異世界奴隷が目指すもの!

芳井暇人

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異教徒の都

ハインリッヒ邸、襲撃

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 ◆

「新月の夜、か。まあ、敵も妥当な選択をしたものだ……もっとも、おれの力も増幅するのだが、な」

「げっ。アンタ、ちゃんとやってよね。途中で寝返るとか、ホントにヤメテね? ……クレアったら、それで、わたしをコイツに付けたのかしら……」

「……クレアか。アエリノール、お前、あの女を随分と信用しているようだが……」

「信用? しているわよ! 頭が良いし、間違わないし、強いし! まさに、わたしの右腕ねっ!」

「それでは……お前自身よりも、右腕の方が優秀ではないのか?」

「う、うぅ……わ、わたしの方が魔力も多いし、強いのっ!」

「どちらも無駄に、と頭に付くがな。わはは」

 漆黒の衣に細身の剣を腰に挿した緑眼の魔術師が、隣に立つ黄金の髪も眩しい碧眼の上位妖精ハイエルフと語り合っている。
 だが、その雰囲気は当然ながら親密とは言えず、険悪の一歩手前で、ウロウロしている様であった。

 俺たちの眼前にはハインリッヒ邸があり、現在位置はまさに門前だ。
 聳え立つような観音開きの巨大な門と、左右を対称に照らす門灯。そこに浮かび上がるのは、俺を含めた黒衣の六人と、二名の鼾をかいて眠る門衛である。

 門衛は、シャジャルが物陰に隠れながら魔法を唱えて、気がつかないように眠らせたのだ。
 俺からしたら、それだって凄い事だと思うのだが、シャジャルにしてみれば、精々が露払いのつもりなのだろう。何しろ、自分がこの中で最弱だと思っているようなのだから。
 セシリアには勝っているはずなのに、本当に謙虚な子だ。

「それよりも、どうにかならんのか、その頭は? 目立ち過ぎるだろう」

 ネフェルカーラが上位妖精ハイエルフを指差して、煩わしそうに言い放つ。
 そう、月明かりの無い夜でも、アエリノールの金髪はよく目立つ。
 星灯りさえも丁寧に反射して輝くのだ。門灯に近づいた今、彼女の金髪は、どこの神が降臨したのだと言わんばかりに、存在感を周囲に放っている。

 いや、その前に、セシリアはどうして道案内と言って、ハインリッヒ邸の正門前に俺たちを連れて来たんだ?

「聖騎士に不意打ちは似合わない!」

 俺が「裏から入ろう」と、提案したら赤毛の騎士はこんな事を言っていたが、きっちり閉じられた分厚い門を見ると、俺の提案が正しかった気がするぞ?
 俺は、どちらかと言えばアエリノールの金髪よりも、そっちを問い詰めたい気分だった。暗殺を何だと思っているんだ。

 いや、そう考えるとネフェルカーラは、ただ単にアエリノールに嫌がらせをしているだけの可能性すらあるぞ。奴も、アエリノールには「目立ち過ぎ~」とか何とか言っているが、正面から突入する事に関しては意に介していない。

 俺が内心の不満を抑えていると、ネフェルカーラの問いにアエリノールが答えていた。

「ん、どうにか? なるよ」

 上位妖精ハイエルフの騎士は答えると同時に、大気と同化するように無色透明になり、揺れるように消える。

「ぷっ、ぷくく……そこまでしろとは言っていない。それでは味方に斬られるぞ?」

「えっ! それは困る!」

 薄闇の中から清水のように澄んだ声だけが響き、再びアエリノールの姿が現われる。
 シャジャルが黒衣の中から青い瞳を煌かせて、アエリノールが行った魔法の妙技を見つめていた。

「す、凄いです、アエリノールどのは凄いです兄者! 詠唱無しで消失バニッシュを使って、しかも現界への干渉力を保てるなんて……!」

「う、うむ? ちょっと体を幻界に置いただけだけど?」

 再び姿を現したアエリノールが、シャジャルに向き直って答える。
 上位妖精ハイエルフの行使した魔法が魔術師的に超絶なのだという事は、シャジャルを見ていれば、俺にも解った。それ程に、シャジャルが興奮していたからだ。
 しかし脳筋魔術師は笑いが止まらないらしく、俺たちに背を向けて肩を揺らし続けている。
 やっぱり、彼女はアエリノールをからかっただけのようだ。
 周りの人も脳筋魔術師の悪事に気がついて欲しいと思う、今日この頃である。

「こやつは元々が上位妖精ハイエルフなのだ。容易く異界を行き来出来ても当然なのだぞ、シャジャル」

 笑いを収めると、何故か諭すようにシャジャルに語りかけるネフェルカーラ。いつの間にやら師匠気取りなのだろうか?

「それより早く邸の中へ入らないと、どうにもなりませんよ。さ、アエリノールさま」

 そうだった。邸の門前で二人の門衛を眠らせたまま、長々と話していても仕方が無いのだ。
 セシリアが周囲を気にしつつ、アエリノールを急かしている。

 セシリアに促されたアエリノールが、観音開きの鉄扉の前に立つ。
 王城程ではないが、オロンテス随一の大貴族の邸は、その門構えも城と言って差し障り無い。何しろ、俺など正面突破を諦めた程だ。

 しかし、碧眼の上位妖精ハイエルフさんは、無造作に妙な事を言い放つ。

「じゃあ、斬るか」

 ――瞬間だった。

 銀光が閃いたかと思うと、門が二メートル四方に切り取られている。
 俺の動体視力では僅かに見える程度だったが、確かにアエリノールが剣を閃かせていた。そして、この分厚い扉をくり貫いたのだ。

「開いたよ」

「探知魔法に引っかかったぞ……敵に気付かれたであろうが、この馬鹿め」

 アエリノールの嬉しそうな声を緑眼の魔術師がつまらなそうに打ち消して、それを合図に俺たち黒衣の六人は門を潜り抜けたのであった。

 ◆◆

 先頭を行くのはネフェルカーラとアエリノール。それに続いてセシリアとシャジャルが走り、俺とハールーンが後ろを守る。
 こんな形で庭園を駆け抜けたのだが、まったく恐るべきは、緑眼魔術師と耳長騎士だった。

 降り注ぐ矢を長剣で払い、押し寄せる衛兵を切り伏せて進むアエリノールは、一人だけで邸にたどり着く事も間違いなく可能だろう。それ程に闇雲な戦闘能力だった。
 だが、その隣で緑眼の魔術師も負けてはいない。彼女を狙った矢は、決して、その肉体に届く事が無かった。彼女に触れる前に、矢は自然と整備された芝の上に落ちるのだ。ついで、ネフェルカーラから光弾が飛び、次の瞬間には邸の窓から絶叫が上がる。

 つまり、近距離はアエリノールが制し、遠距離はネフェルカーラが圧倒していた。

 しかし、状況としては敵に気付かれ迎撃され始めたのだから、背後も危うい。庭に幾つもある小屋から、番犬と思しき犬が何頭も現れて俺たちの背後に迫る。

 これこそ俺の見せ場だ! シャジャル! お兄ちゃんの活躍を活目して見よ! 

 ……と思ったら、ハールーンが笑顔で犬共を懐柔してしまう。
 このクサレイケメンは人間のみならず、犬にまで好かれる外道でした、畜生。

 ◆◆◆

 邸に入ると、既に中は騒然としていた。

「賊だ! 怯むな!」

 こんな声が最初の広間で聞こえるのだから、既に敵の戦闘準備は万端だ。
 これはもう暗殺じゃないぞ。いっそ、攻城戦ではないのか? 何で六人でこんな事に……むしろ、なんで俺がこんな目に……。
 いやいや、突入を果たしているんだから、戦なら勝ちだ! などと俺は絶望を感じたり、自分を鼓舞したりしつつ周囲を窺う。

「シャムシール、ハールーン、アエリノール、セシリア! お前達はハインリッヒを探し出し、討てっ! シャジャルは魔力探知を広げてここ以外の出口を見張れっ! おれはここで敵の結界を破るっ!」

「ネ、ネフェルカーラッ?」

 ネフェルカーラの命令に、俺は不満があった。なぜなら、ネフェルカーラはこの場所から動くのがダルいだけであろう。ていうか、敵の結界って何だよ?
 だから、俺は抗議の声を上げた。しかし、ニッコリ微笑み頷くネフェルカーラ。
 俺、決してキミを心配してる訳じゃないからね……。変な勘違いは止めてよね……。
 まあ、シャジャルがネフェルカーラの側に居るのなら、安全だから、いいか。
 
 仕方が無いので、俺はアエリノールとハールーンに遅れないよう階段へと向かう。何しろ、俺より強いこの二人が命綱なのだ。
 一応、この邸の構造は大体頭に叩き込んである。だから迷う事は無いはずだし、とにかく二人とはぐれない事にだけ、俺は気を付ける事にした。
 まず、向かう場所はハインリッヒの居室。時刻を考えれば、居る可能性が最も高い場所であろう。

 俺は、階段を上るたび、扉を開けるたびに敵を斬り伏せた。
 ああ、やっぱり俺は強い。二階などは、ただ走るのと何ら変わらない速度で駆け抜けていた。これなら、ハインリッヒに逃げる時間など与えないだろう。
 俺はハールーンと共に、三階に上がるまで無双を続けていたのだ。

 アエリノールとセシリアとは、はぐれたが正直それは俺のせいではない。
 アエリノールが目的地を見失ったのが原因だ。あの残念騎士は、セシリアの制止も振り切って、全力で二階と三階を間違えたのだ。

 結果として俺とハールーンが突出して三階に来た。まあ仕方が無いだろう。

 ――その時である。
 オロンテスにおいて見ることの無かった曲刀が、俺の頬を掠めた。

「ハアッ……ハアッ……気をつけて、シャムシール……奴隷騎士マムルークだよぉ」

「ああ、三階、か。ハインリッヒの居室がある階だったな」

 おかしいな、ハールーンの息が荒い。普段ならこの程度で息の上がるヤツじゃないはずだが。
 そういえば、俺も何処か息苦しさを感じる。
 まさか一階から三階に上がっただけで空気が薄くなるとか? 馬鹿な、山でもあるまいし……。

 俺の身体が、違和感を感じ始めている。ハールーンの様子も、どうやらおかしい。もしもネフェルカーラがサボりたいだけじゃなく、本当に結界があるのだとしたら――
 そういえば、シャジャルも素直に従っていた。

 ――ならば。

 しかし、頬から滴る血の滲みが、俺にそれ以上の思考を許さなかった。

 目の前の敵は、褐色の肌。角は無いから鬼ではない。砂漠民ベドウィンだろう。
 彼等はテュルク人程の膂力は持たないが、その分、技量の高い者が多い。また、ハールーンの様に、剣に魔法を絡めた戦いをする者もいた。故に、多彩な攻撃手段を持つのだ。

 二撃目が俺の左肩に迫る。
 俺はその攻撃を下がってかわすと、左手に炎を出し、敵に投げた。
 敵が炎をかわした隙に間合いを詰め、胴をなぎ払う。
 結局、三合と打ち合わなかったが、俺は額に噴出す汗を自覚していた。
 やはり、奴隷騎士マムルークは強い。油断すれば反対に俺が二合、三合と打ち合うまでもなく殺される。

 ハールーンもその事はわかっているのだろう。口元に微笑は無く、敵を淡々と葬っていた。
 
「あ、開けるよぉ!」

「えっ!」

 ハインリッヒの居室にたどり着くと、ハールーンが思い切り扉を押した。
 息が上がっているハールーンだが、目的地にたどり着いて尻込みはしない。むしろ、シーリーンに会える高揚感からだろうか? いつもと比べても逸っている気がする。

 俺としてはアエリノールを待ちたい気もしたが、ハールーンが扉を開けてしまっては仕方が無い。
 クレアの情報によれば、この先にいる者はハインリッヒとシーリーン。
 シーリーンの実力は高いとネフェルカーラから念を押されているが、ハールーンも居るのだ、何とかなる。
 ハインリッヒは舐めている訳じゃないけど、どう考えても俺の敵じゃ無いと思うから平気だ。

 実際に扉が開かれると、一際豪奢な室内にデブッチョ公爵とオレンジ髪の巨乳が立っていた。

「シーリーンッ――」

 ハールーンが叫んだ瞬間、俺たちの眼前に巨大な炎が迫り、破裂した。
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