ただΩというだけで。

さほり

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ブラックキャップ

17.

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「律くーん、お迎えですよーー 」

  17時37分。若い保育士の明るい声が響いた。
  エレベーターを6階で降り、廊下を左側に進んだところにある水色のドアが、託児所「ライトハウス」の入り口だ。

  月極めの契約者である津田は、灯台の絵の描いてあるカードをかざしてドアを開け、そこにいた顔見知りの保育士にあいさつした。
  1歳になったばかりの律を初めて預けて以来、津田はお迎えの時間に一度も遅れたことがない。律が丈夫で比較的手のかからない子どもだということも含め、自分たちはよい顧客だろうと認識していた。

「あーい!」

  少し待つと、上機嫌の律が危なっかしい足どりでとてとてと走ってきた。オレンジ色の柔らかい絨毯は転んでもけがをしないよう配慮されているが、保育士がいつでも律を支えられるように中腰でついてくる姿に、津田は微笑んだ。

  子どもの脱走防止用ゲートの上から腕を伸ばして抱き上げると、律はきゃっきゃっと笑いながらしがみついてきた。柔らかい頬からは、おやつに食べたのか、ほんのり甘いビスケットのにおいがする。

「律くん、今日もとってもいい子でしたよ」

  いつも通りの会話を保育士とかわす。礼を言い、小さなバッグを受け取り、律に靴を履かせると、津田は小さな身体を再び抱き上げて託児所を後にした。

  時間が遅くなると、比例して電車が混雑する。
  規定された退社時間が17時台の会社は多くあれど、定時で帰途に就く人は少ない。18時前の電車に乗れれば、小さな魔王に窮屈な思いをさせずに最寄り駅まで帰りつける。
  17時52分発の快速急行が、津田が目指すいつもの電車だ。

  転職にあたり引っ越しをした津田の最大の誤算が、地元保育園の空きがなかったことだった。
 子育て支援を謳い、中学生まで医療費無料などの政策を打ち出している自治体だから油断していたのだが、津田は引っ越し前に予め調べておかなかった自分の甘さを悔いた。


    

    
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