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第一話
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エルノワにファーレンハウト辺境伯家から婚姻の申し込みがあったのは、彼女が十九歳の時であった。
当時エルノワは焦っていた。
理由は、自身の結婚について。
十九歳ともなれば行き遅れと言われてもおかしくはない年齢だ。
行き遅れの姉が残っているなど噂がたてば嫡男である弟の婚姻に影響が出る可能性もあり、このままでは自分の存在が我が家の不名誉にもなりかねない。
貴族に生まれついたのなら、政略結婚は当たり前、淑女たれ、可愛らしく女性らしく、寵を得る存在であれ。
そして、血を繋ぎ、跡取りとなる子を生せ。
さすがにもう少し取り繕った言葉でではあるが、本来の貴族の女性ならばそう教育されて育つ。それ故、本心はともかくとして、考え方としてはそう思うようになって然るべきだ。
貴族とは領民あっての貴族であり、より領地を富ませる為の努力を惜しむべきではない。
それは、理解出来る。
わかっている。
わかってはいるのだ。
「でも、わたくしには無理ですわ……」
結婚なんてしたくない。
出来る事ならば、絵と結婚したい。
エルノワは、物心ついた時から絵を描いていた。
いつから描いていたのか自分ではハッキリとした記憶がない程、ずっとずっと絵を描いて来た。
子どもの頃から絵を描くのが大好きで。
好きと言う言葉では足りない。彼女の人生全てと言ってもよかった。
絵を描き出すと、呼んでも聞こえず、食事も取らず、睡眠すらも取らない。
人が日常で行うほぼ全てをやめて絵を描き続けてしまうので、彼女の側仕えの者達は、キャンバスの前からエルノワを引き離す事が仕事の中で大きな割合を占めるようになった。
「エルノワお嬢様。構図を考えていて構いませんから、せめて髪の泡を洗い流すまでは浴室から出ないで下さいませ。え?素晴らしい絵が浮かんだ?お嬢様!まだ流しきれてございません!お嬢様!お嬢様!まだ入浴は済んでおりませんよ!お嬢様!」
「エルノワお嬢様。手を動かしながらで構いませんから、あーん、ですよ。口を開けて、咀嚼して、飲み込んで下さいませ。はい!あーん。……あーん!お口が止まっております!噛んで噛んで!……ずっと噛んでいるのではなく!飲み込んで下さいませ!お嬢様!お嬢様!まだお食事は済んでおりませんよ!お嬢様!」
一旦絵に夢中になると、始終こんなありさまであった。
様々試した結果、彼女の両親であるフロスティ子爵と子爵夫人は色々と諦めた。
夫妻はエルノワが可愛くて仕方がなかった。
はじめての子で、子爵と夫人のいいとこ取りをして生まれてきたかのような容姿は、それはそれは愛らしかった。
母に似た光輝いた金色の髪は柔らかく美しく風にそよぎ、父に似たサファイアブルーの瞳はこぼれ落ちんばかりにくりくり。
似たもの夫婦の夫妻は、悲しいかな自分達は特別人の目を引くような容姿だとは言い難い、どちらかと言うと平凡なほうであると二人ともが自覚をしていた。
しかし生まれたエルノワは、二人にしっかり似ながらも絶妙なパーツ配置で、天使のように可愛らしい赤子であったのだ。
きっとこの子は美しい令嬢へと成長するだろう。
そして誰しもがこの子を愛し幸せな人生を送るに違いない、そう思っていた。
それ故に彼らは後悔していた。
幼かった彼女がはじめて絵を描いた時、褒めてしまった事を。褒められて喜んだ彼女は、また絵を描いた。
親の欲目があったとしても、彼女の絵はとても素晴らしいものだと思ったのだ。
この子には才能がある、と画材を与え、美しい景色をみせ、完成した絵を褒め称えた。
それがいけなかったのではないか。彼女がこうなってしまったのは自分達のせいなのではないかと、深く深く後悔していたのだ。
何度絵を描く事を止めようとしても、一向に効果がない。
もう時期令嬢としての本格的な学習も始まるのに、エルノワは絵にしか興味を示さない。
せめてもう少し普通の女の子のようにはなれないか。
流石にこのままではまずいのではないかと、彼女のためを思い絵を描く事の一切を禁じた事がある。
エルノワが七歳の時であった。
あの日夫妻は心を鬼にし全ての画材を取り上げ、何もない部屋へ娘を半日閉じ込めた。
当時エルノワは焦っていた。
理由は、自身の結婚について。
十九歳ともなれば行き遅れと言われてもおかしくはない年齢だ。
行き遅れの姉が残っているなど噂がたてば嫡男である弟の婚姻に影響が出る可能性もあり、このままでは自分の存在が我が家の不名誉にもなりかねない。
貴族に生まれついたのなら、政略結婚は当たり前、淑女たれ、可愛らしく女性らしく、寵を得る存在であれ。
そして、血を繋ぎ、跡取りとなる子を生せ。
さすがにもう少し取り繕った言葉でではあるが、本来の貴族の女性ならばそう教育されて育つ。それ故、本心はともかくとして、考え方としてはそう思うようになって然るべきだ。
貴族とは領民あっての貴族であり、より領地を富ませる為の努力を惜しむべきではない。
それは、理解出来る。
わかっている。
わかってはいるのだ。
「でも、わたくしには無理ですわ……」
結婚なんてしたくない。
出来る事ならば、絵と結婚したい。
エルノワは、物心ついた時から絵を描いていた。
いつから描いていたのか自分ではハッキリとした記憶がない程、ずっとずっと絵を描いて来た。
子どもの頃から絵を描くのが大好きで。
好きと言う言葉では足りない。彼女の人生全てと言ってもよかった。
絵を描き出すと、呼んでも聞こえず、食事も取らず、睡眠すらも取らない。
人が日常で行うほぼ全てをやめて絵を描き続けてしまうので、彼女の側仕えの者達は、キャンバスの前からエルノワを引き離す事が仕事の中で大きな割合を占めるようになった。
「エルノワお嬢様。構図を考えていて構いませんから、せめて髪の泡を洗い流すまでは浴室から出ないで下さいませ。え?素晴らしい絵が浮かんだ?お嬢様!まだ流しきれてございません!お嬢様!お嬢様!まだ入浴は済んでおりませんよ!お嬢様!」
「エルノワお嬢様。手を動かしながらで構いませんから、あーん、ですよ。口を開けて、咀嚼して、飲み込んで下さいませ。はい!あーん。……あーん!お口が止まっております!噛んで噛んで!……ずっと噛んでいるのではなく!飲み込んで下さいませ!お嬢様!お嬢様!まだお食事は済んでおりませんよ!お嬢様!」
一旦絵に夢中になると、始終こんなありさまであった。
様々試した結果、彼女の両親であるフロスティ子爵と子爵夫人は色々と諦めた。
夫妻はエルノワが可愛くて仕方がなかった。
はじめての子で、子爵と夫人のいいとこ取りをして生まれてきたかのような容姿は、それはそれは愛らしかった。
母に似た光輝いた金色の髪は柔らかく美しく風にそよぎ、父に似たサファイアブルーの瞳はこぼれ落ちんばかりにくりくり。
似たもの夫婦の夫妻は、悲しいかな自分達は特別人の目を引くような容姿だとは言い難い、どちらかと言うと平凡なほうであると二人ともが自覚をしていた。
しかし生まれたエルノワは、二人にしっかり似ながらも絶妙なパーツ配置で、天使のように可愛らしい赤子であったのだ。
きっとこの子は美しい令嬢へと成長するだろう。
そして誰しもがこの子を愛し幸せな人生を送るに違いない、そう思っていた。
それ故に彼らは後悔していた。
幼かった彼女がはじめて絵を描いた時、褒めてしまった事を。褒められて喜んだ彼女は、また絵を描いた。
親の欲目があったとしても、彼女の絵はとても素晴らしいものだと思ったのだ。
この子には才能がある、と画材を与え、美しい景色をみせ、完成した絵を褒め称えた。
それがいけなかったのではないか。彼女がこうなってしまったのは自分達のせいなのではないかと、深く深く後悔していたのだ。
何度絵を描く事を止めようとしても、一向に効果がない。
もう時期令嬢としての本格的な学習も始まるのに、エルノワは絵にしか興味を示さない。
せめてもう少し普通の女の子のようにはなれないか。
流石にこのままではまずいのではないかと、彼女のためを思い絵を描く事の一切を禁じた事がある。
エルノワが七歳の時であった。
あの日夫妻は心を鬼にし全ての画材を取り上げ、何もない部屋へ娘を半日閉じ込めた。
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