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第33話 第十章 死闘③

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(一体どうなったんだ。キースさんは無事なのか?)
 視界を覆いつくした土煙が晴れ、粉々になった建物の輪郭が現れた。森の中にある瓦礫は、さながら人が滅んだ後の世界といったところ。
 黒羽は駆け寄り、腹の底からあらん限りの声を張り上げ、キースの名を呼ぶ。
「キースさん、返事をしてくれ。どこにいるんだ」
「く、黒羽殿」
 瓦礫の一部分が派手に動き、ひっくり返った。見れば、こめかみから血を流しているキースが横たわっていた。
「キースさん、動けますか」
「心配には及びませんよ。多少無茶が過ぎましたがね」
 キースの笑みに、黒羽は安堵し、手を差し出した。
「かたじけない。だが、あなたはウロボロスをその身に宿しているのでは?」
「上手くコントロールして、体の内側に留めています。体の外には漏れ出ていませんので、触れても大丈夫ですよ。さあ」
 無事だと示すように強く握られた手を引き、ニコロが眠っている場所まで肩を貸した。罠を潰すためとはいえ、我ながら無茶な作戦だ、と自嘲気味にため息を吐いた黒羽は硬直する。
 瓦礫の中から、代弁者の笑い声が聞こえてきたからだ。
「フヘヘヘヘヘへ、我々は代弁者だ。人間がこの世で最も清い生き物なんだ。だから、人類を代表して叫ぶのだ。人以外の生き物は不要だ。不要な生き物に加担する人間も不要だ。悪しき者に成り果てた者を救う方法はただ一つ」
 瓦礫が爆ぜる。火山の噴火のように見えるその光景は、果たして見た目だけだろうか。
 黒羽の目には違って見えた。
 ――爆ぜたのは、代弁者の”狂気”だ。
 その考えを裏付けるように、代弁者の言葉は激しさを増していく。
「殺すこと。不浄な者を救うにはそれしかない。そうだ、そうしよう。生き物が命を終える時。その時こそ、罪は許され、我々と一つになるのだ。じゃあ、始めましょうか。
 あの者らを救うために、我々は一つ罪を得る。だ、か、ら……何だと言うんだ。救うんだ。殺す、殺す、殺害、死亡、こ、ろ、すぅぅぅぅぅぅぅぅ。ワアアアアアアアアアアアア、グヘヘヘヘヘヘヘヘ。ほーら」
 黒羽は、衝撃をわき腹に感じ、視界がぶれて、何かにぶつかった。
「ッァ……ゲホ、ゲホ。いってえ」
 いつの間にか、元居た場所から離れた場所にある木に横たわっていた。
(もしかして、蹴られたのか?)
 驚きを禁じ得ない。普段の半分の魔力量とはいえ、ウロボロスですべての身体能力を強化しているのだ。
 それでも、見えない。防げない。
 腹の底に冷えた液体を流された気がした。
「よくも。〈風よ、焔よ、我が斬撃を加速させよ〉」
 キースの斬撃が唸りをあげて、代弁者の頭部から一刀両断を狙う。
 ――当たる。そう錯覚するほどの刹那な時間に、代弁者の手がブレた。
「え?」
 固い金属が折れる音が鳴り、次いでキースの体が真横に吹き飛ばされた。鎧を着た偉丈夫が、紙同然に飛ぶ様は、どこか滑稽で、どこか現実味がない。
「キースさん、無事ですか。キースさん、……クソ、代弁者」
「はーい。呼びましたかな。心配しないでください。気絶しただけですよ。あとで、我々の同志になってもらうのですから、この程度の優しさはあって当然です。ええ、そうです。バルメリアさんの発言は最高です」
 こっちまで頭がおかしくなりそうだ、と黒羽は痛む体を引きずるように立ち上がった。
 代弁者は、狂気を表現するかのように、多色のウロボロスを体から燃え上がらせた。そして、追い打ちをかけるかのように、瓦礫から冗談みたいに巨大な剣を取り出す。
 剣は、五メートルほどはあるだろう。剣というより、アスファルトの道路を剥いで武器にしたような見た目だ。
「あああああああああああああ、楽しみですよ。あなたはきっと、最強の戦士になる」
「俺を戦士にしてどうするつもりだ?」
「どうする? 決まっているじゃありませんか。この世界から異物を取り除く。その第一歩として、この国の間違いを正すのですよ」
 黒羽は、喉を鳴らす。この男の目的がずっと気になっていたのだ。狂気を燃料に、何を成し遂げたいのだろうか、と。
 代弁者は、壇上の教師さながらの調子で自らの狂気を吐露する。
「いいですか。近年、オール帝国と呼ばれる新鋭国家が、台頭してきています。ただの国家なら、我々の知ったことではありませんが、オール帝国はドラゴンどもが作った国なのです」
 一瞬、体の痛みを忘れるほどの衝撃が黒羽の頭を通り過ぎた。
「ドラゴンが、国を?」
「トカゲの分際でありえませんよ。彼らは、人を駆逐するためにそこらの国に戦いを仕掛けて大盛り上がり。輝かしき人々が選択すべきことは、オール帝国の抹殺。けど、しかし、なんと驚くべきことに、ウトバルク王女は」
 音楽でいうところのサビを迎えたのか、代弁者の声は徐々に調子を上げていく。
「ああ、あの王女は愚かしい選択をしました。和平です。わ・へ・い。あり得ない。トカゲは駆逐するべきだろうが。馬鹿なのかよ、クソアマ。人間性が腐ってやがる」
 代弁者は胸を両手で掻きむったかと思うと、今度は動きをピタリと止め、急に静かな口調で続きを語りだした。
「だから、決めたのですよ。我々はウトバルク王国の首都を陥落する」
 黒羽は息を呑む。
「陥落してどうする」
「人民をくだらない女王の支配から解放し、人を虐げる存在を駆逐する戦士へと教育します。そのために我々は、動いている。
 ウトバルクは現在、オール帝国の進行に備えた防衛準備に忙しい。その隙を付くのですよ。ただでさえ各地に人員を派遣して、首都の防衛力は落ちている。ここで混乱を巻き起こし、騎士を派遣させればさらに防衛力は落ちる。そうすれば後は簡単ですよ。ワイバーンにでも乗って、我々が首都を落とせばいい。そのためにギルドマスターに成り代わり、騎士の捜査が長引くようにしたのですからね」
 できるはずがない。いくらこの男が強いといえど、たった一人で首都を陥落するなど。そう思う一方で、黒羽はできるかもしれない、とも感じた。
 恐ろしい。人は狂気の渦に飲まれれば、こうなってしまうのだ。寒くもないのに、黒羽の体は震え、冷や汗でシャツが濡れた。
「お前は、どうしてそこまで狂える」
「人という種が好きだから」
「好き? お前がやろうとしていることをすれば、大勢の人が死ぬ。ましてや、アジトでしていたことは何だ。沢山、すでに死んでいる」
「分かっていませんね。これは聖戦なのですよ。人が勝利を得るための仕方のない犠牲です」
「お前は、矛盾している」
「大いに結構。人は理性と本能のはざまに揺れ動く矛盾者。矛盾こそが、人の証明」
「……そうかもしれない。でも、お前の矛盾は俺にとって許容できない」
 黒羽の力のこもった言葉に、代弁者は問いかけた。
「どうして受けいれることができないのです?」
「決まっている」
 黒羽は代弁者を睨む。その瞳には、剣士としての己だけでなく、経営者としての色が強くにじんでいる。
「お前のやり方じゃ、人々の顔に笑顔は生まれない。俺は人々の笑顔が大好きだ。懸命に生きて頑張っている人の背中を押してやりたい。そのためには、この世界が平和でないと困るんだ。俺の経営方針は、仕入れ先もお客様も全員が幸せであること。
 ――俺は、喫茶店の経営者だ。仕入先であるトゥルーがめちゃくちゃになったら、どうやって店を経営すればいい」
「ハア?」
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