カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

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四章

国王からの召喚

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 トロイアーノが詫びるように俺を見ている。いや、あんたが詫びることじゃないだろ。俺は手に取った封書を眺めながらもう1つ聞くことにした。この封書は俺宛、あの時テオロス帝国に行った冒険者はもう1人いて、そいつもベルセンじゃ勇者ってことになっているからな。変態のせいで。
「将軍、ドミニク宛には無いんですか?」
「それは……」
 トロイアーノが口を開きかけた時、2階から降りてくる足音とともにハスキーボイスが聞こえてくる。
「あらん、これはトロイアーノ将軍。城からの念話だともう少しかかると思ってましたけど、もう到着されたんですね」
 言いながらオーナーがくねくねしながら俺達の方へ歩いてくる。出たな妖怪。
「はじめまして、マンハイムのオーナー、タチアナ=ブレナーと申します。大臣連中から話は聞いてますわ、どうぞゆっくりなさってくださいね」
 おおう、妖怪が猫を被ってるぞ。将軍も律儀に立ち上がって挨拶なんかしなくていいって。あ、握手まで、やめろ将軍憑りつかれるぞ。うわあ。
「……何よ、ユートちゃん?」
「別に」
「ほんと失礼なコね」
 オーナーは割とあっさりトロイアーノから手を離して、肩をすくめた。そして、俺が手に持っている封書に目をやる。
「ユートちゃん、その封書は国王陛下からね?」
「……ええ、そうみたいです」
 城から念話があったって言ってたから、オーナーも中身を知ってるのかな?
「あらん?まだ封を切ってないじゃない」
「いや、中身は将軍が教えてくれましたよ?」
 王様が呼んでるから一緒に来てほしいって。トロイアーノも俺の言葉に頷いてるしな。オーナーが俺達を見て苦笑した。
「ダメよ。中身を聞いたとしてもちゃんと読みなさい。国王陛下から封書を預かったトロイアーノ将軍の前で、受け取ったアナタがちゃんと確認するの。トロイアーノ将軍も、そこまで任務に含まれているのでしょう?」
 オーナーの言葉に、トロイアーノが困ったように頭を掻いている。封書はエイラに戻ってから確認しようと思ってたんだけど、断る理由も無いからここで読んでみるか。でも封蝋のついた封書なんかもらったことないし、どうやって開けるんだ?
「スーちゃん、ちょっといい?」
 分からないことはスザンヌに聞こう。カウンターに声をかけると、話を聞いていたスザンヌが返事をした。
「スーちゃん言うな。どうしたの?」
「封蝋の開け方を教えてほしいんだけど」
「ああ、そういうことね。よく見て、隙間があるでしょ?」
 封書を右手に持っていろんな角度から眺めてみると、封蝋がされていない部分は糊付けもされてないんだな。俺が頷くと、その隙間にペーパーナイフを差し込んで、てこの原理で封蝋を外せばいいと教えてくれた。なるほどね。ペーパーナイフは持ってないから、次元鞄の中から細い果物ナイフを取り出す。隙間に差し込んで力を入れると、封蝋は簡単に外すことができた。
 果物ナイフを次元鞄に直して、封書から手紙を取り出す。おお、何か上等な紙だな。クシナダのノートに使われている紙とは違ってきめが細かい気がする。折りたたまれた手紙を開くと、封蝋と同じ刻印が手紙の一番下に押されていた。俺は無言でそう長くない手紙を読んでいく。手紙というよりは業務連絡のような文面だ。
「……これ、行かないとマズいですよね」
 俺がため息をつくと、クシナダが俺を見上げて声を上げた。
御主人マスターどっか行くの?クーちゃんも行く!」
「待て待て、ちょっと考え中なんだ」
 苦笑しながらクシナダの頭を撫でてやる。手紙には俺の名前しか書いていない。でも、クシナダとトトに留守番してもらうのもなあ。
 クルムベルクからベルセンに王国軍が来た時は丸3日かかったはずだ。個人単位で動くんならもう少し早く着くだろうけど、まあ2日かかるとしよう。つまり往復4日。後はクルムベルクに滞在する日数がかかるわけだな。何日拘束されるかはわからないけど、短くても1週間かあ。留守番させると絶対怒るな。

ーーーーーーーーーー
 親愛なる英雄殿。

 此度の戦争における貴殿の活躍を称え、褒賞を授与する。
 使者トロイアーノと共にクルムベルクに来られたし。

 ユート=スミス殿

 ミシェール=フォン=フリードリヒ
ーーーーーーーーーー

 凄いな王様。たったこれだけの文面で俺の行動を縛っちゃったよ。「来られたし」って書いてあるけど、その直前の「トロイアーノと共に」ってのが曲者だ。俺が行かないといつまでもトロイアーノはベルセンにいなきゃいけない。時期をあえて明言していないのは、俺がパルジャンス城に行かないとトロイアーノの任務が終わらないよってことだ。トロイアーノに視線を送ると、申し訳なさそうに頷いた。やっぱ行かないとまずいか。
「将軍、いいように使われてますね。多少怒ってもいいと思いますよ」
 敗軍の将とは言え、配達人メッセンジャーのような扱いはかわいそうだよ。それに俺を連れてくるまで城には戻れないし。
「そんなことはないよ。国王陛下は随分とキミに気を遣っていてね。救国の英雄に失礼なことがあってはいけないと、本当ならもっと早くに褒賞だけでも贈りたいと申されていたんだよ。でも聞くところによると、キミはベルセンに来てから1月ほどしか経っていなかったって言うじゃないか。ラフィーアに来て日の浅い渡人わたりとが国を救ったなんて、そんな前例はほとんどないからね」
 トロイアーノの横に立っているオーナーも頷く。おい、近づきすぎだって。あーあー、肩に手なんか置いちゃって。妖怪に食われそうになりながらトロイアーノが話を続ける。いや、そんなんいいから逃げたほうがいいよ。
「国王陛下は講和会談を中断して、キミに会いに行こうとまで言っていたんだ。国の恩人を呼びつけるのは失礼だと言ってね。女神の御子殿をはじめ、大臣や私達も国王陛下を説得して思いとどまっていただいたんだが……」
 トロイアーノが肩に置かれた妖怪の手を丁寧におろしながら苦笑する。ああ、大人の対応だな。俺だったらひっぱたくもんな。こら、拗ねるな妖怪。
「先ほども話したが、講和条約がまとまって今後のことに目途がついた。両国の国民に対しての体裁も整った。それで、両国の恩人であるキミに褒賞という形で礼をすべきだと。ああ、もちろんドミニク殿も」
「じゃあ、ドミニクにも封書が?」
 トロイアーノは首を横に振った。トロイアーノの代わりにオーナーが口を開く。
「ドミニクなら先にクルムベルクへ行かせたわよ。あのコはパルジャンス王国の国民で、マンハイムの冒険者だから、封書はアタシ宛に昨日早馬で届いたのよ。だから昨日のうちにドミニクには出発してもらったわ」
 なるほど、それで今朝から姿を見ないわけだ。大角牛オーロックスの群れが暴れてるってのに、ドミニクが誘われてないのはおかしいと思ったんだよな。
「だったら俺もドミニクと同じように呼びつければよかったのに」
 何で扱いを分けるかな。わざわざトロイアーノに封書を渡してまで。
「さっき将軍も言ってたでしょ。国王陛下はアナタに気を遣ってらっしゃるのよ。縁もゆかりも無いユートちゃんが、誰に言われるでもなくその意思で国を救った。国王陛下がアナタを国賓として迎えたいと考えるのも無理はないでしょ」
「いや、俺がテオロス帝国に行ったのは、衛士隊からの依頼クエストじゃないですか」
「おバカ。ケブニル街道でアタシは帰ってきなさいって言ったでしょ。それを無視してテオロス帝国に入って、戦争まで止めたのはユートちゃん、アナタがやったことでしょ」
 ……まあ、そう言われるとそうなんだけどね。クシナダ、俺を見上げてにやにや笑ってんじゃないの。
「ドミニクはね、クルムベルクにも名が通ってるのよ。他のギルドからの危険な討伐依頼クエストを受けることもあるしね。元々パルジャンス王国へ貢献してる実績があるから。でもアナタは違う。アナタはマンハイムの冒険者になりたてで、しかも渡人わたりと。パルジャンス王国との結びつきなんかほとんど無いのよ」
「そんなこと気にしなくていいのに。俺はマンハイムのユートですよ?」
「アナタはそう言うけど、周りはまだそう見てないのよ」
 オーナーが苦笑しながら首を振る。いつもは平気な顔して俺をオモチャにするくせに。トロイアーノが横でうんうんと頷く。
「女神の御子殿は、ドミニク殿と同じようにするべきだと言ったのだがな」
「俺は別にそれでいいんですけど」
 パルジャンス王国の女神の御子か。ノクサル氏が頭が固いって言ってたけど、どうなんだろ。
「ユートちゃん、見ず知らずの人に助けてもらって、数日後に礼がしたいからって呼びつけるわけにはいかないでしょ」
 俺自身はマンハイムに愛着が湧きかけてるんだけどな。でもそうだな、俺はこの国のことをほとんど知らないもんな。活動拠点はベルセンだけど、国内の他の街にはまだ行ったことないもんな。トロイアーノが話を引き継いだ。
「国王陛下が、多少なりとも面識のある私に、使者として向かってもらえないかと申されてな。恥を忍んで頼むとまで申されては断れなかったのだよ」
「腰の低い国王陛下ですね」
 そう言えばテオロス帝国の皇帝陛下もそうだったな。俺に頭を下げてたっけ。トロイアーノが頷く。
「それで私がキミ宛の封書を預かってきたというわけだ。どうだろう、来てもらえないか?」
「……わかりました。クシナダとトトも連れて行っていいですか?ちょっと長旅になりそうなので」
「もちろんだとも。引き受けてくれて助かるよ」
「連れてってくれるの!?やったー!」
 トロイアーノとクシナダがそれぞれに喜んでいる。なんかうまいこと言いくるめられた気がしなくもないけど、まあいいか。別に断るような話でもないし、女神の御子に会う機会もできたしな。
「将軍、出発は明日でもいいですか?」
「私は構わないよ。でも、そんなに早くて問題は無いのか?」
「俺達は冒険者ですから。2人とも依頼クエストを抱えてるわけじゃないですし、他に予定もありませんよ」
 俺達の予定は毎朝掲示板の前で決めてるからな。誰かとメシに行く約束も無いし。クシナダも俺の横でにこにこしてるし。さっさと行って、観光でもして帰ってこよう。
 クシナダが城に入れるかはオーナーが後で聞いてくれるらしい。俺が明日出発するという連絡と共に、パルジャンス城へ念話をしてくれるそうだ。
 トロイアーノとの話を終えると、昼メシの時間を少し過ぎていた。クシナダとの約束通り、今日は屋台で昼メシだな。俺がトロイアーノを昼メシに誘い、クシナダがスザンヌとシンディを誘う。誘ってないのにオーナーもついてくることになった。屋台で焼肉にする予定だから、出発前に好き嫌いを聞いてみたけど菜食主義者ベジタリアンはいなかった。こういうのは先に聞いとかないとな。
 大角牛オーロックスを食べると言うと、ジョエルもついてくることになった。思いがけず大所帯になってしまったが、肉は大量にあるから問題ないだろ。屋台のおっちゃんには迷惑料も含めて多目に代金を支払うことにしよう。
 大角牛オーロックスの肉は綺麗な赤身に、うっすらと脂がのっていた。屋台のおっちゃんが薄切りにして軽く塩と香辛料で焼いてくれたんだけど、しつこくなくて美味しかった。ジョエルは骨が付いたまま塊で焼いてかぶりついていたんだけど、リザードマンはそういう食べ方をするほうが好みらしい。
 食事のあとはそれぞれ解散し、俺とクシナダとトトはトロイアーノを連れてベルセンをぶらぶらと歩いた。夕暮れ時になって、瞼が重そうなクシナダをおぶってやると、俺の背中で寝息を立て始めた。トロイアーノを道案内して、午後もはしゃいでたから疲れたんだろうな。
「はははは。なかなか、板についているな」
 俺達を眺めてイケメンが笑ったが、次の瞬間には真顔になっていた。
「これは皇女様にご報告せねば」
「何をだよ」
「ユート殿はなかなかに子煩悩であると」
 そう言ってトロイアーノは心底面白そうに笑うのだった。
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