カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

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一章

渡人(わたりと)

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「どうか、当宿へお泊まりください」
「ええ、ですから代金を受け取ってください」
「滅相もない。娘の命の恩人から代金など」
「じゃ、他の宿探します」
「そこを曲げてどうか」
「銀貨1枚でいいんですよね?」
「いけません、お代など」
 エレナンセに戻ってお姉さんに今日の宿代を払うと言ったら支配人が出てきた。支配人と言うことはチコのお父さんだ。
 で、さっきからこの押し問答。
「やっぱあんた偽者だろ。俺の知ってるユートはそんな丁寧なやつじゃねえ」
「たった1日で何言ってんだ。割って入るな、ややこしい」
 適当にあしらうとげしげしと足を蹴ってくる。痛くはないがくすぐったい。
「あらあらユート様。今日は他のお宿は満室みたいですよ?」
 お姉さんまで混ざってくる。いやいや、どっか空きぐらいあるでしょ?
「他の宿が満室ってほんとですか?」
「ええ。今聞いてきましたから(今お願いしてきましたから)」
 お姉さんの笑顔に何やら圧力を感じる。心の声が聞こえたような……、もしかすると他の宿に行っても俺だけ満室なのかもしれない。
「じゃあエレナンセにお金払って……」
「ですからお代など……」
「お願いですから受け取ってくださいよ……」
「……俺にも丁寧に……」
「あらあら困りましたね……」
 なんか1人違うのがいるが、気にしてると話が進まん。何でここの人はこんなに意固地なんだろうか。ここで妥協するとズルズル行きそうな気がするので俺も引くわけには行かないし……。
「おうおう。やっとるな」
 押し問答を続ける俺達に楽しそうな声がかかる。振り向くと初老のホビットが立っていた。
おさっ!なんとか言ってくれよ、こいつすげえ頑固で変なやつで……」
 チコがそう言って初老のホビットに駆け寄る。長と呼ばれたホビットは、にこにこしながらチコの頭を撫でて俺を見上げた。
「エレナンセの諸君。その御仁に何を言っても無駄よ。俺の時もそうだったが、渡人わたりとは渡人の流儀でしか動かん」
「……渡人?」
 初老のホビットが頷く。
「お主、女神フィオネスに呼ばれたのだろう?」
「……呼ばれたって言うか、拉致ですかね?」
 あれはそんな穏便なもんじゃなかった。交渉で石なんかぶつけたら破談だぞ普通。
「そうかそうか。俺の主人マスターもそんなことを言っておったな」
「……え?」
「長?」
 俺とチコが顔を見合わせると、長がガハハと笑った。
「昨日の昼間、ガレムの森から突然馬鹿でかい魔力を感じてな。魔獣でも湧いたかと思ったんだが、里の門は危険な魔力は通さんように造ってあるから放っておいたのよ。そうしたら日暮れにその魔力が里に入ってきたのでな。危険なものでは無いと判ったからツラを見に来たって訳だ」
 あらまあ。俺の魔力ってそんなでかいの?ってか、里の門を造った?
「本当は昨夜のうちに会っておきたかったんだが、クリスティーネが早速お主に突っかかっていったんでな。面白いから放っておいた。俺の名はヴァン=ノクサル、クロノリヤの里長で、女神の御子だ」

ーーーーーーーーーー

 ノクサル氏の介入のお陰で、俺はエレナンセを一般客として利用することになった。
 押し問答も終わったので、買い出しに行くと言ったらノクサル氏もついてくると言い出した。里の案内をお願いすると、それは俺の仕事だとチコも強引についてきた。
 支配人とお姉さんどころか、他の従業員もにこにこと笑っていた。エレナンセの従業員は40人ほど。ホビットと人族が半々で、リザードマンが少しだけ。
 仕事中にも関わらず全員で見送ってくれた。ただの買い出しなんだがなぁ……。
 チコの案内でいろいろなものを買い込む。昨日森でもぎった果物は、食品を多く扱う雑貨屋で引き取ってくれた。鑑定する暇がなかったから、鞄からまとめて出して店主に見せると半分は食用で半分は薬用だったらしい。全部で銀貨2枚で売れた。
 とりあえずの目的地ベルセンまでは、チコの話で3日ほど。
 日本アッチのアウトドア用品に似たような、野営の道具や調理道具も買っておく。薬屋にも寄って家庭のお薬的な薬箱と、各種傷薬も手に入れた。密かに期待していたポーション的な物は、冒険者ギルドでしか買えないと言われてがっかり。でもあるんだな、ポーション。
 買ったものは全部鞄に入ったので、ついついいろいろと買ってしまった。まあ、準備しすぎるのは悪いことじゃないしな。
 食材も適当に、調味料は多目に買っておく。今朝寄った肉屋にもう一度寄って、解体されたブロック肉も買っておいた。
 麦を挽いた粉も売っていたので適当に買い込む。水で練って火を通せば食べられるはずだ。
 そう言えば水はどこで買うのかとチコに聞いたら笑われた。クロノリヤは湧き水が豊富だから、水汲み場で汲めるそうだ。俺が素直に感心するとノクサル氏が自慢気に胸を張っていた。
 夕方まで買い物をし、銀貨7枚ほど使ったところで帰ることにする。
「ノクサルさん、すみません。丸1日付き合わせてしまって。チコも悪いな、仕事あるのに」
「別に構わん。渡人の案内は女神の御子の役目だからな。それにお主は面白い」
「こんなこと気にすんなよユート。まだまだ恩を返し足りねえんだ」
 人がいいと言うかなんと言うか。2人ともそんなことを言ってくれる。
「ノクサルさん、ありがとうございます。チコも、ありがとうな」
 俺たちは日が暮れる頃に、エレナンセに帰った。

ーーーーーーーーーー

 エレナンセに着いたあと、レストランでノクサル氏と晩メシを共にする。
 チコはというと、クリスティーネに連れていかれたので今はいない。合掌。
 今日の晩メシは大山猫の煮込みとスパゲッティ。ラフィーアコッチにもチーズがあるんだな。
 料理長が少し多目にしてくれたみたいで、結構ボリュームがある。これぐらいの気遣いなら、まあいいかな。食べ物だし。美味いし。
「しかし、美味そうに食うな」
「美味いですよ?」
 ノクサル氏はガハハと笑った。食事が終わるまで、料理長がちょいちょい様子を見にきたのでその都度美味いと感想を言う。お代わりを勧められたが、満腹だと言うとデザートに果物を持ってきてくれた。森の中でもぎった果物の1つと同じ物。なるほど、コレは生で食えるんだな、覚えとこう。
 食事を終えて一息つくとノクサル氏が話し始めた。
「気にならんのか?」
「何がです?」
「俺は女神の御子だ」
 あぁ、そんなこと言ってたな。
「女神の御子ってホビットなんですね」
 俺が預かった子もホビットかな?
「俺はたまたまホビットとして生まれただけだ。なぜホビットなのかはわからん」
 ノクサル氏はそう言って苦笑した。
「そうなんですか。じゃあ、俺が預かった子は……」
「ホビットかもしれん。人族かもしれん。リザードマンかもしれん。魔獣かもしれん」
「……生まれるまでわからないってことですね」
「そうだな。あぁ、龍族の可能性もあるな」
「へぇ……」
「ちょっと見せてもらえんか?」
 俺は上着のポケットから女神の御子を取り出す。相変わらずぼんやりと光っている。
「ふむ……」
 俺の手の上の女神の御子を眺め、ノクサル氏が唸った。
「まだかかりそうだな。気長に待つといい。生まれてきたら……いつでもいい、連れてきてくれんか」
「いいですよ」
 目的が増えるのはいいことだ。この子が生まれたら一度ここに帰ってこよう。
「恐らく……女神はなにも説明しなかったのだろう?俺達女神の御子について、そのときに話してやろう」
「そのときに?今は聞かない方がいいですか?」
「そうだな、今はまだその子に関わることは聞かん方がいいだろう。代わりに俺のことを話しておこうか」
 そうして、ノクサル氏が少しだけ昔話をしてくれた。
 女神の御子として150年を生きていること。渡人であった主人と死に別れてからクロノリヤを造ったこと。
 自分がホビットの姿だから、ガレムの森で散り散りに暮らしていたホビットをまとめ、里に住まわせるようにしたこと。
 気がつけば他の種族も住み着いていたこと。
 他の女神の御子とも交流があり、たまに集まったりもしているということ。数十年前から派閥じみたものができ始めたこと。
「派閥なんかあるんですか?」
「その辺はお主らと一緒よ。考え方の似た者たちは自然と固まる。それがいつしか表面化しただけのこと」
「……仲悪かったりとか?」
「……少しな」
 マジか。俺そういうの苦手なんだけどな。だって日本人だもの。胃がキリキリする。
「それはまた、その子が生まれたときにでも話してやろう。だから、当座のところはあまり遠くへ行くでないぞ」
「……わかりました」
 とりあえずベルセンに着いたら大人しくしとけってことだな。居心地悪かったらクロノリヤに戻ればいい。
「ベルセンに行く目的は身分証作りですから。気に入らなかったら戻ってきます」
 チコに教えてもらったんだが、ベルセンにはギルドがあって審査に通れば身分証が発行されるらしい。お勧めされたのは冒険者ギルドだったから、とりあえず行ってみるつもりだ。
「そうか。すまんな」
「いえ。ご心配ありがとうございます」
 きっと何も知らないままだったら面倒なことになっていたはずだ。ノクサル氏に頭を下げる。
「いや、老いぼれの昔話に付き合わせてすまなんだ。また顔を見せてくれると嬉しい」
「はい、必ず」
「ではな。よい旅を」
 そう言ってまたガハハと笑い、ノクサル氏は家に帰っていった。
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