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幕間《蠢く》
《side 鎖真那 雅臣》
しおりを挟むいつもたむろっている教室に行けば茂は居なく、代わりに自分と同じ顔をした人間がオレ専用のソファに寝転がっていた。
近づけば微かに香る血の匂いに眉が寄る。
「.....大人しくしとけっつったろ」
「なんだよ、ソファ奪ったぐらいで怒んなし」
「そんな事ァどうでもいい。オレはお前の保護者なんだ。厄介事起こされちゃ堪んねぇンだよ」
「おれっちが何したって言うのさ?こんないい子ちゃんで過ごしてんのに。酷くねぇ?」
「血なまぐせぇ臭いがプンプンするぜ?お前から」
「.....いひひwバレなきゃいいんだろ?」
「絶対にバレないんだろうな?」
「今までもバレなかったから大丈夫大丈夫~」
「油断すんなよ」
「へいへーい。そういう雅臣は大丈夫なの?」
「なにが」
「おれっちって血なまぐさいんでしょ?衝動は?」
はたと気づく。
血の匂いを嗅いでもあの煮え滾るような破壊衝動がない。誰かを殴り、己の立ち位置を確認しなければという脅迫観念もない。
素面だ
「.....さっきのは言葉のあやで、実際にお前から血の匂いがするわけでもないからな。そりゃ衝動はないだろ」
そう言いながらも自身の手は恐怖に震えていた。
血に酔うことがなくなればオレはどうなる?オレはオレを保てるのだろうか?
「はっ、だよな~.....って、勘でおれっちがやってきたこと察する雅臣マジパネェ」
ケラケラ笑う重臣に笑い返し、それでもさり気なく震える右手をこいつから見えない位置に持っていく。重臣を不安にさせるのは拙い。オレより繊細な奴だから.....不安定になったとき何をするか予想がつかない。
「話は変わるけどよ、体育祭どっちに出る?」
渡りに船だった。気を紛らわすことの出来る質問にオレはいつも通りの態度を装い――
「お前はどっちなんだ?」と質問に質問で聞き返す。
すると重臣はニヤリと笑い人差し指と親指をくっつけ、いわゆる''金''のハンドサインをした。
「おれっちは2年につくぜ。元々2年につこうと思ってたけど、あっちが勝手に(金を)くれたからさ。いひひw緋賀ちゃんにちょっかいかけるんだぁ」
「そうか。なら敵だな」
「えっ、雅臣も一緒に緋賀ちゃんをおちょくろうよ。.....まさかあの根暗君のため?」
震えが治まった右手を眺めながら、体育祭のことを考える。中学とはまた違った内容で楽しそうだ。燈弥と一緒となると殊更。
肩を並べて2年の奴らを蹴散らす。それはとても面白そうな――
「.....いや、でも敵になってちょっかいかける方がもっと面白そうだな。やっぱオレも2年側で出るわ」
そういや、オレはあいつに負けっぱなしだったな。ここで一発勝つか。
「いえーい!なら茂ちゃんも誘わないとだな!」
「それはお前が......あ?」
その時、スマホのバイブが着信を知らせた。
オレに電話してくる人間といえば茂しかいない。
そして画面を見れば予想通りの人物。
「なんの用――」
『雅臣!!雅臣はどっちにつくっすか!?オイラは1年生側につくっすよ!!』
うるさっ....!!
いきなりの大音量にスマホを遠ざける。
「うわw茂ちゃん元気いっぱいかよw雅臣スピーカーにしてくれ」
言われるまでもなくそうするつもりだ。
耳が壊れる。
「茂ちゃんー?おれっちだよ~」
『シゲちゃん!!一緒にいたんすね!シゲちゃんはどっちにつくっすか?』
「おれっちと雅臣は2年側だ。茂ちゃんもこっち側に来いよ」
『いくらシゲちゃんの誘いでも今回は無理っす。実はついさっき、燈弥君に一緒に戦ってくださいって頼まれたんすよ!!』
「あ''ぁ''?」
茂のその言葉に自分でも聞いたこと無いほど低い声が出た。
『ぴっ....な、なんでそんな怖い声だすんすか』
燈弥に頼まれただァ??
ちょっと待て。アイツはオレより茂を選んだってことか?
どう考えてもオレの方が強いし、有能だろ。茂を引き込むなんざ自殺行為だ。だって茂だぞ!?
「......燈弥は他に何か言ってなかったか?」
『何をっすか?』
「オレや....あー.....重臣のこと」
『ぇ....あ、ああ!!言ってたっすよ!』
「おれっちのことも!?なになに」
急に割り込むなよ。
でもそうか。重臣のことも考えてるんだな燈弥は。
『オイラが燈弥君に聞いたんすよ。雅臣達も仲間に入れよ!!って。そしたら''あの2人は今回役に立たないのでいいです''って.....』
「「ほぅ....」」
『あと、''居ない方が勝てます''って』
「「.......」」
重臣に目をやれば、アイツもオレを見ていた。
多分、きっと、いや....絶対に今のオレはこいつと同じ顔をしている。
「なぁ雅臣」
「なぁ重臣」
「「ここまで言われちゃぁ....やるっきゃねぇよな?」」
''役に立たない''
''居ない方が勝てる''
.....煽ってくれるじゃねぇか。
「根暗君は勝てる気満々らしいな」
「このオレ達に役立たずとまで言ったんだ。居ない方が勝てると言ったんだ。おい.....そこに居るんだろ?」
電話越しに居るであろう燈弥に声をかける。
気づかないとでも思ったのか?
茂が棒読みでその言葉を吐いたんだ。誰かに言わされたと考えるのが普通だ。
「そこまで言うなら勝ってみせろよ。ただし――」
『......』
「お前負けたら......喰うから覚悟しとけ」
返事を待たずに通話を切る。
ああ、ニヤニヤが収まらねぇ。頬を揉むように手で抑えるがどうも締まらない。
「.....なに?溜まってんの雅臣」
「ん?溜まってねぇよ」
「ならなんでセックス??溜まってないならやる必要なくね?」
「セックスっていうより喰いたいんだ」
「は?食人!?そんな趣味あったのかよ」
「ちげぇって。セックスだけど........キスで色付いた赤い唇にもっと深くかぶりつきたい、弾力ありそうな肌にオレのもんだって歯型つけたい、恐怖に歪む顔を見下ろしながら蹂躙したい――やっぱセックスっていうより喰うっていう表現の方がしっくりくるな」
「会わないうちに随分と変態になったなお前。颯希といい勝負じゃねぇか」
「あんな奴と一緒にすんな」
心外だ。
と、そんなことはどうでもいい。
会話途中だが教室の入口に顔を向ける。重臣も気づいたらしい。
「オレ達になんか用か?」
見ればドアに隠れるようにちびっこい人間がこちらを覗いていた。
「せ、戦闘狂!!貴様に話がある!!」
「お?カチコミか!?よっしゃ、相手になってやる」
「話があるって言ってるだろ!?我輩に戦う気は無いっ....!!」
だよなぁ。ビクビクしながらドアの陰から出てこない人間だし。
はぁ....戦意ゼロってか、ガッカリだ。
「じゃあビビってないでこっち来いよ~」
「ひぃっ!し、しりあるきらー!!我輩をどうする気だ!?近づいた瞬間切り刻む気か!?」
「いっひひひwおれっちのイメージどうなってんのww」
「話が進まねぇからお前は少し黙ってろ。んで?オレに用って?」
そう聞けばそいつは恐る恐るオレに近づいてきた。....なんか小動物を相手にしている気分にさせられるな。だからといって容赦はしねぇが。
「こ、これだ!!この写真をバラ撒かれたくなければ今回の体育祭は2年側に味方しろ!!」
ビビりながらどこか得意気。ちっこいのは大きくプリントアウトされたソレを見せてきた。
写っていたのはオレと燈弥
それもキスをして、舌を入れてんのがありありと分かるもの。
へぇ?オレってこんな顔で燈弥にキスしてたのか。....だらしねぇ顔。こんな顔できたんだなオレって。
やべ
なんか笑えてきた
「ぃひっ....いっひひひひw」
こんながっついたような、欲しがるような....
超夢中じゃねぇか!!
なんだ、オレは自分が思ってるよりもずっと燈弥にハマってるのか?
「さぁ、貴様の返事を聞かせろ!!どうだ、我輩達2年に協力するか!?」
その言葉に愉快な気持ちが波のように引いていく。そして次に押し寄せたのは――
「おい.....てめぇオレを脅してんのか?」
目の前の机を怒りのまま蹴りつける。
大きな音をたてひっくり返るソレに目の前の男は身体をさらに縮こまらせた。
「オレはなぁこんな写真撮られても恥ずかしくねぇし、バラ撒かれようがどうでもいいんだよ。そんなことでキレる器じゃない。むしろ寛大な心で許す」
ああ許すさ。撮られたことに気づかないオレも悪いしな。
「だが....それをネタに脅すのは許せねぇ。脅すという行為が許せねぇ!つまりアレだろ?自分に従わせようとした訳だろ?支配しようとした訳だろ!?このオレを!!」
席を立ち近づけば相手は近づいた分だけ後退りした。
「お前忘れちゃいねぇか。オレはお前らが言う戦闘狂である前に鎖真那の人間なんだぜ?オレも重臣も.....誰かに支配されるなんざ死んでも御免だ。テメェのご主人様に伝えろ。それは悪手だってな」
「ぐ....で、でも....ずびっ、ひっく――」
「あ?いい返事を貰えなきゃ帰れねぇってか?かっかっか!!安心しろ。そんな脅しなくてもお前ら側についてやる。ただし指図は受けねぇ」
「いっひひひwそゆこと~.....さっさと帰れ」
男は瞳に涙を溜めながら走り去っていった。
随分とまぁ、おそまつな交渉人だな。
人選ミスだろ。
「さて.....」
「お?作戦作戦??作戦でも立てるの?」
「誰かにちょっかいかけてくる」
「なんだよぉ~.....暇だからついてく」
「問題起こすなよ?」
「言うけど問題起こしてんの雅臣だからな?」
オレは誰も殺さねぇから可愛いもんだろ。
《side end》
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