いつかサクラの木の下で…… -乙女ゲームお花畑ヒロインざまぁ劇の裏側、ハッピーエンドに隠されたバッドエンドの物語-(アルファ版)

やみなべ

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第3章

14.やったか?!

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 前回の二の舞を踏まないよう『魔人化』を解除しつつ、エクレアは感じていた。

 確かな手ごたえ……
 どんな装甲だろうと関係ないとばかりに打ち貫いた感覚……
 腹をぶちぬいた手ごたえを感じていた。

 でも……


「やったか?!」

 思わず叫ぶ。本来なら叫んではいけない言葉を叫ぶ。
 相手の生存フラグに繋がってしまうが、それでも言わざるを得なかった。

 腹のど真ん中を貫いてぽっかりと開いた風穴はどうみても致命的な致命傷。
 通常ならこれで命の灯は消え去るはずなのに………


(おかしい……?)

 今までは大なり小なりなんらかの命を奪った時、もしくは致命傷を負わした時には、まとわりつくかのような粘っこい負の感情が自分の中に入り込むような感覚があるのに、今回はそれがない。

 すぐに追撃したいところだが、それはできない。
 技の硬直というか、これを全力で放った後は全身が長時間の正座で痺れた足のような状態になるのだ。
 少しでも動いて均衡を崩したら、なんともいえない衝撃が全身に走るのでとにかく動かしたくない。
 そんな要求をなんとかねじふせて腕を戻す。

「あぅぅ……」

 全身に走る、あの衝撃。正座からいきなり立ち上がるかのような衝撃に加えて『魔人化』の反動による筋肉の悲鳴。

 はっきり言えば痛い、痛すぎる……
 このまま寝転がりたい、ぶっ倒れたいという誘惑を振り切って二発目を放とうとしたが出来なかった。

 放つ前に止められた。掴まれた……最初の素足の蹴りで吹っ飛ばしたはずの左手で掴まれた。


「何か企んでるかと思ってはいたが、ここまでやってくれるとはさすがに驚いた。手を吹き飛ばされて腹をえぐられるのは驚きはしたが…………別に死ぬほどではなかったがな」

「いや、別に遠慮せず死んでくれてもいいのよ」

 腹に風穴が開いてるというのに全く動じておらず、左手一本で強制的に男の目線までひっぱりあげられた。 
 残ってる左手の方も右手で掴まれて封じられてるし、ならば足でっとさっきから男をげしげし蹴ってるも全然応えてない。 
 まぁ『魔人化』してない素での蹴りだから効かなくても当然ではあるが……

「さて、嬢ちゃん。何か言う事はあるかい?」

「ごめんなさい。ゆるしてください。本当に出来心なんです」

「ここまでやっといて、今更許すとでも思ってるのか?そうだとしたらとんでもない豪胆だと感心するぞ」

「いや~それほどでも~」

 絶体絶命のピンチなのに、虚勢張ってついにこやかに笑うエクレア。
 こうでもしてないと正気じゃいられない……いや、最初から正気なんてない……その態度に男はにやりと笑う。

「面白い嬢ちゃんだ。だがその強がりはいつまで持つかな」

 右手でエクレアの顎をくいっと上げられる。
 俗にいう『顎クイ』。乙女の間では『壁ドン』に並ぶ憧れの胸キュンのシチュエーション。
 それをやられたエクレアは一瞬ドキッと心がはねた。

 それはときめきか、心臓を……命を握られた感触によるものか、不明ながらも男はさらに動く。
 エクレアが何か反応を示す前にっというか口を開く前に、口でエクレアの口をふさぎにかかった。

「むぐっ!!?」

 接吻……
 顎クイっからの接吻というコンボだ。
 ブ男には許されない、美形なキザ野郎にしか許されないスーパーコンボを決められたエクレア。
 身体中の力が一気に抜けて手足がだらしなく垂れさがる。

 これは別に魅了されたわけではなく……

“な、なにこれ?気持ちいいとかじゃない。力が入らない……吸われてる!?『力』を吸われてる!!?”


 早く振り払わなければと必死に抵抗をするも、素の状態では全く抗えない。振りほどきたくとも振りほどけない。


“ダメ。振り払えない。抜けていく……?『力』だけじゃなく……”



 唐突に口が離れた。
 同時に宙吊りにされていた左手が下げられ地面に降ろされたようだ。
 しかし、足に力が入らずペタンっと座り込んでしまう。

「あっ……ああ……」

 エクレアは接吻された口を抑えながら呻く。
 感触でわかる……『力』を吸われた。『魔力』を吸われた。
 魔石ポーションで得た『魔力』と『魔人化』の能力を奪われたのだ。

 いや、奪われたのは『魔力』や『魔人化』だけじゃなく……


(“狂気”まで奪われ……た……?)


 今までのエクレアは現世をどこか夢心地でみていた。
 現実だけど現実じゃない。夢が現実で現実が夢っと実に『正気のまま“狂う”』にふさわしい曖昧な世界にいた。


 しかし、今は違った。

『正気のまま“狂う”』の“狂う”という文字を奪われた今のエクレアは……




『正気のまま』





「あっ………いや……」

 今まで平然と受け流してこれた“恐怖”の感情が襲い掛かってきた。
 両の目から涙が流れはじめる。両手を肩に抱いて俯いたままガタガタ震え、床に水たまりまで生成されてしまう。その姿はまさに正真正銘の無力な少女。

 “狂気”に侵されていない本来のエクレアの姿だ。




「ふふ、どうしたのかね?さっきまでの虚勢はどこに行ったのかい?」


 唐突に顔を上げられる。
 再度の顎クイっで半強制的にエクレアは眼を合わせられた。
 男の魔眼と眼があったエクレアは……



「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 絶叫を上がる。
 “狂気”がないため、もろに魔眼の影響を受けたのだ。

 恐怖に支配され、必死に振り払おうと暴れる。
 しかし、男は離さない。魔眼はすでに解いてるがエクレアはそれでも暴れる。『助けて』『殺さないで』と狂ったように叫びながら……

「助けてほしい……か。別にやぶさかでもない。抜け殻となった君にもう興味はないが、ただで帰すわけにはいかんな。仮にも私の左手を蹴り飛ばして、腹の風通しをよくしてもらったのだからそれ相応のお礼というものを渡すのが礼儀ではないかね」

 男はにやりと笑う。
 その笑みが意味するのは何かエクレアにはわからない。
 わからないが今のエクレアはまさに抜け殻だ。

 無力な少女となり果てたエクレアに抗える事など、出来る事など……何もなかった。

 今後の自分に訪れるであろう報復に怯えるだけである。
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