紅(くれない)の深染(こそ)めの心、色深く

やしろ

文字の大きさ
30 / 35

勘違い野郎に脚ドンを

しおりを挟む
 暮れも押し迫り、隣国の対立もいよいよ佳境というか、両者が何かおかしい事──自国の貴族達がそっぽを向きだしたのに気付いたころ、瑞穂の国は両者に対して最後通牒を突きつけた。 
 和解せよ、さもなくば両者とも攻め滅ぼす、と。 
 しかし両陣営には既に瑞穂の国の息のかかったものがいるから、どうあっても和解などしないのだ。よって、両者は内乱を長引かせた罪により、滅ぼされる。
 悪辣ではあるが、戦争というのものはあらゆるものを正当化する。この辺の策には引っかける方より引っ掛かる方が悪い。この位の策など物ともしない存在でなければ、国は守れないのだから。 
 それを鑑みれば、瑞穂の国は実に理想的だ。 
 陛下は早いうちから跡継ぎは青洲様だと公言していたし、紅緒様も常盤様も付き従う姿勢を見せている。 
 実態がどうであれ、公務で一緒になれば紅緒様は青洲様を立てているし、正妻がまだいない青洲様の奥方役を務めておられる事もしばしばだ。 
 常盤様も公務で紅緒様と一緒になれば、ここぞとばかりに紅緒様にべったりだし。 
 なんと言うか、あの兄弟は紅緒様に母君の萌黄様を見ているんだろう。 
 萌黄様と紅緒様は容姿も性格も体質もよく似ていて、青洲様と常盤様は陛下にそっくりだ。 
 幼い頃に母君を亡くされたお二人は、紅緒様が母君にあまりにも似ておられるから無意識化に甘えたんだろう。でも紅緒様は母君でなく、二人と同じ母親を亡くした子供でしかなかった。結果二人の甘えを背負わされて、紅緒様は摩耗し疲れ果ててしまったのだろう。 
 その事実に気付いたからこそ親兄弟は躍起になって、自身のしたことの償いをしようと紅緒様に近づこうとするんだろうけれど……。 
 俺としては紅緒様はお三方と距離を取ることでご自身を守っておいでなのだから、そっとしておいて差し上げてほしい。だから間に入るんだけど、公務だけは如何ともしがたい。 
 なので俺はご公務でゴリゴリ削られた紅緒様の癒しになるものを用意しておくのだ。  
 例えば月餅やら饅頭やらのお高くて旨いと評判のモノをお茶と一緒に添えて出すとか、ストレス解消の遠乗りとか。 
 それが俺の役目だし、役得でもあるんだけど、それが最近ちょっと辛い。 
 何と言うか、最近よく鼻血が出るのだ。主に紅緒様が何かを召し上がっている時に。 
 紅緒様の潤って柔らかそうな唇から眼が離せないし、団子のようなものを食んで「大きい……」なんて呟かれたら、逆上せて鼻からぼたぼたと血が落ちるのだ。 
 病気かと思って軍医に相談しても「遅れて来た思春期か!?」と匙を投げられる始末。いや、血液検査をしても特に異常はなく健康すぎるくらい健康なのだから、医者としてはすることがないのは当然だろう。強いていうなら、鼻の粘膜が弱っていて、中の毛細血管が切れやすくなっているから、鼻を触るなとしか。紅緒様にもご心配をおかけしているから、どうにかしたくはあるが。 
 兎も角、俺は猛烈に悩んでいる。 
 でも俺の悩みなんかは、紅緒様のご心労に比べれば些細なものだ。 
 最後通牒を突きつけてから、紅緒様を与しやすいと踏んだのか、隣国の、それも東西どちらの使者もやってくるようになった。 
 どちらも自陣が正当な王位継承者なのだから手を貸してくれればすぐに内乱など治まるというのが主張だが、何を考えているのか花束や宝石などを勝手に持って来ておいて帰るのだ。 
 こういうのは困ると毎回贈り返しているのだけれど、あまりに頻回だと紅緒様が痛くない腹を探られることになる。 
 陛下や青洲様、常盤様には手紙で紅緒様が困ってることはお知らせしているけれど、国の方針としてはそのまま交渉を長引かせろ、だ。 
 当然紅緒様もそれは解っておられるからそのように振舞われる。すると最近は少し相手方の様相が変わって来たのだ。 
 最初は自身の正当性を声高に主張する文章の羅列だったのが、段々と個人的な話が増えていき、最近では紅緒様に対して懸想しているような旨が記載されていて。それだけなtら兎も角、紅緒様も彼方を好いているような解釈をしているようで、内容に卑猥な事まで書かれて書いて来る始末。 
 今日も今日とて、その訳の分からない手紙に、机に組んだ手に額を押し付け、紅緒様はため息を吐いた。 
 紅緒様は猥談が好きじゃない。それはもう娼館の話をしただけでうなじが赤くなるくらい恥ずかしがられるんだから、相当にその手の話が苦手でいらっしゃる。 
 しかもそれが片側だけでなく、両方からくるんだから頭も痛くなるってもんだ。 
 そんなある日、東からまた使者が来た。 
 いつものように手紙を渡してさっさと帰るのかと思えば、贈り物があると人一人入れそうな長持を持参して、それを紅緒様にじかにお渡ししたいという。 
 ならば荷物を改めさせろと言えば、無礼だと跳ねのけようとするし、ならば通せないと言えばそれも無礼だと喚く。 
 埒が明かないから、俺が使者に応対しようと思ったが、紅緒様が直々に相手をなさると仰って。 
 俺も紅緒様も、魔導錬金術研究所の所長が改良に改良を重ねた自動防御障壁展開機能付き万年筆をもっているし、あれは二つ重ねたら至近距離でどれほどの爆発が起ころうともかすり傷で済むから、まあ大丈夫だろう。そういう判断だ。 
 そうして相対した使者は、紅緒様に長持を渡すと「お一人で開けていただきたい」と言う。執り成しを頼んでくる割に注文の多いことにうんざりして、使者と共に紅緒様の執務室から出ると見せかけて使者だけを追い出した。すると、完全に閉めてはいなかった執務室の扉の内側から、物が倒れる大きな音が。 

「紅緒様!?」 
「出穂!」 

 室内に飛び込むと、見知らぬ裸体の男が紅緒様のお手を掴んで引き寄せようとしているのが見えて、俺は咄嗟に男を引きはがして、その身体を壁に叩きつけた。その上でナイフを男の首に突きつけると、男が「ひッ!?」と悲鳴を上げる。 

「出穂、殺すな」 
「御意」 

 とは言ったモノの、本当はさっくりやってやりたい。紅緒様の御目に粗末なものを晒しただけでも許しがたいのに、その上お手にまで触れたのだから。 
 八つ裂きにしてやりたい気持ちで男を睨んでいると、男は震えながら「無礼だぞ!」と吼える。その声に、紅緒様が「あ」と手を打った。 

「貴殿はもしや東の……」 
「そ、そうだ! 貴方の恋心に応えて忍んできたというのに! 解ったらさっさとこの下男を下がらせたまえ」 
「……何度も私は貴方に何の感情もないと返事した筈だが……」 
「恥ずかしがっての事だろう? 解っているぞ、可愛い人よ。だからこうして私から忍んで」 

 その後には「来た」と続ける気だったんだろうが、俺が男の足と足の間の壁を強く蹴ると、また悲鳴を大げさに上げる。俺が蹴った壁は大きくへこんだから、後で総務に怒られに行かなくては。 
 無感動に男を見下げていると、ガタガタ震える男の指が俺を指す。 

「お、お前が愛人だな? 私は寛容だからな、愛人の一人くらい構わないぞ、うん」 
「あ? 殺すぞ? テメェなんぞ、紅緒様に指一本触れさせるわけねぇだろ」 

 反射的に言葉がでた。すると男はすくみ上って、粗末な物から液体を垂れ流す。 
 室内に尿臭が広がるのに眉を寄せると、紅緒様がとことこと俺の傍にやって来た。 

「出穂、カーテンでも取ってかけて差し上げろ。それから使者を呼び戻して、荷物をもってお引き取り願え。部屋を清掃する間、私とお前は休憩だ」 
「御意、手配します」 

 そう言いつつ、俺はふと竦み上がった男を見てから、紅緒様のお手を柔く取った。キョトンとする紅緒様の指先に口づけると、少し強引に引き寄せて、俺の腕の中に納まっていただく。そして紅緒様の滑らかな頬を両手で包むと、小さく紅緒様に「野郎にお仕置きくらわしときましょう」と耳打ちして、唇を限界まで紅緒様に寄せた。 
 紅緒様も男を一瞥すると俺の言葉の意味を察して、眼をゆっくり伏せてくれる。男からは紅緒様が俺に口づけられて、うっとりしているように見えたはずだ。  
 けど俺にも誤算というものがあって。 
 紅緒様の口づけを待つようなお顔を至近距離で見た俺は、しばらく目を閉じればその光景が浮かぶ現象に悩ませられることになったのだ。 
 それから数日後、東と西は決定的に割れることになった。 
 東の使者が帰った数日後、やって来た西の使者に、俺は東の国の王位継承者が紅緒様に無体を働いた事を耳打ちして「貴殿の王は如何なさる?」と囁いてやったのだが、それが原因ではないだろう。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

処理中です...