カミサマの父子手帳~異世界子育て日記~

青空喫茶

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四章

クシナダの杖

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 眠い目をこすりながらあくびをする。俺は夜明け前の寒さに辟易しながら空を仰いだ。空を覆う分厚い雲の隙間から、弱い朝陽が透けて見える。首都クルムベルクへの出発の朝にしては、景気が悪いにもほどがあるな。
「ねえクーちゃん。ユート君って朝弱いの?」
 スザンヌが俺に聞こえる程度の小声でクシナダに話しかけている。俺とは正反対に、クシナダは日曜朝のお子様のごとく元気いっぱいに頷いた。
「えっとね、御主人マスターは起きてからダンキに時間がかかるんだって」
「ユーちゃん、ダンキって何?」
「ユーちゃんってなんだよ……」
 ほんと朝から元気いっぱいだね、キミ達。こら、2人してにやにやするな。
「ちょっとユートちゃん。しゃきっとなさいな」
 珍しく見送りに来てくれたオーナーに顔を向けると、呆れたようにため息をついている。俺はあくびを噛み殺して返事をした。
「すみませんね、わざわざ見送りなんて」
「今日くらいはね。念のため言っておくけど、くれぐれも国王陛下に失礼の無いようにね」
 オーナーはそう言って苦笑する。心配しなくてもおとなしくしますって。
 トロイアーノが訪ねてきた翌日、俺達はベルセンの西門に集まっていた。ただでさえ寒いラフィーアこの世界の早朝は、あいにくの曇天でいつもより冷え込んでいる。吐く息は白く広がり、吸い込む空気が肺に染み込むと嫌でも目が覚めてくる。
 わざわざ見送りに来てくれたオーナーとスザンヌに礼を言い、俺達は首都クルムベルクへと歩き出す。スザンヌに道を教えてもらったところ、クルムベルクまでは歩いて2日かかるらしい。俺が思っていた通りだ。しかもクルムベルクまでの道沿いには他の街や村が無いらしい。他の街や村に寄ろうとすれば、大きく道を外れてクルムベルクへの到着が遅れるほどだそうだ。少なくとも1回は野宿が確定した。野宿にちょうどいい場所を聞いてみると、ホルスト遺跡という場所を教えてくれた。
 ホルスト遺跡までは早朝に出発すれば、遅くても夕方には到着できる距離で、トロイアーノもベルセンに来る途中そこで野宿をしたと言っていた。
 そういうわけで、俺達は夜明けとともに出発した。ひとまず今日は、ホルスト遺跡に着けば目的達成だ。
 ベルセン東側の街道は土がむき出しだったが、今歩いている西側の街道は敷き詰められた小石で舗装されている。雨が降っても滑らないように、表面が軽石のように加工されていて歩きやすい。さすが国内の街道だな。俺が感心しながら歩いていると、横を歩くトロイアーノが話しかけてきた。
「ケガをしては元も子もない。必要なら休憩してくれて構わないからな」
 俺がクルムベルクに着かないと解放されないってのに、トロイアーノはにこやかに頷いている。ここは素直に好意に甘えておくかな。俺はいつものように、手をつないで歩いているクシナダに声をかけた。
「クシナダ、将軍もこう言ってくれてるから、疲れたら遠慮なく言えよ?」
「うん!ヴィッツさん、ありがとう!」
 クシナダに笑顔を向けられたトロイアーノの目尻が下がる。うん、うちの子可愛いだろ。
「ねえユート。僕には聞いてくれないのかい?」
「お前は俺の肩に乗ってるだけだろ」
 よほど居心地がいいのか、トトは最近俺の肩に座ることが多くなった。左肩よりも右肩の方が座り心地がいいらしい。無理やり下しても、そのうちまた勝手に上ってくるから気にしないことにしている。たいして重くも無いしな。
「トト君、キミがあの人造魔獣だなんて、私にはまだ信じられんよ」
 トロイアーノが頭痛を抑えるように頭を振っている。まあ、テオロス城で俺とドミニクと将軍はを見てるからな。無理もないよな。
「ボクらはボクらだよ。ユートのお陰でね」
「ごめんなトト。俺のせいでこんなちんちくりんになっちまって」
「なんだとう!?」
 トトが肉球で俺の頬をぷにぷにしてくる。俺はトトを無視してトロイアーノに目を向けた。
「あの時テオロス城にいた人造魔獣は、全員が俺の魔力の影響でトトと同じ姿になってます。トト以外の21人はクロノリヤで騒がしく暮らしてると思いますよ」
 あれから連絡をとってないからわからないけど、きっとノクサル氏がうまくやってくれているだろう。チコやアムルス達も面倒見がいいから、きっと大丈夫だ。こいつらはとは違う。俺達と同じ言葉を使い、俺達と同じように生活できるんだから。
「……そうか」
 トロイアーノが難しい顔で頷き、俺の肩の上に座っているトトを見つめた。そして、歩いたまま軽く頭を下げる。
「トト君、何かあれば遠慮なく言ってくれ。テオロス帝国は、キミ達に大きな借りがある」
「……借り?」
 トトが不思議そうに首をかしげて考え込む。トロイアーノが顔を上げて続けた。
「盗賊ギルドに人造魔獣の開発を依頼したのは、我が国の将軍であるアモローソという男だったことが確定した。キミ達をその姿にしたのは、我が国なのだ」
 そう言って、トロイアーノが足を止めた。俺とクシナダも足を止めてトロイアーノに向き直る。アモローソっていうと、テオロス城内で俺達を襲撃してきたアイツだよな。俺とドミニクで人造魔獣を片付けている間に、トロイアーノがケジメをつけた……。
「証拠でも見つかったんですか?」
 裏切者とはいえ、まさか死人に押し付けるようなことはしないだろう。トロイアーノが頭を下げようとしたので、俺は慌ててトロイアーノの両肩を抑えた。以前見たように、トロイアーノが苦い顔をしている。
「数日前に本国から連絡があった。人造魔獣に関係していた盗賊ギルドの人員を捕縛したと。尋問した結果、アモローソからの依頼だということが判明した。ヤツは偽名を使っていたようだが、主犯格の男にアモローソの亡骸を見せたところ、依頼主がアモローソだと確定した」
「……そうですか」
 クレイシャンの企みに同調し、アモローソが人造魔獣開発の下準備をしたわけか。で、人造魔獣の最終調整をクレイシャンが実行したと。俺達が城に突入したから、あの6頭だけが犠牲になったんだな。
「どうしたんだい?ユートも将軍も。そんな顔しないでおくれよ」
 トトが場違いなほど明るい声で、トロイアーノの頭をぽんぽんしはじめた。ああ、あれやられると情けなくなるんだよ。トロイアーノの顔が間の抜けた表情に変わる。
「いや、しかし……」
「いいじゃないの。そのお陰でボクは今こうしてられるんだよ。ボクの仲間もクロノリヤで楽しくやってるはずさ」
「……トト君」
「将軍、トト本人がこう言ってるんです。それに盗賊ギルドの連中は捕縛したんでしょ?クレイシャンもアモローソももういない。将軍が頭を下げる必要は無いですよ」
 記憶があるとは言え、トロイアーノはクレイシャンに操られてただけなんだし。それにもう戦争は終わったんだしな。
「そうそう。この話はもうこれっきり。これからは言いっこ無しだよ?」
 トトが笑いかけると、トロイアーノが真剣な顔で頷いた。
「……すまん、トト君。感謝する」
 トロイアーノの言葉を聞いて、トトが俺を見て嬉しそうににやついている。
「ユート、大変だよ。将軍様に感謝された猫って史上初じゃないかい?」
「……やかましいわ」
 俺が苦笑を漏らすと、トロイアーノが呆気にとられたような顔をして、そして大声で笑いだした。うん、まあ理由はどうあれ笑ってた方がいいよ。
 このやり取りのあと、トロイアーノとトトはすっかり打ち解けたようだ。その証拠に俺の肩からトロイアーノの肩にトトが乗り移っている。器用な奴だ。
 途中昼休憩を挟みながらホルスト遺跡を目指して歩き続ける。初めて通る道だが、途中で獣に遭遇するようなことも無かった。街道の脇には林が広がり、時折実をつけた木も生えていた。人が管理している様子も無いので、遠慮なくもぎっていくことにする。魔力探知で調べると、生では食えないが煮てアクを取れば食用にできるみたいだ。今日の晩メシは木の実とキノコモドキと大角牛オーロックスで煮込み料理にでもするかな。
 俺が木の実をもぎっているのを見て、クシナダも何か見つけたいと言い出した。ある程度の道草は許容範囲だから、クシナダの好きにさせてみる。魔力探知を広げてクシナダが見つけたのは、俺が見つけた木の実とは違う、生で食える大きな木の実だった。調べてみると無毒で甘く、傷むのが早いからなかなか市場に出回らないとのこと。おお、デザートにちょうどいいな。
「クシナダ、大発見だな」
「えへへー、クーちゃん凄い!」
 食用の木の実を見つけてクシナダがはしゃぐ。あんまり嬉しそうだからクシナダのリュックに木の実を入れようとしたんだけど、傷むのが早いらしいからな。クシナダに了解をもらって俺の次元鞄で保管することにして、再び俺達はホルスト遺跡へと歩き出した。
 見通しのいい街道をしばらく歩いていると、いつの間にか辺りが暗くなり始めていた。曇天のせいで夕日が見えなかったんだな。もう日が暮れ始めてるのか。
 完全に暗くなる前に、俺はいつもの枝を取り出して松明トーチを発動した。俺の魔法を見てクシナダがぽかんと口を開けている。
「簡単だぞ。やってみるか?」
 クシナダがにこっと笑って頷いた。そう言えば、俺がクシナダに魔法を教えるのなんて初めてだな。俺は枝の先の松明トーチを解除して、枝をクシナダに渡した。クシナダが両手で枝を受け取って、嬉しそうにいろんな角度から眺めている。
「……杖か。クシナダ、クルムベルクに着いたらちゃんとした杖を買ってやるよ」
 クシナダも冒険者だもんな。クシナダは魔法で戦う方が向いてるから、杖があった方がいいよな。
「ん~ん!クーちゃんこれがいい!御主人マスターの杖!」
 クシナダが右手に持った枝を振り回してはしゃぐ。いや、うん、それはただの拾った枝だぞ。
「クシナダ、その枝は俺がガレムの森で拾ったただの枝だぞ?」
 何故か愛着が湧いてそのまま持ってるけど。……あれ?なんか枝が光ってる?
御主人マスター、枝じゃないよ!杖だよ!」

 ぱあっ……!

 クシナダが言い終わると同時に、枝が一瞬眩しく光った。そして光が収まった時、クシナダの右手に握られていた枝は見事な杖に姿を変えていた。さっきまで何の変哲もない短い小枝だったのに、今は何故かクシナダの背丈ほどの長さの立派な杖になっている。太さも小指ほどの太さだったのに、クシナダの手首くらいの太さになっていた。
「……クシナダ、それ、どうやったんだ?」
「クーちゃんじゃないよ」
 俺の問いかけにクシナダが笑顔で首を振る。右手に握った杖の先を地面につけて、嬉しそうに胸を張っている。
「この杖はね、御主人マスターの魔力でになったのよ」
「……どういうこと?」
 俺は訳が分からず、クシナダとクシナダが握る杖を呆然と眺めていた。
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