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第1章 虞美人編

第6話 項梁の死

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 叔父上の命令で、城陽の攻略に乗り出した。我が軍は項羽や黥布など豪傑揃いで、無敗なのは分かる。しかし劉邦軍は、よく分からない。亡国韓からの客将である張良が、助言しているからなのは理解出来る。張良の智謀は既に、天下に轟いているからだ。しかし、いくら策が立派でも、それを実践出来る者がいなければ絵に描いた餅でしかない。劉邦配下の将軍など、阿籍ア・ジー1人で蹴散らせるだろう。
 だからこそ興味が湧いた。1度見ておきたい。しかし陣営が違う為に、それが叶わない事も分かっていた。
 韓信の時でさえ、あれほど嫉妬されたのだ。阿籍ア・ジーは片時も、私を手放すつもりは無いだろう。男装させてまで私を側に置いているのは、近くでずっと私を愛でる為だ。愛されている。それこそ息が詰まりそうになるくらいに。
 東門と西門から同時に攻めようとなり、項羽軍は東門、劉邦軍は西門から攻めた。敵は打って出て来たが、阿籍ア・ジーによって軽く蹴散らされた。私自身も敵の将校を3人討ち取る手柄を立てた。
 城壁に迫り攻城していると、歓声が上がったかと思うと「楚」の旗が立ち、続いて「劉」の旗が立った。
「信じられない!」
 我らでさえ、やっと城壁に迫る事が出来たのだ。こんなに早く陥せるはずがない。私は城陽に立てられた「劉」の旗を、呆然と見つめていた。
 阿籍ア・ジーに肩を叩かれた。
「入るぞ」
 私達は、城門へと向かった。戦勝を祝って兵士に酒と食糧を配った。私も久しぶりにお風呂に入れて、ご機嫌だった。お酒を飲んで、阿籍ア・ジーに抱かれた。月のモノ以外では、必ず可愛がってもらった。それなのに、未だに妊娠の兆候は無い。私と阿籍ア・ジーの子供なら、強く美しい子に育つに違いない。
 城内で英気を養うと、更に西進して濮陽を目指す事にした。秦軍は打って出て来た。城で座して死を待つよりは、打って出て活路を見出そうと言うのだろう。私でもそうしたはずだ。
「敵の右翼から叩くぞ!」
 阿籍ア・ジーは右翼に突撃した。私はテンポを計って、正面から突っ込んだ。左翼には劉邦軍が突入した。
「はあぁぁっ!」
 気合いを込めて剣を振った。馬上ですれ違い様に、敵の槍を剣でいなし、カウンターで斬り付けたが致命傷にはならず、馬を返して2合目を打ち合った。鋭く繰り出さ れた槍を受け流すと肩を掠めたが、手首を返して頸動脈を斬り裂き討ち取った。
 正面から突入した為に、それが見えた。劉邦軍に黒いモヤがかかっているのを。
「何だアレは?」
「どうかなさいましたか?」
「見よ!劉邦軍に黒いモヤがかかっているのが見えるだろう?アレは何だろうと思ってね?」
「モヤ…ですか?何も見えませんが?」
「見えない?」
 どうしても気になり、私は劉邦軍に援軍に行くから正面から突撃しろ、と副将に命じた。
 劉邦軍に近づくにつれて、その黒いモヤは一段と濃くなり、身体に纏わりついて不快感を得た。
「一体、何なんだコレは?」
 劉邦軍の本隊に近づくと、黒いモヤは劉邦本人から放たれている事に気付いた。
「劉邦殿!」
「これは虞美人様、いや今は子期殿ですかな?どうしてこちらへ?持ち場を勝手に離れると、いくら貴女様でも処罰されますぞ?」
「いや、黒いモヤが見えたものでな?ひょっとして火責めにでもあっているのかと思い、救援に来たのですが、私の見間違いだったみたいです。失礼致します」
 劉邦から得体の知れない妖気を感じて、これ以上この件に触れてはならない嫌な予感がして、急いでその場を離れた。
「まさかこれが見える奴が存在するとはな…。見られたからには生かしてはおけん。殺すのは、ちっと惜しい気がするがな」
 この濮陽で秦軍の先陣を叩いたが、増援が濮陽城内に入った報告を受けると、このまま攻め続けても数年は持ち堪えるだろう。
 濮陽は諦めて、定陶を攻める事にした。しかし項羽は、定陶を攻めると見せかけて雍邱を攻め、李斯の長男である李由と一騎討ちとなり、項羽は兜ごと李由の頭を砕いて、一撃で討ち取った。今度は引き返して外黄を攻めた。
 この頃、項梁は東阿から定陶を攻めて秦軍を打ち破った。項梁は次第に連戦連勝の奢りから、負け知らずの楚軍は無敵で、秦軍は弱いと侮る様になった。
 だがこれは章邯の罠だったのだ。わざと負け続けて、楚軍を死地に誘い出したのだ。
 章邯はバイ(枚と呼ばれる木)をくわえて、声が出せない様にし、音を殺して夜襲をかけたのだ。楚軍は同士討ちが始まる混乱の中、項梁は全身に矢を浴びて、ハリネズミの様になって死んだ。
 この急報がもたらされた時、項羽と劉邦は陳留を攻めていた。
「何だと!もう一度言ってみろ!?叔父上が…叔父上が…亡くなっただと…」
 項羽は子供の様に泣きじゃくった。
「おぉぉ…。物心ついた時、既に父は亡く。幼い頃より育てて頂いたのは叔父上だ。その恩を何一つ返せぬまま、本当に逝かれてしまったのですか?」
 項羽は深い哀しみと、激しい憎悪で燃え上がった。
「章邯の奴は、八つ裂きにしてくれるわ!」
 怒りのままに愛馬・烏騅の背に飛び乗ったが、范増に止められた。
「若殿、お怒りも哀しみもごもっとも。ですが、周りを見渡して兵士らをご覧下さい。総大将を失い、意気消沈しておりまする。これでは戦えません。1度引くべきでしょう」
「おのれ章邯…今はまだ、その首を一時預けておく…」
 項羽は悔し涙を飲んで、楚に帰国した。
 章邯は、楚には項梁しか将は居ないと思っており、楚はこれで恐れるに足らずだと言って、趙国を攻めた。

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