55 / 63
四章
国王からの召喚
しおりを挟む
トロイアーノが詫びるように俺を見ている。いや、あんたが詫びることじゃないだろ。俺は手に取った封書を眺めながらもう1つ聞くことにした。この封書は俺宛、あの時テオロス帝国に行った冒険者はもう1人いて、そいつもベルセンじゃ勇者ってことになっているからな。変態のせいで。
「将軍、ドミニク宛には無いんですか?」
「それは……」
トロイアーノが口を開きかけた時、2階から降りてくる足音とともにハスキーボイスが聞こえてくる。
「あらん、これはトロイアーノ将軍。城からの念話だともう少しかかると思ってましたけど、もう到着されたんですね」
言いながらオーナーがくねくねしながら俺達の方へ歩いてくる。出たな妖怪。
「はじめまして、マンハイムのオーナー、タチアナ=ブレナーと申します。大臣連中から話は聞いてますわ、どうぞゆっくりなさってくださいね」
おおう、妖怪が猫を被ってるぞ。将軍も律儀に立ち上がって挨拶なんかしなくていいって。あ、握手まで、やめろ将軍憑りつかれるぞ。うわあ。
「……何よ、ユートちゃん?」
「別に」
「ほんと失礼なコね」
オーナーは割とあっさりトロイアーノから手を離して、肩をすくめた。そして、俺が手に持っている封書に目をやる。
「ユートちゃん、その封書は国王陛下からね?」
「……ええ、そうみたいです」
城から念話があったって言ってたから、オーナーも中身を知ってるのかな?
「あらん?まだ封を切ってないじゃない」
「いや、中身は将軍が教えてくれましたよ?」
王様が呼んでるから一緒に来てほしいって。トロイアーノも俺の言葉に頷いてるしな。オーナーが俺達を見て苦笑した。
「ダメよ。中身を聞いたとしてもちゃんと読みなさい。国王陛下から封書を預かったトロイアーノ将軍の前で、受け取ったアナタがちゃんと確認するの。トロイアーノ将軍も、そこまで任務に含まれているのでしょう?」
オーナーの言葉に、トロイアーノが困ったように頭を掻いている。封書はエイラに戻ってから確認しようと思ってたんだけど、断る理由も無いからここで読んでみるか。でも封蝋のついた封書なんかもらったことないし、どうやって開けるんだ?
「スーちゃん、ちょっといい?」
分からないことはスザンヌに聞こう。カウンターに声をかけると、話を聞いていたスザンヌが返事をした。
「スーちゃん言うな。どうしたの?」
「封蝋の開け方を教えてほしいんだけど」
「ああ、そういうことね。よく見て、隙間があるでしょ?」
封書を右手に持っていろんな角度から眺めてみると、封蝋がされていない部分は糊付けもされてないんだな。俺が頷くと、その隙間にペーパーナイフを差し込んで、てこの原理で封蝋を外せばいいと教えてくれた。なるほどね。ペーパーナイフは持ってないから、次元鞄の中から細い果物ナイフを取り出す。隙間に差し込んで力を入れると、封蝋は簡単に外すことができた。
果物ナイフを次元鞄に直して、封書から手紙を取り出す。おお、何か上等な紙だな。クシナダのノートに使われている紙とは違ってきめが細かい気がする。折りたたまれた手紙を開くと、封蝋と同じ刻印が手紙の一番下に押されていた。俺は無言でそう長くない手紙を読んでいく。手紙というよりは業務連絡のような文面だ。
「……これ、行かないとマズいですよね」
俺がため息をつくと、クシナダが俺を見上げて声を上げた。
「御主人どっか行くの?クーちゃんも行く!」
「待て待て、ちょっと考え中なんだ」
苦笑しながらクシナダの頭を撫でてやる。手紙には俺の名前しか書いていない。でも、クシナダとトトに留守番してもらうのもなあ。
クルムベルクからベルセンに王国軍が来た時は丸3日かかったはずだ。個人単位で動くんならもう少し早く着くだろうけど、まあ2日かかるとしよう。つまり往復4日。後はクルムベルクに滞在する日数がかかるわけだな。何日拘束されるかはわからないけど、短くても1週間かあ。留守番させると絶対怒るな。
ーーーーーーーーーー
親愛なる英雄殿。
此度の戦争における貴殿の活躍を称え、褒賞を授与する。
使者トロイアーノと共にクルムベルクに来られたし。
ユート=スミス殿
ミシェール=フォン=フリードリヒ
ーーーーーーーーーー
凄いな王様。たったこれだけの文面で俺の行動を縛っちゃったよ。「来られたし」って書いてあるけど、その直前の「トロイアーノと共に」ってのが曲者だ。俺が行かないといつまでもトロイアーノはベルセンにいなきゃいけない。時期をあえて明言していないのは、俺がパルジャンス城に行かないとトロイアーノの任務が終わらないよってことだ。トロイアーノに視線を送ると、申し訳なさそうに頷いた。やっぱ行かないとまずいか。
「将軍、いいように使われてますね。多少怒ってもいいと思いますよ」
敗軍の将とは言え、配達人のような扱いはかわいそうだよ。それに俺を連れてくるまで城には戻れないし。
「そんなことはないよ。国王陛下は随分とキミに気を遣っていてね。救国の英雄に失礼なことがあってはいけないと、本当ならもっと早くに褒賞だけでも贈りたいと申されていたんだよ。でも聞くところによると、キミはベルセンに来てから1月ほどしか経っていなかったって言うじゃないか。ラフィーアに来て日の浅い渡人が国を救ったなんて、そんな前例はほとんどないからね」
トロイアーノの横に立っているオーナーも頷く。おい、近づきすぎだって。あーあー、肩に手なんか置いちゃって。妖怪に食われそうになりながらトロイアーノが話を続ける。いや、そんなんいいから逃げたほうがいいよ。
「国王陛下は講和会談を中断して、キミに会いに行こうとまで言っていたんだ。国の恩人を呼びつけるのは失礼だと言ってね。女神の御子殿をはじめ、大臣や私達も国王陛下を説得して思いとどまっていただいたんだが……」
トロイアーノが肩に置かれた妖怪の手を丁寧におろしながら苦笑する。ああ、大人の対応だな。俺だったらひっぱたくもんな。こら、拗ねるな妖怪。
「先ほども話したが、講和条約がまとまって今後のことに目途がついた。両国の国民に対しての体裁も整った。それで、両国の恩人であるキミに褒賞という形で礼をすべきだと。ああ、もちろんドミニク殿も」
「じゃあ、ドミニクにも封書が?」
トロイアーノは首を横に振った。トロイアーノの代わりにオーナーが口を開く。
「ドミニクなら先にクルムベルクへ行かせたわよ。あのコはパルジャンス王国の国民で、マンハイムの冒険者だから、封書はアタシ宛に昨日早馬で届いたのよ。だから昨日のうちにドミニクには出発してもらったわ」
なるほど、それで今朝から姿を見ないわけだ。大角牛の群れが暴れてるってのに、ドミニクが誘われてないのはおかしいと思ったんだよな。
「だったら俺もドミニクと同じように呼びつければよかったのに」
何で扱いを分けるかな。わざわざトロイアーノに封書を渡してまで。
「さっき将軍も言ってたでしょ。国王陛下はアナタに気を遣ってらっしゃるのよ。縁もゆかりも無いユートちゃんが、誰に言われるでもなくその意思で国を救った。国王陛下がアナタを国賓として迎えたいと考えるのも無理はないでしょ」
「いや、俺がテオロス帝国に行ったのは、衛士隊からの依頼じゃないですか」
「おバカ。ケブニル街道でアタシは帰ってきなさいって言ったでしょ。それを無視してテオロス帝国に入って、戦争まで止めたのはユートちゃん、アナタがやったことでしょ」
……まあ、そう言われるとそうなんだけどね。クシナダ、俺を見上げてにやにや笑ってんじゃないの。
「ドミニクはね、クルムベルクにも名が通ってるのよ。他のギルドからの危険な討伐依頼を受けることもあるしね。元々パルジャンス王国へ貢献してる実績があるから。でもアナタは違う。アナタはマンハイムの冒険者になりたてで、しかも渡人。パルジャンス王国との結びつきなんかほとんど無いのよ」
「そんなこと気にしなくていいのに。俺はマンハイムのユートですよ?」
「アナタはそう言うけど、周りはまだそう見てないのよ」
オーナーが苦笑しながら首を振る。いつもは平気な顔して俺をオモチャにするくせに。トロイアーノが横でうんうんと頷く。
「女神の御子殿は、ドミニク殿と同じようにするべきだと言ったのだがな」
「俺は別にそれでいいんですけど」
パルジャンス王国の女神の御子か。ノクサル氏が頭が固いって言ってたけど、どうなんだろ。
「ユートちゃん、見ず知らずの人に助けてもらって、数日後に礼がしたいからって呼びつけるわけにはいかないでしょ」
俺自身はマンハイムに愛着が湧きかけてるんだけどな。でもそうだな、俺はこの国のことをほとんど知らないもんな。活動拠点はベルセンだけど、国内の他の街にはまだ行ったことないもんな。トロイアーノが話を引き継いだ。
「国王陛下が、多少なりとも面識のある私に、使者として向かってもらえないかと申されてな。恥を忍んで頼むとまで申されては断れなかったのだよ」
「腰の低い国王陛下ですね」
そう言えばテオロス帝国の皇帝陛下もそうだったな。俺に頭を下げてたっけ。トロイアーノが頷く。
「それで私がキミ宛の封書を預かってきたというわけだ。どうだろう、来てもらえないか?」
「……わかりました。クシナダとトトも連れて行っていいですか?ちょっと長旅になりそうなので」
「もちろんだとも。引き受けてくれて助かるよ」
「連れてってくれるの!?やったー!」
トロイアーノとクシナダがそれぞれに喜んでいる。なんかうまいこと言いくるめられた気がしなくもないけど、まあいいか。別に断るような話でもないし、女神の御子に会う機会もできたしな。
「将軍、出発は明日でもいいですか?」
「私は構わないよ。でも、そんなに早くて問題は無いのか?」
「俺達は冒険者ですから。2人とも依頼を抱えてるわけじゃないですし、他に予定もありませんよ」
俺達の予定は毎朝掲示板の前で決めてるからな。誰かとメシに行く約束も無いし。クシナダも俺の横でにこにこしてるし。さっさと行って、観光でもして帰ってこよう。
クシナダが城に入れるかはオーナーが後で聞いてくれるらしい。俺が明日出発するという連絡と共に、パルジャンス城へ念話をしてくれるそうだ。
トロイアーノとの話を終えると、昼メシの時間を少し過ぎていた。クシナダとの約束通り、今日は屋台で昼メシだな。俺がトロイアーノを昼メシに誘い、クシナダがスザンヌとシンディを誘う。誘ってないのにオーナーもついてくることになった。屋台で焼肉にする予定だから、出発前に好き嫌いを聞いてみたけど菜食主義者はいなかった。こういうのは先に聞いとかないとな。
大角牛を食べると言うと、ジョエルもついてくることになった。思いがけず大所帯になってしまったが、肉は大量にあるから問題ないだろ。屋台のおっちゃんには迷惑料も含めて多目に代金を支払うことにしよう。
大角牛の肉は綺麗な赤身に、うっすらと脂がのっていた。屋台のおっちゃんが薄切りにして軽く塩と香辛料で焼いてくれたんだけど、しつこくなくて美味しかった。ジョエルは骨が付いたまま塊で焼いてかぶりついていたんだけど、リザードマンはそういう食べ方をするほうが好みらしい。
食事のあとはそれぞれ解散し、俺とクシナダとトトはトロイアーノを連れてベルセンをぶらぶらと歩いた。夕暮れ時になって、瞼が重そうなクシナダをおぶってやると、俺の背中で寝息を立て始めた。トロイアーノを道案内して、午後もはしゃいでたから疲れたんだろうな。
「はははは。なかなか、板についているな」
俺達を眺めてイケメンが笑ったが、次の瞬間には真顔になっていた。
「これは皇女様にご報告せねば」
「何をだよ」
「ユート殿はなかなかに子煩悩であると」
そう言ってトロイアーノは心底面白そうに笑うのだった。
「将軍、ドミニク宛には無いんですか?」
「それは……」
トロイアーノが口を開きかけた時、2階から降りてくる足音とともにハスキーボイスが聞こえてくる。
「あらん、これはトロイアーノ将軍。城からの念話だともう少しかかると思ってましたけど、もう到着されたんですね」
言いながらオーナーがくねくねしながら俺達の方へ歩いてくる。出たな妖怪。
「はじめまして、マンハイムのオーナー、タチアナ=ブレナーと申します。大臣連中から話は聞いてますわ、どうぞゆっくりなさってくださいね」
おおう、妖怪が猫を被ってるぞ。将軍も律儀に立ち上がって挨拶なんかしなくていいって。あ、握手まで、やめろ将軍憑りつかれるぞ。うわあ。
「……何よ、ユートちゃん?」
「別に」
「ほんと失礼なコね」
オーナーは割とあっさりトロイアーノから手を離して、肩をすくめた。そして、俺が手に持っている封書に目をやる。
「ユートちゃん、その封書は国王陛下からね?」
「……ええ、そうみたいです」
城から念話があったって言ってたから、オーナーも中身を知ってるのかな?
「あらん?まだ封を切ってないじゃない」
「いや、中身は将軍が教えてくれましたよ?」
王様が呼んでるから一緒に来てほしいって。トロイアーノも俺の言葉に頷いてるしな。オーナーが俺達を見て苦笑した。
「ダメよ。中身を聞いたとしてもちゃんと読みなさい。国王陛下から封書を預かったトロイアーノ将軍の前で、受け取ったアナタがちゃんと確認するの。トロイアーノ将軍も、そこまで任務に含まれているのでしょう?」
オーナーの言葉に、トロイアーノが困ったように頭を掻いている。封書はエイラに戻ってから確認しようと思ってたんだけど、断る理由も無いからここで読んでみるか。でも封蝋のついた封書なんかもらったことないし、どうやって開けるんだ?
「スーちゃん、ちょっといい?」
分からないことはスザンヌに聞こう。カウンターに声をかけると、話を聞いていたスザンヌが返事をした。
「スーちゃん言うな。どうしたの?」
「封蝋の開け方を教えてほしいんだけど」
「ああ、そういうことね。よく見て、隙間があるでしょ?」
封書を右手に持っていろんな角度から眺めてみると、封蝋がされていない部分は糊付けもされてないんだな。俺が頷くと、その隙間にペーパーナイフを差し込んで、てこの原理で封蝋を外せばいいと教えてくれた。なるほどね。ペーパーナイフは持ってないから、次元鞄の中から細い果物ナイフを取り出す。隙間に差し込んで力を入れると、封蝋は簡単に外すことができた。
果物ナイフを次元鞄に直して、封書から手紙を取り出す。おお、何か上等な紙だな。クシナダのノートに使われている紙とは違ってきめが細かい気がする。折りたたまれた手紙を開くと、封蝋と同じ刻印が手紙の一番下に押されていた。俺は無言でそう長くない手紙を読んでいく。手紙というよりは業務連絡のような文面だ。
「……これ、行かないとマズいですよね」
俺がため息をつくと、クシナダが俺を見上げて声を上げた。
「御主人どっか行くの?クーちゃんも行く!」
「待て待て、ちょっと考え中なんだ」
苦笑しながらクシナダの頭を撫でてやる。手紙には俺の名前しか書いていない。でも、クシナダとトトに留守番してもらうのもなあ。
クルムベルクからベルセンに王国軍が来た時は丸3日かかったはずだ。個人単位で動くんならもう少し早く着くだろうけど、まあ2日かかるとしよう。つまり往復4日。後はクルムベルクに滞在する日数がかかるわけだな。何日拘束されるかはわからないけど、短くても1週間かあ。留守番させると絶対怒るな。
ーーーーーーーーーー
親愛なる英雄殿。
此度の戦争における貴殿の活躍を称え、褒賞を授与する。
使者トロイアーノと共にクルムベルクに来られたし。
ユート=スミス殿
ミシェール=フォン=フリードリヒ
ーーーーーーーーーー
凄いな王様。たったこれだけの文面で俺の行動を縛っちゃったよ。「来られたし」って書いてあるけど、その直前の「トロイアーノと共に」ってのが曲者だ。俺が行かないといつまでもトロイアーノはベルセンにいなきゃいけない。時期をあえて明言していないのは、俺がパルジャンス城に行かないとトロイアーノの任務が終わらないよってことだ。トロイアーノに視線を送ると、申し訳なさそうに頷いた。やっぱ行かないとまずいか。
「将軍、いいように使われてますね。多少怒ってもいいと思いますよ」
敗軍の将とは言え、配達人のような扱いはかわいそうだよ。それに俺を連れてくるまで城には戻れないし。
「そんなことはないよ。国王陛下は随分とキミに気を遣っていてね。救国の英雄に失礼なことがあってはいけないと、本当ならもっと早くに褒賞だけでも贈りたいと申されていたんだよ。でも聞くところによると、キミはベルセンに来てから1月ほどしか経っていなかったって言うじゃないか。ラフィーアに来て日の浅い渡人が国を救ったなんて、そんな前例はほとんどないからね」
トロイアーノの横に立っているオーナーも頷く。おい、近づきすぎだって。あーあー、肩に手なんか置いちゃって。妖怪に食われそうになりながらトロイアーノが話を続ける。いや、そんなんいいから逃げたほうがいいよ。
「国王陛下は講和会談を中断して、キミに会いに行こうとまで言っていたんだ。国の恩人を呼びつけるのは失礼だと言ってね。女神の御子殿をはじめ、大臣や私達も国王陛下を説得して思いとどまっていただいたんだが……」
トロイアーノが肩に置かれた妖怪の手を丁寧におろしながら苦笑する。ああ、大人の対応だな。俺だったらひっぱたくもんな。こら、拗ねるな妖怪。
「先ほども話したが、講和条約がまとまって今後のことに目途がついた。両国の国民に対しての体裁も整った。それで、両国の恩人であるキミに褒賞という形で礼をすべきだと。ああ、もちろんドミニク殿も」
「じゃあ、ドミニクにも封書が?」
トロイアーノは首を横に振った。トロイアーノの代わりにオーナーが口を開く。
「ドミニクなら先にクルムベルクへ行かせたわよ。あのコはパルジャンス王国の国民で、マンハイムの冒険者だから、封書はアタシ宛に昨日早馬で届いたのよ。だから昨日のうちにドミニクには出発してもらったわ」
なるほど、それで今朝から姿を見ないわけだ。大角牛の群れが暴れてるってのに、ドミニクが誘われてないのはおかしいと思ったんだよな。
「だったら俺もドミニクと同じように呼びつければよかったのに」
何で扱いを分けるかな。わざわざトロイアーノに封書を渡してまで。
「さっき将軍も言ってたでしょ。国王陛下はアナタに気を遣ってらっしゃるのよ。縁もゆかりも無いユートちゃんが、誰に言われるでもなくその意思で国を救った。国王陛下がアナタを国賓として迎えたいと考えるのも無理はないでしょ」
「いや、俺がテオロス帝国に行ったのは、衛士隊からの依頼じゃないですか」
「おバカ。ケブニル街道でアタシは帰ってきなさいって言ったでしょ。それを無視してテオロス帝国に入って、戦争まで止めたのはユートちゃん、アナタがやったことでしょ」
……まあ、そう言われるとそうなんだけどね。クシナダ、俺を見上げてにやにや笑ってんじゃないの。
「ドミニクはね、クルムベルクにも名が通ってるのよ。他のギルドからの危険な討伐依頼を受けることもあるしね。元々パルジャンス王国へ貢献してる実績があるから。でもアナタは違う。アナタはマンハイムの冒険者になりたてで、しかも渡人。パルジャンス王国との結びつきなんかほとんど無いのよ」
「そんなこと気にしなくていいのに。俺はマンハイムのユートですよ?」
「アナタはそう言うけど、周りはまだそう見てないのよ」
オーナーが苦笑しながら首を振る。いつもは平気な顔して俺をオモチャにするくせに。トロイアーノが横でうんうんと頷く。
「女神の御子殿は、ドミニク殿と同じようにするべきだと言ったのだがな」
「俺は別にそれでいいんですけど」
パルジャンス王国の女神の御子か。ノクサル氏が頭が固いって言ってたけど、どうなんだろ。
「ユートちゃん、見ず知らずの人に助けてもらって、数日後に礼がしたいからって呼びつけるわけにはいかないでしょ」
俺自身はマンハイムに愛着が湧きかけてるんだけどな。でもそうだな、俺はこの国のことをほとんど知らないもんな。活動拠点はベルセンだけど、国内の他の街にはまだ行ったことないもんな。トロイアーノが話を引き継いだ。
「国王陛下が、多少なりとも面識のある私に、使者として向かってもらえないかと申されてな。恥を忍んで頼むとまで申されては断れなかったのだよ」
「腰の低い国王陛下ですね」
そう言えばテオロス帝国の皇帝陛下もそうだったな。俺に頭を下げてたっけ。トロイアーノが頷く。
「それで私がキミ宛の封書を預かってきたというわけだ。どうだろう、来てもらえないか?」
「……わかりました。クシナダとトトも連れて行っていいですか?ちょっと長旅になりそうなので」
「もちろんだとも。引き受けてくれて助かるよ」
「連れてってくれるの!?やったー!」
トロイアーノとクシナダがそれぞれに喜んでいる。なんかうまいこと言いくるめられた気がしなくもないけど、まあいいか。別に断るような話でもないし、女神の御子に会う機会もできたしな。
「将軍、出発は明日でもいいですか?」
「私は構わないよ。でも、そんなに早くて問題は無いのか?」
「俺達は冒険者ですから。2人とも依頼を抱えてるわけじゃないですし、他に予定もありませんよ」
俺達の予定は毎朝掲示板の前で決めてるからな。誰かとメシに行く約束も無いし。クシナダも俺の横でにこにこしてるし。さっさと行って、観光でもして帰ってこよう。
クシナダが城に入れるかはオーナーが後で聞いてくれるらしい。俺が明日出発するという連絡と共に、パルジャンス城へ念話をしてくれるそうだ。
トロイアーノとの話を終えると、昼メシの時間を少し過ぎていた。クシナダとの約束通り、今日は屋台で昼メシだな。俺がトロイアーノを昼メシに誘い、クシナダがスザンヌとシンディを誘う。誘ってないのにオーナーもついてくることになった。屋台で焼肉にする予定だから、出発前に好き嫌いを聞いてみたけど菜食主義者はいなかった。こういうのは先に聞いとかないとな。
大角牛を食べると言うと、ジョエルもついてくることになった。思いがけず大所帯になってしまったが、肉は大量にあるから問題ないだろ。屋台のおっちゃんには迷惑料も含めて多目に代金を支払うことにしよう。
大角牛の肉は綺麗な赤身に、うっすらと脂がのっていた。屋台のおっちゃんが薄切りにして軽く塩と香辛料で焼いてくれたんだけど、しつこくなくて美味しかった。ジョエルは骨が付いたまま塊で焼いてかぶりついていたんだけど、リザードマンはそういう食べ方をするほうが好みらしい。
食事のあとはそれぞれ解散し、俺とクシナダとトトはトロイアーノを連れてベルセンをぶらぶらと歩いた。夕暮れ時になって、瞼が重そうなクシナダをおぶってやると、俺の背中で寝息を立て始めた。トロイアーノを道案内して、午後もはしゃいでたから疲れたんだろうな。
「はははは。なかなか、板についているな」
俺達を眺めてイケメンが笑ったが、次の瞬間には真顔になっていた。
「これは皇女様にご報告せねば」
「何をだよ」
「ユート殿はなかなかに子煩悩であると」
そう言ってトロイアーノは心底面白そうに笑うのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる