陰口を言う人の陰口を言いたい

月澄狸

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できるヤツとできないヤツは死んでも分かり合えん by できないヤツ

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 陰口を言うなんて、意見を本人に直接言えない臆病者か、表だけ仲良しこよしのフリを保ちたい卑怯者のやることだから、陰口なんて言いたくなかった。裏表あるヤツに成り下がりたくなかった。

「この人は裏表なさそうだな」あるいは「裏があるけど気持ちが分かる気がする」人のことだけ好きになりたいし、自分もそういう人でありたかった。けど無理だ。もうダメだ。自分の立場も忘れて飛びかかってしまいそうだ。

 職場のあの陰湿野郎め。「女のイジメは陰湿」とよく言われるが、その差別臭い説を採用するならアイツはまるで女だ。思ったことを直接こちらに言わず、聞こえよがしに他の人に「こうしてほしいのにしてくれない」などと告げ口する。何なの。人の陰口ばかり言うわ、そうでない発言も遠回しな嫌がらせみたいだわ、何を言っていても「なんだ、嫌みか?」と感じる。こちらが理解していないと思っているのか、遠回しに気づかせたいのか、こちらの誤解なのか。
 いずれにせよ側にいるだけで不愉快だ。あの女々しい陰湿陰口野郎が。しかも最近仕事で一緒になりがちなのでイライラする。


 いや、一旦落ち着こう。
 冷静に考えるならば、私の怒りはまったくもって正当化できない。なぜなら私は職場でいちにを争うほど仕事できないヤツであり、彼は非常に真面目で優秀なベテランだからである。
 仕事熱心な彼の怒りは大抵正当であり、しかしそれを他の人にぶつけても、彼ほど真面目ではない他の人は彼を逆恨みするだけだと思われる。現に私が今逆恨みしている。仕事への温度差が埋まらないのだ。

 で、彼がよく陰口を言っている相手……女先輩も、たしかにおかしい。
 この間女先輩が私に「ちょっと。ここちゃんとできていないんだけど」と仕事のことで指摘してきた。それとまったく同じミスを、今度はその女先輩がした。で、彼がそこを指摘したら開き直り、逆ギレしたらしい。

 彼からしてみれば、どいつもこいつも不真面目で感情的で意味不明で、ちゃんと仕事をしてほしいだけなのに話を聞かないわ同じミスを繰り返すわ反抗するわで、四六時中イライラしているのだろう。
 で、それを本人らに言えば大喧嘩してしまいそうなのではないか。だから私のミスも直接指摘せず、遠回しにチクったりしてストレス発散して終わらせているのではないか。言っても無駄だと、解決を諦めているのかもしれない。私の情緒不安定説が職場で出回っている節もあるし。

 しかし先輩ならば叱り方……いや、注意が上手であってほしい。昭和人情風なら「コラァ! 何度言ったら分かるんだ! これはこうだって言ってるだろ!」と叱り飛ばし、あとで飲みに誘ってちょっとフォローするとか?
 令和風なら普通に「これ、こうしておかないと、あとでこうなるからね」と丁寧に根気強く説明してほしい。そりゃ忙しいとは思うけど、忙しいわりにはご大層に陰口言い続ける暇はあるんだから、その労力を円滑なコミュニケーションの勉強に使った方がいいと思う。


 まぁ人が嫌いなんだろう。後輩への愛がない。いくら仕事ができて熱心で優秀でも、言い方や態度が悪い。時にはこちらが一度も聞いたことがない話を「ちゃんと◯◯しない人がいる」などと言ってくることがあるし。
 順番が違うだろう。まず「これはこうするものだからね」と根気強く「説明」して、みんなに認知されるほど浸透させておかないと。その努力もせずに「みんな◯◯しない」なんて、そもそも「◯◯してね」なんて聞いたことありませんけど?

 私の場合、「仕事が遅い」と指摘されがちなので、飛ばせそうな部分は飛ばすこともある。すると今度は「ここをちゃんとやっていない」だと。そりゃ、仕事が遅くて雑な私が悪いのだけれど、「遅い」「早く」「丁寧に」「ちゃんとしろ」だなんて。どっちだよ。グチグチ言われたってできるようになるもんじゃない。


 新人さんが彼に注意されて「だって……」と言い訳めいたことを言い、それに彼が苛ついているのを見たこともある。
 彼女にとっては初耳だったのだ。初耳のことで叱られれば、そりゃ反抗したくもなる。新人じゃ分からないこともいっぱいあるのに、「こんなことも分からないのか」的な、彼のあの態度。非常にむかつく。辞めさせたいんだろうか。

 なので私は新人さんに「覚えることいっぱいで分かりにくいですよねぇ」と共感するようにしている。いや、寄り添っているというよりマジで私が新人レベルのまま成長していないだけだけど。「これくらい分かるだろ」なんて言われたら泣きたくなるから。
 キツいことばかり言う人って、マジで「できない」人の気持ちが分からない、注意の仕方が下手で、注意下手な自分のせいで自分が疲労していることを人のせいにして文句言うし、最悪だ。


「先輩によって言うこと違うよね?」という事実も、話すと何人かに共感してもらえた気がする。ある程度一人で仕事できるようになってからは、自分のスタイルで仕事できる自由度が増えるけど、それまでの間は「こうだ」「いや違う、こうでしょ」などと、左右から違うことを教えられる。しかも言い方がキツい人もいる。これも新人さんの混乱の元だと思われる。

 そういや最近、あの新人さん見かけないが、あの先輩どもに恐れをなして辞めたんじゃなかろうか。人手不足だってのに追い詰めて追い払って、人材とやらに求める理想が高すぎない?
 できないヤツを追い返して、普通にできるヤツが来るのを待っているのかもしれないが、最初から気が利く「できる人」なんてそう多くないんじゃなかろうか。
 せっかくの「できる人」もなぜか辞めていくし。気が利かない人でも束になれば仕事できるのだから、丁寧に育ててあげた方が良いだろうに、追い込むなんてどういうつもりなんだろう。


 それとも全部、私の捉え方がトンチンカンで、私ほど彼を嫌っている人は他にいないんだろうか。
 彼より私の方が5倍みんなから嫌われている可能性も大いにある。仕事できる人が辞めていったのも、私の足手まとい具合に疲れ果てたからかもしれない。普段一緒に仕事しない人が辞めるのには私は関係ないだろうが、私に近い人が辞めているときはあり得る。

 ああ、誰が誰を嫌っているかとか、職場の嫌われ者ランキングとか、もしも見れるならば、恐ろしいけど、見て把握して対策したい気がする。

 もし私が嫌われ者だと分かれば、今よりもっと低姿勢で身を縮めて、息を潜めて生き抜くのだ。逆らおうだの意見しようだなんてとんでもない。平身低頭、耐え抜くべき。

 逆に「仕事できるけど性格悪い」人の方が嫌われていたら、「ほら見ろ、やっぱりだ」と笑ってやりたい。ちょっとガツンと意見しても良いかもしれない。

 なんて。無理だ。
 悔しいけれど仕事上、私は助けられ、ギリギリ許され、養われているような身なのだ。先輩の人間性に意見しようなど、お門違いも甚だしい。

 機会を待つのだ。もっともっと私が仕事できるヤツになり、ベテランになるまで。発言権が上がり、魔王を倒せるレベルになるまで。そう、これはRPGだ。
 っつってもレベルがまったく上がらないのだが。仕事のタイムが新人レベルのまま、一年前からほぼ変わっていない。典型的な「仕事できないヤツ」だろう。


 大人なんて全然オトナじゃなかった。見損なったわ。なんて言える立場でもなく、怒りをぶちまける資格もない私。しかしこのままだと、先輩に殴りかかってしまいそうだ。
 人間関係をぶっ壊したりしたら、前職の二の舞なのである。仕事できるヤツが四面楚歌になったって仕事はできるだろうが、仕事できないヤツは、表向きの平和な主従関係を崩壊させたら社会的に死ぬ。誰にも質問できない、誰にも手伝ってもらえない、地獄の毎日の始まりだ。

 同じ轍を踏むな。演じるんだ。鈍くて陰口になど気づかない、仕事ができないアホだが真面目っぽくて穏やかで「上司も先輩も後輩もみんな大好きです!」みたいな感じの後輩を。
 で、分からないことがあったらビビらず、苦手な人にでも質問するんだ。質問し続けられる流れと環境を整えておけ。私はできない後輩です、皆様教えてくださいと。


 で、鈍くて不器用なアホキャラのまま真面目にやろうとする上で、溜まりまくるストレスはどうするか。誰かにぶつけたら一巻の終わりだ。
 身近な人に悩みを相談したって、「そりゃアンタが悪いね」と言われるような私だ。堪え忍ぶしかない。

 耐えているうちにも入らないかもしれない、こんな生ぬるい社会不適合者の悩みなんて。しかし短気な私、今にも怒鳴ってしまいそうだ。


 なので。陰口を言う。


 そう、陰口だ。
 弱い我々は、陰口でストレス発散し、現状維持するほかないのである。現実を変える力がないから。

 陰口でストレス発散。陰口で、世界は表向き平和。実際は腹のさぐり合いがあったり、「実は信頼していた人に嫌われ陰口を叩かれていた」なんてビックリ結末があるとしても。

 しょうがない。陰口を言うのだ。
 で、誰にも見られていないところでワンワン泣く。そしてまた明日から、とぼけたアホを演じよう。


 ほら、「『陰口』って漢字、なんかエロいな」と軽口叩ける程度には回復してきた。またすぐ憂鬱になるとしても。陰口、時々軽口。陰口漏らせる相手が現実におらずとも、こうやってネットに放出すればいい。

 それもネットを甘く見ている気がするな。身バレしたらヤバいんだけど。
「月澄狸って名前で、小説とか投稿してるよ」なんてリアル知人に言えない。そもそも小説ほとんど投稿してないし。陰口書いてないで作品書けやって話だね。創作でしか夢見られないんだから。


 それでも陰口しか出ない日もある、と。ほぼ毎日それだけど。

 とにかく。いつか見返してやるのだ。
 いつかって言いながら何年経ったよ。

 うおー! 今に見てろ!!
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