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三章
クシナダ、冒険者になる
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オーナーの意図を聞き、俺はため息をついた。スザンヌから、クシナダを冒険者にすると聞いたときは勝手なことをと思ったんだけど、オーナーにはオーナーの考えがあったってことだ。それに、マンハイムの連中もクシナダのことを考えてくれていた。勝手なのは俺の方だったのかもしれないな。
「オーナー、クシナダに試験のことを教えてもいいですか?」
クシナダを冒険者にすることについて納得はしたものの、俺が知る限りクシナダに戦闘経験は無い。いくら変態オーナーでも、俺がいない間にそこまではしていないだろう。だったらクシナダが驚かないように、試験の内容を教えてやらないと。
「いいわよ」
オーナーは案外あっさりと俺の提案を受け入れた。というよりも最初からそのつもりだったのかもしれない。
「別にウチの採用試験は1回しか受けられないワケじゃないのよ。最初に失敗しても、大ケガさえしなければ再受験してもいいの。そのコ自身に受けるつもりがあればね」
それは初耳だ。俺はてっきり一発勝負だと思ってたぞ。オーナーが話を続ける。
「試験の内容を知っていても、受からないコは何回受けても受からないわ。逆に、内容を知らなくても受かるコはあっさり受かる。ウチの冒険者に必要なのは、瞬時の判断と思い切りの良さなのよ。その2つさえしっかりしてれば受かるような試験にしてるの」
そこまで言ってオーナーは苦笑した。俺を見ながら呆れたようにため息をついている。
「アナタはちょっと、規格外すぎるけどね」
「……どういう意味ですか」
「そういう意味よ。今度クシナダちゃんを泣かせたら八つ裂きにしてやるから。あ、もちろんスーとマリアも、それに家族のみんなもよ?」
言いながらオーナーは両手を顔の横に挙げて、わきわきと指先を動かす。それ、八つ裂きじゃないと思うよ?せっかくさっき見直したのになあ。
「……わかりましたよ」
ため息交じりに答えると、オーナーはケラケラと笑いだした。この妖怪め。いつまでもここにいると食われそうだ。俺は軽く頭を下げてオーナーに背を向ける。
「それにしても」
背中越しにオーナーが声をかけてきた。踏み出した足を止めて振り向くと、優しげに俺を見るオーナーと目が合う。
「……何です?」
「今日は思ったより聞き分けがいいわね。もっと文句を言われるかと思ってたわ」
俺だってそのつもりだったよ。思わず苦笑してしまう。
「まあ、そうですね。でも、俺もオーナーの話に乗ることにしましたから」
やり方は気に食わないし、俺をオモチャにしてるのも気に食わない。だけど、この変態の言ってることはクシナダのためだもんな。悔しいけど。
「ほんと、優しいわね」
俺の言葉にオーナーが勝手に納得している。別に優しくないっての。
「そりゃどーも」
適当に返事をしながら、今度こそ執務室を出るために歩き出した。ドアノブに手をかけてドアを開くと、クシナダ達が立っていた。
「……おい」
声をかけると全員が俺から目をそらす。おいこら、聞いてやがったな?
「御主人……」
クシナダが泣きそうな顔で俺を見上げ、3人娘と猫が気まずそうにしている。俺はその場にしゃがみ込んでクシナダと目線を合わせた。
「なんだ?」
「えっとね、ごめんなさい」
「そうだな、盗み聞きはよくないな」
クシナダが首を横に振った。あれ?他に叱るようなことってあったか?
「違うの。クーちゃんね、御主人に内緒で魔法を使ってたのよ」
ああ、そっちか。でも、それはまあ、な。クシナダの頭をくしゃくしゃと撫でる。クシナダは一瞬びくっとしたが、すぐにきょとんとした顔になって俺を見つめてきた。
「……御主人?」
魔法については完全に俺のミスだ。オーナーの話だと、多すぎる魔力は負担にしかならない。俺の勝手な考えで制限するべきじゃなかったんだ。知らないことだからこそ、家族に頼るべきだったんだよ。俺が覚えてからって、そんな小さな考えでやってちゃいけなかったんだ。俺はラフィーアのことも、魔法のこともほとんど何も知らないんだから。
「……怒ってない?」
「怒ってないよ」
「……約束破ったのよ?」
「まあ、それはよくないな」
「……うん。ごめんなさい」
「で、どんな魔法教えてもらったんだ?」
「……え?」
オーナーやみんながクシナダのために魔法を教えてくれたんだよな。クシナダもクシナダなりにそれがわかったから、俺との約束を破ってまで魔法を覚えたんだろう。俺1人除け者にされたのは、まあ、あの変態のせいにしておいてやる。俺はクシナダに笑いかける。
「俺はさ、クシナダに魔法を教えるのも俺だって勝手に思ってたんだよ。でも違うよな。俺より魔法に詳しいやつは、ここにはいっぱいいるもんな。だから、ごめんなクシナダ」
「……でも」
「そんな顔するなよ?お互いさまってやつだ。だからさ……」
「きゃっ」
俺はクシナダを抱いて立ち上がった。クシナダが俺にしがみついてジト目で見上げてくる。
「クシナダの魔法を見せてくれよ。オーナーが言ってたぜ?すぐに試験に合格するって」
「ほんと?」
「ほんとさ……げ」
俺の肩越しにオーナーがクシナダを覗き込んでいる。いつの間に背後に来やがった?
「ほんとよ、クシナダちゃん。自信を持って、ユートちゃんに見せてあげなさいな」
俺の背中につつつと指を走らせながらオーナーが言う。いや、それセクハラだって。なんか冷や汗出てきたぞ、おい!
「御主人、ごめ……」
「ごめんね、は無しな?」
俺がかぶせ気味に言うと、クシナダがくすっと笑った。
「……うん!」
「よーし、じゃあさくっと試験受けようか」
クシナダを下に下してやると、俺を見上げて左手を握ってくる。軽く握り返してやると、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。
「うん!」
俺を引っ張るクシナダに合わせて歩き出す。3人娘をちらっと見ると、なぜか3人とも赤い顔で俺から目をそらした。目が潤んでいるように見えるが、きっと目の錯覚だ。俺が首をかしげると、トトがするするっと肩まで登ってくる。背後からケラケラと笑う妖怪から逃げるように、俺達はマンハイムの1階にある試験場に向かった。
試験官はスザンヌがやってくれるらしい。万が一があったらいけないと、自動人形の確認をしてくれている。ドミニクめ、俺の時はいきなり始めたくせに。
少し時間ができたので、クシナダに軽く試験の内容を教えておく。スザンヌが確認している自動人形が、壁にかかってる武器を持って攻撃してくること。試験に合格するには、自動人形を倒さないといけないこと。でも、やばくなったら結界の外に出れば、試験は失格になるけど助かること。倒すか逃げるかの判断も、オーナーが言ってた瞬時の判断と思い切りの良さってやつなんだろうな。
「危なかったら逃げて来いよ?また受けれるんだからな?」
「うん!」
俺の言葉にクシナダが素直にうなずく。とりあえず試験の内容はこれくらいか。あとは、自動人形を倒す手段。俺の時のことは参考にならないだろうな。俺が敵の武器を奪い取れたのは、俺と自動人形のリーチがほぼ一緒だったからだ。だから攻撃を躱して、少し踏み込んだだけで自動人形の手に蹴りが届いた。クシナダと自動人形じゃリーチが違いすぎるから、近づかれる前に叩くしか方法は無いだろう。
「クシナダ、どんな魔法を教えてもらったんだ?」
クシナダが両手の指を折り曲げながら考えている。うん、そんなに教えてもらったのか?マンハイムの暇人どもめ。
「えっとね、火を出してお湯を沸かしたり、風を吹かせて洗濯物を乾かしたり……」
うん、その魔法は今ちょっといらないかな。俺は苦笑しながらクシナダに聞いてみる。
「そうだなあ、魔法で物を切ったりとか、叩いたりとか。爆発させたりとかっていうのは?」
首をかしげてクシナダが考え始める。少し考えて自分の両手を眺め、何かを思い出したように右手を突き上げた。
「手の魔法!御主人、クーちゃんの手はね、巨人の手なの!」
「……手?」
クシナダが嬉しそうにはしゃいでいる。うーん、よくわからんなあ。その魔法、大丈夫か?他にないの?
疑問符を浮かべていると、ヴァレリアとシンディが教えてくれた。クシナダが言ってる魔法は巨人の手と言うらしい。その名の通り、魔法で巨大な手を作り、自分の思い通りに操ることができるそうだ。それ、俺も使ってみたいなあ。
「御主人、見たい?見たい?」
見たい。すっげー見たい。でも、その魔法で試験に合格できんのか?
「ちょっと待てクシナダ」
張り切っているクシナダを宥めながら、ヴァレリアとシンディに向き直る。
「その魔法ってさ、自動人形に通用するのか?」
「ええ、クーちゃんの巨人の手はね、結構凄いわよ?」
「大丈夫よユート。クーちゃんを信じてあげて」
2人に自信満々に言われてしまうと、何も言い返せない。まあ、クシナダも張り切ってるし、やらせてみるか。そろそろスザンヌも準備が終わったみたいだ。試験場から離れてこっちに歩いてくる。
「クーちゃん、思いっきりやっていいわよ」
「うん!スーちゃん、御主人びっくりするかな?」
「ええ、きっとびっくりするわ」
「えへへー、クーちゃん頑張るね」
スザンヌの激励に気を良くしたクシナダが振り向いて笑う。
「ちゃんと見ててね、御主人!」
「おう。思いっきり行ってこい」
もうごちゃごちゃ言ってても仕方ない。危なくなったら結界ぶっ壊してでも止めに入ってやる。
「うん!」
試験場の中央に向かうクシナダの背中を見送り、入れ違いに歩いてくるスザンヌに小声で声をかける。
「……スーちゃん、危なくなったら止めてくれよ」
「……スーちゃん言うな。うん、わかってる。でも大丈夫よ、信じてあげて」
なんでか俺も励まされてしまった。苦笑しながら頷くと、ヴァレリアとシンディに足を踏まれた。試験場の中央に着いたクシナダが声を上げる。
「スーちゃん!始めてもいいよー!」
「うん。クーちゃん、頑張ってね!」
スザンヌが右手を挙げて試験を開始する。試験場の周りを結界が覆い、壁に待機していた自動人形が金属音を上げて動き出す。
ガシャン!
俺の時と同じように、自動人形が壁にかかっている武器を手に取る。あ、今回は槍か!
「クシナダ!近寄られる前に叩いちまえ!」
ゆっくりと向きを変える自動人形。クシナダが俺の声に頷くと、耳の上に生えた2本の角がぼんやりと光った。
「巨人の手!」
クシナダの声が試験場に響き渡る。クシナダが両手を広げて目の前に突き出すと、2本の角の輝きが増して目の前に肘から拳までの大きな2本の腕が浮かび上がった。でかい、拳の大きさが俺の上半身くらいあるぞ!
「ええーい!」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、巨大で武骨な腕が宙を舞う。左腕が素早く自動人形にジャブをかまして動きを止め、振りかぶった右腕が拳を唸らせてストレートを放った。
ごすっ!ずどんっ!
巨大な腕が見事なワン・ツーを繰り出し、自動人形がバラバラになった。飛び散った鎧の破片が結界に突き刺さって浮いている。
「やったー!クーちゃん強い!御主人、やったよー!」
「はは……マジか」
試験場の中央で飛び跳ねてはしゃぐクシナダを、俺は乾いた笑いを浮かべながら見つめるしかなかった。結界が解除され、3人娘がクシナダに駆け寄っていく。
こうして、俺の心に一抹の不安を残しながらも、クシナダは晴れてマンハイムの採用試験に合格した。
「……ユート、御子様って強いね」
俺の足を肉球でぽんぽんしてくるトトに、俺は呆然としながら同意する。マンハイムの暇人どもめ、いくらクシナダのためって言っても限度があるぞ……。
「オーナー、クシナダに試験のことを教えてもいいですか?」
クシナダを冒険者にすることについて納得はしたものの、俺が知る限りクシナダに戦闘経験は無い。いくら変態オーナーでも、俺がいない間にそこまではしていないだろう。だったらクシナダが驚かないように、試験の内容を教えてやらないと。
「いいわよ」
オーナーは案外あっさりと俺の提案を受け入れた。というよりも最初からそのつもりだったのかもしれない。
「別にウチの採用試験は1回しか受けられないワケじゃないのよ。最初に失敗しても、大ケガさえしなければ再受験してもいいの。そのコ自身に受けるつもりがあればね」
それは初耳だ。俺はてっきり一発勝負だと思ってたぞ。オーナーが話を続ける。
「試験の内容を知っていても、受からないコは何回受けても受からないわ。逆に、内容を知らなくても受かるコはあっさり受かる。ウチの冒険者に必要なのは、瞬時の判断と思い切りの良さなのよ。その2つさえしっかりしてれば受かるような試験にしてるの」
そこまで言ってオーナーは苦笑した。俺を見ながら呆れたようにため息をついている。
「アナタはちょっと、規格外すぎるけどね」
「……どういう意味ですか」
「そういう意味よ。今度クシナダちゃんを泣かせたら八つ裂きにしてやるから。あ、もちろんスーとマリアも、それに家族のみんなもよ?」
言いながらオーナーは両手を顔の横に挙げて、わきわきと指先を動かす。それ、八つ裂きじゃないと思うよ?せっかくさっき見直したのになあ。
「……わかりましたよ」
ため息交じりに答えると、オーナーはケラケラと笑いだした。この妖怪め。いつまでもここにいると食われそうだ。俺は軽く頭を下げてオーナーに背を向ける。
「それにしても」
背中越しにオーナーが声をかけてきた。踏み出した足を止めて振り向くと、優しげに俺を見るオーナーと目が合う。
「……何です?」
「今日は思ったより聞き分けがいいわね。もっと文句を言われるかと思ってたわ」
俺だってそのつもりだったよ。思わず苦笑してしまう。
「まあ、そうですね。でも、俺もオーナーの話に乗ることにしましたから」
やり方は気に食わないし、俺をオモチャにしてるのも気に食わない。だけど、この変態の言ってることはクシナダのためだもんな。悔しいけど。
「ほんと、優しいわね」
俺の言葉にオーナーが勝手に納得している。別に優しくないっての。
「そりゃどーも」
適当に返事をしながら、今度こそ執務室を出るために歩き出した。ドアノブに手をかけてドアを開くと、クシナダ達が立っていた。
「……おい」
声をかけると全員が俺から目をそらす。おいこら、聞いてやがったな?
「御主人……」
クシナダが泣きそうな顔で俺を見上げ、3人娘と猫が気まずそうにしている。俺はその場にしゃがみ込んでクシナダと目線を合わせた。
「なんだ?」
「えっとね、ごめんなさい」
「そうだな、盗み聞きはよくないな」
クシナダが首を横に振った。あれ?他に叱るようなことってあったか?
「違うの。クーちゃんね、御主人に内緒で魔法を使ってたのよ」
ああ、そっちか。でも、それはまあ、な。クシナダの頭をくしゃくしゃと撫でる。クシナダは一瞬びくっとしたが、すぐにきょとんとした顔になって俺を見つめてきた。
「……御主人?」
魔法については完全に俺のミスだ。オーナーの話だと、多すぎる魔力は負担にしかならない。俺の勝手な考えで制限するべきじゃなかったんだ。知らないことだからこそ、家族に頼るべきだったんだよ。俺が覚えてからって、そんな小さな考えでやってちゃいけなかったんだ。俺はラフィーアのことも、魔法のこともほとんど何も知らないんだから。
「……怒ってない?」
「怒ってないよ」
「……約束破ったのよ?」
「まあ、それはよくないな」
「……うん。ごめんなさい」
「で、どんな魔法教えてもらったんだ?」
「……え?」
オーナーやみんながクシナダのために魔法を教えてくれたんだよな。クシナダもクシナダなりにそれがわかったから、俺との約束を破ってまで魔法を覚えたんだろう。俺1人除け者にされたのは、まあ、あの変態のせいにしておいてやる。俺はクシナダに笑いかける。
「俺はさ、クシナダに魔法を教えるのも俺だって勝手に思ってたんだよ。でも違うよな。俺より魔法に詳しいやつは、ここにはいっぱいいるもんな。だから、ごめんなクシナダ」
「……でも」
「そんな顔するなよ?お互いさまってやつだ。だからさ……」
「きゃっ」
俺はクシナダを抱いて立ち上がった。クシナダが俺にしがみついてジト目で見上げてくる。
「クシナダの魔法を見せてくれよ。オーナーが言ってたぜ?すぐに試験に合格するって」
「ほんと?」
「ほんとさ……げ」
俺の肩越しにオーナーがクシナダを覗き込んでいる。いつの間に背後に来やがった?
「ほんとよ、クシナダちゃん。自信を持って、ユートちゃんに見せてあげなさいな」
俺の背中につつつと指を走らせながらオーナーが言う。いや、それセクハラだって。なんか冷や汗出てきたぞ、おい!
「御主人、ごめ……」
「ごめんね、は無しな?」
俺がかぶせ気味に言うと、クシナダがくすっと笑った。
「……うん!」
「よーし、じゃあさくっと試験受けようか」
クシナダを下に下してやると、俺を見上げて左手を握ってくる。軽く握り返してやると、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。
「うん!」
俺を引っ張るクシナダに合わせて歩き出す。3人娘をちらっと見ると、なぜか3人とも赤い顔で俺から目をそらした。目が潤んでいるように見えるが、きっと目の錯覚だ。俺が首をかしげると、トトがするするっと肩まで登ってくる。背後からケラケラと笑う妖怪から逃げるように、俺達はマンハイムの1階にある試験場に向かった。
試験官はスザンヌがやってくれるらしい。万が一があったらいけないと、自動人形の確認をしてくれている。ドミニクめ、俺の時はいきなり始めたくせに。
少し時間ができたので、クシナダに軽く試験の内容を教えておく。スザンヌが確認している自動人形が、壁にかかってる武器を持って攻撃してくること。試験に合格するには、自動人形を倒さないといけないこと。でも、やばくなったら結界の外に出れば、試験は失格になるけど助かること。倒すか逃げるかの判断も、オーナーが言ってた瞬時の判断と思い切りの良さってやつなんだろうな。
「危なかったら逃げて来いよ?また受けれるんだからな?」
「うん!」
俺の言葉にクシナダが素直にうなずく。とりあえず試験の内容はこれくらいか。あとは、自動人形を倒す手段。俺の時のことは参考にならないだろうな。俺が敵の武器を奪い取れたのは、俺と自動人形のリーチがほぼ一緒だったからだ。だから攻撃を躱して、少し踏み込んだだけで自動人形の手に蹴りが届いた。クシナダと自動人形じゃリーチが違いすぎるから、近づかれる前に叩くしか方法は無いだろう。
「クシナダ、どんな魔法を教えてもらったんだ?」
クシナダが両手の指を折り曲げながら考えている。うん、そんなに教えてもらったのか?マンハイムの暇人どもめ。
「えっとね、火を出してお湯を沸かしたり、風を吹かせて洗濯物を乾かしたり……」
うん、その魔法は今ちょっといらないかな。俺は苦笑しながらクシナダに聞いてみる。
「そうだなあ、魔法で物を切ったりとか、叩いたりとか。爆発させたりとかっていうのは?」
首をかしげてクシナダが考え始める。少し考えて自分の両手を眺め、何かを思い出したように右手を突き上げた。
「手の魔法!御主人、クーちゃんの手はね、巨人の手なの!」
「……手?」
クシナダが嬉しそうにはしゃいでいる。うーん、よくわからんなあ。その魔法、大丈夫か?他にないの?
疑問符を浮かべていると、ヴァレリアとシンディが教えてくれた。クシナダが言ってる魔法は巨人の手と言うらしい。その名の通り、魔法で巨大な手を作り、自分の思い通りに操ることができるそうだ。それ、俺も使ってみたいなあ。
「御主人、見たい?見たい?」
見たい。すっげー見たい。でも、その魔法で試験に合格できんのか?
「ちょっと待てクシナダ」
張り切っているクシナダを宥めながら、ヴァレリアとシンディに向き直る。
「その魔法ってさ、自動人形に通用するのか?」
「ええ、クーちゃんの巨人の手はね、結構凄いわよ?」
「大丈夫よユート。クーちゃんを信じてあげて」
2人に自信満々に言われてしまうと、何も言い返せない。まあ、クシナダも張り切ってるし、やらせてみるか。そろそろスザンヌも準備が終わったみたいだ。試験場から離れてこっちに歩いてくる。
「クーちゃん、思いっきりやっていいわよ」
「うん!スーちゃん、御主人びっくりするかな?」
「ええ、きっとびっくりするわ」
「えへへー、クーちゃん頑張るね」
スザンヌの激励に気を良くしたクシナダが振り向いて笑う。
「ちゃんと見ててね、御主人!」
「おう。思いっきり行ってこい」
もうごちゃごちゃ言ってても仕方ない。危なくなったら結界ぶっ壊してでも止めに入ってやる。
「うん!」
試験場の中央に向かうクシナダの背中を見送り、入れ違いに歩いてくるスザンヌに小声で声をかける。
「……スーちゃん、危なくなったら止めてくれよ」
「……スーちゃん言うな。うん、わかってる。でも大丈夫よ、信じてあげて」
なんでか俺も励まされてしまった。苦笑しながら頷くと、ヴァレリアとシンディに足を踏まれた。試験場の中央に着いたクシナダが声を上げる。
「スーちゃん!始めてもいいよー!」
「うん。クーちゃん、頑張ってね!」
スザンヌが右手を挙げて試験を開始する。試験場の周りを結界が覆い、壁に待機していた自動人形が金属音を上げて動き出す。
ガシャン!
俺の時と同じように、自動人形が壁にかかっている武器を手に取る。あ、今回は槍か!
「クシナダ!近寄られる前に叩いちまえ!」
ゆっくりと向きを変える自動人形。クシナダが俺の声に頷くと、耳の上に生えた2本の角がぼんやりと光った。
「巨人の手!」
クシナダの声が試験場に響き渡る。クシナダが両手を広げて目の前に突き出すと、2本の角の輝きが増して目の前に肘から拳までの大きな2本の腕が浮かび上がった。でかい、拳の大きさが俺の上半身くらいあるぞ!
「ええーい!」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、巨大で武骨な腕が宙を舞う。左腕が素早く自動人形にジャブをかまして動きを止め、振りかぶった右腕が拳を唸らせてストレートを放った。
ごすっ!ずどんっ!
巨大な腕が見事なワン・ツーを繰り出し、自動人形がバラバラになった。飛び散った鎧の破片が結界に突き刺さって浮いている。
「やったー!クーちゃん強い!御主人、やったよー!」
「はは……マジか」
試験場の中央で飛び跳ねてはしゃぐクシナダを、俺は乾いた笑いを浮かべながら見つめるしかなかった。結界が解除され、3人娘がクシナダに駆け寄っていく。
こうして、俺の心に一抹の不安を残しながらも、クシナダは晴れてマンハイムの採用試験に合格した。
「……ユート、御子様って強いね」
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