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青の向こう側
4・罅4
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「こっちに来るなんて珍しいじゃないか、由真」
「向こうで会話すると記録で寧々にバレる」
エリアC-5。かつて渋谷と呼ばれた場所の一角に立つ高層ビルの地下。由真は誰もいない暗い場所に一人で立っていた。由真が見据える先には黄緑色の燐光が見えている。
「それで? 寧々にも聞かれたくないって言うんだから、よっぽどの話なんだろう?」
由真とは違う声が響く度に、黄緑色の燐光が揺れる。由真はゆっくりと一歩を踏み出した。近付いていくと、光の中にあるものが見えてくる。
そこには髪の長い女がいた。しかしシンプルな白いドレスから覗く下半身は、大蛇のようなケーブルになっていて、それが女の横に聳え立つ巨大な機械に繋がっている。
「寧々から聞いてると思うけど、機動隊が使ってる変な特殊光線のことで」
「あれか。私の方でも調査は進めているが、何せ相手はおそらく私と同種の存在だろうしな……なかなか尻尾が掴めない」
「同種の存在、ねぇ……」
由真が呟く。いま相対しているのはEta Ursae Majoris――おおぐま座η星、あるいは北斗七星の一つであるAlkaidを示す名を持つ人工知能。そして本来はこの場所から動けないAIが地上で活動するために使用している義体につけられた個別名は――蓮行晴。喫茶アルカイドの店長にして由真たちの雇い主、そしてその本体がここに鎮座しているのだ。
「ハルさんみたいなのがあと六つもあるとか考えたくないんだけど」
「まあ……互いに不干渉を貫いてきたから、六つ全部と会うなんてことはないとは思うがね。で、その特殊光線についての話って?」
ハルに促されて、由真は話し始めた。
「あれはわざと咲かせるためのものでしょ? 機動隊の人間がそこまでわかって使ってるとは思えない」
「おそらくこれまでより強力で、危険な能力者を楽に倒せる武器くらいに思っているだろうな。機動隊の連中はもとより、彼らに指示を出している上の人間も理解してはいないだろう」
「警察にあれを使わせてる人間は、というかあれを作った人間は、多分わかってるんだよね」
「そうだろうな。それが誰かは――想像がついているからここに来ているのか」
誰にも打ち明けていない過去。知っている人間は一人もいないが、ハルだけはある程度のことを把握している。
「とにかく、本当にあいつらなのかも確かめたいし……星音のことも気になる。すぐにどうにかなるって状態ではないだろうけど……あれだけ種が大きいタイプだと、咲く可能性は高い」
「――君は相変わらず自分のことは二の次だね、由真」
「別にそんなつもりはないんだけど……」
「わざと種を割る光線。それを十五秒も浴びたんだ。ただでさえ常に負担がかかっている君の種は更に弱っているんじゃないのか?」
由真は溜息を吐いた。ハルには全て見抜かれてしまう。そもそも人間よりも遙かに優れた頭脳を持つ人工知能だから当然のことなのかもしれないが。
「向こうの調子がいいときはいいんだけどね。これ、治す方法ないの? 星音のことも気になるし」
「それはゆで卵を生卵に戻せというくらいの難題だよ。一度罅が入ったらもう元には戻らない」
「……そう」
「だが、埋めることは可能かもしれない。私は今その可能性を探っているところだ。割れた食器を金継ぎするようにね」
由真は俯いて、自らの爪先を見つめた。可能性を探っている段階ということは、今すぐ対処できるわけではないということだ。焦っても仕方がないとはわかっているが、どうしてももどかしい気持ちが込み上げてきてしまう。
「……とりあえずダメージが蓄積しないように気をつけはする。でも、できるだけ急いで欲しい。もし本当にあいつらが噛んでるなら――」
「わかっているさ。私は彼らの敵なんだ。言われなくても彼らにとって最悪の手を取るつもりだ。だが君をこのまま帰すこともしないよ」
ハルは由真に向かって半透明の腕を伸ばす。その瞬間に由真の左耳につけられたイヤーカフから黄緑色の火花が散った。
「……っ!」
「少しだけだが、それの出力を上げた。普段通り能力を使う分には問題ないし、それで制御がきかなくなるということもなくなるだろう。だが、今以上にあの光線を浴びた場合はどうにもならなくなるからな。それを忘れてくれるな」
「――気をつけるよ」
由真は左耳に触れながら、ハルがいる部屋を後にした。イヤーカフ型の制御装置は高性能だが、発動されたときの痛みはもう少しどうにかならないものかと思う。地上に向かうエレベーターに乗り込んでボタンを押し、扉が閉まると同時に由真は壁に寄りかかった。誰にも聞かれない場所で、長く息を吐き出す。
「……たとえ、助ける方法が見つかっても……君のことは」
もう助けられないとわかっていても、いつまでも諦めきれずにいる。蜘蛛の糸を掴むように、微かな可能性を探り続けてしまうのだ。
――それでも君は、助けてくれと言うのだろうけれど。
「向こうで会話すると記録で寧々にバレる」
エリアC-5。かつて渋谷と呼ばれた場所の一角に立つ高層ビルの地下。由真は誰もいない暗い場所に一人で立っていた。由真が見据える先には黄緑色の燐光が見えている。
「それで? 寧々にも聞かれたくないって言うんだから、よっぽどの話なんだろう?」
由真とは違う声が響く度に、黄緑色の燐光が揺れる。由真はゆっくりと一歩を踏み出した。近付いていくと、光の中にあるものが見えてくる。
そこには髪の長い女がいた。しかしシンプルな白いドレスから覗く下半身は、大蛇のようなケーブルになっていて、それが女の横に聳え立つ巨大な機械に繋がっている。
「寧々から聞いてると思うけど、機動隊が使ってる変な特殊光線のことで」
「あれか。私の方でも調査は進めているが、何せ相手はおそらく私と同種の存在だろうしな……なかなか尻尾が掴めない」
「同種の存在、ねぇ……」
由真が呟く。いま相対しているのはEta Ursae Majoris――おおぐま座η星、あるいは北斗七星の一つであるAlkaidを示す名を持つ人工知能。そして本来はこの場所から動けないAIが地上で活動するために使用している義体につけられた個別名は――蓮行晴。喫茶アルカイドの店長にして由真たちの雇い主、そしてその本体がここに鎮座しているのだ。
「ハルさんみたいなのがあと六つもあるとか考えたくないんだけど」
「まあ……互いに不干渉を貫いてきたから、六つ全部と会うなんてことはないとは思うがね。で、その特殊光線についての話って?」
ハルに促されて、由真は話し始めた。
「あれはわざと咲かせるためのものでしょ? 機動隊の人間がそこまでわかって使ってるとは思えない」
「おそらくこれまでより強力で、危険な能力者を楽に倒せる武器くらいに思っているだろうな。機動隊の連中はもとより、彼らに指示を出している上の人間も理解してはいないだろう」
「警察にあれを使わせてる人間は、というかあれを作った人間は、多分わかってるんだよね」
「そうだろうな。それが誰かは――想像がついているからここに来ているのか」
誰にも打ち明けていない過去。知っている人間は一人もいないが、ハルだけはある程度のことを把握している。
「とにかく、本当にあいつらなのかも確かめたいし……星音のことも気になる。すぐにどうにかなるって状態ではないだろうけど……あれだけ種が大きいタイプだと、咲く可能性は高い」
「――君は相変わらず自分のことは二の次だね、由真」
「別にそんなつもりはないんだけど……」
「わざと種を割る光線。それを十五秒も浴びたんだ。ただでさえ常に負担がかかっている君の種は更に弱っているんじゃないのか?」
由真は溜息を吐いた。ハルには全て見抜かれてしまう。そもそも人間よりも遙かに優れた頭脳を持つ人工知能だから当然のことなのかもしれないが。
「向こうの調子がいいときはいいんだけどね。これ、治す方法ないの? 星音のことも気になるし」
「それはゆで卵を生卵に戻せというくらいの難題だよ。一度罅が入ったらもう元には戻らない」
「……そう」
「だが、埋めることは可能かもしれない。私は今その可能性を探っているところだ。割れた食器を金継ぎするようにね」
由真は俯いて、自らの爪先を見つめた。可能性を探っている段階ということは、今すぐ対処できるわけではないということだ。焦っても仕方がないとはわかっているが、どうしてももどかしい気持ちが込み上げてきてしまう。
「……とりあえずダメージが蓄積しないように気をつけはする。でも、できるだけ急いで欲しい。もし本当にあいつらが噛んでるなら――」
「わかっているさ。私は彼らの敵なんだ。言われなくても彼らにとって最悪の手を取るつもりだ。だが君をこのまま帰すこともしないよ」
ハルは由真に向かって半透明の腕を伸ばす。その瞬間に由真の左耳につけられたイヤーカフから黄緑色の火花が散った。
「……っ!」
「少しだけだが、それの出力を上げた。普段通り能力を使う分には問題ないし、それで制御がきかなくなるということもなくなるだろう。だが、今以上にあの光線を浴びた場合はどうにもならなくなるからな。それを忘れてくれるな」
「――気をつけるよ」
由真は左耳に触れながら、ハルがいる部屋を後にした。イヤーカフ型の制御装置は高性能だが、発動されたときの痛みはもう少しどうにかならないものかと思う。地上に向かうエレベーターに乗り込んでボタンを押し、扉が閉まると同時に由真は壁に寄りかかった。誰にも聞かれない場所で、長く息を吐き出す。
「……たとえ、助ける方法が見つかっても……君のことは」
もう助けられないとわかっていても、いつまでも諦めきれずにいる。蜘蛛の糸を掴むように、微かな可能性を探り続けてしまうのだ。
――それでも君は、助けてくれと言うのだろうけれど。
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