Hand to Heart

亨珈

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智洋ルート

132 なんかおかしいような

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 鞄の中身を広げて翌日の用意をして、予習が必要なものだけは机の上に置いておく。それから先に課題を片付けて、十九時を回っても智洋が帰って来ない。
 んー……。俺たち三人だと結構早食いだけど、前に周と食べた時にも時間掛かったもんな。おまけに赤堀がずっとあの調子でしゃべってんなら時間掛かるのもしょうがないか。
 チッチッと無機質な音を立てて回る秒針がやけに遅く感じられる。見つめていたって何かが変わるわけでもないのにしばらくぼうっと見上げていて、カチッと分針が動いて我に返って予習の続きをやっつけることにした。

 十九時半……微妙。まさかまだ食事中ってことはないよな。もしかしてあいつとそのまま談話室行ったとか? いつもなら風呂が先だからこのくらいの時間に二人で行くんだけど。
 教科書とルーズリーフを鞄に詰め込み、机に伏せて頬で冷たい感触を貪る。
 考え事したくなかったから凄く集中して勉強したせいで早く済んじゃったし、どうしよう。このまま智洋を待っているべきなのか、一人で風呂に行くべきなのか悩む。
 でも浩司先輩に一人になるなって言われてるしなあ。
 誰か他の人誘うとか? ここから一番近い部屋って誰だよ~。携は遠いし、辰ならその手前だけど……周はもっと手前だけど、大浴場使ってんの見た事ねえし。しっかし、いくら先輩のお達しとはいえ、智洋と携以外に風呂誘うなんて男として恥ずかしいというか何なのか。いっそのこと上に行って先輩に頼みたいくらいだ。上の階の方が安心してふらつけるってのもあるしなあ……。
 あー、駄目だ。考えれば考えるだけ、男としてそれっておかしくない? みたいな心境。

 よし、決めた!
 顔を上げて立ち上がり、「風呂に行く」とメモを書いて智洋の机に置く。着替えとか持って部屋を出ると、取り敢えず一応と食堂の出入り口から中を見回した。もうじき二十時が来るし、案の定人は少なくて、いつもの席には誰も座っていなかった。
 じゃあきっと談話室にそのままテレビでも観に行ったんだろうな。
 それなら一言言ってくれても良かったのにと思いながら、いややっぱり自分中心に考えちゃ駄目なんだって言い聞かせる。
 いくら好きでも、プライベートな時間は必要なんだ……。風呂だって、前は一緒に行ってなかったし、行ったってどうせ中じゃ別行動なんだし。
 今の時間はまあまあ利用者も多いから、変なこととかない筈だよな。
 ぽてぽてと大浴場の扉を開けると、浩司先輩が出てくるところだった。
 うわあ! 濡れ髪が色っぽいです。

「これからか」

 そう言ってくしゃっと前髪を撫でられて、ほわんと嬉しくなる。毎日会っていたのに、今は違うから、ほんのニ、三日会えないだけで寂しくなっちゃうんだよな。
 ひょいと俺の後ろを確認して、先輩が顔を顰めた。

「ヒロは?」
「あー……なかなか帰って来ないから、一人で来ちゃいました」

 叱られると思って、ごめんなさいする勢いで軽く頭を下げる。
「寮内には居る筈なんだけど」と補足すると、不満そうながらも解ったとまた髪を撫でてくれた。

「しょうがねえな。今なら辰が中にいっから、出る時は一緒に帰れよ」
「はいっ」

 お互いに後ろに人が来る気配を感じて、出入り口で話し込むわけにはいかないからお辞儀をして別れた。
 浩司先輩、いつも濡れ髪のまま部屋に帰ってるけど、ドライヤーとかしなくて自然乾燥であの艶々髪なのかな。羨ましい~。
 自分の猫っ毛を引っ張りながら服を脱いで中に入ると、辰は広い浴槽の中でワニ歩きして遊んでいた。

「辰~、小学生かよっ」

 体を洗う前に声を掛けようと寄って行くとそんな光景だったから、思わず笑ってしまった。

「いいじゃん、気持ちいいしー。カズもやれば?」
「あー、じゃあ後で」

 帰りの約束も取り付けてから洗い場に行って、なるべく手早く頭と体を洗った。


 浩司先輩の名前を出して事情を言うと、辰はすぐに納得してくれた。首まで湯に使って口まで沈めてしばらくぷくぷくと泡を吹いていたかと思えば、ぷあっと上がって横目で笑い掛けてきた。

「俺部活やってねえし、なんなら毎日風呂に誘おうか? 通り道だし」
「うん! 助かる~」

 両手を組んで見つめると、「浩司さんに心配掛けんなよ」って冗談半分に諭されてしまった。
 なんかいっつも世話になりっぱなしだなあ。
 でも、先輩の件もあるけど勿論俺のことが心配なのが一番だからって言われて、嬉しいのは隠せなかったんだ。


 首にタオルを巻いた辰と部屋の前で別れて中に入ると、智洋が帰って来ていた。机で勉強していたのか、気付くや否や立ち上がってこっちへ来るからちょっとびっくりする。

「ごめんな、遅くなって」
「ううん、流石に遅くなるから先に風呂に行っちゃったよ。怪我とか具合悪くなったんじゃないんだよな? 食堂は確認したんだけど居なかったからさ」

 俺みたいに変な意味で何かあるわけじゃないにしても、他にも不測の事態は有り得るわけで。帰って来ても居なかったら誰かに訊いたりしてもっと捜そうと思っていただけに、心配していた気持ちだけは伝えておく。

「悪い。急用って言うか、呼ばれてさ。友達の部屋に寄ってたんだ」

 申し訳無さそうに視線を伏せた智洋は、目が泳いでるっていうか何だかぎこちない。

「いいよ、何か悪いことが起こってないなら。それよりさ、大浴場行くんなら先に行ってきたら? 勉強なら消灯後でも出来るんだし」
「あー……じゃあ、シャワー浴びてくる」

 ハッと顔を上げて、バタバタと用意して出て行く姿を眺めながら、Tシャツの胸元を握り締めた。
 手の平できゅうっと皺を寄せるみたいに、心臓とはちょっと違うような胸の中の何処かが縮んで行くような気がした。
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