ただΩというだけで。

さほり

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決断

25.

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  津田の目がゆっくりと見開かれるのを、乾はすぐ隣で見ていた。そして、自分のことではないのに、彼の感情の波が伝染したかのように鳥肌が立った。

  幸せに生きてほしい。
  自分が両親にそう願われていることを、彼は全く感じられずに生きてきたのだろうか。

  βの両親にとって、Ωの三男が生まれることは想定外だったに違いない。生まれたばかりの我が子の第二の性に戸惑いながらも、一番強い想いを名前に込めた。
  彼らの本当の気持ちは本人たちに聞かなければ分からないが、Ωとして生まれた息子の幸せを願いもせずつけた名前であるはずがない。

「『恋のメキシカン・ロック』かと思ってました…… 」

  渦巻く感情に眉根を寄せてうつむいた津田が、震える声でそう呟いた。乾は意味がわからずポカンとしたが、佐伯は声を上げて笑い出した。

「君のそんな軽口を、二度と聞けないかと思っていたよ!」

  盛大に笑いながらそう言われ、不器用にはにかみながら津田が顔を上げる。
  ひとしきり笑った佐伯の目が潤んでいたのは、表情筋に涙腺が圧迫された生体反応だったのだろうか。
「嬉しいね」
  と呟いた佐伯は、ポケットからハンカチを取り出して目頭を押さえた。

  津田がソファに置いた手を表に返し、乾の手をゆるく握り返した時、背中でカチャ、と音がした。
  振り返って見ると、開いたドアの向こうに律とゆり子が立っている。

「笑い声が聞こえたら、なにか楽しいことになっているのかと気になっちゃうじゃないの」

  穏やかに微笑みながらそう言ったゆり子は、言外で「もう大切な話は済んだのか」と尋ねている。
  顔を上げた佐伯が律に「おいで」と言うと、律は曾祖父ではなく津田に駆け寄った。

  小さな魔王に見られる前に、そっと手を離す。いたずらの共犯者のようにニヤリと笑った津田の珍しい表情に、一抹の寂しさは吹き飛んだ。

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