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第3話 第一章 雲行き怪しき新天地②

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「で、そのギルドはどこにあるのかしら?」
「今歩いている大通りを港方向に歩くと、そのうち左手に見えるらしい。それにしてもこの町は港町だけあって、やっぱり日に焼けた人が多いな」

 ――陽光の町プリウは、ウト大陸の支配者ウトバルク王国の統治下にある。世界とウト大陸を繋ぐ窓口の一つとして機能しているからか、この町には混血が多く、道行く人々は小麦色の肌が多いことを除けば、目の色も髪の色も違う。

「本当ね。私も焼けちゃうかしら?」
「お前は日焼けしてもまた、変身すりゃ元通りだろ?」
「それもそうね」
 肩をすくめた彼女が、一点を見つめて動きを止める。視線を辿ってみれば、様々な露店が立ち並ぶ一角が見えた。
 貝殻のアクセサリーや光る鱗の髪留めを扱っている店もあれば、魚の炭火焼きを売る店もある。
 彩希はアクセサリー店に目が奪われたようだが、黒羽はと言うと、
「あの店の魚、美味そうだな。なあ、昼飯まだ食べていないことだし、買っていこう」
「え? あ、うん。分かったわ」
 後ろ髪が惹かれる想いだったが、チラリと剣のことが頭によぎり、彼女は頭を振って黒羽の後を追いかけた。
「いらっしゃい。どれにしやす。おすすめは、今朝水揚げされたばかりのフライフィッシュの炭火焼きかな」
「へえー、これって、この地方でよく捕れるんですか?」
「へい。ヒレと背びれが体よりも随分大きくて、尻尾の下あたりに、丸い噴出口があるでしょう。ここから水を噴射して空に舞い上がり、ヒレと背びれを上手く使って、空を滑空するんでさ」
 トビウオに似た魚らしい。こんがりと焼かれた魚の表面には、タレがたっぷりとかけられ、何とも食欲をそそる香りが鼻腔を刺激する。
「彩希、これで良いか? おっし、じゃあ買うな。……すいません、この魚を二匹ください」
「ほいよ。二匹で三百バッレね」
 一匹を彩希に渡し、黒羽はさっそくかぶりつく。子気味良い音の後に、ジュワーと甘辛いタレとフワリとした魚の油が舌を喜ばせ、自然と表情が緩んでしまう。
「彩希、美味いぞ。脂がのってて、思ったよりはくどくない」
「そう。じゃあ、いただくわね。……うん、美味しい。レモンをかけて食べても合いそうね」
「そうだな。あ、そのジュースも二つください」
 ジュースを店員から受け取ると、黒羽達は再び歩き出した。
 道路は青みがかった半透明の岩が使用されており、潮風が頻繁に吹くこの町に良く似合っていて、清々しい。建物は、真っ白い平屋が多く、どの家も風の通りを良くするためか、開放的な造りとなっている。
 小鳥が、人よりも高い位置で光を浴び、心地よさそうに飛んでゆくのを見届けてから彩希は口を開いた。
「ねえ、神無月って人は、このタイミングで何故新しい鍵を渡したのかしら?」
「このタイミングでって?」
「だって、おかしいじゃない」
 丹念に骨だけを残して身を食べた彩希は、ジュースを一口含むと、チラリと隣を見た。
「さっきの剣。あんなものに出くわすなんて、何かそこに意図があったと思ってしまうじゃない」
「まさか、考え過ぎだろう。確かにあの老人は」
 目がくぼみ、ぼさぼさの手入れがされていない白髪の姿が頭をよぎり、
「……怪しいけどさ」
 声が萎む。
「ほらね。だから、注意しましょう。別にこれ以上問題が起きないなら、普段通り食材仕入れて終わりだけど、私の勘が良くないって言っている気がするわ」
 彼女の不吉な言葉に、黒羽は顔を引きつらせながら、つい最近の出来事を思い出す。場所は、異世界から場を移し、沖縄の琉花町にある喫茶店アナザー。
 ――あの日は、そう。夕暮れに町が燃ゆる日だった。
 ※
 九月十三日
 黒羽は嬉々として声を上げる。
「よし、今月末に祭りへ行くぞ」
 彩希は、テーブルを拭く作業を放棄し、期待に胸を膨らませた。
「本当に! たまには良いこと言うわね」
「たまにとは何だ。まあ、アレだけどな」
 ニヤリとした黒羽の笑みに、彩希は警戒の色を滲ませる。
「もしかして……遊びに行くわけじゃないの?」
「……さすが相棒、わかってるじゃないか。実はな」
 一度言葉を切り、彩希に一枚の用紙を突き出す。
「この度、『琉花祭~踊りと花火の共演~』に出店することになりました。拍手」
 白々しい明るさで発表する。そんな黒羽を見つめる彼女の瞳は冷たい。それはもう目をそらしたくなるほどに。
「そんなことだろうと思った」
 ふて腐れ、テーブルを拭く作業に彩希が戻った時、入店を告げる鈴の音が鳴る。
「いらっしゃいませ。儀間さん、そろそろ来る頃だと思いましたよ」
「あれ、そうか。ああ、そうだねえ。私、いつもこの時間に来ること多いねえ」
 足が悪く杖をつく老婆のために、彩希は椅子を引き、手を貸した。
「いつもありがとうねえ。彩希ちゃんは、今日もチュラカーギー(美人)さ」
「フフ、どういたしまして。いつものでいいのかしら?」
「ウンウン、お願いね」
 注文を受け、彩希はお冷やを、黒羽はコーヒーの準備をする。そのさまを眺めていた儀間は、二人を誉めた。
「協力して動けるようになったねぇ。初めて彩希ちゃん見たときは少し心配だったけど、でーじ(すごく)ジョートー(いいね)よ」
 嬉しそうに笑う彩希に対して、黒羽は苦笑いである。
「まあ、コイツは物覚えは良いですからね。仕事そっちのけで、客と話さなければ完璧なのに」
 後半は小声だ。
 窓ガラスから茜色の光が、斜に射し込み、しばしの間、コーヒー豆を砕く音だけが鼓膜を叩く。
 心安らぐ静けさの中、黒羽は物思いにふけた。
 (こういうのも良いけど、少し寂しいかもしれない。スピーカーが壊れたから、しばらくBGMを流していなかったけど、やっぱり買い直そう。
 流す曲は前と同様に、ベートーヴェン、バッハ、モーツァルト。こういった定番の曲が良いだろうか? いや、でも若い人が来る時間帯には、流行りのJポップが良いよな)
 人気店の経営者は、店に関することならば、いつでも全力投球で物事を考える。
「そういえばさっき、祭の話してなかったね? 店に入る前に聞こえた気がしたけど」
 濡れた手でティッシュを破るように、穏やかな声で静寂に終わりを告げたのは儀間だ。
 そういえばそうだったな、と黒羽は、砕き終えた豆をネルドリッパーにセットし、ゆっくりとお湯を垂らした。
「ええ。実は琉花祭に出店することになりまして。あの祭り、毎年大勢の人が参加するので、お店をアピールする場に最適なんですよ」
「ダール(なるほど)ね。琉花祭だったら、宣伝にピッタリさ。アレ、私も行こうかね。こうやって、躍るのもたまにはいいさ」
 頭上に両手を上げ、手首を回す儀間に彩希は首を傾げる。
「何? それ」
 立ち上るコーヒーの香りの中、儀間は彩希の手首を掴み、上に軽く持ち上げ踊り方を教える。
「アンタもやってみなさい。カチャーシーっていうのよ。沖縄の踊りでね、祝いの席や演奏会の最後に皆で踊るわけさ。琉花祭では……エイサーって踊りの後に、コレをやって祭りを締めくくるわけさ」
 好奇心一色に染まった顔で、彩希は儀間の真似をして躍る。
 黒羽はそんな二人を見て、穏やかな気持ちになった。まるで、孫と祖母のように見える。……彩希の実年齢を考えなければ、だが。
「お待たせしました。スペシャルブレンドコーヒーです」
 儀間に不快感を抱かせないように、そっとテーブルにコーヒーを置く。
「ありがとうね。このコーヒーどこにもない味よ。木苺とマスカットみたいな匂いが癖になるさ」
 カップから揺れる湯気を吸い、それからゆっくりと口を付けた。儀間はいつも、飲み始めると途端に話すのを止め、飲むのに没頭する。だが、口元が笑みを形作れば、言葉にせずとも老婆がどう思っているかは一目瞭然である。
 ――カチカチと時計の長針が、来店から三十回動いた頃、儀間は会計を済ませ、店の外に出た。
「コレ、何ね?」
 老婆はウッドデッキの一点を指差した。
「コレ? 本当だ。なんでしょうか?」
 地平線の彼方に夕陽が消え去りそうな町は、徐々に暗闇の濃度を高めていく。そんな最中、ウッドデッキにポツンと置かれた漆黒の封筒は、周りよりも一足先に夜へ足を踏み入れたように見える。
 黒羽は眉根を寄せつつ封筒を拾い、裏返すと今度は目を見開いた。差出人は『神無月』の名が記されている。
「神無月さんからだ。あれ以来、全く連絡が取れなかったのにどうして?」
 軽く封筒を振ると、紙よりも重みのありそうな物体が入っている感触がした。
「……儀間さん、どうやら僕当ての封筒みたいです。不審な物ではありませんでした」
「そうねえ、良かったさぁ。じゃあ、私帰ろうねぇ」
 深々と頭を下げて儀間を見送った黒羽は、店に戻るなり、開封した。中には、一通の手紙と青い鍵が同封されている。
「その鍵は、トゥルーに渡る時に使うヤツじゃない。どこでそれを?」
「店の前に落ちてたんだ。この物件を譲ってくれた神無月さんが送ってきたらしい。手紙が入っていたから、読んでみる」
 手紙には次のような内容が記されていた。

 大変遅いとは思いますが、このたびはめでたく喫茶店アナザーのご開業、お祝い申し上げます。
 星の数と見間違えるほど数多く店舗があるなか、人気店として邁進されているのは、ひとえに貴方様のたゆまぬ努力があってこその結果と存じ上げます。
 これからも黒羽様のますますのご活躍をお祈り申し上げるとともに、ささやかながら粗品を同封いたします。
 とりあえず書中にてお祝いまで。

 そして、裏面を見ると「この青い鍵はウト大陸の中部から南部限定で使用できます」と記されている。
「へえ、ウト大陸か。あの大陸も色々と不思議な食材があるらしいな。ウーン、特にプリウには行ってみたい。きっと、フラデンにもない魚介系の食材があるはずなんだ」
「魚介は好きよ私。塩を振って食べるのが特に最高ね」
 黒羽は青い鍵を握りしめ、決意を込めた目で彩希を見た。
「おし、じゃあ食材探しの旅に出よう。祭りで提供する料理は、プリウの魚介を使う。これから一週間は、営業時間を一時間短くして、営業後にプリウを目指す。そして、プリウに近づいてきたら、五日間くらい休みを取って、現地で食材を探そう。ああ、ワクワクしてきた」
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