ただΩというだけで。

さほり

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新生活

21.

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「助かるよ、ありがとう…… 」

  嶋本の返事には、少し間があった。
  もっと溌剌としたリアクションがあるかと思っていた津田は少し拍子抜けしたが、鏡越しに向けられた物憂げな視線で合点がいった。

  凛花だ。
  嶋本は津田にΩの娘がいることを知っている。小学生の時、何度か連れてきたこともある。生きていれば15歳の凛花に、特効薬が必要ないはずがない。
  娘の話を全くしなくなった津田に、嶋本はとっくに何かを察していたのだろう。
「凛花ちゃん、元気?」
  いつの間にか、そう聞かれなくなった。
  それでも、「凛花はもういない」と彼が確信したのは、たった今だったに違いない。

「目、閉じてて」

  鼻まで伸びた津田の前髪を二本指に挟んだ嶋本に言われ、まぶたを下ろした。前髪にハサミが入る短い音の合間に、彼が鼻をすする音が聞こえる。

「今度さ、俺のつがい…… 連れてくるよ。紹介する」
「うん」
「あと、来月から俺、正社員になれることになって」
「ホントに?おめでとう」
「だからってわけじゃねぇけど、今日から、普通に代金払うから…… もう、大丈夫だから」

  柔らかいブラシで目の辺りを払われ、津田がゆっくりまぶたを開けると、後ろに立つ嶋本の目は赤く潤んでいた。

「正社員なんて、佐伯さんすごいじゃん。なんか嬉しくてウルウルしちゃった!」

  津田は佐伯と呼ばれる罪悪感にチリチリした痛みを感じながら、彼の嘘に気づかないふりをして微笑んだ。

  今はまだ、落ち着いて話ができる心の準備ができていない。特に、生きていた頃の凛花を知っている人に、彼女の不幸を伝えるのはつらい。
  でもきっと近いうちに、嶋本には凛花や律のことをちゃんと話そう。気にかけてくれていた友人に、これからはもっとちゃんと話をしよう。
  そう、津田は思った。
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