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智洋ルート後日譚
智洋くんは心配症 4
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翌日は和明が訪れて、以前と同じようにセイジと戯れて大喜びしていた。
セイジは猫なりに理解しているのか、玄関で座って姿勢正しく四指を着いているし、普段だったら智洋の私室にはあまり入らないくせに、率先して入って和明が居る間は出ていかない。
一時間もひとりと一匹で遊んでいるのをじりじりしながら待ちくたびれて。コミックスを勉強机にポンと放り投げて、智洋はベッドの上から和明の腰に腕を回して引き寄せる。
「なあ、もう満足した? 猫堪能したか」
「う、うん。まあね」
どぎまぎしている和明をそのまま全身で絡めとると、シャツの裾から手を入れて、少し汗ばんでいる健康的な肌を辿っていく。
「やっ……あの、ここじゃ」
「大丈夫。姉貴まだ帰らねえから」
でもお母さんとか、と言い掛ける口を強引に塞ぐと辿々しく応え始めるからだが愛しくて堪らない。
母親は、伴美と違って息子の友人に構い付けたりしないし、勿論差し入れを持ってくるタイプではない。それはそれで気を使っているのだと解っているから、遠慮も要らない。
テーブルの下でひとやすみしている様子のセイジは、こちらに背を向けてフライをしゃぐしゃぐと噛んでいる。野生なら食事中ってことになるんだろうが、生憎そのおもちゃは食べられない。その代わり歯磨き代わりになるし、噛み心地良いのか放っておけば暫くは夢中になってそうしているから安心だ。耳だけがこちらの気配を探っているようにベッドを向いていたけれど、ふたりが話を止めてしまうと、やがてぺたりと寝かせるようにしてしまったのだった。
和明が暇を告げれば玄関まで見送り名残惜しそうに見上げているくせに、智洋の時にはセイジは姿さえ見せない。
猫なんて薄情なもんだよ。いざ学園に帰ろうと、少し増えてしまった荷物を手に上がり框に腰を下ろしてスニーカーの紐を締めていると、中にいる智洋を外に吸い出しそうな勢いでドアが開いた。
「おかーさんっ」
息せき切らせて駆け込んだのは伴美だった。出掛けに、帰るの間に合わないかもとさよならしていったくせに急いで帰ったのかなんて一瞬感動し掛ける智洋ではない。長袖のシフォンの腕に抱えられている小さな黒い物体に気付いてしまったのだ。
まあまあ何事なの、と息子の後ろで佇んでいた母親にも、恐らく伴美の言いたいことは伝わっているのだろう。またなのと呟いて黒い小さいのを見つめている。
「あ、あのね。この炎天下で、道路の端で動けなくなっててね。アスファルトで足の裏火傷してるみたいで、だから病院とかつれて行かないとって」
あわあわと説明しながら、流れる汗をものともせずにチラチラと母親と智洋に目線で訴えている。
可哀想だよね。飼ってもいいよね。
「まあ、セイジで猫は手が掛からないの解ったし、智洋居ないから猫くらい増えたっていいけど」
一所懸命な伴美に、父親が甘いのは解っている。だから今不在でも帰宅後に上目遣いに「お願い」すればあっさり許可されるのも解っている。
しかし、嫌な予感しかしない智洋は、ここで一応家族の一員として軽く反対しておかねばと右手を挙げた。
「あのさ、それってセイジにも訊いた方がいいんじゃね。小さいから苛められるかもしんねえじゃん」
はい智洋くん、と指されて吐息混じりに言えば、ないない、とふたりに全否定された。
「セイジはいいこだもん。そんな意地悪しないよお。ほら、こんなに可愛いのに」
両の手のひらから少しはみ出る程度の大きさの猫を、ぐいと智洋の顔の前に遣る。
もう乳離れしている月齢で、洗えばきっとビロードのようなんだろうなと思わせる真っ黒の毛並みはささくれて毛羽立っていた。半眼に伏せられた優美な緑金の瞳がじいっと智洋を見て、それから長いしっぽがゆらりと揺れた。シャムが混じっていても少し長めの毛足のセイジと違って短毛種だ。スレンダーで、子供のくせに硬いくらいに筋肉が付いている。きっと厳しい生活をしてきたんだろう。
そして、伴美の言う通り、四本の足の裏は肉球がべろりと剥げて血が滲んでいた。
姉の最悪のネーミングセンスに頬が引き攣るのは止められないが、ここでもしも捨ててこいだなんだと言っても鬼畜呼ばわりされて一生恨まれるんだろうなとどんよりしてしまった。
セイジは猫なりに理解しているのか、玄関で座って姿勢正しく四指を着いているし、普段だったら智洋の私室にはあまり入らないくせに、率先して入って和明が居る間は出ていかない。
一時間もひとりと一匹で遊んでいるのをじりじりしながら待ちくたびれて。コミックスを勉強机にポンと放り投げて、智洋はベッドの上から和明の腰に腕を回して引き寄せる。
「なあ、もう満足した? 猫堪能したか」
「う、うん。まあね」
どぎまぎしている和明をそのまま全身で絡めとると、シャツの裾から手を入れて、少し汗ばんでいる健康的な肌を辿っていく。
「やっ……あの、ここじゃ」
「大丈夫。姉貴まだ帰らねえから」
でもお母さんとか、と言い掛ける口を強引に塞ぐと辿々しく応え始めるからだが愛しくて堪らない。
母親は、伴美と違って息子の友人に構い付けたりしないし、勿論差し入れを持ってくるタイプではない。それはそれで気を使っているのだと解っているから、遠慮も要らない。
テーブルの下でひとやすみしている様子のセイジは、こちらに背を向けてフライをしゃぐしゃぐと噛んでいる。野生なら食事中ってことになるんだろうが、生憎そのおもちゃは食べられない。その代わり歯磨き代わりになるし、噛み心地良いのか放っておけば暫くは夢中になってそうしているから安心だ。耳だけがこちらの気配を探っているようにベッドを向いていたけれど、ふたりが話を止めてしまうと、やがてぺたりと寝かせるようにしてしまったのだった。
和明が暇を告げれば玄関まで見送り名残惜しそうに見上げているくせに、智洋の時にはセイジは姿さえ見せない。
猫なんて薄情なもんだよ。いざ学園に帰ろうと、少し増えてしまった荷物を手に上がり框に腰を下ろしてスニーカーの紐を締めていると、中にいる智洋を外に吸い出しそうな勢いでドアが開いた。
「おかーさんっ」
息せき切らせて駆け込んだのは伴美だった。出掛けに、帰るの間に合わないかもとさよならしていったくせに急いで帰ったのかなんて一瞬感動し掛ける智洋ではない。長袖のシフォンの腕に抱えられている小さな黒い物体に気付いてしまったのだ。
まあまあ何事なの、と息子の後ろで佇んでいた母親にも、恐らく伴美の言いたいことは伝わっているのだろう。またなのと呟いて黒い小さいのを見つめている。
「あ、あのね。この炎天下で、道路の端で動けなくなっててね。アスファルトで足の裏火傷してるみたいで、だから病院とかつれて行かないとって」
あわあわと説明しながら、流れる汗をものともせずにチラチラと母親と智洋に目線で訴えている。
可哀想だよね。飼ってもいいよね。
「まあ、セイジで猫は手が掛からないの解ったし、智洋居ないから猫くらい増えたっていいけど」
一所懸命な伴美に、父親が甘いのは解っている。だから今不在でも帰宅後に上目遣いに「お願い」すればあっさり許可されるのも解っている。
しかし、嫌な予感しかしない智洋は、ここで一応家族の一員として軽く反対しておかねばと右手を挙げた。
「あのさ、それってセイジにも訊いた方がいいんじゃね。小さいから苛められるかもしんねえじゃん」
はい智洋くん、と指されて吐息混じりに言えば、ないない、とふたりに全否定された。
「セイジはいいこだもん。そんな意地悪しないよお。ほら、こんなに可愛いのに」
両の手のひらから少しはみ出る程度の大きさの猫を、ぐいと智洋の顔の前に遣る。
もう乳離れしている月齢で、洗えばきっとビロードのようなんだろうなと思わせる真っ黒の毛並みはささくれて毛羽立っていた。半眼に伏せられた優美な緑金の瞳がじいっと智洋を見て、それから長いしっぽがゆらりと揺れた。シャムが混じっていても少し長めの毛足のセイジと違って短毛種だ。スレンダーで、子供のくせに硬いくらいに筋肉が付いている。きっと厳しい生活をしてきたんだろう。
そして、伴美の言う通り、四本の足の裏は肉球がべろりと剥げて血が滲んでいた。
姉の最悪のネーミングセンスに頬が引き攣るのは止められないが、ここでもしも捨ててこいだなんだと言っても鬼畜呼ばわりされて一生恨まれるんだろうなとどんよりしてしまった。
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