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一章
転移と日常と再転移
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目を開けると真っ暗な部屋。馴染んだベッド。
そして、枕元にスマホが転がっている。
「あの女神、嘘はついてなかったな」
スマホのロックを外して時間を見ると0時を少し過ぎていた。俺が寝付いてすぐぐらい、つまり、女神に拉致られた時間だ。
クロノリヤの宿、エレナンセの客室でふかふかのベッドに入り込んだあと、俺は地球に転移した。
テレビのチャンネルを変えるように、何の抵抗もなく俺は地球に戻ってこれた。よかった。
このまま朝まで寝て、いつも通り仕事に行こう。
ーーーーーーーーーー
いつも通りの日常。
朝晩の亜紀へのメール。
朝メシ食って働いて、昼メシ食って働いて、晩メシ食って風呂に入る。
いつも通りの平和な日常。
そして俺はラフィーアに戻ることなく3日間過ごして、土曜になった。
ーーーーーーーーーー
いつもなら休日は亜紀とデートに行くんだが、あいにく亜紀は急な仕事で出勤してる。
外出する気も起きなかったので、俺は自室に戻って昼寝することにした。
……そうだ、ラフィーアにでも行ってみるか。
ベッドに転がって目を閉じ呟く。
「ラフィーアへ」
ーーーーーーーーーー
再び目を開けると、見慣れない天井が見える。俺の部屋より高い天井。
ラフィーアには時計が無かったから、時間が分かるようにカーテンを開け放していたことを思い出す。窓に目をやると真っ暗な中に街頭のランプの灯りがぼんやり見える。
女神が言っていた通り、転移前の時間からコンティニューしたみたいだ。
元々昼寝する予定だったしな。朝まで寝よう。
ーーーーーーーーーー
窓から射し込んでくる朝日の眩しさに目を覚ます。次からはカーテンは閉めて寝よう。
ベッドから出ると少し肌寒い。勝手がわからず炭が足りなかったのか、暖炉は夜のうちに消えてしまっていた。
寝る前にサイドテーブルに置いた洗面器。張っておいた水は冷たかったが、目を覚ますのにはちょうどいい。顔を洗って服を着替える。着替えなんか無かったから客室にガウンが置いてあって助かった。
寝る前に枕元に出しておいた女神の御子は、ぼんやりと光ったままで変化無し。昨日と同じく服の内ポケットにそっと入れる。
剣を提げて、次元鞄を肩掛けに、支度を終えて部屋を出た。
宿エレナンセは外観も内装も客室も申し分無い一流ホテルだ。こんないいところに無料で泊まってしまったことに罪悪感を覚える。我ながら小市民だと思う。
階段を降りるとチコのお姉さんがいた。俺に気づいて笑顔になる。
「おはようございます、ユート様。昨日はよく眠れましたか?」
よしてくれと言ったのに、お姉さんは俺を様付けで呼ぶ。俺は苦笑しながら返事をする。
「ええ。お陰様で。お気遣いありがとうございます」
あんないい部屋なかなか泊まれるもんじゃない。チコには悪いが、今日からは別の宿を探そうと思う。いい部屋過ぎて落ち着かん。
「一宿一飯、本当にお世話になりました」
俺が頭を下げると、チコのお姉さんが俺の足元に歩いてきた。きょとんとしながら俺を見上げている。
「頭をあげてくださいな。ユート様はチコちゃんの命の恩人ですもの。何日だっていてくださっていいんですよ」
「そう言っていただけるのは嬉しいんですが。もう十分ですよ」
居心地はいいんだけどな。そんな会話をしていると、いつの間にいたのかチコが割り込んできた。
「なんでお姉ちゃんには礼儀正しいんだよ。さてはあんた偽者だな?」
開口一番悪態をつく。低血圧か?
「おはよう。いい部屋をありがとな」
チコの悪態を無視して頭を撫でてやった。朝から突っかかってくんなって。
「そそそれはよかったな。……えへへへ」
「チコちゃん、可愛い」
「お姉ちゃん、からかわないでよ~」
コロコロ笑う姉と、もじもじする妹。仲のいい姉妹だな。
俺はチコの頭から手を離す。散歩がてら朝メシでも行こう。
「じゃあ俺朝メシ行ってくるわ。あとで肉屋に案内してほしいんだけど、いいか?」
「おっおう。じゃあ俺はここで宿の手伝いしてるから、戻ってきたら声かけてくれよ。いいよな、お姉ちゃん?」
「ええ。恩返ししないとね」
チコにも仕事があるのに俺の都合に合わせてくれるみたいだ。
「ありがとうございます」
頭を下げるとチコに蹴られた。
ーーーーーーーーーー
エレナンセのレストランも朝食は提供している。でもそこまで世話になるのもな。
それに昨日と違って里の中。せっかくだしぶらぶらしたい。
朝の日差しを浴びながらクロノリヤを散策する。
「ユートさん、おはようございます」
ぶらぶらしていると、聞き覚えのある声がした。振り返ると親衛隊(笑)のトカゲさん。
種族はリザードマンで名前はコレットというらしい。
「おはようございます、コレットさん」
俺は軽く頭を下げて挨拶した。
「朝早くからどこへ行かれるんですか?」
「朝メシがてら散歩してるだけですよ。どこかおすすめありますか?」
俺がそう言うと、コレットさんは微笑みながら頷いた。青い鱗に朝日が反射してきれいだな。
「それなら、この先の突き当たりを右に行くと食堂街がありますよ。この時間だとデイジーちゃんのお店がおすすめかしら。デイジーちゃんっていうのは、人族で猫の獣人で可愛いの」
「そうですか。ありがとう、行ってみます」
コレットさんに礼を行って別れる。獣人ってのは種族の名前じゃないんだな。そういえばチコも獣人か。
コレットさんの案内どおりに進むと、飲食店が並んでいるのが見えてきた。開いている店は少ない。
開いている店を見ながら歩くと、猫耳を見つけた。あれがデイジーかな。
白い煉瓦のこじんまりとした建物。入り口の脇にデッキがあってテーブルと椅子が並んでいる。入り口から見える店の中にもテーブルが並んでいるから、結構席数はあるみたいだ。
「すみませーん。お店やってます?」
「はい、どうぞいらっしゃい!」
元気な声が帰ってきた。まだ早いのか他の客はいない。店に近づくと店内に通された。
「メニューはこちらです。お決まりになりましたら声をかけてくださいね……」
にっこり笑ってデイジーは動きを止めた。大きな目を開いてまじまじと俺を見てくる。獣人だけあって猫目だ。面白いな。
じーっと見てくるので俺もじーっと見返してやる。
「……あっ、し失礼しました」
デイジーが再起動し、頭をペコリと下げて奥に引っ込んでいった。なんだあれ?
気を取り直してメニューを見る。見たこと無い字が並んでいるが、技能のお陰で理解できる。
日本の喫茶店みたいなモーニングは無いんだな。
紅茶はあるがコーヒーが無い。黒茶ってのがあるから、似たような味かも。
黒茶が1ミルズと20ミル。あと大麦パン80ミルに、ベーコン1ミルズと60ミル。
全部で3ミルズと60ミル。ちなみに昨日大山猫を換金してもらった銀貨は1枚100ミルズ。俺が文無しだと言うと、使いにくいだろうからと1枚分だけ両替してくれた。
鉄貨100枚と銅貨9枚。あと青銅貨9枚。
1ミルが鉄貨1枚。100ミルで1ミルズ、銅貨1枚だ。10ミルズで青銅貨1枚で、100ミルズで銀貨1枚。
ちなみに、エレナンセは素泊まり一泊100ミルズだそうだ。やっぱお高い宿でした。
「すみませーん。注文お願いします」
奥にいるデイジーに声をかける。すぐにデイジーが来てくれた。
「黒茶と大麦パンとベーコンお願いします」
「はい、かしこまりました」
慣れた手つきで注文をメモに書き込む。驚いたな、紙のメモだ。
「あのぉ……お客様?」
「……はい?」
注文を書き終えたデイジーが、恐る恐る聞いてくる。
「もしかして昨日の夜に里に来た人族って、お客様ですか?」
「……昨日の夜、チコと一緒に里に入った人族でいいなら俺ですね」
少し考えてから、詳しく回答する。何か用?
「やっぱりっ!」
デイジーの耳がぴこぴこ動いた。
「洗浄が使えるってほんとですか?」
「覚えたてですけど」
耳が早いな。もしかして結構噂になってたり?
「お食事のあとで構いませんので、洗浄かけてもらってもいいですか?」
「いいですよ、暇なんで」
「ありがとうございますっ」
デイジーは頭を下げてにこにこと奥に引っ込んでいった。
頼んだ食事はそのあとすぐに運ばれてきた。まぁ、早そうなの選んだからな。
大麦パンは香ばしく、ベーコンは肉厚で美味かった。黒茶はコーヒーじゃなくて大豆のお茶みたいな味だった。
朝メシを食い終えて一息つくとデイジーがやって来て、恥ずかしそうにこう言った。
「実は、パンを焼く釜に洗浄をかけてほしいんです……」
煤が溜まってきちゃって……と苦笑い。
魔法なんて減るもんじゃ無し、練習がてら承諾する。
力加減を間違えて釜どころか台所全体がきれいになったのには苦笑するしかなかった。
感激したデイジーがメシ代を無料にどころか、対価を払うと言い出したから困った。
そんなつもりじゃないと無理矢理に金を払って店を出る。
「ぜひまたきてくださいっ!ありがとうございましたっ!」
振り返ると深々とお辞儀をして見送ってくれていた。やめてくれよ恥ずかしい。
逃げるように来た道を引き返す。さっさと肉屋に行こう。
エレナンセに戻ると店の前をチコが掃除していた。半袖半パンじゃなくて、お姉さんとお揃いのワンピースだ。あのワンピースは宿の女性用の制服なんだとか。
あーいう格好だとちゃんと女の子に見えるな。
「ただいま、チコ。掃除手伝ってやろうか?」
俺に気づいたチコがにこっと笑った。
「おかえりユートッ。早かったな」
「あんまし奥まで行ってないからな。デイジーの店でメシ食って戻ってきた」
「あぁ、デイジーちゃんのとこか。俺もたまに行くぞ。デイジーちゃんはクリスねーちゃんとつるんでないから気楽なんだ」
ほどほどにしとけよクリスティーネ……。チコが遠い目をして空を見てるぞ。
「そうか。大変だな」
「そ、それより肉屋に行こうぜ。ちょっと待っててくれよ、お姉ちゃんに言ってくるから」
「ゆっくりでいいぞ」
「すぐ戻るって」
現実から逃げるようにチコが店の中に入っていって、ほんとにすぐに戻ってきた。
「お待たせ」
「……悪いな」
「気にすんな、行こうぜ」
例によってチコがまた俺の手をつかんで歩き出す。歩きにくいから離せって言ってんのになぁ……。
その後予定通り肉屋に行って、大山猫の肉の残りを買い取ってもらった。仕留めたのが昨日だから痛んでいるかと思ったんだが、肉はみんなまだ生暖かった。
肉屋の店主に教えてもらったんだが、ほとんどの冒険者が次元鞄を持っているらしい。
大きさは様々だが機能は一緒。俺は気づいていなかったが、入れたものは時間が止まるそうだ。なるほどね。
なので、18頭分全部売れた。1頭青銅貨8枚になったから、銀貨14枚と青銅貨4枚だ。エレナンセでは1頭で銀貨1枚だったから、気を使ってくれたんだな。素直に感謝しとこう。
今ので所持金が銀貨23枚と小銭がいくらか。昼から買い出しに行って、今日はちゃんと金払ってエレナンセに泊まろう。
「チコ、今日からエレナンセには金払って泊まるからな」
あとで文句言われても嫌なので先に言っておく。
「なんでだよ、ユートから金なんかもらえねえよ」
「昨日も言ったろ。一宿一飯で十分なの。受け取れないってんなら他の宿に行くからな」
「えーっなんだよそれっ」
いいんだよ、これで。チコの頭をくしゃくしゃと撫でながら、俺たちはエレナンセへ向かった。
そして、枕元にスマホが転がっている。
「あの女神、嘘はついてなかったな」
スマホのロックを外して時間を見ると0時を少し過ぎていた。俺が寝付いてすぐぐらい、つまり、女神に拉致られた時間だ。
クロノリヤの宿、エレナンセの客室でふかふかのベッドに入り込んだあと、俺は地球に転移した。
テレビのチャンネルを変えるように、何の抵抗もなく俺は地球に戻ってこれた。よかった。
このまま朝まで寝て、いつも通り仕事に行こう。
ーーーーーーーーーー
いつも通りの日常。
朝晩の亜紀へのメール。
朝メシ食って働いて、昼メシ食って働いて、晩メシ食って風呂に入る。
いつも通りの平和な日常。
そして俺はラフィーアに戻ることなく3日間過ごして、土曜になった。
ーーーーーーーーーー
いつもなら休日は亜紀とデートに行くんだが、あいにく亜紀は急な仕事で出勤してる。
外出する気も起きなかったので、俺は自室に戻って昼寝することにした。
……そうだ、ラフィーアにでも行ってみるか。
ベッドに転がって目を閉じ呟く。
「ラフィーアへ」
ーーーーーーーーーー
再び目を開けると、見慣れない天井が見える。俺の部屋より高い天井。
ラフィーアには時計が無かったから、時間が分かるようにカーテンを開け放していたことを思い出す。窓に目をやると真っ暗な中に街頭のランプの灯りがぼんやり見える。
女神が言っていた通り、転移前の時間からコンティニューしたみたいだ。
元々昼寝する予定だったしな。朝まで寝よう。
ーーーーーーーーーー
窓から射し込んでくる朝日の眩しさに目を覚ます。次からはカーテンは閉めて寝よう。
ベッドから出ると少し肌寒い。勝手がわからず炭が足りなかったのか、暖炉は夜のうちに消えてしまっていた。
寝る前にサイドテーブルに置いた洗面器。張っておいた水は冷たかったが、目を覚ますのにはちょうどいい。顔を洗って服を着替える。着替えなんか無かったから客室にガウンが置いてあって助かった。
寝る前に枕元に出しておいた女神の御子は、ぼんやりと光ったままで変化無し。昨日と同じく服の内ポケットにそっと入れる。
剣を提げて、次元鞄を肩掛けに、支度を終えて部屋を出た。
宿エレナンセは外観も内装も客室も申し分無い一流ホテルだ。こんないいところに無料で泊まってしまったことに罪悪感を覚える。我ながら小市民だと思う。
階段を降りるとチコのお姉さんがいた。俺に気づいて笑顔になる。
「おはようございます、ユート様。昨日はよく眠れましたか?」
よしてくれと言ったのに、お姉さんは俺を様付けで呼ぶ。俺は苦笑しながら返事をする。
「ええ。お陰様で。お気遣いありがとうございます」
あんないい部屋なかなか泊まれるもんじゃない。チコには悪いが、今日からは別の宿を探そうと思う。いい部屋過ぎて落ち着かん。
「一宿一飯、本当にお世話になりました」
俺が頭を下げると、チコのお姉さんが俺の足元に歩いてきた。きょとんとしながら俺を見上げている。
「頭をあげてくださいな。ユート様はチコちゃんの命の恩人ですもの。何日だっていてくださっていいんですよ」
「そう言っていただけるのは嬉しいんですが。もう十分ですよ」
居心地はいいんだけどな。そんな会話をしていると、いつの間にいたのかチコが割り込んできた。
「なんでお姉ちゃんには礼儀正しいんだよ。さてはあんた偽者だな?」
開口一番悪態をつく。低血圧か?
「おはよう。いい部屋をありがとな」
チコの悪態を無視して頭を撫でてやった。朝から突っかかってくんなって。
「そそそれはよかったな。……えへへへ」
「チコちゃん、可愛い」
「お姉ちゃん、からかわないでよ~」
コロコロ笑う姉と、もじもじする妹。仲のいい姉妹だな。
俺はチコの頭から手を離す。散歩がてら朝メシでも行こう。
「じゃあ俺朝メシ行ってくるわ。あとで肉屋に案内してほしいんだけど、いいか?」
「おっおう。じゃあ俺はここで宿の手伝いしてるから、戻ってきたら声かけてくれよ。いいよな、お姉ちゃん?」
「ええ。恩返ししないとね」
チコにも仕事があるのに俺の都合に合わせてくれるみたいだ。
「ありがとうございます」
頭を下げるとチコに蹴られた。
ーーーーーーーーーー
エレナンセのレストランも朝食は提供している。でもそこまで世話になるのもな。
それに昨日と違って里の中。せっかくだしぶらぶらしたい。
朝の日差しを浴びながらクロノリヤを散策する。
「ユートさん、おはようございます」
ぶらぶらしていると、聞き覚えのある声がした。振り返ると親衛隊(笑)のトカゲさん。
種族はリザードマンで名前はコレットというらしい。
「おはようございます、コレットさん」
俺は軽く頭を下げて挨拶した。
「朝早くからどこへ行かれるんですか?」
「朝メシがてら散歩してるだけですよ。どこかおすすめありますか?」
俺がそう言うと、コレットさんは微笑みながら頷いた。青い鱗に朝日が反射してきれいだな。
「それなら、この先の突き当たりを右に行くと食堂街がありますよ。この時間だとデイジーちゃんのお店がおすすめかしら。デイジーちゃんっていうのは、人族で猫の獣人で可愛いの」
「そうですか。ありがとう、行ってみます」
コレットさんに礼を行って別れる。獣人ってのは種族の名前じゃないんだな。そういえばチコも獣人か。
コレットさんの案内どおりに進むと、飲食店が並んでいるのが見えてきた。開いている店は少ない。
開いている店を見ながら歩くと、猫耳を見つけた。あれがデイジーかな。
白い煉瓦のこじんまりとした建物。入り口の脇にデッキがあってテーブルと椅子が並んでいる。入り口から見える店の中にもテーブルが並んでいるから、結構席数はあるみたいだ。
「すみませーん。お店やってます?」
「はい、どうぞいらっしゃい!」
元気な声が帰ってきた。まだ早いのか他の客はいない。店に近づくと店内に通された。
「メニューはこちらです。お決まりになりましたら声をかけてくださいね……」
にっこり笑ってデイジーは動きを止めた。大きな目を開いてまじまじと俺を見てくる。獣人だけあって猫目だ。面白いな。
じーっと見てくるので俺もじーっと見返してやる。
「……あっ、し失礼しました」
デイジーが再起動し、頭をペコリと下げて奥に引っ込んでいった。なんだあれ?
気を取り直してメニューを見る。見たこと無い字が並んでいるが、技能のお陰で理解できる。
日本の喫茶店みたいなモーニングは無いんだな。
紅茶はあるがコーヒーが無い。黒茶ってのがあるから、似たような味かも。
黒茶が1ミルズと20ミル。あと大麦パン80ミルに、ベーコン1ミルズと60ミル。
全部で3ミルズと60ミル。ちなみに昨日大山猫を換金してもらった銀貨は1枚100ミルズ。俺が文無しだと言うと、使いにくいだろうからと1枚分だけ両替してくれた。
鉄貨100枚と銅貨9枚。あと青銅貨9枚。
1ミルが鉄貨1枚。100ミルで1ミルズ、銅貨1枚だ。10ミルズで青銅貨1枚で、100ミルズで銀貨1枚。
ちなみに、エレナンセは素泊まり一泊100ミルズだそうだ。やっぱお高い宿でした。
「すみませーん。注文お願いします」
奥にいるデイジーに声をかける。すぐにデイジーが来てくれた。
「黒茶と大麦パンとベーコンお願いします」
「はい、かしこまりました」
慣れた手つきで注文をメモに書き込む。驚いたな、紙のメモだ。
「あのぉ……お客様?」
「……はい?」
注文を書き終えたデイジーが、恐る恐る聞いてくる。
「もしかして昨日の夜に里に来た人族って、お客様ですか?」
「……昨日の夜、チコと一緒に里に入った人族でいいなら俺ですね」
少し考えてから、詳しく回答する。何か用?
「やっぱりっ!」
デイジーの耳がぴこぴこ動いた。
「洗浄が使えるってほんとですか?」
「覚えたてですけど」
耳が早いな。もしかして結構噂になってたり?
「お食事のあとで構いませんので、洗浄かけてもらってもいいですか?」
「いいですよ、暇なんで」
「ありがとうございますっ」
デイジーは頭を下げてにこにこと奥に引っ込んでいった。
頼んだ食事はそのあとすぐに運ばれてきた。まぁ、早そうなの選んだからな。
大麦パンは香ばしく、ベーコンは肉厚で美味かった。黒茶はコーヒーじゃなくて大豆のお茶みたいな味だった。
朝メシを食い終えて一息つくとデイジーがやって来て、恥ずかしそうにこう言った。
「実は、パンを焼く釜に洗浄をかけてほしいんです……」
煤が溜まってきちゃって……と苦笑い。
魔法なんて減るもんじゃ無し、練習がてら承諾する。
力加減を間違えて釜どころか台所全体がきれいになったのには苦笑するしかなかった。
感激したデイジーがメシ代を無料にどころか、対価を払うと言い出したから困った。
そんなつもりじゃないと無理矢理に金を払って店を出る。
「ぜひまたきてくださいっ!ありがとうございましたっ!」
振り返ると深々とお辞儀をして見送ってくれていた。やめてくれよ恥ずかしい。
逃げるように来た道を引き返す。さっさと肉屋に行こう。
エレナンセに戻ると店の前をチコが掃除していた。半袖半パンじゃなくて、お姉さんとお揃いのワンピースだ。あのワンピースは宿の女性用の制服なんだとか。
あーいう格好だとちゃんと女の子に見えるな。
「ただいま、チコ。掃除手伝ってやろうか?」
俺に気づいたチコがにこっと笑った。
「おかえりユートッ。早かったな」
「あんまし奥まで行ってないからな。デイジーの店でメシ食って戻ってきた」
「あぁ、デイジーちゃんのとこか。俺もたまに行くぞ。デイジーちゃんはクリスねーちゃんとつるんでないから気楽なんだ」
ほどほどにしとけよクリスティーネ……。チコが遠い目をして空を見てるぞ。
「そうか。大変だな」
「そ、それより肉屋に行こうぜ。ちょっと待っててくれよ、お姉ちゃんに言ってくるから」
「ゆっくりでいいぞ」
「すぐ戻るって」
現実から逃げるようにチコが店の中に入っていって、ほんとにすぐに戻ってきた。
「お待たせ」
「……悪いな」
「気にすんな、行こうぜ」
例によってチコがまた俺の手をつかんで歩き出す。歩きにくいから離せって言ってんのになぁ……。
その後予定通り肉屋に行って、大山猫の肉の残りを買い取ってもらった。仕留めたのが昨日だから痛んでいるかと思ったんだが、肉はみんなまだ生暖かった。
肉屋の店主に教えてもらったんだが、ほとんどの冒険者が次元鞄を持っているらしい。
大きさは様々だが機能は一緒。俺は気づいていなかったが、入れたものは時間が止まるそうだ。なるほどね。
なので、18頭分全部売れた。1頭青銅貨8枚になったから、銀貨14枚と青銅貨4枚だ。エレナンセでは1頭で銀貨1枚だったから、気を使ってくれたんだな。素直に感謝しとこう。
今ので所持金が銀貨23枚と小銭がいくらか。昼から買い出しに行って、今日はちゃんと金払ってエレナンセに泊まろう。
「チコ、今日からエレナンセには金払って泊まるからな」
あとで文句言われても嫌なので先に言っておく。
「なんでだよ、ユートから金なんかもらえねえよ」
「昨日も言ったろ。一宿一飯で十分なの。受け取れないってんなら他の宿に行くからな」
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