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始まった指輪探し
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月のない夜は、底のない沼のように闇が深い。
人は暗黒に潜んでいる何かを恐れて家の中に引きこもる。
万が一出会って異界に連れて行かれないように。
新月の夜は特に危険だと、そう昔から言い伝えられていた。
ルーシェは静まり返った夜の道を駆けていく。
人々が多く集まる広場の噴水中央には、妖精の女王と言われている美しい女性の像が置かれ、その周りには可愛らしい妖精の像が女王を囲むように飾られている。
ルーシェが住むレセル国は、妖精の伝承が多く存在している。でも、妖精なんて想像の産物で、実際には存在しないものだと思っていた。
理由が分からない不思議な出来事を架空の存在のせいにしているのだと。ところが、まさか本当にいてルーシェ自身が関わるなんて想像もしなかった。
夜道は真っ暗で普通の人は何も見えないが、ルーシェは昔から家族の中でも夜目がよく利き、なぜか昼のように不自由なく見えた。
おかげで、夜の街が怖くなかった。
静かなのは住宅街だけでない。言い伝えのせいなのか、普段は夜でも明るい繁華街でも、新月の夜はひっそりとしている。
たまに灯りを持った通行人がいたが、ルーシェが隅で息を潜めていたら気づかれずにやり過ごすことができた。
こうして何もトラブルがなく無事にお店まで到着できた。
入り口の扉の向こうに売り場がすぐにあるような小さな店のときは妖精が小さな隙間から侵入して直接指輪があるか確かめてくれた。
ところが大きいお店のときは広すぎるのでルーシェが中まで入る必要があった。妖精はあくまでお手伝いで、メインで動くのはルーシェでなければならないからだ。
店員は全員帰宅していて誰もいなかったので見つかることはなかったが、厳重な鍵が問題だった。
簡単な鍵は妖精がちょっといじっただけで開くが、手の込んだ鍵は妖精でも無理だったのだ。
悩んだとき、そこに住む妖精たちにルーシェは気づいた。彼らが好奇心旺盛な目でルーシェたちを見ていたのだ。
そこで、鍵のありかを教えてくれたら洋服を作ってあげると話を持ちかけたら、なんと買収が成功したのだ。こうして中身を確認することができた。
こんな風に指輪を探して街のお店を何軒も巡っているときにウィリアムと出会った。
きっかけは、夜中に小さなランプを片手に持った男の子が一人でいたことだ。
その子供は上半身を深く屈め、ランプの微かな明かりを頼りに細道の上をじっと注意深く見ながら何かを探していた。
これが大人だったら、ルーシェは迷わず通り過ぎた。ところが、弟よりも小さい子供が困っているのに見過ごしたら、見て見ぬふりをしたことを後悔すると思ったのだ。
「どうしたの? 何か落とし物でもしたの? 良かったら手伝うわよ」
「で、でも……」
「早く見つけて帰らないと、家の人が心配するわよ」
ルーシェの説得が効いたのか、男の子は事情を説明してくれた。
「お金を落としたの」
夕方に帰る途中、男の子はここで転んでお金を落としたそうだ。
そのときに全部拾ったと思ったが、帰宅して確認したらお金が足りなかったらしい。
「お母さんは気にしなくていいと言ったけど……」
子供は気にして親に内緒で探しに来たのだろう。
子供の身なりはルーシェと同じように貧しそうな古びたもの。
生活に余裕がないからこそ諦められない気持ちをルーシェはよく理解できた。
「分かりやすいように地面に落ちていたら、あなたがすぐに拾ったはず。だから隅のほうに転がって落ちているかもしれないわ。私も一緒に探すわ」
ここはお店の裏手にある細い道なので、ゴミ箱やぼろぼろになった樽などが建物の傍にいくつか置かれている。
暗がりが多く、探しにくいから、まだ見つからないままあるのでは。わずかな希望にかけた。
『宝物探し、面白そう!』
『リリも探す! 負けないわよー!』
『ポルルも~!』
妖精たちがゲームと勘違いしたのか一緒に競って探してくれたおかげで、すぐに硬貨を見つけることができた。
「落とした金額と合ってる?」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
「これで家に帰れるわね。気をつけるのよ」
「うん! じゃあね!」
そう挨拶を交わした直後だ。
「そこの者たち、何をしている!」
ルーシェは突然聞こえた男性の鋭い声に驚いた。
慌てて振り向けば、灯りをこちらに向けている人間が二人。
「そちらこそ誰ですか?」
不審者かもしれない。そう警戒してルーシェは咄嗟に子供を背中に庇う。
「怪しい者ではない。巡回中の騎士団の者だ。あなたたちは何をしているんだ?」
彼らの身なりは説明どおり騎士団の制服だ。
濃い紅色を基調にした詰め襟の上着と、黒い長ズボンである。さらに黒のマントまで着用している。
声からして若い男性騎士のようだ。
こちらに害を与えるような相手ではないが、ルーシェにとってまずい状況は変わらなかった。
身元を問われたら、正直に答えられないからだ。
人は暗黒に潜んでいる何かを恐れて家の中に引きこもる。
万が一出会って異界に連れて行かれないように。
新月の夜は特に危険だと、そう昔から言い伝えられていた。
ルーシェは静まり返った夜の道を駆けていく。
人々が多く集まる広場の噴水中央には、妖精の女王と言われている美しい女性の像が置かれ、その周りには可愛らしい妖精の像が女王を囲むように飾られている。
ルーシェが住むレセル国は、妖精の伝承が多く存在している。でも、妖精なんて想像の産物で、実際には存在しないものだと思っていた。
理由が分からない不思議な出来事を架空の存在のせいにしているのだと。ところが、まさか本当にいてルーシェ自身が関わるなんて想像もしなかった。
夜道は真っ暗で普通の人は何も見えないが、ルーシェは昔から家族の中でも夜目がよく利き、なぜか昼のように不自由なく見えた。
おかげで、夜の街が怖くなかった。
静かなのは住宅街だけでない。言い伝えのせいなのか、普段は夜でも明るい繁華街でも、新月の夜はひっそりとしている。
たまに灯りを持った通行人がいたが、ルーシェが隅で息を潜めていたら気づかれずにやり過ごすことができた。
こうして何もトラブルがなく無事にお店まで到着できた。
入り口の扉の向こうに売り場がすぐにあるような小さな店のときは妖精が小さな隙間から侵入して直接指輪があるか確かめてくれた。
ところが大きいお店のときは広すぎるのでルーシェが中まで入る必要があった。妖精はあくまでお手伝いで、メインで動くのはルーシェでなければならないからだ。
店員は全員帰宅していて誰もいなかったので見つかることはなかったが、厳重な鍵が問題だった。
簡単な鍵は妖精がちょっといじっただけで開くが、手の込んだ鍵は妖精でも無理だったのだ。
悩んだとき、そこに住む妖精たちにルーシェは気づいた。彼らが好奇心旺盛な目でルーシェたちを見ていたのだ。
そこで、鍵のありかを教えてくれたら洋服を作ってあげると話を持ちかけたら、なんと買収が成功したのだ。こうして中身を確認することができた。
こんな風に指輪を探して街のお店を何軒も巡っているときにウィリアムと出会った。
きっかけは、夜中に小さなランプを片手に持った男の子が一人でいたことだ。
その子供は上半身を深く屈め、ランプの微かな明かりを頼りに細道の上をじっと注意深く見ながら何かを探していた。
これが大人だったら、ルーシェは迷わず通り過ぎた。ところが、弟よりも小さい子供が困っているのに見過ごしたら、見て見ぬふりをしたことを後悔すると思ったのだ。
「どうしたの? 何か落とし物でもしたの? 良かったら手伝うわよ」
「で、でも……」
「早く見つけて帰らないと、家の人が心配するわよ」
ルーシェの説得が効いたのか、男の子は事情を説明してくれた。
「お金を落としたの」
夕方に帰る途中、男の子はここで転んでお金を落としたそうだ。
そのときに全部拾ったと思ったが、帰宅して確認したらお金が足りなかったらしい。
「お母さんは気にしなくていいと言ったけど……」
子供は気にして親に内緒で探しに来たのだろう。
子供の身なりはルーシェと同じように貧しそうな古びたもの。
生活に余裕がないからこそ諦められない気持ちをルーシェはよく理解できた。
「分かりやすいように地面に落ちていたら、あなたがすぐに拾ったはず。だから隅のほうに転がって落ちているかもしれないわ。私も一緒に探すわ」
ここはお店の裏手にある細い道なので、ゴミ箱やぼろぼろになった樽などが建物の傍にいくつか置かれている。
暗がりが多く、探しにくいから、まだ見つからないままあるのでは。わずかな希望にかけた。
『宝物探し、面白そう!』
『リリも探す! 負けないわよー!』
『ポルルも~!』
妖精たちがゲームと勘違いしたのか一緒に競って探してくれたおかげで、すぐに硬貨を見つけることができた。
「落とした金額と合ってる?」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
「これで家に帰れるわね。気をつけるのよ」
「うん! じゃあね!」
そう挨拶を交わした直後だ。
「そこの者たち、何をしている!」
ルーシェは突然聞こえた男性の鋭い声に驚いた。
慌てて振り向けば、灯りをこちらに向けている人間が二人。
「そちらこそ誰ですか?」
不審者かもしれない。そう警戒してルーシェは咄嗟に子供を背中に庇う。
「怪しい者ではない。巡回中の騎士団の者だ。あなたたちは何をしているんだ?」
彼らの身なりは説明どおり騎士団の制服だ。
濃い紅色を基調にした詰め襟の上着と、黒い長ズボンである。さらに黒のマントまで着用している。
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