ただΩというだけで。

さほり

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松の内

15.

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  乾に出会った時、彼は「いわゆるα」の上司でしかなくて。そもそも自分が、佐伯以外の誰かを好きになることなんて、ないと思っていた。
  両親にも必要とされなかった自分を初めて愛してくれたのが佐伯だった。彼を失った時、恋愛感情なんてものも、一緒に死んでしまったと思っていたのに。

  佐伯を想う気持ちは、おそらく一生消えることがないだろう。でも彼がもうこの世にいない以上、愛しい気持ちは一方通行で。佐伯に想いを残したまま、乾を好きになることも許されるのだろうか。
「佐伯よりも」好きになったわけではないのだけれど。以上、でも、以下、でもない。全く違う人を、好きになってしまったのだ。

  佐伯はせっかちなところがあって、何かにつけて先に進みたがるタイプだった。凛花を遊園地に連れて行けば、休む間も惜しんで次々にアトラクションに乗り、帰る頃には3人ともへとへとに疲れた。

  だから乾と水族館に行った時、津田はゆっくりと流れる時間に驚いたのだ。
  律が巨大水槽のサメに釘付けになったときも、津田がクラゲのふわふわした動きに目を奪われた時も、乾は急かすことなくずっと隣にいてくれた。

  佐伯ならきっと、すべての展示をもらさず見て回るために、館内を早足で進んだだろう。新しいことが知りたくて、知ることが楽しくて、いつも目を輝かせていた。そういうところが、好きだった。だからそれを嫌だと思ったことなんかなかった。

  でも、乾のゆったりした時間の使い方も、とても居心地がよかった。クラゲが好きなら、閉館までずっと見ていたっていいんですよ。乾なら、そう言ってくれるだろう。

  好きという気持ちは二者択一ではなく、同時に存在してもいいのだろうか。ずっとそのことを、ぼんやりと考えていたけれど。

「あいつのこと、怒んないでやって」

  ぽつりと口をついて出た自らの言葉に、津田は苦笑した。
  よりによって、そこか。
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