カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

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一章

ホビット

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 歩き始めてから大体半日。俺はまだ森の中にいる。
 もともと薄暗かったが、日が暮れてきたのかかなり視界が悪い。今日はもう進むのはやめた方がいいな。
 腹も減ったし、喉も乾いた。
 道中腹の足しにと手当たり次第に果物をもぎっては鞄に入れているが、食えるかどうかはわからない。何回か獣に襲われたから調べる暇もなかったし。
 技能の身体能力向上のおかげで、襲ってきた獣は全部返り討ちにしてやった。
 女神がくれた剣は、切れ味はよくなかったがとにかく丈夫で力任せに振り回しても刃こぼれひとつしなかった。すげぇ。
 見た目は剣というより鉈に近く、刃渡りが60㎝ほど。柄は木製みたいだけど、滑り止めに荒い紐が巻いてあって、柄尻に腕抜きの輪っかがついていた。柄が短いから片手でしか振れない。
 正直こんなもの使ったことなかったが、獣に襲われてそれどころじゃなかったし、まぁ、役には立ったな。
 肉の解体もやったことなかったが、せっかく仕留めた獣だからと試しに鞄に入れてみたら全部入ったのには驚いた。
 生き物は入れられないが、死んだら肉って扱いなんだな。あとで焼いて食おう。ファイア使えるし。

 ……っ!

 どっか焚き火ができそうなとこ無いかな?

 ……ぁぁっ!

 洞窟とかあったら嬉しいな。雨降ったら寒いもんな。

 ……うぁぁぁぁっ!

 あ、でも水飲みたいし川とかーーー。

 うわあぁぁぁぁっ!!

「さっきからうるさいわっ!」
 気がつくとやかましい叫び声がだんだんと近づいてきていた。
 また獣かと思い、右手で剣を抜いて中腰に構える。
 ガサガサと目の前の草が揺れたと思ったら、黒い影が飛び出した。
「助けてえぇぇぇっ!」

 ドンッ!

 飛び出してきた影が勢いそのまま俺にぶつかった。俺は痛くもなんともなかったがーーー。
「いてえぇぇっ!」
 ぶつかってきた方は痛かったらしい。俺の足元でゴロゴロと転がって悶絶している。
 なんだこれ?

 ガサガサッ!

「ん?」
「ああぁぁっ!もうダメだあぁっ!」
 黒い影が出てきた繁みから、大きな獣が飛び出してきた。どうもこのやかましいやつを追いかけてきたらしい。暗くてよく見えないが影の大きさから大きな獣だとわかる。
 俺の足元で転がっていた影がぴょんと飛び上がって、俺の後ろに回り込んだ。おい、足にしがみつくな。
「おおお、お前なんか怖くねぇぞっ!」
 おいこら、人を盾にして何言ってんだ。がたがた震えてんじゃないか。
 目の前の獣から目を離すわけにもいかんからなんとなくだが、俺の後ろでぎゃあぎゃあ言っているやつは幼稚園児くらいの背丈らしい。それにしては俺の足を掴む手が大きい。いや、離せよ。
「おいお前っ!おおお俺のことは諦めてどどどどっか行きやがれっ!」
 ……うるさいなぁ。
「……人の子よ」
 いい加減離れろよ。
「どきなさい、人の子よ」
 ん?穏やかな女の声が聞こえる。
「それは私が食うのです。どきなさい、人の子よ」
 言ってることは穏やかじゃなかった。
 目の前の獣が俺を威嚇してくる。薄暗くてよく見えないが、やけに牙が長い。
 ってか、この声何?
「……早くどきなさい。お前も食われたいのですか、人の子よ」
 ……えーと、もしかして。
「ぎゃああぁぁっ!」
 うるさいよ!

 ゴチンッ!

 俺の後ろのチビがうるさくて、左のげんこつでチビを殴る。
「いてえぇっ、ててててめっ、なななっ!」
 もう一発殴ってやろうと左手を振りかぶったところでチビがおとなしくなった。
 チビにゲンコツを食らわせている間、俺は獣から目を離していたが、不思議と獣は襲ってこなかった。
「お前、もしかしてしゃべれんの?」
 何をバカなと思いながら、俺は獣に話しかける。
 獣が大きな牙の生えた口を開いた。
「お前は人の子の分を超えた魔力があるようです。ならばと思い、話しかけて正解でした。早くその後ろの者をこちらに寄越しなさい。お前は筋っぽくて固そうだから見逃してあげましょう」
「……こいつ食うの?」
 あんまり美味そうじゃないよ?
「おおお俺なんか美味くねぇぞっ!」
「美味くないって」
「それは私が決めること」
 そりゃそうだ。案外食ってみたら美味いかもしれん。俺の後ろに隠れたチビをよく見てみる。
 幼稚園児くらいの大きさの……人間か?人間を縮小コピーした感じのちんちくりん。童顔で男か女かわからない。
 頭から赤い髪を掻き分けてウサギの耳が生えている。なんでこの寒い中半袖半パンを着てるかな。むき出しの手足にはフサフサの毛が生えている。毛皮みたいだ。
 ちんちくりんが大きな目で俺をにらんだ。
「なんだよ!こっち見んなよっ!」
「……いやぁ、やっぱ美味くはないんじゃね?食うとこ無さそう」
「いいから寄越しなさい」
 言いながら獣がまた牙を剥く。
「ぎゃああぁぁっ!」
 ちんちくりんがまた喚く。
 うーん……。
「悪いことは言わんから……」
 俺は左手を鞄に突っ込んで、道中仕留めた獣の死骸を引っ張り出した。
「こっちにしとけ」
「ぎゃああぁぁっ!」
 俺の左手に、獣の死骸がぶらんとぶら下がる。大型犬くらいのそれを見てちんちくりんが叫んだ。

ーーーーーーーーーー
大山猫リンクス

森に生息する大型の山猫。
5体~10体の群れを作って生活する。
群れで狩りを行う。
ーーーーーーーーーー

「大山猫だって。今日仕留めたから腐ってはいないだろ」
 というか、まだ少し暖かい。何で?
 ……まぁいい。
 俺は獣の前に大山猫の死骸を放り投げる。
「こっちのほうが美味いんじゃないか?」
 獣が警戒しながら大山猫の死骸を嗅ぎはじめた。
「毒は入ってないようですね」
「入れるかそんなもん」
 失礼な。
「足りません」
 おいおい。ちんちくりんより大きいんだが。
「丈夫な子を生むためには、やはりそれも……」

 ずるり。

「まだあるぞ」
 俺はもう一匹大山猫の死骸を鞄から引っ張り出してやる。
 なんせ襲われる襲われる。軽く30匹は仕留めたはずだ。
「あるだけやろうか?」
「ぎゃああぁぁっ!」
「……なんと」
 獣が口をあんぐりと開けている。開けた口より牙の方が長い。あと、ちんちくりんうるさい。
「人の子よ」
「何?」
「無益な殺生をするものではありません」
「……お前」
 今しがたこのちんちくりんを食おうとしてた奴に言われたくないわ。
「襲ってきたから仕方ねーだろ。俺だって食われたくないわ」
 目の前の獣がため息をついた。
「わかりました。お前に免じてそれは見逃してあげましょう、人の子よ」
 おっ、よかったなちんちくりん。
 あれ?
 ちんちくりんは俺にしがみついたままで黙りこくっていた。
「おい、喜べよ。見逃してくれるって」
「……ほんとか?」
「ほんとだって」
 今見逃してやるって言ったじゃないか。俺は獣に同意を求める。
「なぁ?」
「人の子よ。私の言葉はそれには通じていません」
「あれ?そうなの?」
 じゃあ俺獣と会話する痛いやつじゃないか。あいたた。
「それの魔力はお前ほど多くないのです。このガレムの森で私の言葉が分かるのはエルフくらいのものです」
 あ、ここガレムの森って言うのね。
「5頭ほど」
「ん?」
「5頭ほど置いていきなさい」
 ……ああ、大山猫ね。
「まだあるぞ?」
「5頭あれば十分です」
「オッケー、分かった」
 要望通り、俺はあと3頭大山猫を出してやった。
「これでいいか?」
「人の子よ、感謝を」
「いいよ別に」
 それより5体の大山猫をどうやって運ぶつもりだ?大型犬くらいあるぞ?
 俺の心配をよそに、獣が口を開けると、長い牙がさらに長く伸びていく。
剣狼サーベルウルフの牙は魔力で伸びるんだ」
 ちんちくりんが小声で教えてくれた。なるほど、便利な牙だ。
 長くなった牙で獣が大山猫を串刺しにしていく。見事に5体全部を牙で持ち上げた。
「人の子よ、私はアムルス。剣狼のアムルス」
 アムルスはそう言うと大山猫を持ち上げたまま、回れ右して駆け出した。
「ユートだ!ユート=スミス!」
 アムルスは振り返ることなく森の中に消えていった。
「こ、怖かったぁ~」
 アムルスが完全に見えなくなると、ちんちくりんが俺の足から離れて地べたにへたりこんだ。
「じゃ、俺行くわ」
 すっかり暗くなっちまった。さっさと寝床を探そう。
「ま、待ってくれ!」
「ん?」
 なんだ、ちんちくりん。
「あんたのおかげで助かった!」
 ぴょんと跳び跳ねたちんちくりんが、俺の前に回り込む。勢いよく上半身ごと頭を下げた。
「俺はホビットのチコ!ウサギの獣人アニマだ!」
 お、おう。そうか。
「でけえウサギだな」
 ちんちくりんの長い耳がぴーんと伸びる。
「ちっがーう!ホビットだっ!ホビットのチコ!」
 そう言うとチコが俺の左手を掴んだ。
「あんたのおかげで助かった!是非礼をさせてくれ」
 チコはにかっと笑って俺を見上げる。
 ……いいよ別に。そんなもん。
「俺の家は里で宿をやってるんだ!」
 それを早く言いなさい。
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