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一章
ベルセンへ向かう
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翌朝、宿の部屋を引き払い、チコのお姉さんに出発する旨を伝える。
「あらあら、もう行かれるのですか?」
「2日間、本当にお世話になりました」
「いえいえ、チコちゃんがお世話になりました。少しお待ちいただけますか?料理長にお弁当を用意してもらいましょう」
「あ……いや。……じゃあ、お願いします」
本当は遠慮したかったが、最後くらいはいいだろう。弁当を待ちながらロビーでぼんやりしているとチコが寄ってきた。
「もう行くのか?まだいてもいいぞ?なあ……」
「チコも、世話になったな」
「……また来るよな?」
「ああ。長ともそう、約束した。また戻ってくるよ」
俺がそう言うと、チコがにこっと笑った。
「絶対だぞっ!」
「……おう」
チコの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「次会うときは、冒険者だ」
「半年したら俺も冒険者に……」
「あらあらチコちゃん、そんなことダメよ」
お姉さんと料理長が包みをもって歩いてくる。あちゃあ、10個はあるぞ。遠慮しとけば良かったな。
「ユート様、ベルセンまでは3日ほど。多目に作ってもらいました」
「いや、なんかすみません。料理長もありがとうございます」
「気になさらず、ユート殿。あなたはお嬢の恩人なんですから」
「……頼みますから、それは今日限りってことで」
肩をすくめながら言うと、みんなが笑った。あとから下りてきた支配人、つまりチコのお父さんにも別れをいい、俺はエレナンセを後にする。
「じゃあ、皆さんお元気で」
扉を開けると青空が広がっている。
扉を閉めて、エレナンセを振り返る。宿の外観を覚えておこう。戻ってきた時のために。
「……おはよう?」
振り返ると特徴的な銀髪が扉の横に立っていた。エルフのクリスティーネだ。
「ええ。おはよう」
一昨日とは違う、穏やかな顔でクリスティーネが言う。
「気を付けてね。あなたに何かあると、チコちゃんが悲しむもの」
「……そうか?」
「そうよ。そうなの。だから少しだけ教えてあげる」
クリスティーネが深呼吸をして続ける。
「魔力を使うコツは認識すること。使えると信じること。魔力探知は広く薄く。何かを見つけたらそれに対して絞りなさい。魔力行使は強く具体的に。過程ではなく結果を念じなさい。こうあれかしと」
難しいことを一気に言うなよ。ただまぁ、練習あるのみかな。せっかくだから覚えとこう。
「あんまり自信がないから、また会えたら教えてくれ」
「……そうね。その時私が暇で、気が向いたらね」
「それでいいよ」
でも、ちょっと試すくらいならいいよな。結果を強く……か。
俺が右手をかざすと、クリスティーネが首をかしげた。
「エレナンセに洗浄!」
ピカッ!
初めて意思を込めて魔法を使った気がする。俺の目の前でエレナンセが新築のようにきれいになった。いや、元からきれいだったんだけど。
「こらぁっ!ユートォッ!」
「やべっ、クリスティーネあと頼むわっ」
チコの怒鳴り声と、騒がしい足音が響く。腹を抱えて笑うクリスティーネにあとを任せて、俺は門に向かって駆け出した。
「またなっ!」
ーーーーーーーーーー
クロノリヤを出てから半日。俺の鞄にはまたしても大山猫の在庫が増えていた。
いや、別に無益な殺生じゃないよ?
クリスティーネに教わったやり方で魔力探知をしてみたら、認識できる範囲でわらわらいましてね?
どこ通っても逃げられそうにないから、街道目指してまっすぐ進んでいただけですよ、ほんと。なのになんでーーー。
「よってたかって襲ってくるかな、お前らはっ!」
爪をくぐって剣を振り、牙をかわして剣を突く。1度に4~5頭襲ってくるから、戦闘が終わると辺り一面死屍累々でスプラッタな景色になる。
片っ端から死骸を鞄に突っ込んで、周囲に洗浄をかけるまでがテンプレになってきた。
だって嫌じゃん。俺の後には血の海が、とか噂になったら。
「こんな調子で襲ってきたら、そのうちお前ら絶滅するぞ」
うんざりしながら魔力探知をしてみると、わらわら湧いていた大山猫の気配がかなり減っていた。ちなみに一度見たことがあれば、探知にかかった魔力が何かを判別できるようになった。ゲームみたいで便利なんだが、現実だとうんざりするな。
さすがにもう近寄ってくる気配は無さそうだ。鞄に手を突っ込むと大山猫の死骸が50を超えていた。
これやり過ぎると生態系が変わるんじゃね?でもまあ襲ってくるからなぁ。
「森を抜けたらマシになるかな」
魔力探知も慣れると便利なもので、探知できる範囲内の地形も分かるようになった。このペースなら昼過ぎには街道へ出れるかもしれない。
街道に出る前に休憩にしよう。
しばらく進むと開けた場所に出た。魔力探知したままで鞄から椅子を出して座る。昨日買った小さめの折り畳み椅子だ。
疲労はほとんど無いんだが、精神的に疲れる。思わずため息をつきながら鞄から水筒と弁当を取り出した。
水筒の蓋をコップ代わりに中身を注ぐと湯気が立ち上る。次元鞄に入れていたお陰で、いつでも沸かしたての黒茶が飲める。ありがとう次元鞄。
朝もらった弁当も作りたて。蓋を開けると大きめのサンドイッチが2つ入っていた。
「それはなかなか美味そうですね」
サンドイッチを頬張ると、俺のじゃない声が響く。
もぐもぐしながら声の主を探すと、ガサガサと茂みが動いて獣が1頭現れた。
白い毛皮の大きな狼。長い牙が生えている。
サンドイッチを飲み込んで、黒茶をすすりながら考える。もしかして。
「アムルスか?」
「私以外の何だと思ったのですか、人の子よ」
「無茶言うなよ。前に会ったときは、暗くてよく見えてなかったんだ」
アムルスがため息をついて呆れたような顔をする。表情豊かな狼だ。
「いっぱいもらったからお前も食う?」
「ユート、感謝を」
鞄から新しい弁当を1つ取り出す。こっち来いと手招きすると素直に寄ってきた。蓋を開けてサンドイッチを1つ取ってやる。地面にそのまま置くのはばっちいから、蓋を皿がわりに置いてやった。くんくんと臭いを嗅いで、味見をするように一舐め。
「出てきなさい、お前達」
アムルスが振り返って声をかける。カサカサと茂みが揺れて、小さな影が2つ出てきた。
「うわ……可愛いな」
とことことやって来たのはふわっふわの毛玉。真っ白い毛皮に小さな牙。アムルスによく似ている。
「アムルスの子供か?」
ふふん、とアムルスが自慢気に胸を張る。
「昨日産まれたばかりの子供達です」
足元にやって来たちび狼。昨日産まれたようには全然見えない。目も開いてるし、足取りもしっかりしている。
「嘘つけ。一歳ぐらいじゃないのか?」
「嘘などと。我ら剣狼には、獣の常識など当てはまらないのです。人の子が魔獣と呼ぶ我らには」
アムルスが言うには、魔獣は種族として魔力容量が多いそうだ。魔力容量が多ければ多いほど成長も早いらしい。そう言えば一昨日チコを追いかけていたときに、丈夫な子がどうのと言ってたな。
「元気な子が産まれて良かったな」
「感謝を。あの大山猫のお陰です」
「そりゃよかった」
ちび狼がくんくんとサンドイッチの臭いを嗅いでいる。どう見ても大きすぎるので、サンドイッチを半分にちぎってやりながらアムルスに聞く。
「食べさせてもいいのか?」
「ええ。お前達、食べてもいいですよ」
ちび達が恐る恐る、サンドイッチをかじり始める。俺はアムルスにも新しいサンドイッチを出してやった。弁当の蓋がもう1つあったのでそれも皿がわりにする。
親子3頭で食べ始めたのを見ながら、俺も食事を再開する。
食べ終わったあと、アムルスにお願いして毛皮を触らせてもらった。アムルスの毛皮とちび達の毛皮を堪能する。もふもふはラフィーアでも正義だ。
「なあアムルス」
「何です?」
「腹減ってもクロノリヤの住人は食うなよ?」
「ふむ……」
アムルスが思案するが、すぐに頷いた。
「ユートに免じて」
「助かる」
クロノリヤの住人と顔見知りになった上、アムルスとも敵って訳じゃない。どっちかが、あるいは双方が諍い争うってのは趣味じゃない。
「こちらからは手を出さないようにしましょう」
「それで十分だよ。……ああ、大山猫持ってく?」
「……ユート、感謝を」
アムルスがべろっと頬を舐めてくる。今回は10頭持っていった。
ーーーーーーーーーー
アムルスと別れてから街道を目指して歩くと、日暮れ前に街道に出ることができた。
ベルセンまではまだ遠いはずなので、そろそろキャンプ地を探すことにする。
日本のサバイバル番組で得た知識を総動員し、テンションを上げつつ辺りを見回すと、焚き火の跡を発見した。
街道からちょっと外れていて、平地で、周囲に何もない。
「不自然だな。パス」
できれば洞窟がいい。次点は岩影。そんなとこないかな?
しばらく探してみると、街道から外れた場所に大きな岩を見つけた。岩山のように尖っている。周囲をくるっと回ってみるが、獣の巣とか人工物は無かった。
「ここをキャンプ地とする!」
テンション高めなのでついつい一人言が出てしまう。俺は鞄に手を突っ込み、夜営の準備を始めた。
ーーーーーーーーーー
ユートが岩山で夜営の準備を始めるのを、地に伏せた3つの影が監視していた。
「まずいな、あいつガキの癖に引っ掛からなかったぜ」
「おう。わざわざ焚き火の跡を残したってのによ」
「どうします?テントを岩にくっつけてますぜ?」
「ああ、しかもあのテント結界付きじゃねーか」
「なんでガキがそんな高級品使ってやがんだ」
「俺が知るか」
「結界って、手を出せねえってことですか?」
「モノによるが、そうだろうな」
「……ちっ、初仕事が面倒なことになったぜ」
「だから俺達にゃまだ早いって言ったじゃねえですか」
「うるせえ!しばらく様子見だ。夜更けになったら仕掛けるぜ」
「おう」
3人の男達は伏せたまま夜になるのを待つことにしたようだ。男達は元ベルセンの住人だった。理由はバラバラだが、要するに仕事にあぶれて盗賊ギルドに身を寄せた者達だ。
裏ギルドである盗賊ギルドに身を寄せて数か月。使いっぱしりのような仕事をこなすうち、今回の依頼が回ってきた。
内容は山賊じみたもので、ベルセン周辺の旅人から金品を巻き上げ、衛士に捕縛されずにギルドに上納するというもの。
手段は問わず、襲う旅人の生死も問わないという物騒極まりない依頼である。
この依頼さえ達成すれば使いっぱしりから卒業し、半人前くらいの立場を得られる。
しかし、彼らがやる気満々に目をつけた獲物がユート=スミスであったということに、同情を禁じ得ない。
ーーーーーーーーーー
魔力探知に変な反応が3つあることに気づいたのは、テントを張り始めてからだった。アムルス親子でも、大山猫でもない。そう遠くないところに動かずにいる。なんとなくこっちを監視しているような感じだ。
正体不明なので、とりあえずこのまま放置しておく。クロノリヤ特産のテントは、製造段階でノクサル氏が結界を仕込んだ物。クロノリヤの門と同じ仕組みで、魔力に悪意があるとテントに入ることができない。入ってこれないということは、全く怖くないわけで。
焚き火してメシ食って黒茶飲んで。汗臭いから洗浄かけて、夜空を見上げたらものすごい数の星。
星を見ながらのんびり黒茶をもう一杯。こんなことしてんのに、不審な3つの魔力に動きは無い。怪しさ満点だが、さてどうしよう?
たぶんテントに入ってしばらくしたら襲ってくるんだろうな、なんて思っていたらほんとに来たよ。焚き火はまだ燃えているから、テントの内側から人影が見える。
「チクショウッ!どうなってやがんだ!」
「こいつが結界か!?テントに触れもしねえっ!」
「やっぱすり抜けちまってダメですぜ!」
「クソッ!オイガキッ!中にいるのはわかってんだ!」
「死にたくなけりゃ大人しく出てきやがれ!」
三下臭が香ばしい。絵に描いたような3バカだ。でも出ていくことにする。
「寒い中ご苦労さん」
にこやかにテントから出てやる。誰がガキだ……いや、今はガキか。
正面と左右に1人ずつ、薄汚れた男達が立っている。ザ・盗賊って感じだ。
「へ、へへ。コイツ強がってやがるぜ」
どすっ。
「ぐえっ」
左足を踏み込んで正面の男の鳩尾に1発。めり込んだ左手に嫌な感触が残る。そのまま男は気を失って倒れた。
「やりやがったな!」
びすっ。
「げえっ」
今度は右足を踏み出して右の男に1発。右の拳が鳩尾に刺さって、これまた嫌な感触が残る。男が白目を向いて倒れた。
「ちちちちくしょうっ」
ずむっ。
左の男は距離が離れていたので、上半身を屈めながら突進して1発。左の肘を鳩尾に突き刺す。やっぱり嫌な感触が残る。声も出せずに男が倒れた。
さて、こいつらどうするか。
「あらあら、もう行かれるのですか?」
「2日間、本当にお世話になりました」
「いえいえ、チコちゃんがお世話になりました。少しお待ちいただけますか?料理長にお弁当を用意してもらいましょう」
「あ……いや。……じゃあ、お願いします」
本当は遠慮したかったが、最後くらいはいいだろう。弁当を待ちながらロビーでぼんやりしているとチコが寄ってきた。
「もう行くのか?まだいてもいいぞ?なあ……」
「チコも、世話になったな」
「……また来るよな?」
「ああ。長ともそう、約束した。また戻ってくるよ」
俺がそう言うと、チコがにこっと笑った。
「絶対だぞっ!」
「……おう」
チコの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「次会うときは、冒険者だ」
「半年したら俺も冒険者に……」
「あらあらチコちゃん、そんなことダメよ」
お姉さんと料理長が包みをもって歩いてくる。あちゃあ、10個はあるぞ。遠慮しとけば良かったな。
「ユート様、ベルセンまでは3日ほど。多目に作ってもらいました」
「いや、なんかすみません。料理長もありがとうございます」
「気になさらず、ユート殿。あなたはお嬢の恩人なんですから」
「……頼みますから、それは今日限りってことで」
肩をすくめながら言うと、みんなが笑った。あとから下りてきた支配人、つまりチコのお父さんにも別れをいい、俺はエレナンセを後にする。
「じゃあ、皆さんお元気で」
扉を開けると青空が広がっている。
扉を閉めて、エレナンセを振り返る。宿の外観を覚えておこう。戻ってきた時のために。
「……おはよう?」
振り返ると特徴的な銀髪が扉の横に立っていた。エルフのクリスティーネだ。
「ええ。おはよう」
一昨日とは違う、穏やかな顔でクリスティーネが言う。
「気を付けてね。あなたに何かあると、チコちゃんが悲しむもの」
「……そうか?」
「そうよ。そうなの。だから少しだけ教えてあげる」
クリスティーネが深呼吸をして続ける。
「魔力を使うコツは認識すること。使えると信じること。魔力探知は広く薄く。何かを見つけたらそれに対して絞りなさい。魔力行使は強く具体的に。過程ではなく結果を念じなさい。こうあれかしと」
難しいことを一気に言うなよ。ただまぁ、練習あるのみかな。せっかくだから覚えとこう。
「あんまり自信がないから、また会えたら教えてくれ」
「……そうね。その時私が暇で、気が向いたらね」
「それでいいよ」
でも、ちょっと試すくらいならいいよな。結果を強く……か。
俺が右手をかざすと、クリスティーネが首をかしげた。
「エレナンセに洗浄!」
ピカッ!
初めて意思を込めて魔法を使った気がする。俺の目の前でエレナンセが新築のようにきれいになった。いや、元からきれいだったんだけど。
「こらぁっ!ユートォッ!」
「やべっ、クリスティーネあと頼むわっ」
チコの怒鳴り声と、騒がしい足音が響く。腹を抱えて笑うクリスティーネにあとを任せて、俺は門に向かって駆け出した。
「またなっ!」
ーーーーーーーーーー
クロノリヤを出てから半日。俺の鞄にはまたしても大山猫の在庫が増えていた。
いや、別に無益な殺生じゃないよ?
クリスティーネに教わったやり方で魔力探知をしてみたら、認識できる範囲でわらわらいましてね?
どこ通っても逃げられそうにないから、街道目指してまっすぐ進んでいただけですよ、ほんと。なのになんでーーー。
「よってたかって襲ってくるかな、お前らはっ!」
爪をくぐって剣を振り、牙をかわして剣を突く。1度に4~5頭襲ってくるから、戦闘が終わると辺り一面死屍累々でスプラッタな景色になる。
片っ端から死骸を鞄に突っ込んで、周囲に洗浄をかけるまでがテンプレになってきた。
だって嫌じゃん。俺の後には血の海が、とか噂になったら。
「こんな調子で襲ってきたら、そのうちお前ら絶滅するぞ」
うんざりしながら魔力探知をしてみると、わらわら湧いていた大山猫の気配がかなり減っていた。ちなみに一度見たことがあれば、探知にかかった魔力が何かを判別できるようになった。ゲームみたいで便利なんだが、現実だとうんざりするな。
さすがにもう近寄ってくる気配は無さそうだ。鞄に手を突っ込むと大山猫の死骸が50を超えていた。
これやり過ぎると生態系が変わるんじゃね?でもまあ襲ってくるからなぁ。
「森を抜けたらマシになるかな」
魔力探知も慣れると便利なもので、探知できる範囲内の地形も分かるようになった。このペースなら昼過ぎには街道へ出れるかもしれない。
街道に出る前に休憩にしよう。
しばらく進むと開けた場所に出た。魔力探知したままで鞄から椅子を出して座る。昨日買った小さめの折り畳み椅子だ。
疲労はほとんど無いんだが、精神的に疲れる。思わずため息をつきながら鞄から水筒と弁当を取り出した。
水筒の蓋をコップ代わりに中身を注ぐと湯気が立ち上る。次元鞄に入れていたお陰で、いつでも沸かしたての黒茶が飲める。ありがとう次元鞄。
朝もらった弁当も作りたて。蓋を開けると大きめのサンドイッチが2つ入っていた。
「それはなかなか美味そうですね」
サンドイッチを頬張ると、俺のじゃない声が響く。
もぐもぐしながら声の主を探すと、ガサガサと茂みが動いて獣が1頭現れた。
白い毛皮の大きな狼。長い牙が生えている。
サンドイッチを飲み込んで、黒茶をすすりながら考える。もしかして。
「アムルスか?」
「私以外の何だと思ったのですか、人の子よ」
「無茶言うなよ。前に会ったときは、暗くてよく見えてなかったんだ」
アムルスがため息をついて呆れたような顔をする。表情豊かな狼だ。
「いっぱいもらったからお前も食う?」
「ユート、感謝を」
鞄から新しい弁当を1つ取り出す。こっち来いと手招きすると素直に寄ってきた。蓋を開けてサンドイッチを1つ取ってやる。地面にそのまま置くのはばっちいから、蓋を皿がわりに置いてやった。くんくんと臭いを嗅いで、味見をするように一舐め。
「出てきなさい、お前達」
アムルスが振り返って声をかける。カサカサと茂みが揺れて、小さな影が2つ出てきた。
「うわ……可愛いな」
とことことやって来たのはふわっふわの毛玉。真っ白い毛皮に小さな牙。アムルスによく似ている。
「アムルスの子供か?」
ふふん、とアムルスが自慢気に胸を張る。
「昨日産まれたばかりの子供達です」
足元にやって来たちび狼。昨日産まれたようには全然見えない。目も開いてるし、足取りもしっかりしている。
「嘘つけ。一歳ぐらいじゃないのか?」
「嘘などと。我ら剣狼には、獣の常識など当てはまらないのです。人の子が魔獣と呼ぶ我らには」
アムルスが言うには、魔獣は種族として魔力容量が多いそうだ。魔力容量が多ければ多いほど成長も早いらしい。そう言えば一昨日チコを追いかけていたときに、丈夫な子がどうのと言ってたな。
「元気な子が産まれて良かったな」
「感謝を。あの大山猫のお陰です」
「そりゃよかった」
ちび狼がくんくんとサンドイッチの臭いを嗅いでいる。どう見ても大きすぎるので、サンドイッチを半分にちぎってやりながらアムルスに聞く。
「食べさせてもいいのか?」
「ええ。お前達、食べてもいいですよ」
ちび達が恐る恐る、サンドイッチをかじり始める。俺はアムルスにも新しいサンドイッチを出してやった。弁当の蓋がもう1つあったのでそれも皿がわりにする。
親子3頭で食べ始めたのを見ながら、俺も食事を再開する。
食べ終わったあと、アムルスにお願いして毛皮を触らせてもらった。アムルスの毛皮とちび達の毛皮を堪能する。もふもふはラフィーアでも正義だ。
「なあアムルス」
「何です?」
「腹減ってもクロノリヤの住人は食うなよ?」
「ふむ……」
アムルスが思案するが、すぐに頷いた。
「ユートに免じて」
「助かる」
クロノリヤの住人と顔見知りになった上、アムルスとも敵って訳じゃない。どっちかが、あるいは双方が諍い争うってのは趣味じゃない。
「こちらからは手を出さないようにしましょう」
「それで十分だよ。……ああ、大山猫持ってく?」
「……ユート、感謝を」
アムルスがべろっと頬を舐めてくる。今回は10頭持っていった。
ーーーーーーーーーー
アムルスと別れてから街道を目指して歩くと、日暮れ前に街道に出ることができた。
ベルセンまではまだ遠いはずなので、そろそろキャンプ地を探すことにする。
日本のサバイバル番組で得た知識を総動員し、テンションを上げつつ辺りを見回すと、焚き火の跡を発見した。
街道からちょっと外れていて、平地で、周囲に何もない。
「不自然だな。パス」
できれば洞窟がいい。次点は岩影。そんなとこないかな?
しばらく探してみると、街道から外れた場所に大きな岩を見つけた。岩山のように尖っている。周囲をくるっと回ってみるが、獣の巣とか人工物は無かった。
「ここをキャンプ地とする!」
テンション高めなのでついつい一人言が出てしまう。俺は鞄に手を突っ込み、夜営の準備を始めた。
ーーーーーーーーーー
ユートが岩山で夜営の準備を始めるのを、地に伏せた3つの影が監視していた。
「まずいな、あいつガキの癖に引っ掛からなかったぜ」
「おう。わざわざ焚き火の跡を残したってのによ」
「どうします?テントを岩にくっつけてますぜ?」
「ああ、しかもあのテント結界付きじゃねーか」
「なんでガキがそんな高級品使ってやがんだ」
「俺が知るか」
「結界って、手を出せねえってことですか?」
「モノによるが、そうだろうな」
「……ちっ、初仕事が面倒なことになったぜ」
「だから俺達にゃまだ早いって言ったじゃねえですか」
「うるせえ!しばらく様子見だ。夜更けになったら仕掛けるぜ」
「おう」
3人の男達は伏せたまま夜になるのを待つことにしたようだ。男達は元ベルセンの住人だった。理由はバラバラだが、要するに仕事にあぶれて盗賊ギルドに身を寄せた者達だ。
裏ギルドである盗賊ギルドに身を寄せて数か月。使いっぱしりのような仕事をこなすうち、今回の依頼が回ってきた。
内容は山賊じみたもので、ベルセン周辺の旅人から金品を巻き上げ、衛士に捕縛されずにギルドに上納するというもの。
手段は問わず、襲う旅人の生死も問わないという物騒極まりない依頼である。
この依頼さえ達成すれば使いっぱしりから卒業し、半人前くらいの立場を得られる。
しかし、彼らがやる気満々に目をつけた獲物がユート=スミスであったということに、同情を禁じ得ない。
ーーーーーーーーーー
魔力探知に変な反応が3つあることに気づいたのは、テントを張り始めてからだった。アムルス親子でも、大山猫でもない。そう遠くないところに動かずにいる。なんとなくこっちを監視しているような感じだ。
正体不明なので、とりあえずこのまま放置しておく。クロノリヤ特産のテントは、製造段階でノクサル氏が結界を仕込んだ物。クロノリヤの門と同じ仕組みで、魔力に悪意があるとテントに入ることができない。入ってこれないということは、全く怖くないわけで。
焚き火してメシ食って黒茶飲んで。汗臭いから洗浄かけて、夜空を見上げたらものすごい数の星。
星を見ながらのんびり黒茶をもう一杯。こんなことしてんのに、不審な3つの魔力に動きは無い。怪しさ満点だが、さてどうしよう?
たぶんテントに入ってしばらくしたら襲ってくるんだろうな、なんて思っていたらほんとに来たよ。焚き火はまだ燃えているから、テントの内側から人影が見える。
「チクショウッ!どうなってやがんだ!」
「こいつが結界か!?テントに触れもしねえっ!」
「やっぱすり抜けちまってダメですぜ!」
「クソッ!オイガキッ!中にいるのはわかってんだ!」
「死にたくなけりゃ大人しく出てきやがれ!」
三下臭が香ばしい。絵に描いたような3バカだ。でも出ていくことにする。
「寒い中ご苦労さん」
にこやかにテントから出てやる。誰がガキだ……いや、今はガキか。
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「へ、へへ。コイツ強がってやがるぜ」
どすっ。
「ぐえっ」
左足を踏み込んで正面の男の鳩尾に1発。めり込んだ左手に嫌な感触が残る。そのまま男は気を失って倒れた。
「やりやがったな!」
びすっ。
「げえっ」
今度は右足を踏み出して右の男に1発。右の拳が鳩尾に刺さって、これまた嫌な感触が残る。男が白目を向いて倒れた。
「ちちちちくしょうっ」
ずむっ。
左の男は距離が離れていたので、上半身を屈めながら突進して1発。左の肘を鳩尾に突き刺す。やっぱり嫌な感触が残る。声も出せずに男が倒れた。
さて、こいつらどうするか。
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だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
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