Hand to Heart

亨珈

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智洋ルート後日譚

赤堀くんの退屈な日常 1

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 はあと溜め息を落としつつ、頬杖を突いてさりげなく廊下を行き交う同級生たちを観察する。休憩コーナーの小さな丸テーブルに連れ合いは居ない。
 昼休みはまだ少しある。赤堀徹はつまらなさそうにいつもと変わらぬ風景を眺めて、落胆と共にほんの少し苛ついてもいた。
 クラスメイトにちょっかいかけて失敗して、さてどうしようと品定め。
 見た目も良く、きっとベッドの上でも好みな感じじゃないのかと期待したのにがっかりだ。やたらとノンケばかりのこの学園で、ルームメイトと良い仲だと気付いたから、それならこっちもついでで相手してはくれまいか、その内また飽きたら離れれば良いだけだしとか軽く考えていたのに、惚れた腫れたの大騒動だ。確かに意地悪してやりたかったのも事実だけど、実際徹は体だけの関係で良かったのだ。黒凌でだってずっとそうだった。所詮一時的な性欲のはけ口、気持ちなんて要らない。
 あーあ、と零れた呟きを拾い、たまたま通りかかった周一郎がちらりと流し目をくれて口角を上げた。スラックスのポケットに軽く手を差し込んだまま、徹の居るテーブルに歩み寄ってくる。

「珍しいな、ひとりなんて」
「まあねー。いつも誰かと一緒なんて疲れちゃうよ」

 飲みさしで放置していた紙コップを手に持つと、まだ少しクラッシュアイスが残っていた。口に運ぶと薄くなった桃の香が喉を冷やして胃の腑にするりと落ちていく。なかなか後味がいい。

「周こそ、いつものあいつは」

 大抵は和明や辰史と歩いているから、飲み干して氷だけになったカップを置いて見上げた。テーブルを一人で陣取っていた斜め向かいの丸椅子に、音も立てずに周一郎が腰掛けて長い足を組む。
 いつ見ても優雅だなあと思った。特に綺麗な顔立ちとは言えないのに大人っぽく見えるしかっこいいと感じるのは、姿勢と所作のせいだと実感する。
 余程厳しく躾られたに違いない。

「ちょっとな。その内戻ってくるだろ」

 各階にある休憩所のようなこのホールは開放空間になっていて、壁際に自販機が並んでいる。真夏である今は外に出て遊ぶ連中も少ないから、こういうスペースがあるのは貴重だ。休み時間に屋内でくつろげる場所など数えるほどしかない。
 特に徹と話したい訳でもなさそうで、周一郎は通路側の遠くへと視線を遣っている。徹がじっと見つめていると、気だるげに瞳だけ動かして「どうかしたか」と問うた。

「やー、久しぶりにどうかなと思って」

 徹がしゃらっと返すと、周一郎は僅かに眉間に皺を寄せる。

「お前な。俺とは合わないっつってたろ」
 長い指先で眉の間をほぐし、吐息する。

「それはそうなんだけど、なんかマンネリだしたまにはいいかと思って」
「あいつはなんでもしてくれるだろ。お前の好み通りに」

 大体俺のが物足りないなんて言ったのはお前一人だよと、周一郎は苦笑している。
 確かにそれはそうなのだ。他のネコが感激するくらいに周一郎は愛撫も雰囲気作りも丁寧で艶があり、その間だけとは解っていても、ついはまってしまいそうになる。
 だけど徹はそんなの好みじゃない。気持ちいいのは確かだけれど、徹のツボはそこじゃないのだ。けれどそれを望むと周一郎はそれはそれは嫌そうな顔をして断り、そんならいいよと徹の方もそこで離れた。別にセフレですらないからなんの執着もない。元黒凌生の間では暗黙のルールだった。
 まあねえ、と呟きながら徹は逃した魚について思う。見た目に反して一途で純情だった。余計な話は一切振ってこなかったけれど、ノンケでモテるというのは一目で解ったから、最初はただ眺めているだけだった。
 キスも巧かったのに、口で奉仕しても緩くしか勃たなくて、あれじゃ使えない。基本的には女が好きで、そっちなら割と好みなら勃つのかもしれないけど男だとやはり好きな相手しか駄目らしい。
 それが判ったから、粉掛けるのを止めた。クラスメイトとして、過剰に接触するのは止めて他の男を探している、それが現状。だけどそんなにすぐに見つかるはずもないから、手っとり早く周一郎で目先を変えてみようと思い立ったのに、気が乗らないらしい。

「もしかしてまだあいつのこと狙ってんの。待つ間操立てするとか有り得ないでしょ」

 はあとわざとらしく吐息してみせると、苦々しく笑みが浮かんだ。一重の瞼がちょっぴり伏し目がちに落ちる。

「どうかな」

 ひそりと空気が震えて、僅かにゆがむ唇の端。パーツひとつひとつは薄いというか日本人らしい造りなのに、いちいちなんだかエロいなあなんて思いながら徹は周一郎の様子を観察していた。
 思えば黒凌時代には、これほどまでに個人を見ることもなかった。同じクラスで隣の席に居たとしても軽口すら叩かない。全員がライバルで、寮内では自分を組み伏せてくるかもしれないやつら。一時でも気の休まる時なんてない。ここに来ていなければ、今もそうだっただろう。
 夏休みがないのも、ずっと寮か学校に居るのも同じなのに、どうしてこんなに違うのかな。徹が欠伸を噛み殺していると、「周ーっ」と声がして、徹の背後からひとり駆け寄ってきた。
 お待たせ、と言いながらポンと周一郎の肩に手を載せたのは辰史だった。それからようやく同席しているのが徹だと気付いてギョッとしている。

「ハイジちゃん……」

 少し訝しげにしながらも、周一郎と徹が同郷だと知っているから深くは考えなかったようだ。途端に口元を綻ばせた周一郎が腰に手を回すと、そのまま太股を跨ぐように腰を下ろす。
 あまりにも自然にやっているから、そんなものなのかと思いながらそれでも物珍しくてパチクリしてしまう。少なくとも中学時代に学園内でそんなことをしている人は居なかった。不思議だ。周一郎は凄くこの学園に馴染んでいるのだろうか。
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