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突然現れた妖精たち
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ハイゼン子爵家は、何代も前から王家に仕える古い宮廷貴族だ。
ところが、ルーシェの祖父の代から借金を抱えるようになり、その生活は爪に火を灯すような慎ましいどころか極貧の生活ぶりである。
領地を持たないので王都暮らしだが、かつて先祖が住んでいた一等地の場所は維持できなくなり郊外に引っ越している。今いる屋敷でさえ老朽化が進んでも手入れができず廃墟のようだ。
かつては庭だった敷地は、自家栽培の野菜畑になり、ここでとれる芋は貴重な食糧となっている。
「姉ちゃん、もうお代わりないの?」
「姉ちゃんではなく、お姉様よ。残念ながら、もうないわよ」
傷だらけの古いテーブルでルーシェと弟が夕飯をとっている。二人が食べているのは、芋が入ったスープのみ。それも朝に作った残り物だ。
弟のブレントは、まだ十才の育ち盛りの少年だ。これだけで足りるわけがない。でも、貯蔵庫にある野菜の残りを考えると、十分に与えることはできなかった。
「余り物で良ければ差しあげますわ。あまり食欲がないの」
ルーシェは自分の食べかけのスープの器をブレントに寄せると、弟はそれだけで嬉しそうに姉と同じ緑色の瞳を輝かせて受け取った。
「ありがとう姉ちゃん!」
「もう、お姉様よ」
「気にするなよ。もう俺が貴族になれるわけないんだから」
弟はそう言って、日焼けでそばかすの目立つ顔に苦笑いを浮かべる。
「そんなことないわ。諦めてはいけません」
「でも、学校に行けないんだから宮廷勤めは無理でしょ」
ブレントは言いながら食事を終えて席を立ち、食卓から去っていく。
その言葉にルーシェは何も返せず、隣の部屋に向かう弟の黒い短髪を見つめることしかできなかった。
一年後には王都にある学院に入学予定だが、学費だけではなく入学金すら用意の目処が立っていない。
このままでは弟を通わせることができない。この学院を卒業しなければ、王宮で勤められず、貴族として地位がなくなるにもかかわらず。
しかも、弟は何も気にしていない風を装っているが、実際は違う。彼は日中小間使いで平民のように働きながら夜はルーシェや父に教わって勉強に励んでいた。でも、入学がこのままでは無理だと知ったあとはベッドで一人嗚咽を必死に堪えていた。
それを知っているだけに無慈悲な今の状況が悔しくて仕方がなかった。
父は王宮で官吏として働いているが、収入のほとんどは借金の返済でなくなってしまう。それさえ万が一途絶えることになれば、返すあてがなくなり、ルーシェだけではなく、弟も借金のカタで売られる恐れがあった。
だから、最近では金貸しの男は、しきりに金持ちの男との結婚を若いルーシェに勧めてくるようになった。売られるよりはマシだろうと。
(やっぱり、それしか方法はないよね。それで弟を支援してくれるなら、私も覚悟を決めなきゃ)
誰にも言えない苦しみに胸が張り裂けそうになる。せめて母さえ生きていてくれたら。
ルーシェは食卓の灯明皿を黙って見つめる。視界が滲んで、鼻の奥がツンとする。質の悪い油を吸い上げた灯芯からは、燃えるたびにいつもきつい匂いが漂っていた。
「お母様……」
誰にも聞こえないような小さな声で呟いたとき、不思議なことが起こった。
『びんぼうって、大変よね!』
陽気な声とともに部屋の空間に現れたのは、手のひらに乗るくらい小さな女の子だ。鮮やかな赤い髪が印象的だ。
『その火からクサイにおいがするー』
さらにもう一人、水色のおさげ髪をした女の子がお喋りをしながらポンっと突然出てくる。
『暗いよりマシでしょ~』
のんびりした声を出しながら、茶色で短髪の小さな子どもがふわふわ浮きながら近づいてきた。
三人とも手のひらに乗るくらい小さな子供だ。
葉っぱの服で、ふわふわと何もない空間に浮いている。
(えええ!? 一体どういうことなの?)
「ブレント、来てちょうだい!」
「なんだよ姉ちゃん」
「あれが見えるかしら。あそこにいるのよ」
「え? なんだよ。何もないけど」
ルーシェが指差した先には、にこにこ機嫌良さそうに笑う小人がいるのに弟には何も見えなかった。
「そ、そう。それならいいの。ごめんなさいね。埃と蜘蛛を見間違えたみたい」
「姉ちゃん、本当に蜘蛛が嫌いだよね。ビビりすぎ」
「もう、姉様よ。ブレント」
弟だけではなく、勤めから帰ってきた父にも小人の存在は全く見えなかった。
『だって、わたしたちは妖精だもの!』
『人間は、わたしたちをそう呼んでいるんだよねー』
『見えるのは、特別なんだ~』
この子たちは、彼らは昔話や御伽噺に出てくる『妖精』らしい。見かけは人間と同じだが、耳だけは長く尖っている。
ルーシェだけにしか見えないから、初めは自分の頭がおかしくなったのかと思っていた。
(だって、小さくて可愛い生き物だなんて、私の好みがまるで現れたみたいなんだもの!)
ところが、三人がルーシェの知らない本当に起きた出来事を教えてくれたので、他人には見えなくても彼らの存在をやっと信じるようになった。
ところが、ルーシェの祖父の代から借金を抱えるようになり、その生活は爪に火を灯すような慎ましいどころか極貧の生活ぶりである。
領地を持たないので王都暮らしだが、かつて先祖が住んでいた一等地の場所は維持できなくなり郊外に引っ越している。今いる屋敷でさえ老朽化が進んでも手入れができず廃墟のようだ。
かつては庭だった敷地は、自家栽培の野菜畑になり、ここでとれる芋は貴重な食糧となっている。
「姉ちゃん、もうお代わりないの?」
「姉ちゃんではなく、お姉様よ。残念ながら、もうないわよ」
傷だらけの古いテーブルでルーシェと弟が夕飯をとっている。二人が食べているのは、芋が入ったスープのみ。それも朝に作った残り物だ。
弟のブレントは、まだ十才の育ち盛りの少年だ。これだけで足りるわけがない。でも、貯蔵庫にある野菜の残りを考えると、十分に与えることはできなかった。
「余り物で良ければ差しあげますわ。あまり食欲がないの」
ルーシェは自分の食べかけのスープの器をブレントに寄せると、弟はそれだけで嬉しそうに姉と同じ緑色の瞳を輝かせて受け取った。
「ありがとう姉ちゃん!」
「もう、お姉様よ」
「気にするなよ。もう俺が貴族になれるわけないんだから」
弟はそう言って、日焼けでそばかすの目立つ顔に苦笑いを浮かべる。
「そんなことないわ。諦めてはいけません」
「でも、学校に行けないんだから宮廷勤めは無理でしょ」
ブレントは言いながら食事を終えて席を立ち、食卓から去っていく。
その言葉にルーシェは何も返せず、隣の部屋に向かう弟の黒い短髪を見つめることしかできなかった。
一年後には王都にある学院に入学予定だが、学費だけではなく入学金すら用意の目処が立っていない。
このままでは弟を通わせることができない。この学院を卒業しなければ、王宮で勤められず、貴族として地位がなくなるにもかかわらず。
しかも、弟は何も気にしていない風を装っているが、実際は違う。彼は日中小間使いで平民のように働きながら夜はルーシェや父に教わって勉強に励んでいた。でも、入学がこのままでは無理だと知ったあとはベッドで一人嗚咽を必死に堪えていた。
それを知っているだけに無慈悲な今の状況が悔しくて仕方がなかった。
父は王宮で官吏として働いているが、収入のほとんどは借金の返済でなくなってしまう。それさえ万が一途絶えることになれば、返すあてがなくなり、ルーシェだけではなく、弟も借金のカタで売られる恐れがあった。
だから、最近では金貸しの男は、しきりに金持ちの男との結婚を若いルーシェに勧めてくるようになった。売られるよりはマシだろうと。
(やっぱり、それしか方法はないよね。それで弟を支援してくれるなら、私も覚悟を決めなきゃ)
誰にも言えない苦しみに胸が張り裂けそうになる。せめて母さえ生きていてくれたら。
ルーシェは食卓の灯明皿を黙って見つめる。視界が滲んで、鼻の奥がツンとする。質の悪い油を吸い上げた灯芯からは、燃えるたびにいつもきつい匂いが漂っていた。
「お母様……」
誰にも聞こえないような小さな声で呟いたとき、不思議なことが起こった。
『びんぼうって、大変よね!』
陽気な声とともに部屋の空間に現れたのは、手のひらに乗るくらい小さな女の子だ。鮮やかな赤い髪が印象的だ。
『その火からクサイにおいがするー』
さらにもう一人、水色のおさげ髪をした女の子がお喋りをしながらポンっと突然出てくる。
『暗いよりマシでしょ~』
のんびりした声を出しながら、茶色で短髪の小さな子どもがふわふわ浮きながら近づいてきた。
三人とも手のひらに乗るくらい小さな子供だ。
葉っぱの服で、ふわふわと何もない空間に浮いている。
(えええ!? 一体どういうことなの?)
「ブレント、来てちょうだい!」
「なんだよ姉ちゃん」
「あれが見えるかしら。あそこにいるのよ」
「え? なんだよ。何もないけど」
ルーシェが指差した先には、にこにこ機嫌良さそうに笑う小人がいるのに弟には何も見えなかった。
「そ、そう。それならいいの。ごめんなさいね。埃と蜘蛛を見間違えたみたい」
「姉ちゃん、本当に蜘蛛が嫌いだよね。ビビりすぎ」
「もう、姉様よ。ブレント」
弟だけではなく、勤めから帰ってきた父にも小人の存在は全く見えなかった。
『だって、わたしたちは妖精だもの!』
『人間は、わたしたちをそう呼んでいるんだよねー』
『見えるのは、特別なんだ~』
この子たちは、彼らは昔話や御伽噺に出てくる『妖精』らしい。見かけは人間と同じだが、耳だけは長く尖っている。
ルーシェだけにしか見えないから、初めは自分の頭がおかしくなったのかと思っていた。
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