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19 引っ越し祝い

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 引っ越し祝いは思ったよりも楽に開催できた。
 すべての手続きをラーズ会長がしてくれた。うちの飾りつけや出席者の招待も全部。私が学校で授業をしている間にすべての手配が終わっていた。

 この町での引っ越し祝いはまず、ご近所の方々に挨拶の品を配ることから始まる。
 これは表でご挨拶の品をお配りするだけでよかったので、あっさりと終った。
 それから、身内と関係者での宴会が行われる。関係者として現れたのは会長をはじめとするラーズ商会の面々だった。

 少人数の私的な集まり、と聞いていた。でも。

「エレッタ先生、お久しぶりー」
「元気にしてた?」
  一緒にこの町まで旅をしたお姉さんたちやおじ様たち、事務所にいるお兄さんたちが詰めかけると、部屋がいっぱいだ。
 みんな口々に私に挨拶をして、私がそれに礼をいう。
  一人一人と短い話をするだけで、ずいぶん時間がとられてしまう。

「エレッタ先生」
 ジーナ少佐までもが現れた。 
「はい。プレゼント」

  辺境では引っ越した側がみんなに贈り物をすると聞いていたのだけれど? 
 私は不思議に思いながら大きめで軽い箱を開ける。 

 中から黒いキラキラした瞳がこちらを見つめ返していた。 

「あ、羽ウサギ」 
 まるでぬいぐるみのような生き物をそっと箱から救い出す。 

「うまく調教できた。どうぞ」
  
 私はそっと羽ウサギをなでる。うん、ふかふかして癒される。 

「どうやって育てればいいのかしら」
  
「その辺の草を与えていれば大丈夫。草なら何でも食べるよ」

  ああ、この羽のつやつやした感じがたまらない。 
 キキキ……羽ウサギは私の腕をのぼると肩にとまった。まるで、鳥のよう。
 横を見るとキラキラした目がこちらを見ている。 

「あ、エレッタ先生。気に入られたね」 
 指を出すと、頭を下げてきた。触ってくれというのか。 うん、この手触り、幸せ。 
「この子、首輪をしてる?」 

「ああ、それ。ペットであるという証みたいなものだよ。それと、魔封じね。一応魔獣だし。すきなチャームをつけてやるといいよ」

  私が羽ウサギに没頭している間に宴会は始まっていた。
 自主的に楽器を持ってきた人、お土産と称して料理を持ってきた者、小さな中庭に酒が積まれて、勝手にみんな乾杯をしていた。
  持ち込まれた料理は食べきれないほどの量だ。
  これは……私が料理を作る必要などなかったのではないの? 
 さんざん苦労して、あんなことをしたり、こんなことをしたりしたのに。
 自分の苦労が報われなかったことが悔しい反面、自分の料理が表に出なくてほっとしている。
 私の失敗作を並べる必要がなくなって本当によかった。

「いや、これ、内地の料理ですか? おいしいですね」 
 私は目を疑った。
 ラーズ会長の部下だったアークが変形した私の作ったケーキをぱくついていた。 
「なんだか不思議な味がします。刺激的ですね」

  それ、配合を間違えた失敗作なの。後ろのほうに隠しておいたのに、なんで?
 やめて。
 でも、興味深そうに食べている人たちを前にそれは言い出せなかった。 

「おい、アーク。お前、何でここにいる」 

「あれ? 曹長。お邪魔してます」
  
「お前はよんでねぇ」 
 ラーズ会長がアークを押しのける。 
「これ、エレッタさんの手料理ですか?」 
 ラーズ会長は迷わず、皿を手に取って料理を口に入れた。

「あ“」

  ラーズの顔が固まって、ゆがんだ。 
 吐いちゃう? 
  私のハラハラをよそに彼はごくりと飲み下した。 
「……なかなかのお味ですね」
  
「ですよねぇ。曹長。内地の料理って刺激的だなぁ」
 アークはにこやかにお代わりをした。今度はラーズ会長もとめない。

 変な料理を食べさせて、ごめんなさい。私は内心ラーズ会長に謝る。
  
「エレッタさん、それは……」
 ラーズ会長は羽ウサギに気が付いたらしい。私の肩のあたりを指さしている。 

「ああ、これ、羽ウサギ……ラーズ会長?」 

「か、かわいい……」 

 あ。会長が溶けている。とっさに私はそう思った。いつもの笑顔よりも数段ふやけた笑顔だ。 
 彼の腕が羽ウサギに伸びてきたが、ジーナさんがラーズの腕をつかんだ。
 羽ウサギは私の背中に隠れる。
  
「ラーズ、何やってるんだ?」 

「い、いや、ちょっとカワイ……珍しい生き物が……」 

「触るのは禁止だよ」
  
「そ、それはそうと、ジーナ。この生き物は特別な許可がないと買えない奴だろう?こんなところに連れてきていいのか」
  ラーズさんは無理やり顔を真顔に変える。 
「俺が申請した時は却下されたぞ。それが、なんで、こんなところに……」 

 ジーナさんは意地の悪い笑みを浮かべた。 
「これはエレッタ先生のペットだよ。文句があるか?」
  
「え、エレッタさんの?そ、それは仕方がないな」 
 ラーズはもごもごと下を向く。 
「え、エレッタさんなら、仕方がない……え、エレッタさん、今度その生き物をその……」

「いいですよ。触っても」

  気持ちはわかる。この生き物はとても気持ちがいいのだ。
 私がそっと手に乗せて差し出すと、ラーズはおずおずと生き物に触れた。
 その様子が面白くて、私やジーナさんは笑う。 なんだかとてもいい気持だ。

 長時間宴会は続いた。 
 歌あり、踊りあり、こちらが何もしなくても勝手に盛り上がってくれるので私としてはとても楽だ。
 宴の後半になると、どこかでちらりと見かけたことがあったかしらという程度の知り合いも加わり、狭いと思ったこともない家が狭く感じる。 

「こんな集まりでよかったのかしら」 
 私はラーズ会長に怒鳴った。そうでもしなければ、とても会話などできはしない。

「もちろん。最高に盛り上がっているじゃないか」

 私たちは笑いあう。
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