アレク・プランタン

かえるまる

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第2章 幼年編

139 お風呂のお約束

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「昨日の夜、花火が上がってたね。アレク見た?」

朝食の席でアリシアが聞いてきた。

「えー、マジ?俺寝てたよ」

「なんだよ、アレク、お前イビキばっかりかきやがって!」

「えっ?ハイル、お前が言うか!」




お昼過ぎ。
何事もなかったかのように合宿所で体術の指導をするレベッカ寮長が、俺にだけわかるよう、ニッコリと微笑んだ。







その日の夕方。
男子寮の先輩たちから男子に極秘指令が下った。

「しーっ。静かに、1年生も集まれ!」

先輩たちが静かにしろと言いつつ、男子を集めた。

「いいかお前ら、今夜はこの合宿最大のお楽しみの夜だ!」

「なんすか?先輩」

すっかり勉強の虫と化していたハイルが、大して興味は無いとしながら適当な感じで尋ねる。

「今夜は温泉に行く日なんだ」

「温泉?」

「ああ、漁港の裏に温泉があってな。そこに行ける日が今夜なんだよ。今夜だけは領都学園が貸切にしてるんだ」

「「「おおーー温泉かー」」」

即座に。俺を含めた1年生男子の誰もがそれぞれに妄想を膨らませた。

「夏合宿に温泉とくれば、男のお約束は何かわかるかハイル隊員?」

途端にやる気に満ち溢れたハイルが直立不動で即答する。

「はい!男のロマンは、覗きであります隊長!」

「その通りだ。ハイル隊員」

(なんだよ、その隊長、隊員って!)

今夜貸切となるのは海辺ながら塩水でなく、ふつうに良いお湯が沸く温泉だという。
海を眼前に、岩場に湧き出る温泉。
男湯の先には10メル(10m)弱の橋を渡って女湯になっているという。
橋さえ渡ることができれば、岩石が見る者を隠してくれるという。

「かわいい後輩隊員たちよ、立ち塞がる強敵にだけは気をつけろよ」

「最大の強敵は誰だ?」

「「「レベッカ寮長!」」」

「そうだ」

「本作戦の最大にして最強の敵はレベッカ寮長だ」

「「「サーイエスサー!」」」

「もし捕まったら‥」

「ゴブリンに捕まった乙女と同じ目に遭います隊長!」

(なんだよハイル、その漲るやる気は!)

レベッカ寮長は例年、この橋の前に椅子を置いて男子の侵入がないよう監視しているという。

「先輩、とってもいいお話なんですが、さすがにレベッカ寮長の見張りを潜り抜けるのは難しいんじゃないでしょうか?」

「よくぞ聞いてくれた
アレク隊員!」

(だから何の隊員なんだよ!)

「偵察隊員情報によれば、今夜レベッカ寮長はご実家の用事だとかで明日の朝までいないそうなんだ」

ハイルが叫んだ。

「我々の勝利も約束されたであります!」

ごくん。

思わず俺も唾を飲み込んだ。

「作戦を発表する」

「「「ハイ!」」」

「斥候1名、ハイル隊員!」

「ハイ!」

「索敵をしながら渡橋。対岸より警戒をしつつ全員を渡橋させること!」

「サーイエスサー!」

「アレク隊員は、男子風呂前で夕涼みを装って待機。女子に悟られぬよう監視されたし。全員の渡橋後、合図を待って全速で渡橋するように!」

「サーイエスサー!」

いつのまにか俺も叫んでいた。

「作戦開始!散開!」

「「「サーイエスサー!」」」





音も立てずに橋に近づく斥候ハイル。

(おい誰か帰ってきたぞ!)

風呂桶を叩いて注意を促す俺。

カポーン、カポーン

前方より敵2の合図だ。
すかさず橋の下に隠れ、この敵をやり過ごす斥候ハイル。

(今度は敵が3人来たぞ)

カポーン、カポーン、カポーン

風呂桶を3回叩く俺。
すかさず橋の下に潜り直すハイル。
ナイスな連帯感だ。


静かになった。

ヨシ、ゴーゴーゴー!

ハイルは突貫で一気に渡橋を成功。岩陰にて両手を大きく伸ばしてマルを作った。

(ヨシ、では順次行くぞ)



と。

「ま、まさか・・・」

そこには橋を前に、バスタオル姿で椅子に座るレベッカ寮長がいた‥‥‥。



「諸君、本作戦は失敗に終わった。ハイル隊員の尊い犠牲に感謝しつつ‥‥撤収ー撤収ー!」

蜘蛛の子を散らすように逃げていく男子寮生たちであった。






ハイルのその後。

身を隠しているとはいえ、レベッカ寮長に気配を悟られぬわけもなく‥‥‥

「そこに隠れている子、すぐに出てらっしゃい!」

「‥‥‥」

「もう一度だけ言うわよ。そこの岩陰に隠れている子よ。出てらっしゃい!」

「はい‥‥教官」

「まっ、ハイル君だったのね」

トボトボと項垂れながら橋を戻るハイルの頭が再び持ち上げられる。

ウィーーン

出た!人間UFOキャッチャーだよ!

「あうあう、あうあう」

「いやらしいわねっ!そんなに女の子の裸を見たいの?だったらお姉さんの裸を見せたげるっ!」

はらり

UFOキャッチャーに吊り上げられたままのハイルの眼前に、バスタオルをはだけて一糸纏わぬ姿になったレベッカ寮長が現れた。

ブシューーー

「あうあうあう‥‥」

盛大に鼻血を吹きだして気絶するハイル。

(何見たら鼻血が出るんだ?しかもお前、気絶ばっかりしてねーか?)






そんな騒動もあって満足に温泉に入れなかった俺。
深夜、あらためて温泉に行った。
もう学園貸切タイムは終わっているため、普通に地元の人にもすれ違った。
すると。

「あらアレク君?(温泉)今から?」

「あっ、ナタリー寮長!は、は、は、はいー」

そこには湯上がりの大人美女がいた。

(女神降臨だよー!)

「昨日は本当にありがとうね」

「い、いえ、ぜ、ぜんぜん、たた、大したことありません!」

「フフフ。じゃあごゆっくり。おやすみ」

「は、は、はい!ナタリー寮長、おやすみなさい!」

俺はぼーっとナタリー寮長の後ろ姿を追っていた。
ナタリー寮長の湯上がり姿、しかもなんかいい匂いもしたし。くんかくんかしながらクラクラした俺はしばらく動くこともできなかった…。


じーっ

じーっ


ぼーっとナタリー寮長が去っていくのを目で追っていた俺の姿を、アリシアとキャロルがしっかりと見ていた‥。








翌朝。

「アレク!昨日の夜中、ナタリー寮長を目で追ってたのを見たわよ!いやらしい!」

「ホント!スケベ!」

「えっ!見てたの?
ごめんなさい。反省してます‥」




この日はお楽しみの海水浴だ。
この日ばかりは勉強はナシ。漁村の先の砂浜へみんなで歩いて行った。

キャー
キャー
キャー

水をかけあったり、泳いだり。
浜辺の海は、とにかく最高だった。
水着姿の女子はみんな可愛かった。
ナタリー寮長の水着姿は‥‥‥ハイルだけでなく俺も鼻血が出そうだった。

「アレクどうしたの?」

「顔が赤いわよ?」

「べ、べ、別に赤くねーし‥‥」

「フフ。なに照れてるのよ!」

「照れてねーし‥‥」


いつもバカを言い合うくらい仲良くなったアリシアとキャロルのかわいい水着姿にも照れて、まともに視線を合わせられない俺だった。
(やっぱり女子のほうがマセてるんだよな)


見てはいけないモノもあった。
レベッカ寮長のハイレグ水着だ。これは違った意味で目の毒だった。

あー楽しいなー。
俺は平泳ぎやクロールをして楽しく泳いだ。


「こうか?こうか?」

バタバタバタバタ

「ああいいぞ、うまいぞ」

バタバタバタバタ

両手を持って相方のバタ足を促す。

そう、寮の相方ハイルは泳げなかった。
もちろん海を見るのも、中に入るのも初めてだという。
ただセンスは良いみたいで、ものの5分もしない内に浮かんで犬掻きをし始めた。


キャー
キャー
キャー

その後は、アリシアやキャロルとボール投げをしたりして遊んだ。

うわぁーん!
チクショー最高だぜー!

なぜか泣きながら遊ぶハイルがいた。



「おーい?ハイル何処だ?おーい?」

「ハイルくーん?」

あれ?さっきまでいたハイルがいない。

「おーい?おーい?」

しばらくして、ぷかーと浮上するハイル。

「おい!しっかりしろ!」

「レベッカ寮長!ハイル君が!」

沈むボールを追いかけて、ハイルは溺れてしまった。
(本人曰く、あまりの楽しさに息をするのを忘れていたらしい)


「まっ!たいへんよ!息をしてないわ!」

レベッカ寮長が言う。

(えっ?マジ?ヤバいんじゃね?)


ガバッ!

ちゅーーー!

ハイルを抱えた寮長が呼吸をしないハイルをマウストゥーマウスで息を吹き込む。




「んん?」

しばらくして蘇生を果たしたハイルがいた。

「ああ、みんな。俺溺れたんだな」

「そうよ、危なかったんだからね!」

アリシアとキャロルが声をかける。

「なんかね、俺、天使が見えたよ‥」

「「「天使‥‥」」」

なんとも言えない空気感が漂った。

「アレク‥‥何があった?」

「‥‥いや‥知らない方がお前のためだ‥‥」

「ご馳走さまっ!」

レベッカ寮長が呟いた。

「えっ?何?」

ハイルが周囲を見渡す中、みんなが下を向いていた。






「「さーみんなーお昼ご飯よー!」」

レベッカ寮長とナタリー寮長の2人が寮生たちを呼ぶ。
ふだんは1日2食なんだが、こうもしっかり遊ぶとさすがに腹も減る。

「「「腹減ったー」」」

砂浜に作られた簡易テントには、お楽しみのBBQが用意されていた。
大小さまざまな魚や、海老、貝。鍋もある。
そこには予想以上に美味しそうな魚貝類が並んでいた。
年配の方々を中心に、漁村のみなさん総出の歓待だ。

食事の前に、漁村のお爺さん村長が挨拶をした。

「今年もみんなで来てくれてありがとう。寂しくなったこの村も、学園のみんなが来てくれる夏は、賑やかだったころを思い出せるんじゃよ。どうかお腹いっぱい食べておくれ」

「「「いただきまーす」」」


「「うまっ!」」

「「おいしーい!」」

塩中心の味付けだが、なんと魚醤もあった。魚醤は魚から作られた醤油みたいなものだ。田舎の爺ちゃんが好みだったので俺にも馴染みの調味料が魚醤だ。
うん、この世界にきて、塩以外に初めて出会う調味料だよ。
シンプルに塩も美味しいが、どの魚も貝も少し魚醤を垂らして炙ればそのおいしさはさらに美味しくなった。村の名産という魚の干物や、海藻や魚のアラで煮て魚醤で味付けをした漁師汁もたまらなくおいしかった。

「アレク君、こっちに来たら?」

「はーい」

レベッカ寮長やナタリー寮長と一緒に、楽しく話しながらのBBQ。
やっぱり夏はいいな。
最初に挨拶をした村長さんや村のお年寄りも中に入って、食べて歓談する楽しいひとときだ。

「アレク君、この漁村ね、海の魔獣のせいで寂れちゃったのよ。それでも昔、私やお兄ちゃんがアレク君くらいのときはまだ賑やかだった名残りもあったのよ」

「そうなんじゃよ。こいつが村をダメにした魔獣キーサッキーなんじゃ」

こう言いながら、村長さんがキーサッキーという名の海の魔獣をBBQ台にどーんと乗せて焼き始めた。

「見た目が悪いんじゃよこのキーサッキーは。ワシは決して見た目ほど不味くはないと思うんじゃがの。みんな食べたがらず、結局駆除出来ずに増えすぎて魚も獲れなくなって村も廃ってしまったがの」

俺の記憶にある「それ」の数倍はあるキーサッキーを焼きながら村長さんが言った。

「レベッカ寮長、これが魔獣キーサッキーなんですよね?」

「そうよ。クネクネして気持ち悪いわよねー」

そう言いながらクネクネしだすレベッカ寮長。

(いやいや寮長の方が怖いよ!)

「あーん!?」

レベッカ寮長の形相が瞬時に魔獣に変わった。

(えっ!?また俺、口に出してた?)

「ゴホ、ゴホッ。寮長、なな、なんでキーサッキーって言うんですか?」

「アレク君今何か言ったかしら?」

「言ってません!」

「‥まあいいわ。それはね、鳴き声がキーキー言うのよね、この子たち。サッキーは頭の先が尖ってるでしょ。『キーキー鳴く先の尖った魔獣』って言う意味なのよ」

(やっぱり!こいつはデカい剣先イカだわ)

「レベッカ寮長、ナタリー寮長、村長さん。魔獣、ひょっとしたらなんとかできるかもしれません」

「「「えっ?」」」

「ちょっと待っててください」

そう言った俺は合宿所にアレを取りに戻った。そう、粉芋と一緒に、誰かのお土産にと、ついでに持ってきたマヨネーズだ。
剣先イカとマヨネーズといったら、作れるものは2つある。
1つは大人の居酒屋の定番メニュー。もう1つはミートチョッパーで作る俺の爺ちゃんの故郷の味だ。ともに最強のアレだ。




次回 イカす村おこし
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