息を吸わせる。

「朱空大丈夫っ?!」

 朱空はげほげほと咳き込んだが頷いた。

「だ、大丈夫だ…」

 ほっとしたのも束の間、こんどはつうっと鼻血が。

「…?!」

 千雪は持っていた布を当てようとしたが、朱空はそれを振り払い、乱暴に拭い、すっ、と真顔になった。

「意外とでかいんだな、あいつ」

 ぼそっと言った一言だが、千雪の体がぴしっと強ばった。俯いたその顔に影が落ちる。

「今、なんて?」

「え、だからでかいなって……あ」

 千雪の目を見た朱空はぎくりと止まった。

「ん、どしたー?」

 笑い終え、千雨を助けた千凪が二人の元へ寄ってきた。しかし、千雪の険悪なムードにはたと止まる。
 顔を上げた千雪は満面の笑みで、目には最大の殺気を浮かべながら

「ふぁっきゅ♡」

 千雪は抱えたままだった朱空を湯の中に沈めた。

「えええ、ちょ、雪ーっ?!」

 止めた千凪だったが、千雪から事情を聞くと咳き込んでいた朱空を自ら沈めた。
 それを今度は千雨がとめたが、こちらも事情を聞くと殺気を込めて朱空を沈めた。
 一日に3回死にかけた朱空だった。
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