カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

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一章

ホビットの里

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 アムルスと別れてから大体1時間。完全に日が沈んだガレムの森は真っ暗で何も見えない。
 灯りが無ければ。
「なぁ、チコ、逃げやしないから手を離せよ」
「イヤだ」
「歩きにくいんだよ。離せっ」
 振り払おうと左手を振り回すと、チコがぶらぶらとぶら下がる。
 歩き始めてからずっとこの調子だ。身長差が半端ないからマジで歩きにくい。
 なんせチコは小さい。チコによるとホビットの体型はみんなこんなもんらしい。ウサギの耳はチコだけらしいが。
 歩幅が違うと歩きにくいんだよ。右手も塞がってるし……。
「ユートッ、集中しろっ!消える消えるっ」
 あ、いかんいかん。灯りが弱くなった。
 日が落ちてからすぐに、俺は新しい魔法を覚えた。その辺で拾った枝に冗談半分で松明トーチって唱えてみたら、うまい具合に枝が光って助かった。魔法バンザイ。
 枝の先っちょに意識を集中すると、弱くなった灯りがまた明るくなる。よしよし、大分慣れたぞ。
「ふぅ~」
 チコが安心したように息を吐いた。
「なぁチコ。おぶってやろうか?」
 一緒に歩くよりその方が早い気がする。
「ななな何言ってんだ!」
「いやほら、俺両手塞がってんじゃん。歩きにくいって」
「おおお俺はそんなことないぞっ!」
「俺が歩きにくいんだよ」
 力任せに左手を持ち上げる。嫌なら離せばいいのにチコはぶら下がったままだ。
「やーめーろーよーっ!」
 顔を真っ赤にしてチコが喚く。
「えいっ」
 俺は鞄を肩に回す要領でチコを背中に回した。
「ほれほれ、しがみつかんと落っことすぞ」
「う~……」
 しばらくチコは唸っていたがぶつぶつ言いながら俺の背中にしがみついた。よしよし、これで片手が使える。枝は左手に持ち変えよう。
「はじめっからこうすりゃよかったんだ」
 俺が呟くとチコも呟く。
「……恥知らず……」
「何か言ったか?」
「……別に」
 急にチコが静かになったので、俺はまた歩き出した。このまま進むと、ホビットの里があるらしい。
 獣道を枝の先の松明で照らしながら歩く。
「ユート、お前いくつだよ?」
「さ……いや17だ」
 ややこしい。32と言いかけたぞ。
「チコはいくつだよ?」
「14だ」
「まだ成人前か?」
 ラフィーアは15歳で成人だと女神が言ってたな。ホビットもそうなんだろうか?
「おう。あと半年で俺も一人前だ」
 どうやらホビットも一緒らしい。なるほど、おんぶされて恥ずかしがったわけだ。成人直前で子供扱いされたら恥ずかしいわな。
「しかし、ユートは強いんだな」
「……何で?」
「だって大山猫を仕留めたんだろ?」
 確かに。でもそれは技能があるからだ。剣もあるし。
「普通大山猫ってのは人族でも4人がかりで仕留めるもんだろ?」
「そうなの?」
「そうだよ。俺たちホビットだったらもっと人数が要るぞ。なんせあいつら群れで襲ってくるからな」
 そういやそうだな。襲ってくるときは何頭かまとまって……。

ーーーーーーーーーー
大山猫(血抜き済み) ×28

心臓が動いたまま血を流し、止めに心臓を一突きにされた大山猫の死骸。
肉は臭みが取れている。
解体することで皮、肉、骨として利用可能。
ーーーーーーーーーー

 次元鞄に右手を突っ込むと情報が流れてきた。アムルスが5頭持ってったから……。
「今日だけで33頭仕留めてるな」
「……」
 背中でチコががたがたと震える。
「あと蛇と……」
「ひぃっ!」
 チコがビビって悲鳴をあげる。俺は右手を鞄から引き抜いて笑った。
 そういやこっちに来てからはじめて笑った気がする。
「襲ってきたから仕方ない」
 今ので教われた理由が分かったけどな。大山猫には1人で歩いてる俺が狙いやすかったわけだ。
「ガレムの森を1人で歩くから……」
 チコがそんなことを言う。仕方ないだろ、女神に拉致られて気がついたらここにいたんだ。
「別にいいだろ、知らなかったんだから」
「知らなかったって……こんなの冒険者なら常識だろ?」
「俺は営業だ」
「……エイギョウって何だ?」
「……なんでもない。とにかく俺は冒険者じゃないぞ」
「じゃあ騎士か?」
「そう見えるか?」
「……」
「黙るな」
 失礼な。しかし……冒険者に騎士か。まんま剣と魔法の世界だな。
「もしかしてギルドとかあるのか?」
「ユートは物知らずだな。里には無いがベルセンにならあるぞ」
 一言余計だ。
「ベルセンってのは近いのか?」
 チコが少し考え込む。
「里から森を出るのに1日。森を出てから西に2日ってとこだ」
「……結構遠いな」
「森を東に抜けると徒歩なら30日はかかるぞ」
「広すぎだろ」
 アマゾンかここは。遭難するわ。
「馬なら7日だな」
「馬なんか乗ったことないし、行くならベルセンだな」
 近い方に行こう。
「里に着いたら道を教えてくれよ」
「お安いご用さ」
「ついでに何か仕事ないか?文無しなんだよ」
 貨幣があるかも分からんが、ベルセンってとこを目指すなら多少稼いでおいた方がいいだろう。
「物知らずで文無しか。よく今まで生きてたな」
「やかましい」
「まあまあ怒んなよ。長に聞いてやるよ。でも、里の肉屋に大山猫の肉を売った方が早いぜ」
 なるほど、そういう手もあるか。どうせ俺1人じゃ食いきれないし。
「さすがにもう遅いから、肉屋には明日連れてってやるよ」
「悪いな。宿代は明日払うよ」

 がぶっ。

「痛っ!噛んだな!?」
 チコが俺の首筋に噛みつきやがった。言うほど痛くはないが。
「失礼なこと言うな!宿代なんかいらねえ!命の恩人から金なんかもらわねえっ!」
「あー……」
 そういやぁ、礼がどうのと言ってたな。
「じゃあ、今晩だけ世話になるよ」
「……おうっ」
 チコはまだ不満そうだ。何で?
 しかし、結構歩いたけどなかなか着かない。腹減った……。
「で、里まであとどれくらいだ?」
「もう見えるぜ。ほら」
 顔の右からチコの耳が伸びてきて、耳の先が何かを指した。器用な耳だ。
 耳の先に目をやってみるが、相変わらず森が広がっている。松明で照らしてみても変わらない。
 ちょっと遠いのかな。光を強くしてみるか。
「何してんだ?」
「いや、里なんか見えないから……」
「ほんと物知らずだな」
 呆れながらチコが俺の背中から飛び降りた。ぴょんぴょんと跳び跳ねながら、俺が松明で照らす先に向かっていく。
「どこ行くんだよ、チコ。危ないから戻ってこい」
「いーから見てなって」
 ビビリなんだから止めとけって言ってんのに、チコは構わず進んで……。

 みよん。

「……あれ?」
 どっかで聞いた間抜けな音がして、チコが俺に向かってきた。
「……あれ?おかえり?」
 俺の前でチコが立ち止まり、ちびっちゃい体で胸を張る。
「おう。ただいま!」
「……どうなってんだ?」
「ここが里の入り口だ。魔力で鍵を開けないと今みたいに弾かれるんだ」
「……はー」
「うぷぷ……すげーマヌケなツラだな。うぷぷぷ……」
「ドヤ顔してないで説明しろよ」
 チコはにやにやしながら、さっきの場所まで歩いていく。
「ついてこいよ、ユート」
 チコの態度が気にくわないが、とりあえずついていくと、チコが立っている場所に黒光りする円柱がたっていた。
「……チコ、何だこれ?」
「これが里の門だ。これに魔力を流さないと、里の中に入れないんだ」
 門?一本しか無いぞ?
 チコが門と言った円柱に右手をかざす。何をするのかと見ていたら円柱がぼんやり光りだした。
「門は1人ずつしか通れねえ。俺は先に里に入るから、すぐにこうやって入ってこいよっ」
 言い終わるとチコの体が目の前から消えた。

 みよん。

「……えぇー?」
 マジか。どこ行った?
「チコッ!おいチコッ!」
 チコの名を呼ぶが返事がない。
 ……うーん。
「仕方ない」
 真似してみるか。
 俺は円柱に近づいて、チコがやっていたように右手をかざした。
 そういやぁ、魔力を流すって言ってたな。どうやるんだよバカヤロウ。バカチビ、バカチコ。
 ……もしかして魔法と同じか?集中すればいいのか?
 いったん深呼吸して円柱に意識を集中してみる。
 要はイメージだ。大丈夫、魔法なら俺も使えるじゃないか。
「……開け」
 おっ、円柱がぼんやり光った。

 みよん。

「……あれ?」
 円柱が光ったと思ったら、いきなり景色が明るくなった。でも、日の光じゃない。
 それに森の中でもない。目の前には1本の道。道の脇にはランプの下がった柱が等間隔に並んでる。
 道の奥には煉瓦の建物がたくさん見える。
「キョロキョロすんなよ、みっともない」
 チコの声だ。どこだ?
「こっちだこっち。お前なにげにひどいヤツだな」
 視界の下半分にウサギの耳が上下している。目線を下げると……。
「チコッ!無事だったか」
 さっき消えたチコがびょんびょんと跳ねていた。わりとちょっと心配したじゃないか。
「おおお大げさなんだよっ、ささ里に入っただけじゃねーかっ」
 顔を赤くしてチコが喚く。いやいや、急に消えたらびっくりするだろうよ。
 そうか、ここが里か。思ってたのと全然違う。
「この嘘つきめ。何が里だ。街じゃねーか」
 俺の言葉を聞いて、チコがむふんと鼻息を漏らす。ドヤ顔すんな。腹立つなぁ。
「ようこそユート。ここがガレムの森で一番の……」
 またしてもちびっちゃい体で胸を張った。
「ホビットの里、クロノリヤだ!」
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