ただΩというだけで。

さほり

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春の足音

2.

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「横になってると、なんだか大きく見えますね」

  仰向けで眠る律に布団を掛けながら乾が言うと、津田は平穏な寝顔に目を細めた。

「来月で2歳だからな」
「もうすぐですね、お祝いしないと」

  顔を上げた津田の、流れた目線を追う。そこには折りたたみ式の簡素な台があり、写真立てが二つ置かれていた。佐伯家の仏壇で見たのと同じ写真だ。一つは佐伯駿介、もう一つは凛花。おそらく遺影を焼き増ししたものだろう。

  娘の写真に向けた津田の視線で、乾は「その日」のもう一つの意味に気づいた。律の誕生日。それは、凛花の命日でもあるのだ。
  その思考を察したのか、津田は布団を回り込み、乾の隣に腰を下ろして呟いた。

「凛花の命日はさ、律の誕生日の次の日だってことにしてるんだ。ホントは同じ日なんだけど、そんなの別に、書類確認しなきゃわかんねぇことだし。同じ日じゃさ…… あんまりだから」
「そうですね。いいと思います」

  律が成長し、自分の出生の事情を知ったとき、母親が自分と引き換えに命を落としたという事実に傷つくことは避けられない。それでも、彼女の命日が一日ずれているだけで、毎年来る誕生日に律が苛まれる罪悪感は薄れるだろう。祝う日と悼む日は、別の方がいい。誕生日を迎えることに、律が後ろめたさを感じる必要はないのだから。

「今年はちゃんと、お祝いしてやんなきゃな」

  昨年、まだ自分と出会う前、津田はどんな気持ちでその日を迎えたのだろう。乾はそっと彼の横顔を覗き見た。
  津田は微笑を浮かべて律の寝顔を見ている。少し寂しげにも見えるその横顔には、一言では言い表せない複雑な感情が滲んでいた。

「写真は、今日持って帰りましょうね。こうやって並べて部屋に置いたら、律君ももっと落ち着いて寝られるかもしれませんし」
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