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第二話

【本日の御予約】  小坪巴   様 序

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 あたしにとって初めてのお客さんである小坪巴こつぼともえさんから予約の電話がかかってきたのは、四月の第三週目。『うらおもて』でアルバイトを始めて、ちょうど十日目のことだった。

 いきなり言い訳がましくなってしまうけれど、この日は初めて予約の電話を取った日だったから、ひどくたどたどしい、それでいて無愛想な対応になってしまったように思う。
 ……普段のあたしに愛想があるかは、別の話として。

「ええ、はい。たぶん大丈夫だと思うんですが…………えっと、その、一応確認してきますので、少々お待ちいただけますか」

 すっかすかの予約台帳を穴が開くくらいにらみ、希望の予約日が空白になっているのを確認する。
 ……それでも不安で、あたしは浦面さんに確認を取ることにした。
 なあたしは、決定という行為が大の苦手なのだ。

「うら――摩子さん、ちょっといいですか」

 摩子って呼んでよ、店の名前と被ってややこしいからさ。
 と。アルバイト初日に言われた言葉を思い出す。

「おやおや、摩子さんをお呼びかな?」

 愉快な笑顔を引っ付けて現れた黒髪の和服美人――民宿『うらおもて』の主人である浦面摩子うらおもてまこさんに、あたしはどう反応すればいいのか困る。

「ふふっ、相変わらずみちるちゃんはね。それで、どうしたのかな?」
「あ、えっと。いま小坪さんって方から予約の電話がかかってきてて――その、GWゴールデンウィークを全日……だからえっと、五日間連泊したいってことなんですが、この予約って受けても大丈夫ですか?」
「あー、もうそんな時期なんだね」
「……?」

 思っていたものとは違う反応に、あたしは戸惑う。
 そんなあたしを傍目に摩子さんは保留にしていた受話器を取った。

「あ、もしもし巴かい? 私だけど、あんた今年も来るの?
 出版社がうるさいって……また痛い目に遭っても知らないよ? ……はいはい、わかったわかった。じゃあくれぐれも気を付けておいでよ。うん、じゃあね」

 お客さんというより知り合い……いや、友人だろうか? あたしや凛介に向けられるモノとは種類の違う砕けた口調が、そう思わせる。と、結局そのまま電話は終わり、摩子さんが予約台帳を埋めてしまった。

「すみません、摩子さんに頼っちゃって……」
「うん? ああ、予約のこと? べつに気にする必要はないさ。初めのうちは誰にだってミスや不安が付き物だからね。これからゆっくり慣れていけばいいよ」
「で、でも……」
 
 優しい言葉を掛けてくれた摩子さんに、しかしあたしは言い淀む。
 現状、ほとんど鳴らない電話の前に座っているだけでお金が貰えている。もちろん電話番以外にも少しずつ仕事を任されているけれど、だとしても申し訳なさや後ろめたさが先立ってしまうのだ。

 ましてや、あたしはからっぽだから――。
 せめて迷惑だけは掛けたくない。そう思うのに……。
 そんなあたしの心を読んだ……訳じゃないと思うけれど、摩子さんはあたしの顔を見て、やっぱり笑った。

「からっぽって事はさ、視点を変えればってことでもあるよ。
 みちるちゃんは頑張ってほしいことを当たり前のように頑張ってくれる。頼んだことを頼んだ通りにこなしてくれる。それは決して難しいことじゃないけど――かといって誰にでもできることじゃないんだよ。
 だから私はとても助けられてるよ。ちゃんと、ね」

 そんな事を言われて――あたしは何も言えなくなった。
 なんて。そういう風に考えたこと、一度もなかったから。

「大体、ミスや不安を無くすには数をこなして慣れるしかないからね。そのへんに関しては練習する機会を用意できていないに責任があると言えなくもない。
 正直、こんなに暇な日が続くとは私も予想外だったよ。去年はもう少しお客さんが入ったはずなんだけど……、まあ仕方ないね」

 少々投げやりに結んで、摩子さんは予約台帳を閉じる。

「べつに暇なら暇で良いんだけどね。どうせこの店は趣味と義務でやっているようなモノだから」
「は――はあ」

 中途半端に相槌を打つ。
 趣味と義務。正反対の言葉が並んでいる気がするけれど、あたしには上手い返しが思い浮かばなかった。

「でも、そうだね。練習という意味で見るなら、巴はうってつけの練習台になると思うよ。、ね」
「……練習台?」

 訊き返すと、もはやお約束みたいに摩子さんはと笑った。

「多少の無礼があっても構わないって意味だよ」
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