三ヶ月間の両思い

ろむこ

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第二話

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  結果からすると、エルノワは軽く死にかけた。

  水も食料もある部屋で、たった半日で瀕死になったのだ。
その光景を見てしまった侍女達は、あの時の事は今でも多くは語らない。
あまりにショックだったようで、聞かれても答えたがらない。



  あの時、子爵夫妻はエルノワが心配だったが寝ている時間以外でこれだけ彼女が絵から離れている事が出来たなら、きっと少しづつ改善して行くのではないかと期待もしていた。

  もうすぐ晩餐の時刻だ。

  夫婦でエルノワの閉じ込められている部屋に向かう。

  部屋の前に控えさせていた侍女から、「ずっとお静かになさっておられました」との報告を聞きながら鍵を受け取り、中へ声をかける。


 「エルノワ、どうだい?少しは絵から離れられそうかい?」


ノックにも、呼びかけにも返事がない。


「拗ねてしまったか」

「時間が長過ぎましたかしら……、可哀想な事をしましたわ」

「何もない部屋では暇だったろう。寝てしまっているかも知れないな」


「エルノワ、開けるよ」


  ガチャリ、と鍵を開け扉を開いた瞬間に、二人の目に飛び込んできたのは赤い色。そしてその中で倒れている我が子。


  屋敷の中に響き渡った悲鳴は、子爵夫人のものであったのか、その場にいた侍女のものであったのか。


「誰か医者を!早く医者を呼んでくれっ!!」


「エルノワッ!ああ、なんてこと!エルノワ!エルノワ!」


叫ぶ子爵、我が子を抱きしめ泣きながら名を呼び続ける夫人。

侍女が転がるように駆け出し、人を呼びに走る。

騒ぎを聞きつけた使用人達が続々と集まり、大変な騒ぎとなった。


  エルノワが倒れていた床には、掠れ掠れになってはいるが、真っ赤な夕焼けの景色が描かれていた。

そう、エルノワ自身の血液で。

彼女は窓から見えた夕焼けを描く為の絵の具、画材としてそれを選んだのだ。他に一切の選択肢がなかったが故に。


 後日エルノワは、

「だって、他には水とお菓子しかなかったのよ?クッキーやフィナンシェで夕日は描けないわ」

と大人達に言ってのけた。

両手の指全部の皮膚を何度も噛みちぎり、出血多量と痛みで最後は意識を失って倒れた。
そこまでして床に描いた夕焼けの景色は、描いた本人の、


「乾いてしまうとダメね。やっぱり絵の具じゃないと色が変だわ」


との一言で撤去され、床も張り替えがされた。

  それでも、屋敷の人間には、血の夕焼けの間と呼ばれ恐れられているという。

  翌日よりしばらくは両手の怪我が傷んだ為か、無理な作画には走らなかったらしい。痛みに呻きながらも少しづつ描いてはいたそうだが。


  これがあって、子爵は悟った。

   我が娘は生きていてくれるだけで上出来なのだと。
自分で呼吸をし、生きている。
それで十分なのではないか。

   食事や入浴、勉強だって絵から気が逸れている時なら出来る。
五体満足で、あまり病気もしない元気な身体で生まれてくれた。
   無理矢理に絵を禁じて死にかけるぐらいならば生きて笑顔で過ごす、これ以上何を望むのかと。


 子爵夫人は悟った。

   自分達にとってはこれほど愛しく可愛らしい娘でも、さすがにこれ程突拍子も無い事をする娘が貴族令嬢としてやって行けるとは思えない。

   あの子に無理をさせる必要はない。
跡取りはエルノワの弟、長男であるバリトワがいるから問題ない。


  そしてエルノワ本人も悟った。

   自分はどうもまともな人間とは呼べないようだと。
普通の女の子とやらは、絵を描かないし、執着もしないのだそうだ。

信じられない。
絵を描かずにどうやって生きればいいのか。

   普通から外れてしまっているのであれば、せめて家族や家の者達にあまり迷惑をかけないよう、異端だと見られないよう努力しなければいけない。
   
わずか七歳の少女は、普通の令嬢に見えるように振る舞う努力をはじめた。


  ある意味それぞれが前向きに考えて行動をはじめたのだが、残念ながら、この時一つの大きな問題が先送りにされたのである。

   彼女は貴族令嬢としての結婚にはむかないだろう点が。
子爵夫妻の、成長すればあるいは……、と淡い期待もあって。
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