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三章
星空の下で
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ベルセンを出発してから、休憩しつつガレムの森を目指す。初めての遠出だから、クシナダの疲れに気を付けながらなんだけど、クシナダ本人は疲れた様子が全く無い。
「クシナダ、休憩しなくて大丈夫か?」
「うん!全然平気だよ!」
俺がクシナダに聞いてみても、こんな調子でご機嫌さんだ。無理してる様子も無いし、どうなってるんだろ?
当の本人は俺の左手をぎゅっと握ってにこにこしてるし。足取りも軽いままだし。
「クーちゃん、ちっちゃいのにすげえな」
「えへへ。クーちゃん凄い?」
「おう、すげえな。大人より持久力があるんじゃねえか?」
「えへへー」
チコも俺と同じで、クシナダの元気さに驚いている。お前も小さいけどな。
ここまで順調に来れたから、休憩を入れながら歩いてギリギリ日没にキャンプ地に着く予定が、もう遠くの方に目的地にしていた特徴のある岩が見えてきた。
「ユート、お前の言っていた岩はあれではないですか?」
アムルスも俺と同じ岩を見つけて、分かりやすいように右手で指差している。
「ああ、あれだな。目がいいな、アムルス」
「ふふん」
自慢するようにアムルスが大きな胸を張る。そんなアムルスを見て、クシナダとチコがぴょんぴょん跳ねる。ちびっこ2人にはまだ見えていないらしい。
「え、どこ?見えないよ、御主人!」
「くそっ!アムルスは!いいな!でっかくて!あ!アレか!」
あー、はいはい。クシナダさん、手を繋いだまま飛び跳ねるなよ。チコはまあ、さすがウサギの獣人だけあって、獣化してないのにジャンプ力が凄い。軽く俺の頭の高さまで跳ねてくる。
「おいチコ!ちょっと離れろ、危ねえ!」
「あー!チコちゃんずるいよ。御主人、クーちゃんも見たい~」
もう少し歩いたらすぐ見えるのに、自分だけが岩を見つけられないのが悔しいんだな。分かったから、俺の左手をぶん回して駄々をこねるな。体重を掛けるな、お前軽いんだから意味無いぞ?
「チコ、少しおとなしくしなさい。もうすぐ成人なのでしょう?クシナダも、危ないですよ」
アムルスがチコを窘め、クシナダの頭を優しく撫でる。さすがリアルに母親なだけはあるな。
「あっ、クーちゃん……ごめんな」
チコもすぐに気が付いてクシナダに謝っている。口と足癖が悪いだけで、基本素直なんだよな。
「ん~ん、いいよ、チコちゃん」
クシナダが年上のチコを笑って許している。あれ、そういえばクシナダの年齢はどう数えたらいいんだ?生後約1か月?いや……精神年齢は小学校低学年くらい?う~ん。
「どうしたの?御主人」
俺がクシナダの年齢について悩んでいると、クシナダが不思議そうに俺を見上げていた。きょとんとしたその顔を見ていると、年齢なんかどうでもいいかと思えてくる。
「いや、何でもないよ」
俺は笑って答えながら、クシナダを両手で抱き上げた。俺と同じ目線なら見れるよな。
「わぁっ!高いね、御主人!」
普段の目線から急に高くなったので、クシナダがはしゃぐ。喜んでくれたようで何よりだ。右手で俺の服を掴み、身を乗り出して景色を見ている。
「おい、あんまり暴れると落ちるぞ」
「えへへー大丈夫だよー」
何が大丈夫なのか、クシナダは上機嫌だ。いや、結構バランス難しいよ?
「ほら、クシナダ。あそこですよ」
アムルスが俺の横に来てクシナダに岩の場所を教える。右手の指し示す場所を目で追って、クシナダがまた声を上げた。いや、いいんだけどさ、アムルスさん近い、近いって。
「あっ!アムちゃん、あの尖った石?」
「ええ、でもあれは岩ですよ」
「アムルス、ちょい離れろ!息が!耳に!」
「何!?このスケベ!」
「お前も俺の足を蹴るな。危ねえっての」
なんで俺を蹴るかなこのバカチコは。悲しいかな、全く痛くないんだけど。
「御主人、スケベって何?」
「私にも教えてほしいですね。ふふ」
「お前、わざとやってるだろ!」
「アムルス!抜け駆けはずりいぞ!」
ほんと、今日は騒がしい。ラフィーアに来てから、こんな騒がしい道中は無かったんじゃないだろうか。
クロノリヤからベルセンに来た時は、俺1人だけだったんだよな。あの時は大山猫に襲われるわ、盗賊に襲われるわ、いろいろあったなあ。
「御主人?なにかいいことあったの?」
「ん?何で?」
「だって、嬉しそうだよ?」
俺はいつの間にか笑っていたらしい。クシナダも俺につられて笑っていた。俺は返事代わりにクシナダの頭をくしゃくしゃと撫でる。こらチコ、人の顔をじろじろ見るな。
しばらくして、俺達は目的の大岩に到着した。東の空は暗くなり始め、西からの夕日が俺たちの影を長く伸ばす。思っていたよりも少し早かったな。
俺たちは大岩の麓で夜営の準備を始めた。最初に寝床であるテントの設営。俺が前にクロノリヤで買ったテントは、大人2人が寝ると窮屈だったから、今回もう1セット買っておいた。テントを横並びに2つ張った後、誰が俺と寝るかで3人が揉めていたから俺の意見も言っておく。
「このテントは男女別だからな」
3人から息の合ったブーイングが飛んできたが、こればっかりはしょうがない。いつものようにクシナダと寝てもいいんだが、せっかくだから女子3人で寝てもらおう。今夜は広々と寝るのだ。
2つ並んだテントの前で火を起こし、簡単な夕食を作り始める。チコとアムルスは料理が苦手らしく、俺が作ることになった。とは言え俺もそんなに手の込んだものができるわけじゃない。ちょっと考えてから、次元鞄から大鍋を取り出して簡単な塩鍋にすることにした。
具も俺の次元鞄の中から取り出していく。ベルセンの市場で買った根菜と、ドミニクに連れられてこなした討伐依頼の納品物の余りだ。毒抜きした後に乾燥させたキノコモドキと、血抜きしたオナガトカゲと……。
「ひいっ!何でそんなもん鞄に入れてんだよ!」
ずるずると食材を出していると、チコが悲鳴を上げて驚いている。何でって言われても、次元鞄が便利だからとしか言いようがない。生き物じゃなければ何でも入るし仕分けもしてくれるからな。
「最近討伐依頼が多かったからなあ。で、討伐した獣が案外美味そうだったからさ、多めに狩って鞄に入れといた」
「うげ……」
「どうでもいいけど、お前その口の悪さどうにかしろよ」
出会いが出会いだっただけに、可愛らしいチコちゃんなんか想像できないけどな。
「へっ、ほっとけ」
ほらな。見た目は可愛いのになあ。まあ、チコだからな。
俺は1人納得して、塩鍋作りを進める。乾燥キノコモドキを手でちぎって鍋に入れ、火にかけながらオナガトカゲを解体する。どっちもドミニクと捕まえた獣だ。
キノコモドキは俺の頭くらいの大きさのキノコで、指の無い手足が生えている。傘の下に口があり、後ろから人間や他の獲物を襲って吸血する害獣だ。見た目はキノコだが、菌類じゃなくて植物らしい。魔力を持った食虫植物がキノコに擬態して……とかなんとか。スザンヌが教えてくれた気もするが、ややこしくて覚えていない。試しに焼いて食ったら美味かったので、俺の中でキノコモドキは食料に認定されている。見た目はキノコなのに、鳥のササミみたいな味がする。でも植物らしい。よくわからん。
オナガトカゲの方は捕まえたときに血抜きをして食べれないところは捨てておいたので、適当な大きさに切って鍋にぶち込むだけだ。オナガトカゲという名前どおり、体の半分以上が尻尾だ。草食で畑の作物を荒らすから、これまたドミニクと一緒に捕まえに行ったんだよな。色がショッキングピンクだからさすがに食えないだろうと思っていたんだけど、農家のおっちゃんが無毒だと教えてくれたので、無事に食べ物認定されることとなった。1メートルくらいの細長いトカゲで、骨ごとぶつ切りにして鍋に放り込んでいく。
チコとアムルスは根菜の皮むきだ。働かざる者なんとやら。1人10個ずつむいてもらおう。
「御主人、お料理上手だね」
煮込みながらアクを取っていると、クシナダが感心したように俺を見ていた。せっかくだから手伝ってもらうか。
「料理って程じゃないって。クシナダ、ちょっとずつ具を入れてくれるか?」
チコとアムルスが皮をむいた根菜は、卵くらいの大きさだからそのまま煮込む。ウルルと言う根菜で、分厚い皮をむくと半透明のちょっと弾力のある身が出てくる。触感は固めのコンニャクみたいな感じだった。煮崩れしないし栄養も豊富ってことで、ベルセンではよく食べられている。
クシナダが鍋にウルルを入れ終わり、味付けに塩と香辛料を入れていく。味見をしながら味を調整して、最後にクシナダに味見をしてもらう。
「うん、おいしい!」
無事合格点をもらったので、4人分を皿に取り分けてそれぞれに渡していく。皿が行き渡ったところで、俺とクシナダは手を合わせた。
「お?ユート、クーちゃん、何のまじないだ?」
不思議そうにチコが聞いてくる。ちなみに、チコとアムルスは胸に握った右こぶしを当てていた。
「これは、俺の国の食事の前後の挨拶だな。いただきますって言って、食べ物に感謝するんだ。チコ達も、その右手は同じことだろ?」
俺の説明にチコとアムルスが頷く。
「おう、右手で食べ物から魔力をもらって感謝するんだ。魔力は命の元だからな。食べるということは他の命を奪うことだからって、里長が決めたルールなんだ」
「私もクロノリヤで暮らすようになって教わったのですよ。剣狼は糧に感謝する習慣がありませんから」
そういって2人とも穏やかに笑う。なるほど、クロノリヤのローカルルールみたいなもんか。まあ、世界は違っても、食べる前後に何かに祈るっていう習慣はあるんだな。
そんなことを話しながら4人で夕食を食べる。半日歩いていたからか、大目に作った鍋の中身はすぐに無くなった。塩鍋の味は好評だった。ラフィーアは濃い味付けが多いから、薄味の料理は珍しいと言っていた。キノコモドキとオナガトカゲもいい出汁になったし、そのうちまた作るかな。
しかし、俺とアムルスは体がでかいからわかるが、チコとクシナダが4杯もお代わりしたのは驚いた。そのちっこい体のどこに入るんだろ?
「クシナダ、そんなに食って大丈夫か?おなかぽんぽんで寝れなくなるぞ?」
「ふふ~ん、大丈夫だよ。クーちゃんのおなかは次元鞄だからね」
そんな底なしの胃袋があってたまるか。でも、本当に平気みたいだ。半日歩いたから、いつもより腹が減ってたってことかな。チコについては特に心配していない。なんせエレナンセの食堂で俺より食ってたからな。
その後、食後に黒茶を飲んで少し休み、4人で片づけをした。といっても、食器の汚れは俺が洗浄できれいにするから、あまりやることも無いんだけど。
さすがに風呂は無いから、4人全員に洗浄をかけて我慢してもらう。
晩メシを食って、魔法でさっぱりしたから明日に備えてそろそろ寝ようと思っていたら、クシナダが夜空を見上げて口をぽかんと開けていた。いつもなら寝ている時間なのに、遠出で興奮しているからかまだまだ元気だ。あーあー、せっかく買ってやったコート脱ぎっぱなしじゃないか。
「クシナダ、風邪ひくぞ?」
クシナダにコートをかけてやりながら、俺も空を見上げる。夜空一面に数え切れないほどの星が浮かんでいた。こんな星空は日本で見るのは難しいだろうな。
「きれいだね、御主人。お日様が沈んでも、お空はこんなに明るいんだね」
星の配置は日本で見る星空とは全然違う。オリオン座なんてお馴染みの星座も無い。でも、素直に綺麗だと思う。青く輝く月と、夜空を覆う一面の星。俺はこんな賑やかな夜空を見たことがない。1人でベルセンに来た夜も星を見上げたが、なんだろうな、1人で見るよりも綺麗に見えるのは。きっと、気のせいじゃないよな。
「ああ、本当に綺麗だな。でも、綺麗だからって飛んでいくなよ?」
「えへへー、そんなことしないよー」
クシナダが照れたように笑う。前に一度、鳥を追いかけて空を飛んだことがあるからな。
「おお、綺麗だな!クロノリヤは森の中だから、あんまり星が見えねえんだ」
「ええ、本当に。こう思えるのも、獣人になったおかげということでしょうか」
振り向くと、いつの間にかチコとアムルスが俺達の後ろに立って、俺達と同じように空を見上げていた。星空が綺麗なのは、クシナダと、そしてこの2人と一緒にいるからかもな。
1人でラフィーアに来たってのに、不思議なもんだな。
さて、明日に備えてそろそろ寝よう。
「クシナダ、休憩しなくて大丈夫か?」
「うん!全然平気だよ!」
俺がクシナダに聞いてみても、こんな調子でご機嫌さんだ。無理してる様子も無いし、どうなってるんだろ?
当の本人は俺の左手をぎゅっと握ってにこにこしてるし。足取りも軽いままだし。
「クーちゃん、ちっちゃいのにすげえな」
「えへへ。クーちゃん凄い?」
「おう、すげえな。大人より持久力があるんじゃねえか?」
「えへへー」
チコも俺と同じで、クシナダの元気さに驚いている。お前も小さいけどな。
ここまで順調に来れたから、休憩を入れながら歩いてギリギリ日没にキャンプ地に着く予定が、もう遠くの方に目的地にしていた特徴のある岩が見えてきた。
「ユート、お前の言っていた岩はあれではないですか?」
アムルスも俺と同じ岩を見つけて、分かりやすいように右手で指差している。
「ああ、あれだな。目がいいな、アムルス」
「ふふん」
自慢するようにアムルスが大きな胸を張る。そんなアムルスを見て、クシナダとチコがぴょんぴょん跳ねる。ちびっこ2人にはまだ見えていないらしい。
「え、どこ?見えないよ、御主人!」
「くそっ!アムルスは!いいな!でっかくて!あ!アレか!」
あー、はいはい。クシナダさん、手を繋いだまま飛び跳ねるなよ。チコはまあ、さすがウサギの獣人だけあって、獣化してないのにジャンプ力が凄い。軽く俺の頭の高さまで跳ねてくる。
「おいチコ!ちょっと離れろ、危ねえ!」
「あー!チコちゃんずるいよ。御主人、クーちゃんも見たい~」
もう少し歩いたらすぐ見えるのに、自分だけが岩を見つけられないのが悔しいんだな。分かったから、俺の左手をぶん回して駄々をこねるな。体重を掛けるな、お前軽いんだから意味無いぞ?
「チコ、少しおとなしくしなさい。もうすぐ成人なのでしょう?クシナダも、危ないですよ」
アムルスがチコを窘め、クシナダの頭を優しく撫でる。さすがリアルに母親なだけはあるな。
「あっ、クーちゃん……ごめんな」
チコもすぐに気が付いてクシナダに謝っている。口と足癖が悪いだけで、基本素直なんだよな。
「ん~ん、いいよ、チコちゃん」
クシナダが年上のチコを笑って許している。あれ、そういえばクシナダの年齢はどう数えたらいいんだ?生後約1か月?いや……精神年齢は小学校低学年くらい?う~ん。
「どうしたの?御主人」
俺がクシナダの年齢について悩んでいると、クシナダが不思議そうに俺を見上げていた。きょとんとしたその顔を見ていると、年齢なんかどうでもいいかと思えてくる。
「いや、何でもないよ」
俺は笑って答えながら、クシナダを両手で抱き上げた。俺と同じ目線なら見れるよな。
「わぁっ!高いね、御主人!」
普段の目線から急に高くなったので、クシナダがはしゃぐ。喜んでくれたようで何よりだ。右手で俺の服を掴み、身を乗り出して景色を見ている。
「おい、あんまり暴れると落ちるぞ」
「えへへー大丈夫だよー」
何が大丈夫なのか、クシナダは上機嫌だ。いや、結構バランス難しいよ?
「ほら、クシナダ。あそこですよ」
アムルスが俺の横に来てクシナダに岩の場所を教える。右手の指し示す場所を目で追って、クシナダがまた声を上げた。いや、いいんだけどさ、アムルスさん近い、近いって。
「あっ!アムちゃん、あの尖った石?」
「ええ、でもあれは岩ですよ」
「アムルス、ちょい離れろ!息が!耳に!」
「何!?このスケベ!」
「お前も俺の足を蹴るな。危ねえっての」
なんで俺を蹴るかなこのバカチコは。悲しいかな、全く痛くないんだけど。
「御主人、スケベって何?」
「私にも教えてほしいですね。ふふ」
「お前、わざとやってるだろ!」
「アムルス!抜け駆けはずりいぞ!」
ほんと、今日は騒がしい。ラフィーアに来てから、こんな騒がしい道中は無かったんじゃないだろうか。
クロノリヤからベルセンに来た時は、俺1人だけだったんだよな。あの時は大山猫に襲われるわ、盗賊に襲われるわ、いろいろあったなあ。
「御主人?なにかいいことあったの?」
「ん?何で?」
「だって、嬉しそうだよ?」
俺はいつの間にか笑っていたらしい。クシナダも俺につられて笑っていた。俺は返事代わりにクシナダの頭をくしゃくしゃと撫でる。こらチコ、人の顔をじろじろ見るな。
しばらくして、俺達は目的の大岩に到着した。東の空は暗くなり始め、西からの夕日が俺たちの影を長く伸ばす。思っていたよりも少し早かったな。
俺たちは大岩の麓で夜営の準備を始めた。最初に寝床であるテントの設営。俺が前にクロノリヤで買ったテントは、大人2人が寝ると窮屈だったから、今回もう1セット買っておいた。テントを横並びに2つ張った後、誰が俺と寝るかで3人が揉めていたから俺の意見も言っておく。
「このテントは男女別だからな」
3人から息の合ったブーイングが飛んできたが、こればっかりはしょうがない。いつものようにクシナダと寝てもいいんだが、せっかくだから女子3人で寝てもらおう。今夜は広々と寝るのだ。
2つ並んだテントの前で火を起こし、簡単な夕食を作り始める。チコとアムルスは料理が苦手らしく、俺が作ることになった。とは言え俺もそんなに手の込んだものができるわけじゃない。ちょっと考えてから、次元鞄から大鍋を取り出して簡単な塩鍋にすることにした。
具も俺の次元鞄の中から取り出していく。ベルセンの市場で買った根菜と、ドミニクに連れられてこなした討伐依頼の納品物の余りだ。毒抜きした後に乾燥させたキノコモドキと、血抜きしたオナガトカゲと……。
「ひいっ!何でそんなもん鞄に入れてんだよ!」
ずるずると食材を出していると、チコが悲鳴を上げて驚いている。何でって言われても、次元鞄が便利だからとしか言いようがない。生き物じゃなければ何でも入るし仕分けもしてくれるからな。
「最近討伐依頼が多かったからなあ。で、討伐した獣が案外美味そうだったからさ、多めに狩って鞄に入れといた」
「うげ……」
「どうでもいいけど、お前その口の悪さどうにかしろよ」
出会いが出会いだっただけに、可愛らしいチコちゃんなんか想像できないけどな。
「へっ、ほっとけ」
ほらな。見た目は可愛いのになあ。まあ、チコだからな。
俺は1人納得して、塩鍋作りを進める。乾燥キノコモドキを手でちぎって鍋に入れ、火にかけながらオナガトカゲを解体する。どっちもドミニクと捕まえた獣だ。
キノコモドキは俺の頭くらいの大きさのキノコで、指の無い手足が生えている。傘の下に口があり、後ろから人間や他の獲物を襲って吸血する害獣だ。見た目はキノコだが、菌類じゃなくて植物らしい。魔力を持った食虫植物がキノコに擬態して……とかなんとか。スザンヌが教えてくれた気もするが、ややこしくて覚えていない。試しに焼いて食ったら美味かったので、俺の中でキノコモドキは食料に認定されている。見た目はキノコなのに、鳥のササミみたいな味がする。でも植物らしい。よくわからん。
オナガトカゲの方は捕まえたときに血抜きをして食べれないところは捨てておいたので、適当な大きさに切って鍋にぶち込むだけだ。オナガトカゲという名前どおり、体の半分以上が尻尾だ。草食で畑の作物を荒らすから、これまたドミニクと一緒に捕まえに行ったんだよな。色がショッキングピンクだからさすがに食えないだろうと思っていたんだけど、農家のおっちゃんが無毒だと教えてくれたので、無事に食べ物認定されることとなった。1メートルくらいの細長いトカゲで、骨ごとぶつ切りにして鍋に放り込んでいく。
チコとアムルスは根菜の皮むきだ。働かざる者なんとやら。1人10個ずつむいてもらおう。
「御主人、お料理上手だね」
煮込みながらアクを取っていると、クシナダが感心したように俺を見ていた。せっかくだから手伝ってもらうか。
「料理って程じゃないって。クシナダ、ちょっとずつ具を入れてくれるか?」
チコとアムルスが皮をむいた根菜は、卵くらいの大きさだからそのまま煮込む。ウルルと言う根菜で、分厚い皮をむくと半透明のちょっと弾力のある身が出てくる。触感は固めのコンニャクみたいな感じだった。煮崩れしないし栄養も豊富ってことで、ベルセンではよく食べられている。
クシナダが鍋にウルルを入れ終わり、味付けに塩と香辛料を入れていく。味見をしながら味を調整して、最後にクシナダに味見をしてもらう。
「うん、おいしい!」
無事合格点をもらったので、4人分を皿に取り分けてそれぞれに渡していく。皿が行き渡ったところで、俺とクシナダは手を合わせた。
「お?ユート、クーちゃん、何のまじないだ?」
不思議そうにチコが聞いてくる。ちなみに、チコとアムルスは胸に握った右こぶしを当てていた。
「これは、俺の国の食事の前後の挨拶だな。いただきますって言って、食べ物に感謝するんだ。チコ達も、その右手は同じことだろ?」
俺の説明にチコとアムルスが頷く。
「おう、右手で食べ物から魔力をもらって感謝するんだ。魔力は命の元だからな。食べるということは他の命を奪うことだからって、里長が決めたルールなんだ」
「私もクロノリヤで暮らすようになって教わったのですよ。剣狼は糧に感謝する習慣がありませんから」
そういって2人とも穏やかに笑う。なるほど、クロノリヤのローカルルールみたいなもんか。まあ、世界は違っても、食べる前後に何かに祈るっていう習慣はあるんだな。
そんなことを話しながら4人で夕食を食べる。半日歩いていたからか、大目に作った鍋の中身はすぐに無くなった。塩鍋の味は好評だった。ラフィーアは濃い味付けが多いから、薄味の料理は珍しいと言っていた。キノコモドキとオナガトカゲもいい出汁になったし、そのうちまた作るかな。
しかし、俺とアムルスは体がでかいからわかるが、チコとクシナダが4杯もお代わりしたのは驚いた。そのちっこい体のどこに入るんだろ?
「クシナダ、そんなに食って大丈夫か?おなかぽんぽんで寝れなくなるぞ?」
「ふふ~ん、大丈夫だよ。クーちゃんのおなかは次元鞄だからね」
そんな底なしの胃袋があってたまるか。でも、本当に平気みたいだ。半日歩いたから、いつもより腹が減ってたってことかな。チコについては特に心配していない。なんせエレナンセの食堂で俺より食ってたからな。
その後、食後に黒茶を飲んで少し休み、4人で片づけをした。といっても、食器の汚れは俺が洗浄できれいにするから、あまりやることも無いんだけど。
さすがに風呂は無いから、4人全員に洗浄をかけて我慢してもらう。
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「クシナダ、風邪ひくぞ?」
クシナダにコートをかけてやりながら、俺も空を見上げる。夜空一面に数え切れないほどの星が浮かんでいた。こんな星空は日本で見るのは難しいだろうな。
「きれいだね、御主人。お日様が沈んでも、お空はこんなに明るいんだね」
星の配置は日本で見る星空とは全然違う。オリオン座なんてお馴染みの星座も無い。でも、素直に綺麗だと思う。青く輝く月と、夜空を覆う一面の星。俺はこんな賑やかな夜空を見たことがない。1人でベルセンに来た夜も星を見上げたが、なんだろうな、1人で見るよりも綺麗に見えるのは。きっと、気のせいじゃないよな。
「ああ、本当に綺麗だな。でも、綺麗だからって飛んでいくなよ?」
「えへへー、そんなことしないよー」
クシナダが照れたように笑う。前に一度、鳥を追いかけて空を飛んだことがあるからな。
「おお、綺麗だな!クロノリヤは森の中だから、あんまり星が見えねえんだ」
「ええ、本当に。こう思えるのも、獣人になったおかげということでしょうか」
振り向くと、いつの間にかチコとアムルスが俺達の後ろに立って、俺達と同じように空を見上げていた。星空が綺麗なのは、クシナダと、そしてこの2人と一緒にいるからかもな。
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