カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

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三章

トト達の処遇

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「ごっふぅっ!」
 ベッドで熟睡していたらものすごい痛みで目が覚めた。鳩尾に走る鋭い痛み、頭を持ち上げて腹を見ると、小さな足が俺の腹に突き刺さっているのが見えた。
「……どんな寝相だよ」
 足の裏が見えるってことは、クシナダの頭は俺の足の方を向いてるってことだな。いつもは行儀良く寝てるのに、なんで今日に限ってこんな……。
 とりあえず腹に刺さっているクシナダのカカトを左手でどかす。まだ痛いが仕方ない……げ。
「お、おい、トト!?」
 クシナダの腰の下から猫の尻尾が見えている、俺は慌てて上体を起こした。おい、死んでねえだろうな?
「トト!おい、起きろトト!」
「……なんだよぉ、ユート……」
 クシナダに押しつぶされてるせいでトトの声がくぐもっている。でもよかった、生きてるみたいだ。寝ているクシナダを両手で抱き上げて、トトの無事を確認する。うん、潰れてないな、よかった。
「うん?……おふぁよう、はふにゃー」
 俺に抱き上げられてクシナダが身じろぎをする。いや、言えてねえし、あ~あ~、目やにが、寝癖が……。
「くすー……」
 クシナダの首がかくんと落ちて、可愛い寝息を立て始める。そのまま寝かせとこうかとも思ったが、締め切ったカーテンの隙間から朝日が差し込んできていた。そろそろ起きたほうがよさそうだ。
「クシナダ、起きろ。朝だぞ」
 言いながらクシナダを揺さぶってみる。しばらく揺さぶり続けると、むにゃむにゃ言いながらクシナダが目を開いた。
「ふ?……御主人マスター?」
 半開きの目できょとんとしながらクシナダが起きる。俺は苦笑しながらクシナダを抱えなおした。
「朝だぞ、クシナダ。よく眠れたか?」
「うー?」
 クシナダはまだエンジンがかかりきっていないらしい。いつも寝起きはいいんだけど、昨日遊びすぎて疲れてんのかな?とりあえず目が覚めるまで待つか。
 クシナダを抱っこしたままでゆっくり頭を撫でてやる。ついでに手櫛で寝癖も直してやっていると、次第にクシナダの目がはっきり開いてきた。
御主人マスター
「ん?」
「おはよう!」
「ああ、おはよう。とりあえず顔洗うか?」
「うん!」
 やっと完全に起きたみたいだな。笑顔で俺の首に抱きついてくる。ズキズキする鳩尾をかばいつつ、クシナダを抱いたままベッドから降りると、延し猫になりかけていたトトも起き上がった。猫らしく軽やかにベッドから降りる。4本足で着地して、2本足で立ち上がった。器用なヤツだ。
「おはよう、トト」
 声をかけると、トトが右前足をぴょこっと上げた。
「おはよう、ユート。おはよう、御子様」
「トトちゃん、おはよう」
 3人とも目が覚めたところで、それぞれ朝の支度をする。部屋に備え付けの洗面台にクシナダを連れていき、顔を洗ってやって着替えさせる。特に支度の無いトトは猫らしく自分で顔を洗っただけだ。最後に俺も支度をして着替える。あ、クシナダの髪、寝癖残ってるな。
「クシナダ、ちょっとこっち来い」
 俺はベッドに腰かけながらクシナダを呼んだ。枕元に置いている次元鞄に手を突っ込んで、出発前に買ったクシナダ用のヘアブラシを取り出す。嬉しそうに寄ってきたクシナダを膝に乗せ、かなり伸びた髪にブラシを通した。
「えへへー」
「なんだ?ご機嫌さんだな」
「だってね、嬉しいのよ。えへへ」
 髪を梳かし終えるまでクシナダはにこにこと笑っていた。理由を聞いても教えてくれず、ただにこにこと笑顔を浮かべ、最後の方は鼻歌まで歌っていた。よくわからんが、まあご機嫌ならいいか。
 髪を整えて、ヘアブラシを次元鞄に入れて、クシナダを膝から降ろす。床に立ったクシナダがくるっとその場で1回転して俺を見上げてきた。長い髪がふわっと舞う。
「どーお?」
「ああ、可愛い可愛い」
「えへへー」
 気を良くしたクシナダがくるくるっと追加で回る。あんまり回ると転ぶので、俺はクシナダの左手を握って回転を止めてやる。
「なあ、クシナダ」
 膝を曲げて屈み、クシナダと目線を合わせて話しかける。
「なあに?」
「俺の用事は済んだから、そろそろベルセンに帰ろうかと思うんだけど、どうだ?」
 正直なところ、急ぎの予定は何もない。クシナダがもう少し遊びたいなら、クロノリヤに滞在する日数を伸ばしてもいいと思う。
「クシナダがもう少しこっちに……」
「んーとね、スーちゃんに会いたい!」
 俺の言葉をさえぎってクシナダが答えた。即決だな。
「いいのか?もうちょっといてもいいんだぞ?」
「えへへー、大丈夫だよ。また遊びに来るもん」
 なるほどね。近いって程じゃないけど、ここに来るまでに特に苦労は無かったもんな。
「それじゃ、ベルセンに帰るか?」
「うん!いつ帰るの?今から?」
 矢継ぎ早に聞いてくるクシナダを宥めて、俺は苦笑を漏らした。
「……いや、朝メシくらい食おうよ」
 3人で下に降りて、エレナンセの食堂で朝食を食べ、部屋に戻って歯を磨く。片付けながらクシナダと相談し、昼までに買い物を済ませることになった。出発は午後からだ。
 エレナンセの手伝いをしていたチコに話をすると、買い出しについて来てくれることになった。ちょうどアムルス親子も遊びに来たので、一緒に買い出しに出る。
 里を回ってマンハイムのみんなへのお土産を買っていく。その途中立ち寄った装飾品店で、ちびっこ3人にブレスレットを買ってやると、3人は嬉しそうに腕につけてくれていた。細い革のブレスレットで、宝石なんかもついてないような安物だけど、気に入ってくれたみたいでよかった。せっかく友達になったんだもんな、お揃いで何か持ってた方が思い出になるよな。
 お土産も買ったし、食材と水の補充もした。クシナダのおやつに果物を使った焼き菓子も買った。俺は特に買うものも無いし、大丈夫だよな。
 焼き菓子を袋に入れてクシナダのリュックに、残りは全部俺の次元鞄に入れとくか。
 買い物は済んだけど昼まではまだ時間があるな。
「クシナダ、ちょっとノクサルさんのところに行ってきていいか?」
 クシナダが考えるふりをしていたずらっぽく笑う。
「うーん、お昼ご飯までに戻ってくる?」
「ああ、もちろん」
 俺は苦笑しながらクシナダに約束する。チコとアムルスにクシナダのことを頼み、一緒について行こうとするトトの首根っこを捕まえた。
「待てトト。お前はこっち」
「なんでだよ、ユートー」
 にゃおにゃおと抗議の声を上げるトトを片手に、俺はクシナダ達と別れてノクサル氏の家に向かった。
 昨日の道を思い出しながら歩くと、すぐにノクサル氏の家が見えてきた。俺が来るのが分かっていたのか、扉の前にノクサル氏が立っている。
「ノクサルさん、おはようございます」
「おう、もう帰るのか?」
「ええ、昼過ぎに出ようかと思っています」
「そうか、わざわざ来てもらって悪かったな」
「そんなことないですよ。楽しかったです。俺も、クシナダも」
 俺がそう答えると、ノクサル氏は嬉しそうに頷いた。
「そうか、楽しかったか。で、どうした?」
「どうした、は無いでしょ」
 俺は右手に抱えていたトトを地面に下してやる。
「どうするつもりで連れてこさせたんですか?」
 ノクサル氏は顎に手を当ててにやにやし始めた。トトは不安そうに俺の右足に抱きついている。
「面白そうだったからな。お主の魔力で育った人造魔獣だ、里に危害を加えるようなこともせんだろ」
 俺の右足に抱きついたままのトトがこくこくと頷く。いや、離れろよ。
「本来なら存在するはずの無かった者達だ。自然の中にいるより、里の中に居つかせた方がいいと思ってな。人語を話せるのなら、アムルスのように里の仕事を手伝ってもらうこともできるからな」
 ノクサル氏の言葉を聞いて、トトがようやく俺の右足から離れる。
「長様、いいの?」
「ああ、いいとも。その代り、ちゃんと仕事をするんだぞ?」
 嬉しそうにトトが頷く。何度も、何度も。きっと心のどこかに不安があったんだろうな。見た目はちんちくりんだけど、盗賊ギルドのせいで生まれた人造魔獣だ。魔力探知で調べた時は安定していることが分かったけど、それは今だけかもしれない。もしかしたら、俺とドミニクがテオロス城で倒したような魔獣に変化してしまうかもしれない。ノクサル氏の立場だったら、トト達を処分するって結論を出してもおかしくないはず。でも、ノクサル氏は受け入れると言ってくれた。
「よかったな、トト」
「うん、生きててもいいんだね、ボクら」
「当たり前だろ、早く他の連中にも知らせて来いよ」
「うん!ありがとう、里長様!ユートも!」
 礼を言ってトトは駆け出して行った。おお、早い早い、もう見えなくなっちまった。
「元気な奴だな。これから賑やかになるぞ」
 俺と同じようにトトの背中を見ていたノクサル氏が嬉しそうに言う。たぶんこの人はこうやってクロノリヤに住民を増やしていったんだろうな。
「ノクサルさん、ありがとうございます」
「お主のせいじゃなかろう。気にするな」
「……気にしますって」
 ノクサル氏の言う通り、元凶はクレイシャンだ。でも、トト達が今の姿になったのは俺の魔法が原因だ。だから、ノクサル氏が受け入れてくれてよかった。
「あいつらのこと、よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」
 これで気がかりだったことも解決したな。それじゃ、クシナダに怒られる前に合流するか。
「それじゃ、俺はこれで。昼にはここを出ますが、またクシナダを連れて遊びに来ますよ」
「そうか、また来い。言っても無駄だろうが、あまり無茶はするなよ」
「はい、クシナダに怒られますから」
 ノクサル氏と別れてクシナダ達の元へ戻る。
 俺がエレナンセに着いた時、入り口の前で小さい集団が大騒ぎをしていた。トトが仲間達と泣きながら喜んでいる。
 クシナダに声をかけて近づくと、俺に気づいたトト達にもみくちゃにされた。何故かクシナダ達も混ざり、チコとアムルスにも抱きつかれた。いや、お前ら関係なくね?
「ユート!」
「なんだトト!?」
「ほんとに、ほんとにありがとう!」
「俺は何もしてないだ……いてっ!誰だ、爪立ててんのは!?」
「あははは!」
 ……よかったな、トト。
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