悪霊令嬢~死した聖女憎悪に染まりて呪いを成す~

女譜香あいす

文字の大きさ
28 / 44

28.エクソシスト

しおりを挟む
 ――レイが部屋に戻る前の、その日の早朝。

 まだ太陽も完全には登りきっていない朝焼けの時刻。フリードで一番大きい教会の聖堂の中で熱心に掃除をしているシスターがいた。
 身長は平均的な女性の背丈と言った高さで、ウィンプルから伸びるセミロングの髪は茶髪、体系は胸と臀部が着ているスカプラリオが小さいのではないのかと思うくらいに大きい。

「んしょ、んしょ……」

 そんな言ってしまえば男性好みしそうな体系のシスターが、今はステンドグラスと七本の線が伸びる聖光輝教のシンボルを背にした講壇を丁寧に雑巾で吹いていた。
 他にはシスターはおらず、彼女一人だ。

「……ん? 誰か……えっ!? リーガン様!? どうしてそんなことを!?」

 と、そこに聖堂に入ってきた老年の神父が彼女の姿を見て驚き声を上げた。
 本来ならば神父である彼の方がシスターより偉いはずなのだが、神父はなぜか敬語である。

「えっ? ああ神父様。いえせっかく西端までの旅路の途中で滞在させていただいたので何かお礼をしたく、そのためお礼としゅへの感謝も込めてこうして聖堂のお掃除をと」

 神父の慌てた声を聞いて青い瞳を向けたリーガンと呼ばれたシスターは可愛らしい顔つきで笑顔になって、おっとりとした口調で言う。
 だが変わらず神父は慌てた様子だ。

「そんな! わざわざ首都にあるセノバ大聖堂からこんなところまでお越しくださっただけでも恐れ多いのに掃除までさせるなど……!」

 セノバ大聖堂とは聖光輝教の本拠地とされている場所である。
 マルシャン王国の国教でありかつ国外の国々にも数多くの信者を抱えている聖光輝教の本部であるセノバ大聖堂は、そこに所属しているというだけで他の聖職者達と比べると一段上の存在として見られていた。

「ははは、そんなかしこまらないでくださいよ。私は一介のシスターに過ぎませんから」

 ゆったりと喋るリーガンはそういった事はあまり気にしていないようだった。
 だが、それでも神父は緊張した面持ちを崩さない。
 むしろ、余計に不安げな顔つきになる。

「一介のシスターなんてご謙遜を……あなたは聖光輝教においても指折りのエクソシストだと聞いております。やはりそんな方に見習いがやるような朝の掃除なんて……」
「ふふっ、駄目ですよそんな事言ったら」

 神父の心配が滲み出ている顔に向けて、リーガンはほんわかとした表情を向けて言った。

「私達はみんな主のしもべであり愛し子なのです。そこには本来そんな格式張った関係なんてなくていいんですよ。それに私はただ、人よりちょっと悪魔祓いがうまいだけなんですから」

 リーガンはさも当たり前の事のように軽く言うと、また熱心に雑巾を動かす先に目線を戻す。
 神父はそんな彼女を見て、相変わらずハラハラとした姿を見せ続けていた。





 日は昇って昼も半ばを過ぎた頃、リーガンは街中を歩いていた。
 彼女の手には縦横共に大きなサイズの明るい茶色で表面に傷が多いトランクケースが持たれており、見ただけでも重そうなそれを片手で運ぶシスター服の彼女はなかなかに目立っていた。

「うんしょ、うんしょ……はぁ、こんな時間になっちゃったけれどまだ馬車はあるよね……さすがにもう一泊は神父様達にも申し訳ないし……」

 リーガンが言っているのは西行きの馬車である。
 本来ならもっと早い時間の馬車に乗っていく予定だったのだが、教会のお手伝いをと始めた奉仕活動につい身が入りすぎてこんな時間になってしまったのだ。

「こんなんじゃまた祓魔省から怒られちゃう……今回は第一王子殿下の婚約者様から話が来たってのもあるけどとりわけ祓魔省も事態を重く見てるし、私もそれは分かってはいるんだけどなぁ……うう」

 困った顔をして汗を流しながらもやはりその声はどこか間延びした印象を受ける。
 見た目的にはとてもほのぼのとした姿でもあった。

「まあでも! 他に変な事がなければさすがに次の馬車には余裕で間に合うよね! このまま行けば特に問題なく西端のベルウッドの街へ――」

 彼女が朗らかな様子で言っていたその最中さなか、彼女は急に言葉を切って表情を一辺させてグルンと素早く真横を見た。
 見開かれたその目に映るのはフリードにおいては珍しく大きな屋敷で、それもそのはず町長の邸宅だからである。

「……まずいな、これ」

 リーガンはしばらく見つめたかと思うと、そう一言呟いて凄い勢いの早足で町長宅に近づいていく。
 邸宅の玄関には衛兵が立っており、そんな彼女の姿を見て驚き、そして職務として止めようとする。

「お待ちを! ここは町長邸宅で約束がなければ――」
「聖光輝教祓魔省の者です。祓魔特例法第三条によりここを通させていただきます」

 先程までののんびりとした姿からは正反対の差し迫ったリーガンが口にする言葉に、衛兵達はたじたじとなって言葉を返す間もなく彼女を通してしまう。
 リーガンはそんな彼らには目もくれず、初めて入ったはずの町長邸宅を歩いていき、階段を上がって、やがて二階のある一室にためらう事なく入っていく。

「なっ!? き、君は一体!?」

 そこには驚く町長とその夫人、そして二人が手を握るベッドの上で一秒に数回と言える程に非常に荒い過呼吸を繰り返しているやつれた少女の姿があった。

「聖光輝教祓魔省所属のエクソシスト、リーガン・クロウです。失礼しますがその場からお下がりを。苦情は後で教会を通していただければ」

 彼女は言い慣れた文言を述べるとこれまた迷いなく町長夫人を押しのけるように子供の側にしゃがみ込む。
 そしてその脇に手に持っていた大きなトランクケースを置いて開いた。
 開かれたトランクケースの中は三段に分かれた階層になっていて、ズラリと階段のように並んだケースとなる。
 その中にはそれぞれ素人には一切使い方が分からない道具や小瓶、そして聖光輝教の聖典、他にもまるで日曜大工に使うようなハンマーや釘も入っていた。

「ふ、祓魔省のエクソシストって……そんな胡散臭い人がどうしてうちの子のところに急に……!?」

 夫人は驚き半分疑い半分でリーガンを見るが彼女の視線は目の前で過呼吸になっている少女にしか向けられていない。
 彼女はそんな少女に対し、下段のケースから迷わず取り出した他と比べると少し大きめの小瓶の中に入っている水を軽く振りかけた。
 すると、その水はジュワッ! と音を立てて一瞬で蒸発した。

「うわっ!?」
「な、なんです今のは!? 娘に何をかけたんですか!?」
「大丈夫、劇薬などではなく聖水です。しかし、この純度では一瞬で蒸発させられましたか……」

 夫人の言葉に振り返らず答えた彼女の目はケースに向かっている。
 次に彼女は大きめの小瓶が入っていたのと同じ下段のケースから今度は小さめの小瓶を取り出し、更に中段のケースに入っていた聖典を開く。その聖典は既に十数枚ページが破られていて、またリーガンはさらにそこから迷わず一枚ページを綺麗に破り取った。
 リーガンはその破り取ったページを少女の胸上に乗せると、その上に小瓶に入った聖水をかける。
 するとその聖水は聖典のページに染みず、弾かれた水滴として聖典の上で塊になって、ブクブクと泡を立てて沸騰を始めた。

「これでこの反応……と、するならば……」

 今度は冗談から大きな聖光輝教のシンボルとなっている七本に線を伸ばした銀製の造形物――星光ほしひかりの徴――を取り出して、その沸騰する水の乗った聖典のページ五センチ上に片手で添えるようにする。
 そして、その片手の上にもう片方の手を乗せ、

「……ハッ!!」

 と大きな声で叫んだ。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」

 すると、途端に少女が苦しそうに絶叫した。
 白目を向いて口を裂けそうな程に開け聖典のページを触ろうと指を突き立てるも触れず空に浮かせている姿は、異常としか言いようがなかった。

「なっ、何を――」
「黙って!!!!」

 町長が娘の姿にさすがに口を出そうとしたが、リーガンの鋭い叫びに遮られる。
 目の前のあまりにも現実と思えない光景とリーガンの鬼気迫る様子に町長夫婦は完全に固まってしまう。
 すると、聖典の上に乗っていた泡立つ水に変化が起きる。
 突然平面の上で動き出したのだ。
 あきらかに指向性を持って動いているその水は、リーガンの方に向いてまっすぐ動いてきていた。

「……そこか!」

 リーガンはそれを見て瞬時に立ち上がって振り返る。
 そこにあるのはクローゼット。リーガンは片手にはハンマーを持ち出しその柄部分をまた別に破って違う聖水をかけた聖典のページで包んで躊躇なくその戸を開く。
 彼女が開いたクローゼットの中、その視線が向く先には人形があった。
 赤いドレスを着た金髪の精巧な人形が。

「ふんっ!!!!」

 リーガンは人形を見つけるや否や、ハンマーを横振りして叩きつける。
 そしてそれがぶつかる瞬間、部屋に軽い衝撃波が広まったかと思うと、その人形の姿が消失したのだ。
 そして部屋に静寂が訪れると共に、先程まで過呼吸になり終いには叫び狂っていた町長の娘は、嘘のように落ち着き眠りに落ちていたのだ。

「……これは、一体…………!?」

 町長が、震えた声で聞く。夫人も声は出せないが顔で困惑を語っていた。
 リーガンはそんな二人に厳かな顔で静かに言った。

「お二方、突然ですが私はしばらくこの家に滞在させていただきます。あなた達の娘は、邪悪な存在に憑かれています」

 荒れた部屋でそう宣言する彼女の表情は、邸宅に入る前までのおっとりとした彼女とは別人のようであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~

スカッと文庫
ファンタジー
「魔力値たったの5だと? 貴様のような偽聖女、この国には不要だ!」 聖女として国を支えてきたエルナは、第一王子カイルから非情な婚約破棄を言い渡される。隣には、魔力値を偽装して聖女の座を奪った男爵令嬢の姿が。 実家からも見捨てられ、生きては戻れぬ『死の森』へ追放されたエルナ。しかし、絶望の中で彼女が目覚めさせたのは、人間には測定不能な【神聖魔力】だった。 森の奥で封印されていた伝説の銀竜を解き放ち、隣国の冷徹皇帝にその才能を見出された時、エルナを捨てた王国は滅びの危機に直面する――。 「今さら謝っても、私の結界はもうあなたたちのために張ることはありません」 捨てられた聖女が真の幸せを掴む、逆転劇がいま幕を開ける!

【完結】王都に咲く黒薔薇、断罪は静かに舞う

なみゆき
ファンタジー
名門薬草家の伯爵令嬢エリスは、姉の陰謀により冤罪で断罪され、地獄の収容所へ送られる。 火灼の刑に耐えながらも薬草の知識で生き延び、誇りを失わず再誕を果たす。 3年後、整形と記録抹消を経て“外交商人ロゼ”として王都に舞い戻り、裏では「黒薔薇商会」を設立。 かつて自分を陥れた者たち ――元婚約者、姉、王族、貴族――に、静かに、美しく、冷酷な裁きを下していく。 これは、冤罪や迫害により追い詰められた弱者を守り、誇り高く王都を裂く断罪の物語。 【本編は完結していますが、番外編を投稿していきます(>ω<)】 *お読みくださりありがとうございます。 ブクマや評価くださった方、大変励みになります。ありがとうございますm(_ _)m

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

『奢侈禁止令の鉄槌 ―偽の公爵令嬢が紡ぐ、着られぬ絹の鎖―』

鷹 綾
恋愛
亡き母の死後、公爵家の正統な継承者であるはずの少女は、屋敷の片隅で静かに暮らしていた。 実権を握っているのは、入り婿の父とその後妻、そして社交界で「公爵令嬢」として振る舞う義妹。 誰も疑わない。 誰も止めない。 偽りの公爵令嬢は、華やかな社交界で輝き続けていた。 だが、本来の継承者である彼女は何も言わない。 怒りも、反論も、争いも起こさない。 ただ静かに、書類を整えながら時を待っていた。 やがて王宮で大舞踏会が開かれる。 義妹は誇らしげに、亡き公爵夫人の形見である豪華な絹のドレスを身に纏って現れる。 それは誰もが息を呑むほど美しい衣装だった。 けれど―― そのドレスには、誰もが知らない「禁忌」があった。 舞踏会の夜。 華やかな音楽が流れる王宮で、ある出来事をきっかけに空気が一変する。 そして静かに現れる、本当の継承者。 その瞬間、 偽りの身分で築かれた栄光は、音もなく崩れ始める。 これは、 静かに時を待ち続けた一人の少女が、 奪われたものを正しい場所へ戻していく物語。 そして―― 偽りの公爵令嬢が辿る、あまりにも残酷な結末の物語でもある。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

【完結】虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!

アノマロカリス
恋愛
テルナール子爵令嬢のレオナリアは、幼少の頃から両親に嫌われて自室で過ごしていた。 逆に妹のルーナリアはベタベタと甘やかされて育っていて、我儘に育っていた。 レオナリアは両親には嫌われていたが、曽祖母には好かれていた。 曽祖母からの貰い物を大事にしていたが、妹が欲しいとせがんで来られて拒否すると両親に告げ口をして大事な物をほとんど奪われていた。 レオナリアの事を不憫に思っていた曽祖母は、レオナリアに代々伝わる秘術を伝授した。 その中の秘術の1つの薬学の技術を開花させて、薬品精製で名を知られるまでになり、王室の第三王子との婚約にまでこぎつける事ができた。 それを妬んだルーナリアは捏造計画を企てて、レオナリアを陥れた。 そしてルーナリアは第三王子までもレオナリアから奪い取り、両親からは家を追い出される事になった。 だけど、レオナリアが祖母から与えられた秘術の薬学は数ある中のほんの1つに過ぎなかった。 レオナリアは追い出されてから店を構えて生計を立てて大成功を治める事になるのだけど? さて、どんなざまぁになるのでしょうか? 今回のHOTランキングは最高3位でした。 応援、有り難うございます。

処理中です...