カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

文字の大きさ
38 / 63
三章

オーナーの気遣い

しおりを挟む
 冒険者を臨時休業すると決めた翌日の昼過ぎ、俺たちはベルセンの東門に集まっていた。出発するのは俺とクシナダ、チコとアムルスの4人だ。
 昨日の朝にクロノリヤへの旅行を決めたのはいいが、準備が全くできていなかった。特にクシナダの持ち物は服と筆記用具ぐらい。まあ、必要があればその都度買って、俺の次元鞄に入れていたからな。
 とにかくクシナダの旅支度のために昨日は丸1日買い出しに使ってしまった。なぜかチコとアムルスにも色々と買わされたのは納得いかないところなんだが、ケブニル街道で追い返したことをまだ根に持ってやがるからな……。
 まあ、俺にも多少負い目はあるし、仕方ない。それに、チコとアムルスはほとんど着の身着のままで駆けつけてくれてたから、まあ、あれだ。礼代わりだな。
「わあ、クーちゃん可愛い~」
 門の前で次元鞄に手を突っ込んで荷物のチェックをしていると、スザンヌがわざわざ見送りに来てくれた。昨日のうちに今日の昼間に出発することを伝えると、見送りに来ると言ってたな。
「スーちゃん、忙しいから見送りなんかいいのに」
「スーちゃん言うな。いいのいいの、今お昼休みだから」
 スザンヌがクシナダの頭を撫でる。昨日スザンヌに結ってもらった三つ編みは、風呂に入れたときにほどいたまま。見よう見まねで三つ編みにしようとしたんだけど、三つ編みなんかやったことなかったから結局いつものロングのストレートに戻っている。ベルセンに戻ってきたら、スザンヌに教えてもらおう。クシナダが悲しそうな顔してたもんな。
「クーちゃん、大きなリュックだね。昨日買ってもらったの?」
「うん!御主人マスターに買ってもらったの。可愛いでしょ~」
 クシナダがスザンヌに背中を見せる。動物の革で作られたリュックサックで、髪飾りと同じピンク色に染められた物だ。俺も含めた他の大人が鞄を持っているのに、自分だけが持っていないことを以前から気にしていたらしい。まあ、昨日買ったクシナダ用の荷物は、ほとんど俺の次元鞄に入れてあるから、クシナダのリュックには水筒と洗面具とおやつくらいしか入れていないんだけど。
「うんうん、可愛い。服も新しいのを買ってもらったの?」
「うん!外は寒いからって。ほら、フードもついてるのよ!」
 そう言ってクシナダがフードを被ってみせると、スザンヌが感極まって悶えた。
「や~ん、可愛い~。ユート君にしてはやるじゃない!」
 クシナダを抱きしめつつそんなことを言う。失礼なヤツだ。クシナダの服は基本的に俺とクシナダで選んでるんだっての。お前が絶賛してたワンピースは俺のチョイスだぞ。
 今までクシナダは遠出をすることが無かったから、上着も普段着の上に羽織るカーディガンみたいなもので十分だったんだけど、今度はヘタすると2・3日は野宿になるかもしれないからな。風邪ひかすわけにはいかないから、昨日の買い出しの半分は服選びだった。
 その甲斐あって、今日のクシナダさんの服装は全て新品。丈夫だけど軽めのブーツ、分厚い生地のズボン。柔らかい生地で動きやすいが、裏地がボアになって暖かいシャツ。最後に、今スザンヌに自慢しているダッフルコート。全部昨日買いそろえた新品だ。せっかくだから今後も着られるように、少し大きめの物を選んでおいた。
「一言余計なんだよ。スーちゃんは」
「いつもクーちゃんそっちのけで依頼クエストばっかり行ってるから言われるのよ」
「そんなことないぞ。な、クシナダ?」
「知らないっ!」
 俺の言葉にクシナダがぷいっと横を向き、チコとアムルスがくすくすと笑う。スザンヌが勝ち誇ったように控えめな胸を張った。
「ほら見なさい」
 ……なだらかだね。俺の視線に気づいてスザンヌが胸を隠す。
「……どこ見てんの!」
「別に」
 スザンヌが顔を赤くする。
「ほんとユートは失礼なヤツだな」
「まったく……」
 俺の足を蹴りながらチコがわめき、アムルスがため息をついた。
 まったく、この調子だといつまで経っても出発できねえぞ。
「ほら、そろそろ行こうぜ」
 俺がため息交じりに言うと、クシナダが俺のほうに駆け寄ってくる。
「うん、お出かけ!」
「ああ、お出かけだ。その前に、見送りに来てくれたスーちゃんに挨拶しないとな」
 忙しいのにわざわざ来てくれたんだ。口うるさいがいいヤツだ。俺の言葉にクシナダが頷く。
「うん!スーちゃん、いってきます!お土産楽しみにしててね」
「クーちゃん、ケガしちゃダメよ。寝る時はおなか冷やさないように気を付けてね。いってらっしゃい」
「はーい!」
 チコとアムルスもスザンヌに声をかける。
「じゃ、スーちゃん。いろいろありがとな。クロノリヤに来ることがあったら、エレナンセに来てくれよ、格安にしとくぜ!」
「うん、ありがとチコちゃん。私も楽しかったわ。また会いましょう」
「スザンヌ、ここにいる間世話になりましたね。今度は私がクロノリヤを案内しましょう。私の子達も一緒に」
「それは楽しみ。アムルスさんもお元気で。その時はお土産にお菓子を持っていくわね」
 いつの間にか3人は仲良くなっていたらしい。まあ、スザンヌは面倒見がいいし、2人も毎日マンハイムには顔を出してたみたいだしな。
 さて、そろそろ行くか。できれば日暮れ前には俺が前にキャンプした大岩まで行きたいしな。
「じゃ、行ってくるよスーちゃん。何かあったら念話してくれ。念話機は耳につけとくから」
「スーちゃん言わないの。キミのことだから大丈夫だと思うけど、気を付けて。3人に危ないことさせちゃダメよ?」
「ああ。お土産買ってくるよ」
「うん。みんな、いってらっしゃい」
 俺たちはスザンヌに見送られ、ベルセンの東門を出発した。クシナダは俺の左手を握りにこにこと笑っている。誰かさんの言葉じゃないが、クシナダが笑ってくれるなら2日おきに休んでもいいかもな。

ーーーーーーーーーー

 クロノリヤに向かうユート君達の背中が小さくなる。しばらくクーちゃんに会えないのかあ。少し寂しいけど、仕方ないかな。そもそもユート君働きすぎなのよね。クーちゃんもいい子だからわがまま言わないし。たまには思いっきり甘えなきゃ。
 ……それより。
「隠れてないで出てきたらどうですか?もう行っちゃいましたよ」
 さっきから門の裏に隠れていたオーナーに声を掛ける。
「うまくいった?」
 オーナーがこっちに歩いてくる。気になるんなら出てくればいいのに。
「ええ、さすがのユート君も、受注できる依頼クエストを絞れば休む気になりましたね。でも、いいんですか?他の冒険者にも影響出てますけど」
 そう、依頼クエストのレベル規制はオーナーの発案だ。ユート君が休まないせいで、クーちゃんがマンハイムのロビーで寂しそうにしているのを見かねてあんなルールを作ったのよね。いきなり言うから依頼書の仕分けが大変だったけど、クーちゃんが嬉しそうに出ていったから、私とマリアちゃんで頑張った甲斐はあったかも。
「いいのよ。ユートちゃんのお陰で、みんなの依頼クエスト消化率が上がってるからね。ある程度コッチから制限をかけたほうが効率も良くなるのよ」
 しばらくは混乱するだろうけどね、オーナーはそんなことを言いながら嬉しそうに笑っていた。
 ユート君が来てから、マンハイムが変わったような気がする。もともと活気はあったけれど、あくまでも仕事上の付き合いのような感じだった。単独行動の多かったドミニクさんが、ユート君や他の冒険者達と依頼クエストを受注するようになった。デニスさんやジョエルもそうだ。固定メンバーではなく、ある程度レベルの近い冒険者同士で依頼クエストを回すようになった。
 クーちゃんが来て、マンハイムのロビーが賑やかになった。今までマンハイムのロビーは、ただの休憩所でしかなかったのに、クーちゃんのお陰でみんなの間に会話が増えた。会話が増えて、自然と冒険者同士で情報共有も盛んになった。
「効率がいいかはわかりませんが、最近みんな、楽しそうですね」
「そうね、いいことだと思うわ。ま、あのコ達は自分が原因だなんて思ってないでしょうけどね」
「そうですね。特にあの子、ヘンですから」
 私とオーナーは顔を見合わせて笑った。
「だから、あのコ達もちゃんと休まないとね」
 私はオーナーの言葉に頷く。ちゃんと楽しんできてね、クーちゃん。そう思いながら、ユート君達が歩いて行った方をぼんやりと眺める。4人の姿はもう見えなくなっていた。
「あ、そうそう。最近ユートちゃんのお陰で採用試験を受けるコ達が増えたのよ。だから、受付業務の増員ができそうよ。スー、アナタの配置転換だけど、もうちょっとだけ待ってね」
「いいんですか?ありがとうございます!」
「多分、2・3日以内には4人くらいでシフトを組めるようにしたげるから。完全に内勤から外れるわけじゃないけどね」
 オーナーに相談していた現場復帰が叶うみたい。ギルドの受付は一定レベルの冒険者じゃないと対応ができないから今まで保留にされてたんだけど。
 オーナーの口ぶりだと、受付半分、依頼クエスト半分というところだろう。少し申し訳なさそうな顔をしている。
「いえ、希望を聞いていただいて、ありがとうございます!」
 でも、私には十分だ。マンハイムの受付でクーちゃんと一緒に仕事をし、たまにユート君と依頼クエストを受ける、そんなことができたら、きっととても楽しいだろう。
 ふふ、あの子は驚いてくれるかな。
 ね、ちゃんと帰ってきてね。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

処理中です...