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喫茶アルカイド

4・彼女は痛みを知っている2

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「この能力のせいで、周りの人からずっと怖がられてて……でも、そんな私にも友達ができたんです。無能力者ノーマ能力者ブルームも同じ人間だよって言ってくれて……。でも、それは私を利用するための嘘だった……」
 取調室で、少女は悠子に暴走までの経緯を語った。無能力者の少女が、毒を作り出せる能力で人を殺させるために少女に近付いた。そしてそのことが受け入れられずに能力を暴走させるに至ったということだった。
 その無能力者の少女にも同情すべき点は多かった。上級生から酷いいじめを受けていたらしい。自分を守るために、自分を傷つける人たちを殺してしまおうと思って、少女の能力を利用することを思いついたらしい。
 結局、少女が暴走することによって、ほとんど誰も傷つくことなく終わった。あの球体の毒もひとつひとつは大したことがなく、ひとつだけなら一時間眩暈がするくらいで自然に治っていくものだった。暴走時にばら撒かれてしまったものはあるが、毒が弱かったことが幸いした。
 懸念があるとすれば、かなりの数を食らった由真だったが、由真も少女が最後に打った解毒剤のおかげで体調に問題はないらしい。どちらかといえば戦闘で大分疲れてしまったことの方が問題だと、寧々が嫌味たっぷりに悠子に報告してきた。
「あの……私を助けてくれた人のこと、聞いてもいいですか? 良ければお礼を言いたくて……」
 由真はお礼なんていい、と言うだろう。けれど悠子はなるべくそれを伝えるようにしていた。由真には早く気が付いてほしかった。助けられなかった人は確かにいる。けれど、その手で助けた人の数だって着実に増えているのだと。
「あの子は、能力者の事件を独自に解決する仕事をしてるの。他にも何人か仲間がいるんだけど……でも、普段は普通に喫茶店で珈琲淹れたりしてるのよ。あなたは珈琲飲める?」
「ケーキと一緒に飲んだりはしますね、たまに」
「それなら今度行ってみるといいわ。あの子の淹れる珈琲、案外美味しいから。紅茶淹れるのは苦手らしいけど」
「ありがとうございます。……あの人に抱き締められたとき、もう誰のことも信じないって思ってたはずなのに、何故だかこの人のことは信じてもいいって思えたんです。傷つけてしまったのに、それでもまっすぐ向かってきてくれた。一人じゃないって言われた気がして、それがすごく嬉しかった――」
 悠子は少女に微笑みかけた。由真は能力を使う前に、暴走した能力者を必ず抱きしめる。それは背中に触れなければ能力が使えないという理由もあるが、何よりも由真が暴走するに至ったその人の苦しみに寄り添いたいと思っているからだ。どんな言葉も届かないような人にまで心を砕き、その苦しみを共有しようとする。そしてその方法はあまりにも真っ直ぐだ。だからこそ由真の想いは届くのだ。
「それは、あの子に直接言ってあげて。あの子はきっと照れて、そんなことないとか言うと思うけど」
「はい。今度、その喫茶店に行ってみようと思います」

 少女を送り届けるのは松木に任せ、悠子は取調室で細く長く息を吐いた。悠子が由真に初めて会ったのもこの部屋だった。けれどあのときの由真は、何を聞いても「話したくない」の一点張りだった。結局ある程度の事情は、由真を引き渡したハルから聞くことになったのだ。だからこそ、由真の過去については未だにわかっていないことが多い。
 ――そのときハルから聞いた情報を組み合わせれば、自ずと導かれる答えもあるのだが。
『由真には、その光線を絶対に当てるな。寧々の見立てでは三十秒ほどで二、三日動けなくなって。二分半を超えると命に関わるそうだ』
 暴走した能力者にとって、能力を奪う特殊光線は致命傷になる。三十秒で大抵の能力者は昏倒してしまい、一分を超えると命を落とす可能性が高い。それよりも耐えられる時間が長いということは、完全には暴走していないということ。けれど普通の能力者より耐えられる時間が短いということは――暴走状態に限りなく近いということ。
(その状態のあの子に頼らなきゃいけないっていうのは情けない話よね……)
 けれど、種を取り出して破壊することができる能力も、剣に力を纏わせて闘う能力も、彼女を闘いの場に立たせるには充分なほど「役に立つ」力なのだ。そして由真はハルに闘わされているというわけではない。彼女はあの場所に、自らの意思で立っているのだ。

 ――自分の力で、誰かを助けることができるならと願い続けて。

 自分の身を省みず、辛い思いをしている能力者に寄り添い続けている由真を見ていると、時折心が痛む。本当はあんな子供にそこまでさせてはいけないのに。もっと、大人がすべきことは沢山あるのに。悠子はそれでも、由真を止めるようなことはしてこなかった。
 闘い続けなければ、きっと背負った何かに押し潰されてしまうだろうから。
 だからせめて、由真に救われている人は沢山いるのだと、いつか彼女の心の奥にまで届けばいいと思う。過去の全てを知っているわけではない。何を思っているのかが完全にわかっているわけではない。それでも闘い続ける彼女が、誰を許せないでいるのかだけはわかるのだ。

 ――いつか来るだろうか。彼女が自分自身を許せる日は。
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